先に結論
2026年の光半導体を語るとき、去年までの主役は「GPU と GPU を光でつなぐ」話だった。NVIDIA の Spectrum-X Photonics、TSMC COUPE、Broadcom の co-packaged optics (CPO) — 配線を銅から光へ置き換える競争だ。
だが2026年3月、Marvell が Celestial AI の買収を完了した。前払いと業績連動を合わせて最大55億ドル規模の取引だ。Celestial AI が持っているのは GPU 間配線の技術ではない。メモリを GPU から物理的に引き剥がし、光でつなぐ技術だ。
ここから引き出したい主張はひとつ。光インターコネクトの次の焦点が、GPU 間の配線から「メモリの壁」へ一気に集まり始めた。 メモリは GPU の隣に積むもの、という2010年代以来の前提が、2026年に初めて設計上の選択肢として揺らぎ始めた。Marvell がそこに積んだ賭け金は、最大で 55億ドル に達する。
念のため先に温度感を断っておく。これは「メモリの壁が光で解決された」話でも「主戦場が移り終わった」話でもない。実装が広く動くのは数年先だ。動いたのは技術ではなく、業界の視線と金の向きである。この記事は、なぜその視線が動き始めたのかを、公開情報とベンダー発表から組み立てる。
CPOはGPU間配線を光にした。だが、それで解ける問題には限りがある
2026年5月時点で、CPO は本物の進捗を見せている。Broadcom の Tomahawk 6-Davisson スイッチは TSMC COUPE で光エンジンをスイッチシリコンに積層し、102.4 Tbps を実現した。NVIDIA は Rubin 世代で光接続を前提に置き始めた。「5年以内に AI データセンターのインターコネクトは全部光になる」という観測も業界から出ている。
だが、ここで一歩引いて問いを立てたい。GPU と GPU をどれだけ速くつないでも、各 GPU が抱える根本問題は解けない。それは 1個の GPU が触れるメモリの量と速度 だ。配線を光にしても、GPU の隣に積める HBM の容量は増えない。業界の視線が次に向かい始めたのは、この問いのほうだ。
「メモリの壁」を物理で見る
GPU が計算するには、モデルの重みと中間データをメモリに置く必要がある。だが GPU パッケージに積める HBM には、物理的な天井がある。
- 容量: HBM スタックを GPU の周囲に並べられる数は、インターポーザの面積とパッケージサイズで決まる。HBM4 でも1パッケージあたり数百 GB クラスが限界域だ。
- 電力: HBM の本数を増やすほど、その I/O が食う電力が増える。GPU の電力予算は計算に使いたい。
- コスト: HBM は GPU ダイそのものより高くつくこともある。全 GPU に最大容量を積むのは経済的に重い。
もうひとつ、「壁」には帯域の側面もある。GPU の演算性能はこの数年も伸び続けたが、メモリ帯域はそれに比例しては伸びていない。演算ユニットがデータ待ちで遊ぶ時間が増える — これがいわゆるメモリウォールの本体で、HBM はその緩和策として帯域を稼いできた。だが HBM を積む物理的余地そのものが先に尽きる。
結果として現実に起きるのは、メモリの「使われ方の偏り」 だ。あるワークロードは大容量を要求し、別のワークロードはほとんど使わない。なのに HBM は各 GPU に固定で貼り付いているので、余ったメモリを隣の GPU が借りることはできない。データセンター全体で見ると、高価な HBM がかなりの割合で遊んでいる。推論と学習が混在する現代のデータセンターでは、この遊休メモリのコストは無視できない規模になる。
この「固定で貼り付いている」をやめられないか — というのが、光メモリ・ディスアグリゲーションの出発点だ。CPU の世界では CXL がメモリプール化を進めてきたが、HBM 級の帯域をプールしたまま維持するには、銅では距離もレイテンシも足りない。そこで光が出てくる。
Celestial AIのPhotonic Fabric — メモリを数十メートル先に置く設計
Celestial AI の Photonic Fabric は、メモリと計算を分離する。HBM を GPU の隣ではなく、光ファイバの先にある共有プールに置く。
