はじめに
SlackやTeamsの通知、メールの通知、カレンダーのリマインダー。仕事の前も、休憩中も、気づけばついスマホやPCをのぞいて「何か来ていないか」を気にかけてしまう。まだ何も手をつけていないのに、なぜかもう疲れている——そんな経験はありませんか?
作業療法士・菅原洋平さんの著書 『多忙感』 では、この現象を「多忙」ではなく「多忙感 」と呼んで区別しています。業種や職種を問わず、働く人なら誰もが心当たりのある感覚のはず。この記事では、その正体と、明日から実践できる付き合い方を紹介していきます。
セイコーの2024年の調査では、「時間に追われていると感じる人」は70.8%、「1日24時間では足りないと感じる人」は60.8%にのぼるそうです。大半の人が「忙しい」と感じている。でも著者によれば、その「忙しい」のかなりの部分は、実際のタスク量ではなく、脳が勝手に作り出した幻かもしれません。
https://www.seiko.co.jp/csr/stda/archive/2024/
1. 「多忙」と「多忙感」は別物
- 多忙: 実際にやることが多い状態
- 多忙感: まだ何も始めていないのに、頭の中だけで忙しさに追われている状態
言い換えると、多忙感とは「忙しい」のではなく「忙しい気がして勝手に疲れている」状態です。始まってもいないタスクに焦り、消耗し、やる気を失う。心当たりがある人、多いのではないでしょうか。
効率化の罠
本書では、あるITエンジニアの方の例が取り上げられています。
この方は、AIを活用して無駄な作業を削り、業務を徹底的に効率化しました。ところが、効率化すればするほど、頭の中はどんどん忙しくなっていったそうです。
なぜでしょうか。チャットやメールの返信が速くなると、相手からの返信もすぐ返ってくる。いくつもの案件を同時に抱えている中で、朝から晩まであちこちから通知が鳴り続け、そのたびに「どう返すか」「これはどの案件の話だっけ?」「どれを優先するか」という判断を迫られる。仕事が速いせいで、ボールがどんどん自分に返ってくるわけです。
人間の脳は、どんなに小さな判断でも繰り返すたびにバッテリーを消耗します。この方は作業が遅かったわけではなく、「時間の効率化」ばかり見て「脳の負荷」を見落としていた。例えるなら、ブラウザのタブを100個開いた状態で開発しているようなものです。1つ1つのタブは軽くても、メモリは確実に食い潰されています![]()
だから、時短テクニックで物理的な多忙を減らしても、通知や情報量の対策をしなければ多忙感は消えません。時短術の前に、まず脳内のタブを閉じる必要があります。
2. 多忙感が出す3つのアラート
多忙感が進行すると、脳は3つのアラートを出してきます。
- 物忘れ
- ぼーっとする
- あっという間に時間が過ぎる
本書では、説明中に知っているはずの言葉が急に出てこなくなり「認知症では?」と病院に行ったコンサルタントの例が出てきます。診断結果は認知症ではなく、多忙感のサイン。ワーキングメモリが疲れ切って、必要な情報を取り出せなくなっていたのです。
ワーキングメモリは、一時的に情報を置いておく「脳の作業机」。机の上が通知・予定・不安でいっぱいになると、必要な書類が見つからなくなります。
放置すると物理ダメージになる
多忙感を放置すると、脳は「ソワソワ」→「イライラ」→「ぐったり」の順で追い込まれていきます。特に「ぐったり」まで進むと、脳の掃除役であるミクログリアという細胞が暴走し、健康な神経ネットワークまで攻撃し始める——つまり脳が物理的にダメージを受けるそうです。
著者は「脳も胃と同じ臓器として扱うべき」と言います。前の日に食べすぎて胃がもたれている朝に、「気合いで二郎大盛りにんにくマシマシを食べろ」とは誰も言わないはず。それなのに、脳に対しては平気で同じことをやってしまう。物忘れやぼーっとするサインが出ているのに「あと1件だけ」「もう少しだけ」とタスクを詰め込んでいく。
サインが出たら、根性で乗り切ろうとするのではなく、休ませる。それが結局、多忙感から早く抜け出すための一番の方法です。
3. 多忙感を消す最初の一手は、たった一言の言い換え
ではどうやって多忙感を消すのか。最初の一手は、言葉の言い換えです。
