はじめに
先日、社内で金銭に関わる障害が発生した。
直接の原因は、システム改修時に実施したデータ連携の自動化処理において、設定が正しく行われていなかったことである。
この障害は、単体テストや結合テストでは発見が難しく、本番環境で実際にシステムが稼働して初めて顕在化するタイプのものであった。そのため、バグは混入したまま約2年間も発見されずに運用され続けていた。
本件を振り返る中で、これは単なる技術的な問題ではなく、DX(デジタルトランスフォーメーション)に関わる本質的な課題を含んでいると感じたため、本記事としてまとめることにした。
直接の原因
冒頭で述べた通り、直接の原因はデータ連携自動化の設定ミスである。
具体的には、マテリアルビュー(データベースの論理的複製)の設定が適切に行われておらず、結果としてデータ連携が実行されなかった。
従来のシステム開発における品質評価の文脈であれば、「作業ミスが原因であるため、今後は2名体制でチェックを行う」といった対策が導かれるだろう。この結論自体に大きな違和感を持たない方も多いと思う。
しかし、本当にそれが原因の本質なのだろうか。
原因の深掘り
そこで、そもそもこの機能改修がなぜ必要だったのかを振り返ってみた。
その結果、この対応は「相手先への請求を行うための機能追加」であったことが分かった。つまり、本来は新たな収益を生み出すための施策であった。
しかし、この請求によって得られる収入は非常に小さく、それを正しく管理・チェックするための体制構築や運用コストの方が、結果的に高くつく可能性があった。
さらに、近年の人手不足の影響により、後続担当者への引き継ぎも十分に行われておらず、チェック体制自体が機能していなかった。結果として、誰も異常に気付くことなく、2年間が経過してしまったのである。
考察
この状況を踏まえると、そもそも課金や請求のルールそのものを見直すべきではないかと考えた。
例えば、料金体系をシンプルにする、あるいは無料化して別の方法で回収するなどの選択肢もある。そうすれば、チェックにかかるコストや運用負荷を削減でき、業務自体を一つ減らすことができる。
また、今回のケースでは価格弾力性が低いことも見えてきた。つまり、細かく価格を変動させても収益への影響が小さいのであれば、複雑な価格レンジを設定するよりも、単純な固定料金にした方が合理的である。
もちろん、価格設定はマーケティングの中でも極めて難しい領域である。しかし、価格弾力性や運用コストといった観点も含めて総合的に判断することが重要だ。
「細かく設定すれば最適になる」という発想だけでは、結果としてオーバーヘッドが増え、本質的な価値を損なってしまう可能性がある。
DXについて
ここで改めて問いかけたい。
皆様のシステムにも、こうした“不要に複雑な仕様”は存在しないだろうか。
その状態は、いわば「熱海の旅館(※)」のように、増改築を繰り返して本来の構造が分かりづらくなっている状態と言える。
DXを成功させ、かつコストを抑えるために必要なのは、シンプルな仕様の積み重ねである。
高価なインフラ(AIXやOracleなど)を使っているからコストが高いのではなく、「複雑な仕様の連続」がコストを押し上げているのだ。
よく「VBAマクロ(Excel)ならコストを抑えられる」と考えられがちだが、実際にはそうではない。
マクロであろうとWebシステムであろうと、コストやスケジュールに影響を与える本質的な要因は「仕様の複雑さ」である。
この点は、ぜひ強く意識しておきたいポイントである。
提案:まずは“芯”を決める
では、複雑化した既存システムをどうすればよいのか。
私の考えでは、まずそのドメインの「芯(本質)」を見極めることが重要である。
つまり、これまで継ぎ足されてきたさまざまな仕様を一旦脇に置き、「必要最低限として何が本当に必要か」を捉える。
その上で、その最小構成をベースにシステムを作り、そこから段階的に機能を追加していく。
このとき重要なのは、大きな失敗を避けるために、小さなトライアンドエラーを繰り返すことである。
このプロセスを通じて、現行仕様の単純な踏襲に陥ることなく、本当に価値のあるシステムへと再構築していくことができる。
私はこのアプローチを「リーンプロセス」と呼んでいる。
このアプローチでは、「ドメイン」の分析が非常に重要である。
おわりに
先日、政府は税金徴収にかかるチェックや事務のコストを減らすために、制度そのものを簡素化する方向についての記事を目にした。
従来とは異なる発想に対して、違和感を持つ人もいるかもしれない。しかし、私は「ついにこうした方向に舵を切ったか」と期待を感じた。
企業においても同様に、仕様やルールそのものを見直し、簡素化する必要がある。
これは単なる業務改善ではなく、企業文化の変革にもつながるテーマである。
複雑な仕様は、日本的な「丁寧さ」の裏返しでもあるが、それが過剰になると生産性を大きく損なう要因にもなる。
いわゆる「Fit to Standard(F2S)」も、単にSaaSに合わせることを指すのではない。
自社業務の本質を見極め、その「芯」を残した上で標準に寄せていくことが重要である。
最後に、ぜひ考えてみてほしい。
「この複雑な仕様は、本当に誰のためのものなのか?」
表面的には「顧客のため」と説明されることが多いだろう。
しかし、その結果として発生するコストや運用負荷、さらにはシステム全体への影響まで含めて考えたとき、それでもなお顧客価値に繋がっているのか。
この視点こそが、現在注目されている「システム思考」に繋がるものである。
※本館の後に別館が増築され、継ぎ足しで複雑化した建物の状態を指す比喩