Marvell とベンダーの発表によれば、構想の中核は Photonic Fabric Appliance (PFA) だ。
| 項目 | 発表値 |
|---|---|
| プール可能メモリ | 最大 32 TB の HBM3E / HBM4 |
| アクセス元 | 数百個の XPU |
| 到達距離 | 最大 数十メートル級 |
| レイテンシ | サーバ↔プールで ~250〜300 ns |
| 対 CPO 比 (主張) | 帯域 25倍 / レイテンシ 1/10 |
| 電力効率 | 銅インターコネクト比 2倍超 |
上表はいずれも Celestial AI / Marvell の発表値で、独立検証された量産実機データではない。
数字だけ見ると魔法のようだが、ここは慎重に読む必要がある。たとえばレイテンシ。Celestial AI はサーバから共有メモリプールまで ~250〜300 ns を謳う。これは従来型ネットワークの数十マイクロ秒と比べれば桁違いに速いが、GPU の隣に積んだ HBM のオンパッケージ実効レイテンシとは別物だ。光速の物理(光ファイバ中で 1m あたり約 5ns)を当てると、数十メートル先との往復だけで 100ns 超は乗る。「光だからオンチップ並み」ではなく「ネットワーク越しのメモリとしては破格に速い」と読むのが正しい。
それでも構想の方向は明快だ。メモリを GPU から引き剥がして共有プールにすれば、容量は GPU 個体の物理天井から解放され、遊んでいた HBM を必要な XPU が掴める。「メモリは GPU の隣にある」という前提を、設計から外す。
物理的に何が効いているかというと、銅配線は距離を伸ばすほど信号の減衰と消費電力が急激に悪化するのに対し、光ファイバは距離による劣化がはるかに緩やかだという点だ。だからこそ「数十メートル先のメモリ」という発想が成立しうる。銅で同じことをやれば、距離の代償がレイテンシと電力で跳ね返ってきて、プール化の経済性が消える。光は「距離をほぼタダにする」ことで、メモリを動かす自由を作る — そこが CPO(配線を光に置き換える)と地続きでありながら、狙う果実が違うところだ。
光メモリを狙うのはMarvellだけではない
この注目が一過性の流行で終わらないと言える根拠のひとつは、賭けているのが一社ではないことだ。
- Celestial AI(Marvell 傘下): Photonic Fabric。メモリプールへの光 I/O を前面に置く。
- Ayar Labs: 光 I/O チップレットを UCIe など標準パッケージ接続に載せる方向。「どの XPU にも光 I/O を」という汎用部品アプローチ。
- Lightmatter: Passage と呼ぶ光インターコネクト基板に加え、さらに踏み込んで「光で行列積そのものを計算する」光コンピューティングも研究している。
三者は重なりつつ力点が違う。Celestial AI はメモリ、Ayar Labs は標準化された光 I/O、Lightmatter は計算そのもの。共通するのは、光を「配線の置き換え」ではなく「アーキテクチャの自由度を増やす道具」として使っている点だ。Marvell の買収は、この地図のうち「メモリ」の区画に最初の巨額の旗を立てた動きと読める。
なぜMarvellはこの賭けに出たのか
Marvell は買収を「次世代データセンター向けの scale-up 接続の加速」と位置づけた。scale-up — つまり1つの計算ユニットを大きく見せる方向だ。GPU 間をつなぐ scale-out ではなく、「GPU が触れるメモリを大きく見せる」ことに金を払った。
これは2026年の AI インフラのボトルネック移動と整合する。銅配線、電力、DRAM、NAND と、AI データセンターのボトルネックは次々に移ってきた。GPU 演算性能はまだ伸びている。だが演算をフルに使うためのメモリ供給が追いつかない。Marvell の賭けは「次に金になるのはメモリへの光の道だ」という読みだ。
