プロローグ:ある日、事務所に飛び込んできた高校生
フリーランスでエンジニアをやっていると、いろんな人が訪ねてくる。クライアント、後輩、たまに営業電話(これはガチで勘弁してほしい)。
でも、まさか「知り合いの高校生」が、ドアをガラッと開けて
「センパイ! オレ、エンジニアになれるかもしれへん!」
とテンション爆上がりで飛び込んでくるとは、想像もしてなかった。
彼、仮に「タクくん」としよう。ごくフツーの高校2年生。部活はサッカー部、成績は中の中、パソコンの授業では「うわ、めんどくさ」が口ぐせのタイプ。夏休みの課題も、いつも8月31日にヒーヒー言いながらやっつけるタイプの、どこにでもいる男の子だ。
そんな彼が、ノートパソコンを両手で抱えて、目をキラキラさせながら私の前に座った。画面の光を反射して、瞳がなんかもう、成功したベンチャー社長みたいにギラギラしていた。
「見てくれや、コレ。オレが作ってん」
画面に映っていたのは──
お小遣いや家計の収支を管理して、使いすぎたらアラートを出して、「今月ちょっとお菓子代かかりすぎちゃう?」ってアドバイスまでしてくれるアプリ
だった。
一瞬、時が止まった。
正直に言う。ボタン一つひとつのレイアウト、警告が出るタイミングのロジック、データの保存方法。素人が「なんとなく」で組んだものとは、明らかに違う。バグもほぼない。触ってみて「あ、これ普通に使えるやつや……」と、フリーランス歴うん年の私がちょっと悔しくなるレベルだった。
「タクくん、コレどうやって作ったん?」
私の問いに対する答えが、予想の斜め上をいくものだった。
第一章:「とりあえずPro版、課金してみた」
「いやな、数日前にClaude Proに課金してん」
タクくんはあっさりと言った。まるで「コンビニでアイス買ってん」ぐらいのテンションで。
Claudeというのは、アメリカのAnthropic(アンスロピック)という会社が作っているAI、いわゆる「対話型AI」のひとつだ。文章を書いたり、質問に答えたり、コードを書いたりできる、いわば「なんでも屋のAI」だと思ってもらえるとイメージしやすい。ChatGPTと同じジャンルの、いわば「兄弟」みたいな存在だと考えればOKだ。
Proプランというのは、そのClaudeの有料版。より多くのやりとりができたり、複雑なことを頼めたりする、いわば「本気モード」のプランのことである。
「なんとなく気になっててん。課金したら何ができるんやろって。せやから、とりあえず聞いてみたんよ」
そう言って、タクくんはニヤッと笑った。
「**『あなたは何ができますか?』**って、まんまチャットに打ち込んでん」
私は思わず吹き出した。
「いや、それただの自己紹介聞いてるだけやん」
「せやねん。でもな、そこからがオモロかってん」
第二章:質問の雪だるま──好奇心はここまで転がる
タクくんが見せてくれた会話ログを、私も横から覗かせてもらった。これがまあ、見事な「質問の雪だるま式展開」だったのである。
まず、タクくんが放った最初の一言。
「あなたは何ができますか?」
これに対してClaudeは、文章の作成、要約、分析、そして──ここがポイントなのだが──**「ツールやシステムを作ることもできますよ」**という趣旨の返答をした。
これを聞いたタクくんの脳内には、小さな「?」が浮かんだらしい。
「え、ツール作れんの? オレでも?」
そこで彼は、間髪入れずに次の質問をぶつけた。
「どんなツールが作れますか?」
Claudeは、いくつかの具体例を挙げて説明した。家計簿アプリ、スケジュール管理、勉強の記録アプリ、ちょっとしたゲームまで──幅広いジャンルが並んでいたらしい。その中に、なんと「家族」に関するツールというワードがちらっと出てきたという。家計管理とか、家族のスケジュール共有とか、そういう類のものだ。
ここでタクくんの好奇心センサーが、ピピピッと反応した。
「あ、家族に関係あるやつ、ちょっと気になるかも」
なぜ「家族」というワードにピンときたのか。後で聞いたら、理由は意外とシンプルだった。
「うちの母親、よう『お小遣い使いすぎ!』って怒っとってん。オレも『いや、そんな使こてへんし』って言い返すんやけど、実際どんくらい使こてるかオレもわかってへんくて。そこで、ハッてなってん」
母と子の永遠の攻防戦。それが、彼のアプリ開発の原点だった。世の中の大発明とか大発見って、案外こういう「日常のちょっとしたイラつき」から生まれるものなんかもしれない。
そして彼は、こう畳みかけた。
「家族に関係することで、何ができますか?」
「それって、どうやったらできますか?」
「それって、どういうものですか?」
