お断り
この記事はゲームプログラマー志望現役ITエンジニア系ゲーム実況配信者の渦輪リクトが自分と同じ失敗をする人が減るように願い書いたものです。
ターゲットはあくまで「本気でゲーム業界を目指す上で失敗談を知りたい人」です。
専門学校入学後の話のため学校選びの参考にしないでください
自業自得なことばかりですが同じ道を歩む者がいなくなることを祈ります。
不快になられた方はこの記事を見なかったことにして、ブラウザバックをお願いいたします。
個人特定を避けるため一部誇張、脚色、抜粋、改変等ございます。
原型がほぼ留められていない個所もありますが、反省点等はそのままです。
予めご了承ください。
結論
おそらく皆さんが知りたいのはこれだけだと思うので学校生活から得たやるべきだったことを書き記します。
・受け身になるな
・学校内評価より外部評価
・インターンは最優先
・実績は外部に公開しろ
・学校紹介のバイトは積極的に受けろ
・就活の保険は絶対に掛けろ
こんなところです、詳細知りたい方は続きをどうぞ。
まず自分の人生における根本的な失敗は
受け身になりすぎ
これにつきます、最初の一歩だけ自分で踏み出せばあとは周りの環境に揉まれることで何とかなると思い込んだのが根本的な原因です。
断言します、揉まれはしますがそれを活かせずに詰みます。
急いでる方に向けて一番言いたいのは、
学校内での評価を得るより、外部での評価を取れ
学校は入っただけでは業界に入れることを保証しません。
ですが業界人とのつながりはひょんなことから思わぬ縁を頂くことだってあります。
なので学校は勉強する場所と割り切りましょう、学校の課題をすることは人事からしたら普通のことです。
因みに私の友人でゲーム業界は入れた人はインターン経由が多いです。
もし時間が戻ったらどうするか
もし自分が専門学校入学前までタイムリープできたらどうするか。
記事を見ている皆さんの参考になるよう記しておきます。
1.入学直後から産学連携プロジェクトを希望する
後悔してたのに何言ってんだと思われるかもしれませんが、問題だったのは卒業年度にやったことであってそれより前に実績公開ができれば有効です。
自分が参加したプロジェクトは卒業年度に進級後から開始しています。
どういうことかというと低クオリティの物を世に出すわけにもいかないので完成の目途が見えるまで口外禁止です、流出したら即中止解散。
そのため一定期間は就活において制作の苦労話だけで戦わなくてはいけません。
1年生の時点でやっておくことで実績ができます、これは私が当初見込んでいた就活期間終盤で出すよりも有効です。
何故なら新卒採用に積極的な企業は早い時期に人材を確保し、枠が充足になっています。
単純に応募先が減ります。
2.外部イベントに集中する
お察しかもですがこれが大事です、正直学校のカリキュラムでの苦労は待ってても、あちらからやってきます。
ですが外部イベントは自由参加かつ、何をやっているのか、どんな成果ができたかを公開していたりするので人事からしたら「あ、あのイベントも参加したのね」となりやすいです。
今だと「ゲームクリエイター甲子園」とか「神ゲー創造主エボリューション」とかが少なくとも私の中では有名。
企業主催のインターンもこれに含まれます。
もし1番の話がお流れになった場合、こちらに力を入れておくことで声がかかる確率が上がると思います。
3.実績は常に外部へ公開
皆さんはGitHubのアカウントを持っているはずです、持ってなかったら作りましょう、ゲーム業界関係なくプログラミング全てで必須なことが多いです。
そしてイベントで配布する名刺にQRコードとアカウント名を入れましょう。
余裕がある人は1年の時点でポートフォリオサイトを作るのもありです、最初はGoogleSiteのテンプレートでも構いません、後からHTMLなりJavaScriptなり使って自分のサイトを持てば大丈夫。
公開しておくことで「最初は微妙でしたがこんなに成長しました」という成長率の比較が成立します。
あと人事の方は人の名前を憶えてる人が地味に多いです。
