オープンウェイトの広がりは企業に何をもたらすのか
前回の記事では、オープンウェイトAIとは何か、オープンソースとの違い、そしてその普及と規制をどのように考えるべきかを取り上げました。
※オープンウェイトAIについて詳しく知りたい方は、前回の記事「【AI規制の新たな論点】オープンウェイトAIへの規制はどうあるべきか|オープンソースとの違いから考える」からお読みください。
オープンウェイトAIをめぐる議論は、AIを開発する企業や規制を考える政府だけの問題ではありません。
企業側から見ればオープンウェイトAIの広がりは「利用できるAIの選択肢が増える」という変化でもあります。
その動きを考えるうえで注目したいのが中国製AIの存在感です。
DeepSeekやAlibabaのQwenなど、中国企業が開発するAIモデルも存在感を高めています。その中には、AIが学習によって獲得した「重み(ウェイト)」と呼ばれるデータを公開し、企業や開発者が一定の条件のもとで利用できるオープンウェイトモデルもあります。
中国政府も2026年7月に発表したAIの国際協力・発展に関する行動計画で、オープンソースAIのエコシステムを国際的に共有していく方針を示しています。
こうした動きによって企業は特定のAIサービスだけではなく、さまざまなモデルを比較し、自社に合ったものを選べるようになりつつあります。
では、選択肢が増えた企業は何を基準にAIを選べばよいのでしょうか。
その問いを考えるうえで、まず注目したいのが中国製モデルの「低コスト」という特徴です。
低コストな中国製AIは企業の選択肢を広げる
生成AIを業務で利用する企業にとって、コストは重要な判断材料です。
ChatGPTやGeminiなどには一般ユーザー向けの月額プランもありますが、企業が自社のシステムやサービスにAIを組み込む際には「API」を通じて利用する方法があります。
APIとは、外部のシステムやアプリからAIの機能を呼び出して利用するための仕組みです。APIを利用する場合、入力する文章やAIが生成する文章の量などに応じて料金が発生することが一般的です。
一度の利用ではわずかな価格差でも、問い合わせ対応や文章生成、データ処理などで大量にAIを利用するようになれば、その差は積み重なります。
そこで存在感を高めているのが低価格なAPIを提供する中国製AIです。
また、中国製モデルの中にはAIを効率的に動かすための技術を採用しているものもあります。
代表例の一つが「MoE(Mixture of Experts)」です。
MoEでは、AIが持つすべての機能を毎回動かすのではなく、入力された内容に応じて必要な部分を選択して処理します。
会社に例えるなら、何か相談があるたびに全社員を集めるのではなく、その問題に詳しい担当者を選んで対応してもらうような仕組みです。
必要な部分を中心に動かすことで、計算量を抑えながら高い性能を目指すことができます。
ただし、AIサービスの価格は技術だけで決まるものではありません。
各社の価格戦略や競争環境、インフラなど複数の要因が関係します。
そのため、特定の技術を採用していることだけを理由に「このAIは安い」と判断することはできません。
企業側にとって重要なのは、こうした技術競争や価格競争によって、これまで以上に多様なAIを比較できるようになってきたことです。
一方で、選択肢が増えたからこそ新たな問題も生まれます。
価格が大幅に安ければ、それだけで企業にとって最適なAIといえるのでしょうか。
低価格なAIが企業の選択肢を広げていることは確かです。しかし、実際の導入を考えるときには、表面的な価格だけでは見えてこないコストにも目を向ける必要があります。
「API単価が安い」と「導入コストが低い」は同じではない
AIを比較するとき、API単価は非常に分かりやすい指標です。
入力や出力に対してどれだけの料金が発生するのかを並べれば、モデル間の価格差を数字で確認できます。
しかし、企業がAIを導入する立場で考えるとAPI単価だけで判断することはできません。
なぜなら、AIモデルの利用料金は企業がAIを活用するために必要なコストの一部だからです。
例えば、オープンウェイトモデルを自社環境で運用する場合には、モデルを動かすためのサーバーやGPUなどの計算資源が必要になります。
さらに、既存システムとの連携、セキュリティ対策、監視、モデルの更新、障害対応などにもコストがかかります。