「オレでも作れる?」
「難しい言葉わからんから、もっと簡単に説明して」
一つ質問すると、答えが返ってくる。答えの中に気になるワードが混じっている。そのワードをまた深掘りする。わからない言葉が出てきたら、遠慮なく「もっと簡単に」とお願いする。これの繰り返しである。
まさに「好奇心の雪だるま」だ。転がすたびに、どんどん大きくなっていく。
昔から日本には「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」という言葉がある。まさにこれを地で行くスタイル。タクくんは恥ずかしがることなく、ひたすら「これは?」「あれは?」と聞き続けた。その結果──
「気づいたら、お小遣い管理のアプリ作ろうってなっててん」
と、彼は笑いながら言った。
第三章:ゼロから形になるまで──深夜のキッチンテーブル奮闘記
ここで多くの人が疑問に思うはずだ。
「いやいや、質問しただけで、そんなアプリがポンとできるわけないやろ」
その通り。もちろん一発でできたわけではない。ここからが、実は今回の記事でいちばん語りたい部分だったりする。
タクくんは、キッチンのダイニングテーブルにノートパソコンを広げ、夜な夜な「格闘」を続けていたらしい。お母さんに「はよ寝ぇ!」と怒られながらも、こっそりブランケットにくるまってカタカタとキーボードを叩く高校生。想像するとちょっと絵になる光景だ。
ステップ1:「作りたいもの」を言葉にする
最初の壁は、「自分が何を作りたいのか、うまく言葉にできない」ことだったという。
「オレ、最初『お小遣い管理するやつ作って』としか言えへんかってん。せやけどClaudeが『それってどんな機能が欲しいですか? 入れたお金を記録するだけでいいですか? それとも使った分も記録したいですか?』って、逆に質問返してきてん」
そう、Claudeはただ命令を聞くだけの機械ではなく、こちらの意図を掘り下げるために質問を返してくることがある。まるで、優秀な喫茶店のマスターが「今日はどんな気分? いつもの一杯にする? それとも違うのがいい?」と聞いてくれるような感覚だ。
タクくんは、この「逆質問」に答えていくうちに、自分でも気づいていなかった「本当に欲しかった機能」がどんどん見えてきたという。
- お小遣いをもらった日を記録したい
- 何にいくら使ったか、カテゴリごとに分けたい(お菓子、ゲーム課金、交通費……)
- 使いすぎたら教えてほしい
- できれば「来月はこうしたら?」ってアドバイスもほしい
「自分でも、こんなにいろいろ欲しがってたんやって、逆にビックリしてん」
ステップ2:はじめての「動くもの」、そして最初の絶望
Claudeとの対話を重ねながら、タクくんは少しずつ「コード」というものに触れていく。プログラミング言語自体は詳しくなかったが、Claudeが書いてくれたコードを、言われた通りにコピー&ペーストして、実際に動かしてみる。この繰り返しだ。
最初に画面に「収支を入力するフォーム」が表示されたときは、思わず「うぉっ」と声が出たという。
「なんかもう、めっちゃ嬉しかってん。オレが考えたもんが、画面に出てきたんやで? スマホゲームのガチャ当たったときより興奮したかも」
しかし、喜びも束の間。次の日、機能を追加しようとした瞬間──
「画面が真っ赤になってん。なんか英語のエラーメッセージがバーッと出てきて、正直、心臓止まるかと思った」
いわゆる「プログラミングのエラー」というやつだ。ちょっとした文字の打ち間違いや、書き方のクセひとつで、プログラムはあっさり動かなくなる。プログラミングをやったことがない人からすると「たった1文字でなんで全部止まるん?」と思うかもしれないが、これはコンピューターの世界の宿命みたいなものだ。コンピューターは、驚くほど賢いくせに、驚くほど融通が利かない。
「その真っ赤な画面、そのままコピーして『コレどういう意味?』ってClaudeに聞いてん。そしたら『ここが原因やと思います、こう直しましょう』って、めっちゃ冷静に教えてくれてん。オレがパニクってんのに、向こうは全然パニクってへんくて、それがなんか逆に落ち着いたわ」
彼にとって、Claudeは「答えを一方的にくれる機械」ではなく、**「一緒に考えてくれる相棒」**だったのだ。
ステップ3:「警告機能」で味わった、地味だけどデカい達成感
一番苦戦したのは、「使いすぎたら警告を出す」機能だったという。
「これがまためんどくさくてな。『いくら使ったら警告出す?』とか、『月の途中で判定するの? 月末にまとめて判定するの?』とか、細かいこと考えなあかんくて。正直、途中で『もうこれでええやろ』って投げ出しそうになってん」
