1. はじめに
何の気なしにWikipediaの「ソフトウェア品質保証」を眺めていたところ「コンピュータソフトウェアへのISO9001:2015の適用に関するガイドラインは、ISO/IEC/IEEE 90003:2018に記載されている」という一文が目に留まり、調べたところISO 9001:2015 の取得の有無を問わずQAエンジニアに役立つと思いました。
2. ISO 9001
ISO 9001は品質マネジメントシステム(QMS)の国際規格です。関連する規格も含め技術的内容および構成を変更することなくJIS規格化されています12。
- JIS Q 9000:2015(ISO 9000:2015)品質マネジメントシステム―基本及び用語
- JIS Q 9001:2015(ISO 9001:2015)品質マネジメントシステム―要求事項
- JIS Q 9002:2018(ISO/TS 9002:2016)品質マネジメントシステム―JIS Q 9001の適用に関する指針
- JIS Q 9004:2018(ISO 9004:2018)品質マネジメント―組織の品質―持続的成功を達成するための指針
ISO 9001は「汎用性があり,業種・形態,規模,又は提供する製品及びサービスを問わず,あらゆる組織に適用できることを意図した要求事項3」、ISO 9004は「要求事項を超えて進んでいくことを選択する組織のための手引4」と役割分担しています。
ISO 9001の認証取得の有無はさておき、ベーシックな品質マネジメントはISO 9001を、アドバンスドな品質マネジメントはISO 9004やJIS Q 9005を便利なナレッジ集、作戦盤5として有効活用するのは吉と思います。
次の理由によりソフトウェアの品質エンジニアはISO 9001:2015を押さえるのがおススメと思います。
- ISO 9001:2015は2023年時点で世界全体で83万件以上6認証取得され広く知られている
- 現行のISOのマネジメントシステム規格は互いに両立しやすいように作られていて7、次のようなソフトウェアと関わりが深い分野8をつなぐハブになる
ソフトウェア開発のさまざまな相談が寄せられる品質エンジニアは隣接分野も含む大局観がないとその役割を果たせないことがあります。特に立ち上げ段階から多種多様なニーズウォンツに対してQAのサービスを広く浅く(+専門分野はそれなりに深く)提供する第一世代のQAエンジニアにとって越境のしやすさは助けになります。
3. ISO/IEC/IEEE 90003:2018
ISO 9001の適用に関する指針にISO/TS 9002がありますがISO/IEC/IEEE 90003はソフトウェアに特化した指針です。JIS規格化されておらず日本規格協会による邦訳版がISO/IEC/IEEE 90003:2018 ソフトウェア工学-コンピュータソフトウェアへのISO9001:2015の適用の指針として発行されています。
ISO/IEC/IEEE 90003:2018 Software engineering -- Guidelines for the application of ISO 9001:2015 to computer softwareはそのアブストラクトで「This document provides guidance for organizations in the application of ISO 9001:2015 to the acquisition, supply, development, operation and maintenance of computer software and related support services.」と示すように組織がISO 9001:2015をコンピュータソフトウェアの取得、供給、開発、運用、保守および関連するサポートサービスに適用する際の指針を提供する文書です。
ISO/IEC/IEEE 90003:2018はその序文で「It identifies the issues that should be addressed and is independent of the technology, life cycle models, development processes, sequence of activities and organizational structure used by an organization. The guidance and identified issues are intended to be comprehensive but not exhaustive.」と示すように次の特徴があります。
- 組織が対処すべき課題を特定するもの
- 組織が採用する技術、ライフサイクルモデル、開発プロセス、活動の順序、組織構造に依存しない
- このガイドラインと特定された課題は、包括的であるものの、網羅的ではない
4. 活用方法
4.1 ISO 9001:2015の理解促進
ISO 9001:2015の箇条一つ一つについて本文を引用しながらソフトウェア屋さん向けの解説をしているためこれ一冊でISO 9001:2015の理解が進みます。また、随所でISO/IEC/IEEE 12207:2017(JIS X 0160:2021ソフトウェアライフサイクルプロセス10)を参照していて品質マネジメントと設計・開発プロセスの橋渡しとなっています。
4.2 組織が対処すべき課題の特定
「組織が対処すべき課題を特定するもの」という特徴からISO/IEC/IEEE 90003:2018と組織の取り組みを見比べることでソフトウェアの分野や開発スタイルを問わず取り組むとよいことが見つかる可能性があります。
4.3 品質活動のベースライン
(より高度な品質マネジメント規格であるISO 9004と比べて)ISO 9001はベーシックな取り組みを求める性格からその指針であるISO/IEC/IEEE 90003:2018は少なくとも取り組むのが望ましい項目が挙げられていると考えられ、ベテランの開発者ならどこかで見聞きしたようなことが一冊にまとまっているように見えます。