「15時までに資料を終わらせなきゃ」「もう時間がない」と焦っているとき、あなたは時間に追いかけられている状態です。自分で仕事を進めているというより、時間やタスクに「やらされている」感覚。しかも多忙感に支配された脳は、明日の資料もメール返信も、全部「今すぐ対応すべき緊急事態」だと誤認します。
このアラートを止める言葉が「どうやってやろう?」。
- 「やらなきゃ」→ 巨大な完成形ばかりが目に入り、脳の焦りスイッチが入る
- 「どうやってやろう?」→ 疑問形を投げると、脳は強制的に答えを探し始め、作戦モードに切り替わる
そして「どうやって?」に答えるために、脳は巨大なタスクを実行可能なサイズに勝手に分解し始めます。
これ、私たちが普段やっていることに似ていませんか? 「来期の新しいプロジェクトを立ち上げなきゃ」と思うと重すぎて手が動かない。でも「どうやってやろう?」と考えた瞬間、「まず関係者をリストアップする」「たたき台の企画書を1ページだけ書いてみる」「今週中に上司へ相談する時間をおさえる」と、大きすぎる仕事が着手できる作業に自然と分解されていく。
そして手を動かせば「今日はここまで進んだ」「次はこれ」と、自分でハンドルを握っている感覚が戻ってきます。著者は著書の中で、こんな言葉を残しています。
あなたの脳のオーナーは、あなたです。
4. マルチタスクは存在しない。1日15分のシングルタスク
「マルチタスクが得意」という人がいますが、著者によればマルチタスクは同時処理に見えるだけで、実際には脳が注意を高速で切り替えているだけです。これを「タスクスイッチング」と呼びます。
タスクスイッチング(コンテキストスイッチとも呼ばれます)には、大きなデメリットがあります。それは、切り替えるその瞬間がいちばんコストが高いということ。何か作業をしていったん止め、別の作業に頭を切り替え、また元の作業に戻ってくる——その都度、「さっきどこまでやってたっけ」と状況を思い出すための時間と労力がかかります。1回1回は小さくても、切り替えるたびに、脳は見えないバッテリーを削っています。
対策として本書がすすめるのが、1日15分だけ、1つのことに集中する時間を作ること。
なぜ15分なのでしょうか。人間の脳は1つのことに集中していても、だいたい16分くらいで別のことを考えたくなる(この現象を「マインドワンダリング」と呼びます)。つまり16分を超えると集中が切れてしまうので、その手前の15分で区切るのが理にかなっているのです。
ここでポイントがひとつ。「キリのいいところまで」ではなく、「時間が来たらやめる」を意識すること。「ここまで終わらせる」をゴールにすると「あと少しだけ」と延長してしまい、結局ずっと集中し続けて脳の疲労が蓄積します。キリが悪くて気持ち悪くても、15分経ったらスパッと切る。
そして席を立って10秒だけ歩く。足腰の筋肉が動いて血流が良くなり、脳にも血が巡る。物理的に作業を切ることで「今はここまで」と脳に区切りを教えられます。
5. スマホは机にあるだけで集中力を奪う
「仕事中はスマホを机の端に置いている」「通知はオフにしている」——あなたはどうでしょうか?実はそれだけでは、脳の集中力は守りきれていません!
テキサス大学が500人以上の学生を対象に行った実験では、被験者を3グループに分けました。
| グループ | スマホの位置 | テスト成績 |
|---|---|---|
| A | 机の上 | 3位(最も低い) |
| B | ポケット・カバンの中 | 2位 |
| C | 別の部屋 | 1位(最も高い) |
視界に入っているだけで、脳の一部が「鳴るかも」「何か来てるかも」とスマホを監視し続けてしまう。自分では集中しているつもりでも、バックグラウンドで監視プロセスが常駐してリソースを食っている状態です。しかもこれは気合いでは殺せないプロセスで、「見ないぞ」と思っていても脳は勝手に反応します。
だから著者は「ここではスマホを見ない」ではなく「ここにはスマホを置かない」場所を作ることをすすめています。本書ではこれを「アンプラグドスペース」と呼んでいます。自宅の机の一角でも、ロッカーの中でもいい。視界から消せば、脳は監視プロセスをkillでき、その分のリソースを目の前の作業に戻せます。
リモートワークなら「作業中はスマホを別の部屋に置く」だけでOKなので、今日からすぐに試せますね。
6. 「リアクション」を「アクション」に変える
環境を整えても、仕事には他人とのやりとりがつきものです。集中しようとしていたのに急な別の依頼で振り回される——これが多忙感がぶり返す最大の原因。