外部のAPIを利用する場合でも、社内でどの情報を入力してよいのか、AIの回答をどこまで人が確認するのかといった運用ルールを整える必要があります。
つまり「API単価がどれだけ安いか」と「企業全体としてどれだけ低コストで利用できるか」は分けて考える必要があります。
私は、企業がAIを比較するときには目に見える利用料金だけではなく、導入してから継続的に利用するまでの総コストを見ることが重要だと考えています。
企業がAIを選ぶときに確認したい5つの視点
では、企業は何を基準にAIを評価すればよいのでしょうか。
重要なのは「どのモデルが最も安いか」「どのモデルの性能が最も高いか」というランキングだけで判断しないことです。
自社がAIを使う目的から逆算すると少なくとも5つの視点が見えてきます。
1.導入から運用までのコスト
まずは、API料金を含めて実際にどれだけのコストがかかるのかを確認します。
APIを利用するのであれば、自社で想定される利用量から料金を試算する。
自社環境で運用するのであれば、サーバーやGPU、システム開発、保守・監視なども含めて考える。
見るべきなのは料金表に示されたAPIの単価だけではなく、実際の業務で使った場合に全体でどれだけの費用が必要になるのかです。
2.データをどこで、どのように扱うのか
企業利用ではAIに入力するデータの扱いも重要です。
顧客情報や従業員情報、社内の機密情報などを利用する可能性があるのであれば、入力した情報がどこで保存・処理されるのか、どのような規約が適用されるのかを事前に確認する必要があります。
例えばDeepSeekは、公式のプライバシーポリシーで同サービスが収集する個人データを中華人民共和国で直接収集・処理・保存すると説明しています。
日本の個人情報保護委員会も2025年、DeepSeekの利用に伴って取得された個人情報を含むデータが中国国内のサーバーに保存され、中国の法令が適用されることについて情報提供を行いました。
これは特定の国やモデルを一律に評価するための話ではありません。
クラウド型のAIサービスを企業が利用するときには「どこの企業が作ったAIか」だけではなく「どのサービスをどの環境で利用し、データがどのように扱われるのか」まで確認することが重要です。
オープンウェイトモデルの場合には、自社が管理する環境で運用できるケースもあります。
自社が扱うデータの重要度と選択するAIの提供・運用形態をセットで考える必要があります。
3.セキュリティと回答の特性
AIを選ぶときには性能を示すベンチマークだけでは判断できない部分もあります。
文章作成、プログラミング、社内検索、顧客対応など、用途によってAIに求める能力は異なるからです。
また、生成AIの回答は学習に使用されたデータやモデルの設計、サービス側の調整など、さまざまな要因によって異なる傾向を示すことがあります。
これは中国製AIだけの問題ではなく、生成AI全般について確認すべきポイントです。
特にAIの回答が顧客への案内や重要な意思決定に影響する業務では、一般的な性能評価だけを見るのではなく、自社で実際に想定される質問やデータを使って検証することが重要になります。
同時に、アクセス権限やログ管理など、AIを組み込むシステム全体のセキュリティについても確認する必要があります。
4.地政学・規制の変化に対応できるか
AIは各国の産業政策や安全保障とも関係する技術になっています。
AI向け半導体や関連技術をめぐって各国の政策や輸出管理が変化すれば、AIモデルの開発や提供環境にも影響する可能性があります。
ただし、企業がこうした国際情勢の変化そのものを予測することは簡単ではありません。
だからこそ考えておきたいのは、利用しているサービスの提供条件や関連する規制が変化したときに、自社が対応できるかどうかです。
重要な業務を一つのAIに大きく依存している場合、サービス条件の変更や提供停止が事業に影響する可能性があります。
だからこそ、AIを重要な業務基盤として利用するほど代替手段や切り替えの可能性も含めて考えておく必要があります。
5.導入後も継続して運用できるか
そして最後に確認したいのが導入後の運用です。
生成AIの市場では新しいモデルが次々と登場しています。
現在選んだAIが数年後も自社にとって最適とは限りません。
料金体系が変わることもあれば、より自社の用途に適したモデルが登場することも考えられます。
そのため、AIを選ぶ段階から必要に応じてモデルを見直したり、用途によって複数のモデルを使い分けたりできる設計を検討することも重要です。
