はじめに
はじめまして。Ry2Xといいます。システムエンジニアをしている一般人です。
今回は、Windows11からLinuxへ乗り換えて半年以上たったので自分がなぜLinuxに移住したのかをつらつらと書いていきたいと思います。
私の現在のデスクトップ環境
Windows 11への「静かなる」不満
Windows11に対し、2025年初頭からとある違和感を覚えていました。
それは一言でいえば 「自分のPCを自分の制御化に置けていない」 というシステム管理者としての違和感でした。
1. 「資源の私物化」とブラックボックス化
Windows11はアイドルで4GBを超えるRAMを当たり前のように使用します。
・アイドル: 4GB以上
・Chrome: 1GB
・VSCode: 1GB
・WSL2: 1GB
・Disocrd: 1GB
これだけで既に、8GB以上のRAMを消費するシステムです。(かなり少なく見積もってるつもりですが...)
なにもしていないはずのOSが、開発で使用する大切な資源であるメモリを勝手に消費している。
その裏では、頼んでもいない「テレメトリ」収集や広告、ネイティブアプリに組み込まれたWebView2、そしてWindows Updateが自分たちのリソースを貪ってきます。
補足: WebView2はElectronのサブセットのようなものですが、実態はブラウザエンジン。つまり、起動しているだけでメモリを食い潰す「見えない負債」です。
これは「ユーザーを支援するOS」ではなく 「ユーザーにリソースの献上を強制するOS」 ではないでしょうか。
定期的に感じる 「OSに飼われている」 ような感覚が積み重なっていきました。
2. 個人のワークフローとの乖離
またUIデザインや操作系統も、私が求めるものからかけ離れたものだと感じていました。
- 「不要な荒野」としてのデスクトップ
私は普段スタートメニューやランチャーからアプリを呼んで使用していました。そのため、デスクトップには7個くらいのいつも使用するアプリやフォルダのショートカットがあるだけでした。
普段から壁紙展示場にしていた自分にとって壁紙変更のためのソフトなどほしいものはWindowsの世界には存在しませんでした。wallpaperengine?知らないね
さらに追い打ちをかけたのはスタートメニューへの広告の進出でした。これはOSに「ここはお前の場所じゃない」と言われた気分でした。
検索結果に誰も頼んでいないWEBの検索結果を表示したりするのは100歩譲って許しますが、広告は本当に「?」でした。
- ルーレットと化すウィンドウ管理
基本的に1モニター1ウィンドウで作業する私にとって、ALT+TABによる切り替えは生命線で最も仕様するキーバインドでした。
しかし、WindowsのALT+TABはウィンドウを開いた履歴順に並べられるため「何回押せば目的のウィンドウが来るか」が極めて分かりにくいシステムです。
結局、狙ったウィンドウを通り過ぎてマウスに手を伸ばす。キーバインドにイライラしても仕方ないが確実に集中力を削いできます。
- ショートカットできないショートカットキー
ALT+TABの代わりに仮想デスクトップを使用した時期もありました。
しかし、仮想デスクトップの移動はWIN+CTRL+RIGHTまたはWIN+CTRL+LEFTです。
これでは1番目から4番目に移動したいときはこれを3回連打しないといけません。
私は1番目から4番目に「ショートカット」したいのにそこには1番目から4番目へ「ステップアップ」する方法しか与えられません。
即座に確認して戻りたいのに、何度もアニメーションするモニターを眺めるのは退屈そのものです。
「開発環境」としての限界
長らく、私の開発フローは「Windowsで実装し、Linuxへデプロイする」というものでした。
それがこの業界のスタンダードであり、当たり前のことだから何の疑いも持っていませんでした。
しかし、Windows 11への不信感が募るにつれ、以下の開発環境としての異常さが無視できなくなりました。
1. 「二重言語」を強いる非効率
あなたのDockerではどんなOSが動きますか?クラウド(AWSやOCI)ではどうですか?