買収の中身も、その読みを裏づける。開示された前払い条件は現金 10億ドルと Marvell 株 2720万株(発表時点で約22.5億ドル相当)。これに加えて、収益マイルストーンの達成を条件とする最大22.5億ドル規模の業績連動分があり、全て満額に届けば総額が55億ドル級になる、という構造だ。前払いの実額はおよそ33億ドル — つまり残りは「Photonic Fabric が本当に売上を生んだら払う」という出来高払いになっている。事業をまるごと現金で買い切るというより、Photonic Fabric という設計思想と、それを作れる人材を取り込む動きだ。Marvell はもともと custom XPU やネットワーク向けシリコンを手がけており、データセンターの「計算とネットワークの間」に強い。そこに「計算とメモリの間」を光でつなぐピースを足した、と読むと座りがよい。
見落としてはいけないのは、Marvell が買ったのが「製品」ではなく「ロードマップ」だという点だ。後述する収益見通しが2028年以降を指していること、そして対価の半分近くが業績連動になっていることからも、これは四半期の売上ではなく、数年先のデータセンター設計の主導権に賭けた買い物だとわかる。最大55億ドルという総額は、その主導権につけられた値札だ。
ブランドの動きも一社では終わっていない。Ayar Labs、Lightmatter といったプレイヤーも光 I/O と、さらにその先の「光で計算する」方向を研究している。光半導体の地図に、「メモリ」という新しい区画がはっきり書き込まれ始めている。
ただし、2026年は「賭けた」年であって「動いた」年ではない
ここを誇張すると記事ごと嘘になるので、正直に書く。
Marvell 自身の収益見通しはこうだ。Celestial AI からの意味のある収益貢献は 会計年度2028の後半から 始まり、$500M の年間ランレートに届くのが Q4 FY2028、$1B に倍増するのが Q4 FY2029。
これは「2026年にメモリ・ディスアグリゲーションが実用化した」という話では全くない。2026年に起きたのは、巨額の買収という形で 方向が宣言された ことだ。実機が広く動くのは2027〜2028年以降になる。
対抗する読み筋もある。CPO 陣営、そしてオンパッケージ HBM を推す陣営は、「メモリは近いほど良い」という単純で強い物理を握っている。HBM4 を GPU の隣に積む路線は、枯れていて、レイテンシで負けない。数十メートル先のメモリプールが、オンパッケージ HBM の実効レイテンシに本当に並べるのか — そこが量産実機で示されるまで、ディスアグリゲーションは「有望な賭け」の段階を出ない。
しかも光メモリには、レイテンシ以外の宿題もある。プールを共有する以上、どの XPU がどれだけ掴むかを捌くスケジューリングと一貫性の管理が要る。ファイバや光トランシーバが1点壊れたときに、ぶら下がった数百 XPU がどう影響を受けるか、という障害ドメインの設計もある。オンパッケージ HBM なら「1枚壊れたら1枚」で済む話が、プールでは複雑になる。技術的優位(帯域・容量)と運用の複雑さは、たいてい交換条件で出てくる。
だから2026年の正しい温度感は、勝敗の決着ではなく「賭け金が積まれた」だ。光メモリが勝つと決まったわけではない。決まったのは、それが無視できない選択肢として地図に載った、ということだけだ。
残った疑問 — そして8GB VRAMの足元から見ると
書いていて引っかかったのは、この話が「メモリは動かせる」という前提に立っていることだ。データセンターは光を使って、メモリを GPU から数十メートル引き剥がそうとしている。容量の天井を、物理的な再配置で破ろうとしている。
一方、RTX 4060 (8GB) でローカル LLM を動かしている個人の足元では、メモリは1枚のカードに半田付けされていて、1ミリも動かせない。データセンターが「メモリを自由に置ける世界」へ向かうほど、固定 VRAM の個人環境との設計自由度の差は開いていく。8GB ブログの視点から見ると、Photonic Fabric は「うらやましいが手の届かないアーキテクチャ」だ。
次に追いたいのは、Celestial AI のベンダー主張(25倍・10分の1・ナノ秒級)が、2027年以降に独立検証された実機データへどう着地するかだ。光がメモリの壁に届くのか、それとも「近いほど良い」の物理に押し返されるのか。賭け金は積まれた。結果が出るのはこれからだ。