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心理的安全性を高めると、居心地は悪くなる?

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Last updated at Posted at 2026-03-01

はじめに

「心理的安全性」という言葉に、どこか胡散臭さを感じたことはありませんか?

大事だと言われているけど、結局なんなのかよく分からない。
なんなら、生産性を下げているようにすら見える。

失敗しても怒られない。否定されない。みんな優しい。
そういう「心地よい職場」のことだと思っている人が多いと思います。

調べてみると違うようです。

世間のイメージ

世間で語られる心理的安全性のイメージはこうだと思います。

  • 自由に発言できる
  • 失敗しても責められない
  • 褒めることで活発な発言を促す

悪くないですが、この一面だけが独り歩きしています。

「みんなに優しい、居心地の良い職場」

そんなイメージはないでしょうか。

本当の定義

心理的安全性の提唱者である、エイミー・エドモンドソン教授。
著書『恐れのない組織』で、こう定義しています。

「対人関係のリスクを取っても安全だと信じられる環境」

無知、無能、ネガティブ、邪魔だと思われるかもしれない発言をしても、
罰せられたり恥をかかされたりしないという確信。

そして重要なのは、人格は守られるが、アイデアや行動は徹底的に叩かれるということ。
組織が進化するために、必須の要素です。

ここで言う「安全」とは、リスクを取っても致命傷にならないこと。
「快適」や「心地よい」とは、まったく違います。

4つのゾーン

心理的安全性は、単独では機能しません。
「仕事の基準」との組み合わせで、4つのゾーンに分かれます。
仕事の基準とは、責任・成果へのプレッシャーという意味合いです。

4つのゾーン

目指すべきは「学習ゾーン」。高い目標に向かい、失敗から学ぶ場所です。

心理的安全性が高くても、基準が低ければ、ただのぬるま湯です。
「心理的安全性が高ければ良い職場」とは限りません。

失敗の分類

心理的安全性が高い環境でも、すべての失敗が許されるわけではありません。
エドモンドソン教授は失敗を明確に分類しています。

称賛すべき失敗

  • 仮説検証のための実験
  • 新しい挑戦による失敗

非難されるべき行為

  • 怠慢、不注意
  • 規律違反
  • 隠蔽

避難されるべき行為は、厳正に対処されるべきです。
心理的安全性とは関係ありません。

私の解釈

ここまでを踏まえると、こう言えます。

心理的安全性を高めることは、大多数の居心地を悪くすること。

心理的安全性が高い=快適な職場、というイメージがあるかもしれません。

高い基準と、健全な衝突と、隠せない透明性。
それを「安全」と呼べる人にとっては天国ですが、そうでない人にとっては地獄です。

なぜ居心地が悪くなるのか

では、なぜ居心地が悪くなるのか。
多くの人が「良いこと」だと思っているはずなのに。

それは、今まで許されていたことが許されなくなるからです。

沈黙が許されなくなる

心理的安全性が高い環境では、「発言しないこと」が目立ちます。

会議で黙っていても許される時代が終わります。
意見はあるのに言わない。
「安全じゃないから」ではなく、「リスクを取りたくないから」。
心理的安全性が高まると、その言い訳が通用しなくなります。

隠す場所がなくなる

情報がオープンになり、誰が何をしているかが見えます。

分厚い階層構造や、曖昧な責任分界点。
これらは、成果を出していない人にとって最高の隠れ蓑でした。
心理的安全性が高い環境では、その隠れ蓑が剥がされます。

「良い人」の定義が変わる

これまでは「和を乱さない人」「空気を読む人」が良い社員でした。

心理的安全性が高い環境では、良い社員とは
「異論を唱える人」「上司のミスを指摘する人」となります。

今まで通り静かに真面目にやっているのに、なぜ評価されないのか。
価値観が変わり、結果的に居心地の悪さとなります。

居心地が悪いのは、環境が悪いからではない。
自分が変わることを求められているからです。

心理的安全性を壊すのは誰か

エドモンドソン教授が想定した世界

教授が解決しようとした問題は明確です。
「恐怖で声を上げられない人を、どう救うか」

上司の圧力、言論統制、意見の制圧。
こうした環境では、当然、心理的安全性は育ちません。

現実に起きていること

しかし現実には、心理的安全性という概念そのものが武器化される状況が散見されます。

「厳しいことを言われた」「自分の意見が否定された」
それを 「心理的安全性が脅かされた」 と主張する。

その主張をされた側は、もう正当なフィードバックすら言えなくなる。
心理的安全性がない状態になります。

「心理的安全性が脅かされた」と言う行為が、相手の心理的安全性を奪っている。
自分を守る盾になり、「変わらなくていい免罪符」として使われている。

フリーライダーが組織を壊す

この構造を放置すると、組織全体に波及します。

真面目にリスクを取って報告している人たちがいる。
その隣で、隠蔽して逃げ切っている人がいる。
しかもそれが許されている。

「正直者がバカを見る」状態です。

これが放置された瞬間、真面目にやっている側は思います。
「なぜ俺たちだけがリスクを取っているのか」
そしてチーム全体の心理的安全性は崩壊します。

フリーライダーを許容することが、組織全体の基準を下げている。

結論

心理的安全性は「環境」に宿るものです。

そして心理的安全性とは、言うべきことを言うための土台です。
健全な衝突を可能にするための土台で、居心地の良さではありません。

環境が整っていても、報告しない人、隠す人、逃げる人はいます。
それは環境の問題ではなく個人の問題で、混同してはいけません。

環境の問題は、組織が解決すべきこと。
個人の問題を、環境のせいにすることは、心理的安全性の誤用です。

正しい定義を知れば、見える景色が変わります。
誰が本当に環境を良くしようとしていて、誰がその言葉を盾にしているのか。

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