例えばJIS Q 9001:2015 8.3.3 設計・開発へのインプットで「インプットは,設計・開発の目的に対して適切で,漏れがなく,曖昧でないものでなければならない。」とあり邦訳版ISO 90003:2018では次のような指針が示されています。順番はさておき11挙げられている項目は妥当なように思います。
設計・開発へのインプット文書をレビューするとき(これはしばしば,顧客と共同で行われる)は,次の点をチェックすることが望ましい。
a) あいまいさ及び矛盾
b) 一貫性のない,不完全な,若しくは実現できない情報又は要求事項
c) 非現実的な性能仕様
d) 検証又は妥当性確認ができない要求事項
e) 明示されていない又は仮定の要求事項
f) ユーザ環境及び行動の不正確な記述
g) 要求事項文書における設計・開発の決定の欠落
h) 主要性能指標の欠落。
5. 入手方法
5.1 図書館で閲覧する
国立国会図書館サーチで「コンピュータソフトウェアへのISO9001:2015の適用の指針」を検索したところ国立国会図書館(関西館)と東京都立中央図書館が所蔵しているとわかりました。
5.2 所属先の図書コーナーを調べる
もし所属先がISO 9001:2015を取得していれば所蔵しているかもしれません。
5.3 日本規格協会から購入する
英語版が37,810円(本体価格)、邦訳版が57,710円(本体価格)とお高いため筆者は次のように購入しました。
- JSA Webdeskプレミアム会員(年会費10,000円・税別)に登録する
- 邦訳版をプレミアム会員特典で5%割引で購入する
- 季刊誌「標準化と品質管理」も併せてダウンロードする
JSA Webdeskプレミアム会員は①JIS(和文/英訳)・JSA規格が定価の10%割引、②ISO、IEC、BS(EN)、ASTM、その他海外規格(原本/邦訳)が定価の5%割引になります12。邦訳版が54,824円になり2,886円割引されました13。
季刊誌「標準化と品質管理」は品質エンジニアに刺さる記事が毎号あってこちらもおススメです。本稿執筆時点の2025/8/16で復刊号の2023年夏号から2025年夏号まで9冊発行されていて復刊号は無料、それ以降は一部1,000円(本体価格)ですがJSA Webdeskプレミアム会員は無料でダウンロードできます。9冊すべて揃えると8,000円の割引に相当します。
6. おわりに
ISO 9001の指針という性質上、新規性や進歩性のあること、奇をてらったこと、特定の分野の最先端のプラクティスといったものは載っておらず、序文で包括的ではあるが網羅的ではないとも宣言されています。言い換えるとISOのソフトウェアの専門家14にこれは標準として載せるべきとされた定番のものが一冊にまとまっているのが価値といえます。
もともとがISO 9001:2015の規定をソフトウェアに適用するためのガイドラインで類似のものにA4 4ページとコンパクトな「電磁的記録の作成品質管理体制に係るJIS Q9001又はISO9001への適合の確認方法ついて」もありますが、ISO/IEC/IEEE 90003:2018はソフトウェアの品質マネジメントで取り組むのが望ましいさまざまな例が取り上げられていてISO 9001:2015の認証取得の有無を問わずQAエンジニアの役に立つと思いました。
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JIS規格票は日本産業標準調査会のウェブサイトで最新版を無料で閲覧できます。 ↩
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日本独自の規格としてTQMをJIS規格化したJIS Q 9005:2023 品質マネジメントシステム―持続的成功の指針もあります。 ↩
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出典:JIS Q 9001:2015 1 適用範囲 ↩
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出典:JIS Q 9001:2015 0.4 他のマネジメントシステム規格との関係 ↩
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ISO 9001:2015、ISO/IEC 27001:2022、ISO/IEC 42001:2023は2025/8/16閲覧時点でISOのPopular StandardsのTop3に挙げられていてソフトウェアの品質エンジニアなら押さえておきたい規格です。 ↩
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ToDo:JIS Q 42001:2025が発行されたらリンク差し替え差し替えました(2025/8/20) ↩ -
近しいものにJIS X 0160:2012をベースにIPAが日本独自のアレンジを加えた「共通フレーム」があります(ダウンロード)。 ↩
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例えば間違いだらけの設計レビュー(森崎 修司・著)に倣うとレビューは「漏れ、曖昧、誤り」の順になります。 ↩
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JISハンドブックや書籍(単行本)など割引対象とならないものもあります(参考:JSA Webdeskプレミアム会員規約)。 ↩
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これに冊子の送付手数料500円(税別)がプラスされます。 ↩
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ISO/IEC/IEEE 90003:2018を作成したISO/IEC JTC 1/SC7はソフトウェア品質保証とも関係するISO/IEC 25000(SQuaRE)などの規格票も作成しています。SEC journal 9巻 第34号(2013年9月30日発行) p.148 図1にJTC 1/SC7が担当する主要な国際規格の相互関係があります。 ↩