やっておくと「え!あの○○君⁉」みたいなことがあるかも
大体の人に応用できるのはこの三つです、以下はあくまで自分の場合なので臨機応変に参考にしてみてください。
学校で紹介されたバイトは積極的に応募
高校入学直後からバイトするほどのバイト人間であった私は以下の理由で学校紹介のバイトを断っていました。
・募集がほとんどデバッガー
デバッガーを軽視しており、プログラマーに拘っていた私は断り続けてました。
そもそも配信を見ている方はわかるかもですが私自身達人ほどゲームが上手いわけではありませんでした。
・交通費が出ず、定期圏外が多かった
当時投資というものに興味のかけらもない程だったので抵抗がありました。
今思うと一番やっちゃいけない
・既に働いてるバイト先の迷惑になると思った
もちろん前のバイトを辞めなければならなくなります、しかし自分は当時寂しいと迷惑かけたくない気持ちが出てきて躊躇してしまいます。
今思うと人手不足のために営業時間の調整を頻繁に行っていた店だったため杞憂でした、そもそもチェーン店なので逆に店側からしたら余計なお世話。
どの行動も面接等で話すと「本当にゲーム業界に入りたいのだろうか」と思われます
余談ですが学校で告知される求人はキャリアセンターか講師経由、OBが出したりするためブラック率が低かったりします。
今働いてるIT企業も学校経由で入りましたが最高です。(ゲーム会社じゃないこと以外)
私が通っていた学校の場合、就活の時に「新卒の離職率が高すぎて学校出禁になった企業がある」という話があるので割と信頼できます。
お前誰
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ここからは完全に自分の経験談を記していきます。
活動名:渦輪リクト
2026年1月から毎週土曜にYouTubeでゲーム実況してる現役IT企業社員です。
どんな学校に行ってたの?
ゲーム開発系の専門学校、ゲーム関連なら全部を網羅してました。
ただ学費はめっちゃ高かったです、なので新卒にして700万の奨学金を背負ってます。
のこのこと何やってた?
先に言っておくとめっちゃ遊んでたわけではありません
学校サボってパチンコ打ちに行ってたとか、ゲームの発売日にサボって徹夜してたとかでもないです。
逆に経験としてやってみたかったと思うレベル
講師と同期をネタでランキング付けるならと話していたら上位に食い込んだくらいには評価は高かったです。
どんなゲーム作ってたかというと
チーム制作一発目から3Dゲーム制作に挑戦しました、
後にこのゲームはTGSに出展したり、学校と某ゲーム実況者とのコラボで実況してもらったりしました。
その次はNintendo Switch向けのゲーム
Joy-conの加速度取ったりだとかいろいろやりましたね
次はリズムアクションゲーム
ここで事件が起きます
自分の人生を大きく動かすことになるのでここからは次の項で
この時点でそこそこ挑戦しているなと開発経験者の方は思われると思います。
それを加味して続きをどうぞ。
始まる学校からのお願い
最初は小さなことから始まります。
卒業次年度
私が通っていた学校、上級生が新入生の指導をする文化があります。
最初はその上級生が個人的にやってたらしいですが学校側から感謝の証として単位を付与し始めたらしいです。
例に漏れずプログラマー講師から私が推薦され指導することになります、ここまでは別に問題ないです。思わぬバグで勉強になりそうだから。
問題は忘れもしないその授業の初日の休憩時間
担任(講師ではない)
「渦輪くん、推薦するからちょっとこのゲーム制作イベントに参加してみない?」
そう言われて参加したのは様々な学校から参加者が集まるゲーム制作イベント
協賛には大手ゲーム会社が就いており、ゲームが完成すればクオリティ関係なく展示イベントへの出展が確定するものでした。
当時の自分は何も疑いなく参加します、何故なら実績ができるから。
これ自体は誤った選択ではないです、ですが後からどんどん押し寄せる悲劇は、この選択を後悔するほどに襲ってきます。
初のプログラムリーダーになる
