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ADコンバータの理想と現実 ~実際のADCで理解する音質改善技術~

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はじめに

教科書で登場する ADC(アナログ-デジタル変換器)は、とてもシンプルです。

オーディオ信号であれば、24KHzをターゲットにアンチエイリアスフィルタを適用し、サンプリング周波数を2倍の fs = 48 kHz としてサンプリングすればよいとされています。
(可聴帯域20 kHzをカバーするために、CD音質では44.1 kHzでサンプリングされます。)

しかし、実際のオーディオ用 ADC のデータシートを開くと、事情は大きく違います。

例えば、下記のAnalog Devices ADAU1978には、「ADC」とされるブロック(実際はΣ–Δ変調器)以外に、デジタルフィルタ、ハイパスフィルタ、ゲイン制御、PLL、など、多数のブロックが並んでいます。

image.png

これらのブロックが必要なのでしょうか?
この記事では、仕様値を確認しながら「理論と実装のギャップ」を解き明かします。

理想的ADCと現実のADC

理想モデル

[アナログLPF] → [サンプリング] → [量子化]

サンプリング定理に従い、アナログLPFで帯域をfs/2以下に制限して、fsでサンプリングすれば完全に復元可能されます。

現実の課題

一方で、現実のADCでは下記のような問題が発生します。

  • 急峻なアナログフィルタの実現は困難で、歪みが大きい
  • 量子化雑音がホワイトノイズ的に発生
  • 電源ノイズ、クロックジッタ、入力オフセットなどの不完全性

これらを解決するため、実際の ADC には複数の処理ブロックが組み込まれています。

ADAU1978を参考に内容を確認してみます。

課題を解決するための主要技術

1. オーバーサンプリング

  • 仕組み: 入力信号を最終出力サンプルレート(例: 48 kHz)の数十~数百倍で取り込む

  • 効果:

    • アナログのアンチエイリアスフィルタを緩やかにできる

オーバーサンプリングの最も効果が期待できることは、アナログフィルタを緩やかにすることで、ターゲットとなる帯域で平坦なフィルタを低コストで実現できることがあげられます。

たまに、アナログ信号を見た目的に忠実に再現するためにオーバーサンプリングするいう記述をみかけることがありますが、これは間違いです。

2. デジタルフィルタ(デシメーションフィルタ)

  • 仕組み: 高周波に押し出された雑音をカットしつつ、サンプルレートを所望の 48 kHz / 96 kHz / 192 kHz に落とす

  • 効果:

    • 高性能なアンチエイリアシングをデジタル領域で正確に実現
    • 通過帯域はフラット、阻止帯域は強力に減衰

オーバーサンプリングを行ったままであると、サンプリングレートが高いままで、余計な高周波成分が残ったままの信号となります。これをローパスでカットする処理が必要となります。

ここまでの処理で、すでに標本化、量子化が終わっているため、デジタル処理でフィルタをかけることができます。デジタルフィルタはアナログフィルタに比べて、急峻なフィルタを比較的簡単に実現できるため、オーバーサンプリング技術が成立しています。

3. ΔΣ(デルタシグマ)変調

  • 仕組み: 入力を高サンプリングで 1bit または少数bit に変換し、ノイズシェーピングにより量子化雑音のパワースペクトルを変形し、低周波帯域のS/N比を改善する

  • 効果:

    • 可聴帯域のノイズが大幅に減少
    • デジタルフィルタで容易に除去できる

量子化ノイズは通常、帯域内で均一に広がるのですが、ΔΣ変調を行うと、これを高域側に偏らせることで、ターゲットとなる低域側の量子化雑音のSNを改善することができます。

ADAU1978 のADCはすべてデルタシグマ(Σ–Δ変調器)で構成されています。

ADAU1978 の仕様とブロックの意味

これらの技術はすべて ADAU1978 の内部ブロックで実装されており、スペック表に定量的に記されています。次に、その仕様を見ていきましょう。

1. ADC デシメーションフィルタ

オーバーサンプリングしたデータを所望のレートに戻すためのデジタルフィルタです。FIRやIIRフィルタで構成されます。

fs=48KHzの場合を記載しています。実際の値は、fsのモードによって異なります。

項目 意味
Pass Band 0.4375 × fS ≈ 21 kHz 通過帯域の周波数
Pass-Band Ripple ±0.015 dB 通過帯域内の歪。性能はほぼフラット
Transition Band 0.5 × fS = 24 kHz 減衰開始の周波数
Stop Band 0.5625 × fS = 27 kHz 遮断開始の周波数
Stop-Band Attenuation 79 dB Stop Band以降のノイズ抑制性能。高域ノイズを強力に抑制
Group Delay 22.9844/fS = 479 µs (48 kHz), 35 µs (192 kHz) 群遅延性能。FIRであれば直線位相。

2. デジタルハイパスフィルタ

サンプリングとは直接は関係ありませんが、DC成分や低周波のノイズをカットするためのHPFです。

項目 意味
Cutoff Frequency (−3 dB) 0.9375 Hz DC や低周波ノイズ除去
Phase Deviation at 20 Hz 10° 低域位相ずれは僅少
Settling Time 1 sec 電源投入から安定までの時間

3. ADC 性能指標

ANALOG-TO-DIGITAL CONVERTERSの項目に記載されています。ダイナミックレンジなどの性能が確認できます。

項目 意味
Dynamic Range (A-weighted) 109 dB typ. CD(16bit=96 dB)超の高性能
THD+N −95 dB typ. 歪み+ノイズは実質無視可
Power Supply Rejection 70 dB typ. 電源ノイズ耐性

実際の ADCの処理の流れ

[アナログ入力]
     ↓
(ゆるやかなLPF)
     ↓
[Σ–Δ変調器 (オーバーサンプリング)]
     ↓
[デジタルフィルタ (Passband 21 kHz, Stopband −79 dB)]
     ↓
[HPF (fc=0.94 Hz), デジタルゲイン (0~60 dB)]
     ↓
[PCM出力 (48 kHz)]

PCM出力はI2CやTDM信号として出力されます。

まとめ

現実の ADC では、

  • オーバーサンプリングとΔΣ変調でノイズを制御し
  • デジタルフィルタで帯域特性を正確に確保し
  • PLLでクロックのジッタを抑え
  • HPF・ゲイン制御・クリックレスミュートで実使用に耐える音質を保証

このような工夫が施されて、性能改善が行われています。

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