全てLinuxではないでしょうか。
それなのに手元のOSであるWindowsだけが、UNIXの世界に繋がらないPowershellとコマンドプロンプトという独自言語・独自実装の使用を強制してきます。
macOSであれば、Linuxの世界でも動くシェルスクリプトを書いて本番へ持っていけるでしょう。
しかしWindowsではどうでしょうか?Windowsで「Windows語」を用いて修正した問題は、デプロイ時に「UNIX語」に翻訳しないといけません。
この翻訳のコストを個人開発でも払い続けるのは無駄であると感じました。
2. WSL2という「妥協」
「WSL2があるから大丈夫」という意見もあります。
確かにLinuxサブシステム・Hyper-Vは優れた基盤ですが、それはあくまで 「Windowsという巨大な不純物」 の上で動くエミュレーションに過ぎないと感じるようになりました。
- リソースの二重課税状態
肥大化したWindows11がメモリを貪り、その上でさらにWSL2がLinuxのリソースを要求する。
本来ならWindows11が消費しているメモリの大きさがあれば、Linux程度そのメモリ内で実行できないのでしょうか?
その不要なテレメトリを停止してリソースを回すことはできないのか?
ここに合理性が見出せなくなり、最終期には開発環境はOCIへデプロイしていました。
- ネットワークの迷宮
特殊なプロキシやVPN保護環境下ではWSL2のネットワークに関する設定は「開発」ではなく「インフラエンジニアの本業」です。
あなたは、K8sでも使用するのでしょうか?いいえそれはWSL2です。笑わせますね。
- 問いのはてに
これらの不信感、疑問の果てに1つの結論が頭に浮かびました。
「UNIX互換のないOSの上で、苦労してLinuxを模倣する意味がどこにあるのか?」
最初からLinuxの上で、Linuxのために開発すればいい。
開発環境を「Windows」という制約から解き放つことは、もはや私にとって「好み」の問題ではなく、目的となりつつありました。
移行のきっかけ(ターニングポイント)
1. 偶然の出会い、偏見の崩壊
転機は、いつもどおりのYoutube迷宮を徘徊していたときに訪れました。
たまたま見かけた英語圏のVtuberである星乃リナさんが、Fedora Linux上で鮮やかに開発環境を操っていました。
その時のアーカイブではありませんが、このシリーズでした。
声とトークの感じが好みだったのもあり、 ついつい長時間見入っていましたが、そこで得た気づきは大きなものでした。
「Windowsじゃなくても、いや、Linuxのほうが快適に開発ができるのではにか?」
私の記憶の中にあるLinuxデスクトップは、どこか前時代的で、常用にはある程度の覚悟が必要と感じさせるものでした。
しかし、その配信で写っていたのは、洗練され、合理化された「現代の道具」としてのOSでありデスクトップでした。
2. ウィンドウを並べるという新しい秩序
先のリノさんの配信で衝撃を受けた私は調査を進めました。
その中で私の認識は完全な誤りであったことを痛感することになりました。
現在、Linuxデスクトップの世界はX11という古いシステムから、Waylandというモダンなウィンドウシステムへの移行期にあります。
それに伴い、多種多様なウィンドウマネージャ(WM)が爆発的に進歩しています。
特に私の心を掴んだのは、タイル型ウィンドウマネージャ(Tiling WM) という概念でした。
Windowsのようにウィンドウを重ねて管理する「Floating」ではなく、画面を自動的に分割し、整列させる。
そして、仮想デスクトップをワークスペースとし「1,2,3,4..」と番号をつけて管理する。
これこそが、私が無意識に求めていた「明瞭なウィンドウ管理」そのものなのではないかと直感的に感じました。
3. Arch Linux:究極の「足し算」OS
今までの実務経験、そして様々な情報を検索しどのディストリビューションを使用するかを吟味していました。
そして、数あるディストリビューションの中から見つけ出したのがArch Linuxです。
"The default installation is a minimal base system, configured by the user to only add what is purposely required."
