VS CodeのGitHub Copilotでモデル選択を開くと、見慣れないモデルが増えていることに気づいた人がいるかもしれない。MAI-Code-1-Flash。GPTでもClaudeでもGeminiでもない。Microsoft自身が一から作ったコーディングモデルだ。
6月初頭のMicrosoft Build 2026で、同社のAI部門(Microsoft AI)は7つのMAIモデルをまとめて発表した。推論、コーディング、画像、文字起こし、音声合成と、生成AIの主要モダリティをほぼ一通り自前で揃えてきた格好だ。ここで注目したいのは個々の性能もさることながら、「OpenAIのモデルを社内製品に組み込んで使う」立場だったMicrosoftが、自社モデルで同じ土俵に立とうとしている動きそのものにある。本稿では発表内容を一次ソースで突き合わせつつ、エンジニアが実際に触れる部分を中心に整理する。
まず手元で試せるのは MAI-Code-1-Flash
7つのうち、今日のあなたの作業に直接関わるのはこれだ。MAI-Code-1-Flashは「活性パラメータ50億」の軽量コーディングモデルで、すでにVS CodeのGitHub Copilot個人ユーザー向けにロールアウトが始まっている。モデルピッカーに出てくるほか、Copilotが自動でモデルを選ぶauto pickerの候補にも入る。
Microsoftが対抗馬に据えたのはAnthropicのClaude Haiku 4.5。同価格帯の「速くて安い」コーディングモデルというポジションがかぶる。公式が出している比較を表にすると差がわかりやすい。
| ベンチマーク | MAI-Code-1-Flash | Claude Haiku 4.5 |
|---|---|---|
| SWE-Bench Pro | 51.2% | 35.2% |
| τ¹-Bench(敵対的推論) | 85.8% | 下回る |
| IF Bench(指示追従) | +28.9ポイント優位 | — |
| SWE-Bench Verified | より高い合格率 | — |
数字の意味を補っておくと、SWE-Bench Proは実際のGitHubのissueを解かせてパッチが通るかを測るベンチマークで、コーディングエージェントの実力に近い。ここで15ポイント以上の差をつけているのは小型モデルとしては素直に強い。さらにMicrosoftは、SWE-Bench Verifiedで「最大60%少ないトークン」で問題を解けると主張している。トークンが減ればレイテンシも課金額も下がるので、対話的にエージェントを回す用途では効いてくるはずだ。価格そのものは「Haikuより安い」とされているが、具体的な単価は公式リリースに明記がなかったので、ここでは数字を出さないでおく。
触り方はシンプルで、VS Codeのチャットでモデルピッカーを開いて選ぶだけだ。
Copilot Chat → モデル選択 → MAI-Code-1-Flash
「35Bモデル」という言葉に引っかかった人へ
フラッグシップの推論モデルがMAI-Thinking-1だ。発表直後、Simon Willison氏が「35BモデルなのにSonnet 4.6より好まれるのは印象的だ」と書いたが、これは早とちりだった。MAI-Thinking-1は活性パラメータが35B、総パラメータは約1兆のスパースなMixture of Experts(MoE)構成だ。
MoEは、巨大なモデルの中から入力ごとに一部の「専門家(エキスパート)」だけを起動する仕組みで、35Bというのは「1トークンを処理するたびに実際に動く部分」のサイズを指す。総量1兆のモデルを毎回フルに回しているわけではない。だから「35Bにしては凄い」という読み方は成立せず、規模相応の大型モデルと見るのが正しい。この手の表記は各社で揺れるので、活性か総数かを確認する癖をつけておくと数字に振り回されずに済む。
ベンチマークは強気だ。数学のAIME 2025で97.0%、AIME 2026で94.5%。ソフトウェア工学のSWE-Bench Proでは「Claude Opus 4.6と互角」とし、1,276タスクの人間によるブラインド評価ではClaude Sonnet 4.6より好まれたという。コンテキストは256kトークンで、600ページ規模の文書を一度に渡せる。現時点ではMicrosoft Foundryでのプライベートプレビュー提供で、誰でもすぐ叩けるわけではない。
残りの4つ、画像生成のMAI-Image-2.5、文字起こしのMAI-Transcribe-1.5(43言語対応)、音声合成のMAI-Voice-2と、それぞれのFlash派生も同時に発表された。フルラインを一気に出したこと自体が、Microsoftの「うちは全部自前でできる」という宣言になっている。
自社開発の核心、そして鵜呑みにできない一点
Microsoftがこのリリースで繰り返し強調したのが、これらのモデルを「第三者モデルからの蒸留なしで、クリーンでトレーサブルなエンタープライズグレードのデータからゼロから学習した」という点だ。蒸留(distillation)とは、既存の強いモデルの出力を教師データにして別のモデルを訓練する手法で、OpenAIやAnthropicのモデルに頼らず一から作ったという主張は、文字通り「OpenAI依存からの自立」を意味する。自社のインフラとアクセラレータで回したことも合わせて打ち出している。
ただし、ここは一次ソースの中で評価が割れている部分でもある。当初好意的に紹介したSimon Willison氏は後から自分の記事を訂正し、この学習データに関する「適切にライセンスされたデータ」という説明は、掘り下げると額面どおりには受け取れないと書き直した。彼自身「初報の前にもっと調べるべきだった」と認めている。つまり、ベンチマークの数字や提供形態は確認できる事実だが、「クリーンなデータ」「蒸留なし」というデータ来歴の主張は、現時点では検証が追いついておらず留保が必要だ、というのが正直なところだ。
結局、何が変わるのか
エンジニア目線での持ち帰りはこうだ。今すぐ得をするのはGitHub Copilotユーザーで、軽量タスク用の選択肢にMAI-Code-1-Flashが一つ増えた。Haiku相当の速度帯でSWE-Bench Proのスコアが上、しかもトークン消費が少ないなら、コスト最適化の観点で一度試す価値はある。auto pickerに入っている以上、気づかないうちに使っている可能性もあるので、どのモデルが応答したかは確認しておきたい。
より大きな構図としては、これまでOpenAIの最大の顧客であり最大の出資者でもあったMicrosoftが、フロンティア級の推論モデルを自前で持ち始めたことだ。マルチプロバイダ前提でアプリを設計しているなら、選択肢が一つ増えたと同時に、各社のモデルが互いの性能を測り合う材料も増えた。発表の華やかさに乗る前に、データ来歴のように検証が追いついていない主張は切り分けて読む。今回のMAIは、その線引きを実地で練習させてくれる良い教材でもある。