AI導入を一度きりのプロジェクトとして考えるのではなく、継続的に評価し、改善していく業務基盤として捉える視点が必要になります。
選択肢が増えるほど企業には「AIを選ぶ力」が必要になる
前回の記事では、オープンウェイトAIの広がりを政策や規制という視点から考えました。
企業の立場から見るとその変化が意味するものの一つが、今回取り上げた「選択肢の拡大」です。
低コストな中国製モデルをはじめ、企業が利用できるAIの選択肢が増えることで、これまで費用面などからAIを活用しにくかった業務でも、導入を検討できる可能性が広がっています。
一方で、選択肢が増えるほど「どのAIを選ぶべきか」という判断は難しくなります。
ここまで見てきたように、企業がAIを選ぶ際には価格や性能だけでなく、データ管理やセキュリティ、規制への対応、導入後の運用まで含めて考える必要があります。
だからこそ私は、これから企業にとって重要になるのは「どのAIが一番優れているか」を探すことではなく「自社にとって何が適しているのか」を判断することだと考えています。
そして、技術や市場環境が変わればその判断も変わる可能性があります。
AIの選択肢が増え続けるこれからの時代、企業には自社に合ったAIを選び、使い分け、必要に応じて見直していく力が求められます。
自社に合ったAIの選定から、開発・導入・運用まで
ここまで、企業がAIを選ぶ際に確認したい判断軸について紹介してきました。
しかし、新しいAIモデルやサービスが次々と登場するなか、それぞれの特徴を比較し、自社の業務や課題に適したAIを判断することは簡単ではありません。
だからこそ私は、最初から特定のAIありきで考えるのではなく、まず企業が抱えている課題や業務を整理し「どこに、何のためにAIを使うのか」から考えることが重要だと考えています。
そのうえで、既存のAIをAPIで活用するのか、社内データを活用できる仕組みを構築するのか、オープンウェイトモデルを活用するのか、あるいは独自のAIモデルを開発するのか。企業の目的や業務に合わせて、方法を検討していきます。
私自身、企業のAI活用について課題の整理や技術選定から、PoC(実証実験)、AI開発、本番環境への導入、その後の運用・改善まで一貫して支援しています。既存のAIを活用するだけでなく、必要に応じてAIモデルをゼロから開発することも可能です。
つまり、特定のAIや導入方法を一律に提案するのではなく、企業ごとの課題や目的を起点に、AIの選定から開発、導入、その後の運用まで一貫して考えることができます。
重要なのはAIを「導入すること」そのものを目的にしないことです。
新しいモデルの登場や料金体系の変更、企業側の事業や業務の変化によって、適したAIや活用方法が変わることもあります。そのため、導入後も利用状況を検証しながら、必要に応じて見直し、改善していくことが重要です。
「自社のどの業務にAIを活用できるのか分からない」
「数多くあるAIの中から何を選べばいいのか判断できない」
「AIを導入したものの、実際の業務で十分に活用できていない」
こうした段階からでも、企業ごとの課題や業務に合わせて、AIの選定・開発から導入、その後の運用・改善まで一貫して私は支援しています。
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長野陸
大学院卒業後、ソフトバンクグループ株式会社に入社し、CEO室にて孫正義のもと成長戦略の立案に従事。経営中枢における戦略策定業務を通じ、事業拡大および意思決定プロセスに深く関与する。続いてアクセンチュア株式会社に参画し、AIおよびWeb3領域における事業戦略の立案を担当。先端技術とビジネスを融合した戦略構築に従事するなど、実務面においても高い専門性を有する。
2023年には、経済産業省が選定する高度IT人材として石川県加賀市のDX推進プロジェクトに参画し、地域のデジタル変革を支援。さらに、第11期ソフトバンクアカデミア生に選抜されるほか、総務省主催の高度人材育成プログラム「SecHack365」、経済産業省の実践型AI人材育成プログラム「AI Quest」にも参画するなど、官公庁および民間双方において高い評価を受けている。
2025年には初の著書、これからのAI時代を生き抜くための『戦略の教科書』として「DeepSeek革命」を出版
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