私が通ってた学校の説明ばかりになりますが、カリキュラム的にはチームを組みゲームを制作するというものでした。
卒業次年度という就活が見え始めた頃、私はとあるゲームのプログラムリーダーを担当することになります。
クラス設計を十分すぎるくらいに準備して制作を進め、チームの存続をかけたプレゼンに挑みます(落ちれば解散)
修羅場を切り抜けた翌週、チーム全員に召集がかかります、解散だったら当日中のはずだと思い聞いてみると、
プロジェクトリーダー(企画者)が多方面からの圧に耐えられず体調不良で離脱
正直震えました、先週まで一緒に頑張ってゲームを作ってきた仲間です、なぜ気づけなかったのか今でも思います。
講師陣も本気です、期待が大きければ大きいほど圧が強くなる、ですが原因は私にもあるはずなので当時悩みました。
しかし時間は待ってくれません、別のプランナーが本来アサインされますが
プログラムリーダー兼プロジェクトリーダー代理へ
前年にプランニングの授業を履修していたこともあり、まさかの制作続行
その先はよく覚えてません
指示待ち3Dデザイナーとトラブルになりかけたり後述する事件に巻き込まれたり。
そんなこんなで何とかゲームを完成させます。
そしてとんでもないことになってたのを講師陣がくみ取ったのか東京ゲームショウへの出展が決定します。
正直上記もあり本気を出せていませんでしたががまた一つ実績ができました。
連続で東京ゲームショウに出展したことです。
裏で起きてたこと
時間は戻ります
担任から打診されたゲーム制作イベントです。
私自身は就活、推薦という気持ちで参加しました。
しかしそのイベントの参加者には決定的に違う心持がありました。
実はそのイベント
推薦なんていらない自由参加イベントだった
他に同じ学校の人が後輩一人だけなので様子見をお願いされたのかなと思いつつ、そんなそもそもの違いで始まったイベント
最初は上手く制作を進められました、しかし展示直前に事件が起きます。
プランナー 「渦輪さん以外のプログラマーと連絡が取れません、進捗どうなってるんですか?」
自分以外のプログラマー失踪
私以外大学生、業界へ行くことを決めた人間と幅広い選択肢の中の一つに過ぎない人間では違いがありすぎます。
問題点は
GitHubのリポジトリに何も残さず、展示イベント直前に消えた。
反省点として不安が残るのに進行管理を担っていなかった点にあります。
自称、世界中のゲーム制作イベント常連のプランナーがおり、その人物に「見ておくから学校のプロジェクト引き継ぎ頑張って」と言われてたんですね。
そのため私は送られた設計に基づきクラスを作成、GitHubに挙げるを続けてました。
この事件以降プログラマー大学生陣とは音信不通になります。
私はというと「あぁ、今回はトンボ帰りかな」と深夜バスの中で思っていたのですがとある爆弾が投下されます
例のプランナー(個別チャットにて)
「一晩徹夜すれば余裕でしょw、がんばって~」(ママではない要約)
流石に堪忍袋の緒が切れて抗議しました、当たり前です、3ヵ月分の作業数人分を一晩なんて無理だし、
完成したとしても会場で「僕以外のプログラマー消えたんですよ~」なんて言ってる奴を雇おうと思う企業なんてない。
その後もエスカレートし人格否定とも取れるメッセージを送信されたため、スクショを即学校の担任へ送信し報告(イベント設営で運営と連絡がつかなかったため)
学校、イベント運営、本人を交えた話し合いで私が離脱する形でこの事件は幕を閉じました。
今回の反省点
・不安が少しでもあるなら手を焼け
・優先順位をつけて厳しそうなら相談したうえで途中でも断れ
・短期間イベントだからと侮るな、責任者は明確に
・世の中には様々な人がいる、信頼するのは慎重に
またここまで共通する反省点として
知らず知らずのうちにイエスマンになっていた
学校がいうことだから大丈夫とよく考えずに受け入れてました、最初の方にもあった通り学校は就職を保証してくれるわけではありません
自分自身、某有名VTuber事務所のインターンに参加したかった。
内部的に忙しくしても無関係の人からしたら知らない学生の苦労話にすぎません。