(デフォルトのインストールは最小限のベースシステムであり、ユーザーが必要なものだけを意図的に追加して構成する)
このArch Linuxの思想を読んだとき、なにかのピースがハマったような気がしました。
リソースを勝手に奪い、頼んでいないテレメトリを収集し広告を押し付けるWindows11。
それに対して、「自分が望んだもの以外が存在しない環境」 を謳うArch Linux。
「OSに飼われる」日々を終わらせ、自分が完全な管理者として君臨する環境を構築する。
そのためのピースが、すべて揃った瞬間でした。
4. Protonというゲームチェンジャー
Linux移住を検討する際、多くのエンジニアにとっての「ラスボス」として君臨するのが、ゲーム環境の問題です。
「開発はLinuxの方が快適だが、趣味のゲームのために結局Windowsを残さざるを得ない」
この二重生活が、移住への最後の一歩を躊躇させてきました。しかし、Valve社が放ったProtonという技術が、そのパワーバランスを根本から破壊しました。
Protonについて語ると長くなるので、詳細は調べてください!
- 最後の「Windowsである理由」の消失
実のところ、私がプレイするタイトルのほとんどはProton上で「当たり前」に動作しました。
懸念されるアンチチートについても、私の場合は問題となるタイトルが2つ程度に絞られていたため、当初はその2つのためにWindows11をデュアルブートで残すという選択をしました。
結果として、今ではその2タイトルも遊ばなくなったため形式的にWindows11が残っています。
Linuxへ移住して見つけた「自分に合う環境」
Windows 11を捨てて半年。今の私の手の内にあるのは、「私を飼ってくるOS」ではなく「私がコントロールするOS」です。
そこに不信感はなく、常にトライアンドエラーでお互いを磨き上げていけるそんな満足感に満ちています。
1. 「主権」の奪還
最も大きな変化は、OSが 「勝手に何かをする」 ことがなくなった点です。
Arch Linuxという最小限のベースに、Linux-zenカーネルを組み合わせた現在のOSは、私の許可なくメモリを浪費したりしません。
アイドルは1.4GB~1.7GB、4GB超えを消費していた日々は今や遠い悪夢のようです。

2. ストレスフリーなワークフロー
ウィンドウ管理のストレスも、Hyprland への移行で完全に解消されました。
タイル型WMによる自動整列、ワークスペースシステムによる高速なウィンドウ切り替え。
さらに、自分が足りないなぁと思ったちょっとしたツールを自作するまでになりました。

3. デベロッパーとしての「純粋さ」
「Windowsで書いてLinuxへ投げる」という不条理な翻訳作業も消えました。
手元の環境と本番環境が直結し、Docker内のネットワーク構成も、OSの機嫌を伺うことなく「ネイティブな挙動」として制御できています。
この半年間で得たものは、単なる「軽いOS」ではなく、 「エンジニアとしての自由に管理し研ぎ澄ますことができる作業机」 そのものでした。
まとめ:自分だけの環境を構築する価値
正直に言って、私はLinuxデスクトップが万人におすすめできる代物だとは思っていません。
トラブルを自分で解決する時間を「無駄」だと感じるなら、今のままWindowsやmacOSに留まるのが賢い選択で正解なはずです。
しかし、もしあなたが 「OSに飼われている」 という拭い去れない違和感を抱えているなら。
OSという道具が自分の思考を邪魔していると感じるなら。
一度その鎖を断ち切ってみる価値は、間違いなくあります。
ディストリビューションごとに異なる思想はありますが、それでもLinuxはあなたをシステムの管理者として信頼し全てを委ねてきます。
そうやってあなたは、自身のシステムの神となり自分のイメージした夢の環境を作る「力」を得ます。
そこにある「価値」をどう感じるかは、人それぞれだと考えています。
ただ、私はその先にある「自由」に、心から満足しています。
もし、あなたがその決断を下し、新しい世界の境界線を見たときには、ぜひあなたの感じたことを教えてください!