野球界の名将、野村克也さんの有名な言葉に「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」というものがある。負けには必ず原因がある、という意味だ。タクくんのアプリ作りも同じ。エラーという名の「負け」が出るたびに、その原因をひとつずつ潰していった。その積み重ねが、最終的に「不思議じゃない、当然の勝ち」=完成したアプリにつながったのだと思う。
そして、ついに警告機能が動いた瞬間──画面に「今月ちょっとペース早いで!」というメッセージが、ポップアップでちゃんと表示された。
「その瞬間、深夜1時やのに、ひとりでガッツポーズしてもうたわ。誰も見てへんのに」
深夜のキッチンで、ひとりガッツポーズする高校生。想像するだけでちょっと笑える、けど、なんかグッとくる光景でもある。
ステップ4:家族という名の「最初のユーザーテスト」
ある程度形になったところで、タクくんはお母さんに「これ使ってみてや」と見せたという。エンジニアの世界では、こういう「実際の利用者に試してもらう」ことを「ユーザーテスト」と呼んだりする。タクくんは、それを知ってか知らずか、自然にやってのけていた。
「母親に見せたら、最初は『何コレ』って半信半疑やってんけど、実際に自分のお小遣い……じゃなくて、家計簿がわりに使こてみたら、『あんた、コレほんまに作ったん?』ってめっちゃ驚いててん」
さらに、お父さんまで巻き込んで、「じゃあ光熱費もこれで管理してみよか」という話になり、気づけば一家総出の「家計管理システム」に進化していったというから面白い。
「最初はオレのお小遣いのためやってんけど、いつの間にか家族全員のためのアプリになっとった。なんでやろな」
小さな個人的な悩みから始まったものが、気づけば家族みんなの役に立つものに育っていく。これもまた、モノづくりの醍醐味なんだと思う。
第四章:学校での「まさか」の展開
話はこれだけでは終わらない。タクくんの武勇伝には、まだ続きがあった。
夏休み明け、彼はクラスの友人にこのアプリを見せびらかした。「見てくれ、オレこんなん作ってん」と。最初は「またタクの謎自慢か」と軽くあしらわれていたらしいが、実際に画面を見せると、友人たちの反応が一変したという。
「『え、マジで? これタクが作ったん?』って、みんな食いついてきてん。そこから『オレの分も作ってや』とか『部活の出欠管理するやつ作れる?』とか、なんか注文が殺到してもうて」
さらに驚くべきことに、この噂を聞きつけた情報の授業を担当する先生が、タクくんに声をかけてきたという。
「先生に『それ、文化祭の発表で見せてくれへんか』って言われてん。オレ、めっちゃビビったけど、なんか嬉しくて二つ返事でOKしてもうた」
一介の高校生が、ふとした好奇心から始めたAIとの対話が、まさか学校の文化祭の発表にまで発展するとは、本人もまったく予想していなかったに違いない。人生というのは、本当にどこでどう転がるかわからないものだ。
「文化祭の発表、緊張しすぎて前日ほぼ寝られへんかったわ。でも発表終わったあと、知らん後輩から『先輩、めっちゃかっこよかったです』って言われて、ちょっと泣きそうになってん(笑)」
第五章:完成したアプリを見て、私が感じたこと
改めて、タクくんのアプリを触らせてもらった。
- お小遣いを入力すると、自動で残高が計算される
- 使いすぎ傾向があると「今月ちょっとペース早いで」と警告してくれる
- 何にお金を使ったか、カテゴリ別に見える化してくれる
- 「来月はどうしたらいいと思う?」と聞くと、アドバイスまでくれる
- 家族の光熱費や食費まで、まとめて管理できる拡張機能つき
これ、正直言うと、そこらの家計簿アプリよりよくできている部分すらあった。
私がエンジニアとして駆け出しの頃、こういうアプリを作ろうと思ったら、プログラミング言語を一から勉強して、参考書を何冊も買って、それでも「なんでエラー出るねん!」と何日も頭を抱えていたものだ。何ヶ月もかけて、ようやく形になるかならないか、というレベルだった。
それが今や、高校生が「なんとなく課金してみた」の数週間後に、家族全員で使う実用的なアプリを作り上げ、しかも文化祭で発表するところまでいってしまう時代になった。
時代の変化のスピードに、正直ちょっとゾッとした。良い意味で。
第六章:AIは「答えをくれる箱」じゃなく「問いを育てる相棒」
ここでちょっと真面目な話をさせてほしい。
タクくんの一連の行動を振り返ると、彼がやったことは、実はものすごくシンプルだ。
「気になったことを、素直に聞き続けた」
ただ、それだけである。