それよりも一人でも多く、業界関係者との縁を作り、就活で有利になるよう動くことが大切です。
産学連携プロジェクトに参加
嵐が過ぎ去って平和なゲーム制作を謳歌していたところに一つのお知らせが届きます。
それは超人気IPを利用したゲーム制作の募集
つまり産学連携プロジェクトです
しかも完成すればそのまま発売するという
日程を確認したうえで、これは完成すれば内定間に合うぞ!と今思うと甘い気持ちで立候補しました。
様々な修羅場を切り抜けた私は採用、プログラムリーダーを担当することになりました。
そのIPについて知らなかったのでファンになるレベルで魅力を調べつくしたり。
現在進行形で展開しているIPだったのでイベントに参加してみたり
出せれば余裕と思っていたので就活を犠牲にしつつ
制作は完了、東京ゲームショウへも出展(なんと3年連続)
そのIPのファンの方々から「待ってます!!!」という熱い言葉を頂きあとは監修許諾だけというところで
プロジェクトの進行がストップ
その後どうするのか教務に催促しますが進展は得られず時だけが経ち結局リリースされずに私は卒業してしまいます。
仕方ないです大人の事情ってやつですから。
キャリアセンターの先生から「心配してないけど念のためITで内定取っとけ」と言われてたので無職は逃れましたが、現実逃避して取ってなかったらと思うとぞっとします。
ここでの反省点は、
先行投資は今を整えてからやれ
「初の配信作品が人気IPのゲームになる」という目先の利益に囚われていました。
産学連携プロジェクトに参加できたからって未来が確約してるわけありません、提供した企業も学校も責任は負ってくれません。
産学連携プロジェクトに費やした時間をそのまま就活やインターンに回せばまだ未来はありましたし、内定を取っておけば焦ることなく制作に集中できたはず。
もし当時の自分に何か言葉を残せるなら
「保険を掛けろ、そう簡単に完走できる道じゃない」
ですかね。
その後
IT企業へ入社することがほぼ決まってしまいました。
直前で学校OBからお誘いを受けたものの、CTOから直接「今年、新卒は募集してないので」と言われたりもしてゲーム業界へいけないことの未練や悔しさが残りました。
そもそもなんでゲーム業界を目指してるのか考えてみました、私の結論はこれです。
プレイヤーが楽しんでる姿が好き
某ネズミのテーマパークみたいになりましたがガチです
しかし入社するIT企業はインフラ系、エンドユーザーからは距離があります。
悩みました
就活浪人を考えたり、内定蹴って好きなカードゲームの専門店にバイトで入ろうと思ったりもしました。
というか面接して採用通知も頂いてました。
しかし私には700万の奨学金の返済がある身、安定が必要不可欠な状態のためやむなく断念しました。
次のチャンスは最低でも入社してから3年後の転職
それまで修羅場を経験した忍耐力で耐えるしかありません。
今後
勿論諦めたわけじゃありません。
ITの技術に挑戦しまくって技術を吸収しゲーム業界転職へつなげる
現職の守秘義務の関係で何も言えませんが必ずなんとしてでも繋げます。
副業禁止でゲームを発売できないのでこれが一番近道。
それと並行して学生時代に身に着けた技術の維持やインプットを欠かさず行っています。
配信者活動にUnityを利用したツール制作が入ったのもこれが主目的です。
最後に
学校批判に見えるかもですが自分自身は学校に対した怒りとかはありません。
最終的に行動を決めているのは自分自身なので
強いて言うなら産学連携プロジェクトの件でIPファンの方々を裏切る形になってしまったことがありますが。
自分自身は貴重な体験を用意してくださったので恨みとか、学費返せとかは一切ないです。
この記事はあくまで私自身の失敗談です。同じ学校に通っても全く違う結果になった人もいますので、学校選びの参考にはしないでね。
もしこの記事を見てし質問したかったり気になったりした方は、XのDMまでお願いいたします。
この記事が一人でも多くのゲームプログラマー志望の学生に届くことを祈って
---渦輪リクト