他人の都合に合わせて動く「リアクション」は、脳にとって予想外の連続。人間の脳はサプライズが続くと莫大なエネルギーを消費します。一方、自分から始める「アクション」なら、長時間集中しても比較的疲れません。
本書の例では、研修担当の方が講師へのメールをこう変えました。
疑問形は丁寧ですが、相手の返事を待つ状態を作ります。「いつ返信が来るか」が頭の中に未処理タスクとして残り続ける。言い切れば、ボールを相手に投げ切れます。
7. 疲れた脳は「既知コンテンツ」で回復させる
みなさんは疲れたとき、ベッドに転がってYouTubeやSNSを眺めていませんか? 実はそれ、脳がめっちゃ疲れてます。
疲れた脳に新しい刺激を入れると、脳はまた新しい情報を処理しなければならず、さらに疲れます。気分転換のつもりが、脳には残業をさせているわけです。
本書に登場するモデルの方は、毎日新しい現場・新しい人と仕事をする生活で脳を消耗していました。この方の回復法は、帰宅後にあえて同じ音楽・同じ漫画・同じ映画を繰り返すこと。すでに知っているものなら展開も結末もわかっているので、脳は新しい情報を処理しなくて済みます。
疲れているときに必要なのは、新しい刺激ではなく安心できる刺激。キャッシュヒットするコンテンツは処理コストが低いのです。
「疲れた夜は、新作アニメの1話ではなく、何周もした好きな作品を流す」。これだけで回復効率が変わるかもしれません。
8. 「忙しくないと不安」という思い込みを捨てる
最後は一番根深いやつです。ここまでの方法で時間に余裕を作っても、心のどこかに「忙しくしないとダメだ」という思い込みが残っていると、人はまた自分から忙しさに戻っていきます。
本書に登場する外資系企業に勤める方は、常に予定を詰め込み、メールやチャットに即レスし続けることで「自分は優秀な社員だ」と感じていました。でもそれは本当の優秀さではなく、周りの忙しさに同調しているだけ。
人間の脳には周囲の行動を真似する性質があり、みんなが忙しそうにしている場所にいると、自分だけ余裕があるのが怖くなる。忙しさは感染するらしいです
「チャットには即レスするべき」「残業しているほうが頑張って見える」…そんな空気に心当たりはないでしょうか。
この感染から抜け出すには、他人と比べるのをやめるのに加えて、自分の作業にいちいち「合否判定」をしないことが大事だそうです。「今日も全然進まなかった」「同僚より遅れてる」と自分を減点すると焦りが生まれ、その焦りから逃げるためにまたスマホを見たり、どうでもいいタスクを増やしたり、優先度の低いタスクをわざわざ残業してまでやってしまうのもよくあるパターンです。
作業中は採点せず、今決めた作業を淡々と行う。自分の作業を自分で決め、自分の時間の中身を自分で決める。周りの忙しさや「忙しい人ほど優秀」という空気に巻き込まれず、自分の時間は自分でコントロールする、という働き方のスタンスを持ちたいところです。
まとめ
- 多忙感とは、実際にやることが多いわけではないのに、頭の中だけで忙しさに追われている状態
- 現代人の「忙しい」の多くは、脳が作り出した幻。時短術で物理的なタスクを減らしても、通知・情報量の対策をしなければ消えない
- 物忘れ / ぼーっとする / あっという間に時間が過ぎる——この3つは脳からのアラート
多忙感を消す6つの実践:
- 「やらなきゃ」を「どうやってやろう?」に言い換えて、タスクを分解し、ハンドルを握り直す
- マルチタスクをやめて、1日15分のシングルタスク。15分経ったら途中でも席を立って10秒歩く
- スマホは机の上ではなく、カバンやロッカーへ。視界から消す(アンプラグドスペース)
- メールやチャットは疑問形を減らして言い切り、リアクションをアクションに変える
- 疲れたときは新しい動画やSNSではなく、知っている音楽・漫画・映画で脳を休ませる
- 「忙しくないと不安」を捨てて、自分の時間は自分でコントロールする
脳も胃と同じ臓器。もっといたわってあげてください
車の警告ランプが点灯しているのに、気合いで走らせ続けたらいずれ壊れてしまうのと同じで、物忘れやぼーっとするサインが出ているのに無理を続ければ、脳もいつか本当に壊れてしまいます。まずは今日、スマホを別の部屋に置いて15分のシングルタスクから試してみてはいかがでしょうか。