でも、この「素直に聞き続ける」というのが、実は一番難しい。大人になればなるほど、「こんな初歩的なこと聞いたら恥ずかしいかな」「こんなん聞いてもどうせ大したことないやろ」というブレーキがかかってしまう。会議で「それってどういう意味ですか」の一言が言えなくて、あとで検索するみたいなこと、誰しも経験があるんじゃないだろうか。
タクくんには、そのブレーキがなかった。
「あなたは何ができますか?」
こんなシンプルな一言から会話を始めて、そこからどんどん質問を重ねて、最終的に「家族みんなが使う、動くアプリ」までたどり着いた。これは、AIというものが「質問に一発回答するだけの検索エンジン」ではなく、「対話を重ねることで、一緒にモノを作り上げていく相棒」だということを、何よりも雄弁に物語っている。
かのアインシュタインはこう言ったと伝えられている。
「私には特別な才能はない。ただ、情熱的に好奇心を持っているだけだ」
タクくんの姿を見ていると、まさにこの言葉がしっくりくる。特別な才能があったわけじゃない。ただ、好奇心にブレーキをかけなかっただけなのだ。
「好奇心は猫をも殺す」という英語のことわざもあるけれど、タクくんの場合は逆で、「好奇心が高校生をエンジニアに育てた」と言っても過言ではないだろう。
第七章:エンジニアという仕事のこれから
正直、複雑な気持ちもある。
私はこれまで、「プログラミングができる」ということが、ひとつの強力な武器だと思って生きてきた。何年もかけて技術を磨き、それを仕事にしてきた。
でも、タクくんのような高校生が、数週間でここまでのものを作れる時代になった今、「作れること」自体の価値は、少しずつ変わっていくのかもしれない。
じゃあ、これからのエンジニアに求められるものは何か。
私は、こう思う。
「何を作りたいか」「なぜそれが必要か」を、ちゃんと考えられる力。
道具(AI)はどんどん賢くなっていく。でも、「何を作るか」を決めるのは、あくまで人間だ。タクくんは、「家計管理のアプリが欲しい」という具体的なゴールにたどり着くまで、何度も質問を重ねた。あの過程こそが、実はいちばん価値のある部分だったのだと思う。
「弘法筆を選ばず」という言葉があるけれど、逆に言えば、筆(道具)がどれだけ良くなっても、それを使う人の「何を書きたいか」という意志がなければ、良い作品は生まれない。タクくんには、その意志があった。
道具がどれだけ進化しても、「これを作りたい」という火種を持った人間がいなければ、何も始まらない。タクくんの中にあった小さな火種──「母親との攻防戦」「使いすぎを可視化したい」という日常の些細な悩み──が、AIという強力な燃料を得て、大きな炎になった。それが今回の話の本質なんだと思う。
エピローグ:「オレもエンジニアになれるかな」への答え
帰り際、タクくんはちょっと照れくさそうに聞いてきた。
「なあセンパイ、オレもホンマにエンジニアになれるかな」
私は少し考えて、こう答えた。
「なれるとか、なれへんとか、そんなん今考えんでええよ。お前、もう今日の時点で、ちゃんと『作れる人』やん」
タクくんは、ニカッと笑って帰っていった。
その数週間後、風の噂で聞いた話だが、タクくんは今度は「部活の出欠管理アプリ」の制作に着手しているらしい。文化祭で注文が殺到した、あの約束を律儀に果たそうとしているようだ。頼まれてもいないのに、勝手に機能を増やしては、また友人に自慢しに行っているという。もう、すっかり「作る人」の顔をしていた。
彼がこれから本当にエンジニアになるかどうかは、わからない。サッカー選手になるかもしれないし、まったく違う道に進むかもしれない。
でも、ひとつだけ確かなことがある。
「気になったら、とりあえず聞いてみる」
この姿勢さえ持っていれば、AIという相棒を得た今の時代、誰だって、何かを「作る人」になれるということだ。
もしこの記事を読んでいるあなたが、「自分には無理」「エンジニアなんて特別な人がなるもの」と思っているなら、ぜひ一度、Claudeに向かって、こう打ち込んでみてほしい。
「あなたは何ができますか?」
そこから始まる質問の雪だるまが、あなたをどこに連れていってくれるか。それは、誰にもわからない。でも、少なくともタクくんは、その先に「自分だけのアプリ」を見つけ、家族を驚かせ、友人を驚かせ、先生まで巻き込んで、文化祭のステージにまで立ってしまった。
次はあなたの番だ。
キッチンのテーブルでも、電車の中でも、布団の中でもいい。スマホひとつあれば、あなたの「雪だるま」も、今日から転がり始める。
※本記事は実際のエピソードをもとに構成しています。登場人物の名前は仮名です。
