とにかく「探究」せよ。組込み開発を支える DTSインサイトのエンジニアが貫くプロ魂とは

車のコックピットから医療機器、デジタルカメラまで、私たちの日常を支えるプロダクトの裏側には、組込み技術のプロフェッショナル達による努力が詰まっています。

今回お話を伺った、組込み技術を核に事業を展開する株式会社DTSインサイト(以下、DTSインサイト)は、インサーキットエミュレータ(以下、ICE)「adviceXross(アドバイスクロス)」をはじめとする開発支援ツールと、受託開発現場の知見を武器に、開発現場から生産ラインまでをトータルに支えるエンジニア集団です。

最新のSoC(System on Chip)アーキテクチャやハイパーバイザー、QNX(組込みシステム向けのOS)などの先端技術をいち早く取り込みながら、自社製品とサービスを高速にアップデートしつづけています。「厳しいながらもエンジニアリングが好きな方にとっては最高の環境」だと、同社ICEの進化を牽引してきた木村氏は強調します。

本記事では、これまでの経歴やプロジェクトエピソードを通じて、具体的な現場の様子やものづくりに対する哲学、今後に向けたビジョンなどを深掘りしていきます。

プロフィール

木村 健太郎(きむら けんたろう)
株式会社DTSインサイト
事業本部 プロダクト事業部 開発部 開発一課 課長
1999年に合併前の横河ディジタルコンピュータ株式会社に入社。以来、adviceシリーズICEのデバッガ開発に従事。デバッガmicroVIEW-PLUSの開発初期メンバーとして参画以来、組込みOS対応、マルチコア対応、SMP対応など、デバッグ環境の進化に応じた設計を担当。動的解析ツール、受託開発を経て、現在はプロダクト事業部にてadviceXrossの開発やハイパーバイザー環境のデバッグ/可視化の対応を、プレイングマネージャーとして推進中。

開発環境の最先端を追いかけながらプロダクト開発を推進

―― まずはDTSインサイトについて、事業内容や展開されているプロダクトについて教えてください。

木村:システムインテグレーションサービスを展開するDTSグループの一員として、主に組込み技術を軸に事業展開している会社です。2017年に、前身である横河ディジタルコンピュータとアートシステム、それからDTSの組込み部門が合併・統合して設立されました。

組織としては大きく2つ、自社製品を企画・開発するプロダクト開発部門と、お客さま支援を中心とする受託開発部門があります。私が所属する前者のプロダクト開発部門では、各種デバッグツールやフラッシュプログラマ/ライタといった開発支援ツールの提案・販売などを行っています。

一方で受託開発部門では、OSのドライバーレイヤーといった下回りの開発に強みがあり、車載や医療系のお客さまをご支援しています。最近では、車関連のアプリケーションやクラウドといった上位レイヤーのエンジニアもいるため、非常に幅広い領域を手がけています。

開発現場から生産ラインまで組込み開発をトータルサポートしており、電子機器・サービスのメーカーの開発者が使用する開発生産ツール群を提供している

―― ホームページを拝見すると、実に多様なプロダクトがありますよね。木村さんはその中で、どのような製品を担当されているのでしょうか?

木村:私たちのセグメントのメインプロダクトは、ICEの「adviceXross」シリーズです。これ以外にも、派生製品や新しいプロダクトも多く扱っており、開発環境の最先端を追いかける部署でもあるため、研究要素も兼ねた部署として機能しています。

―― 研究要素とは、具体的にどういう内容を指しますか?

木村:あくまでも事業としてプロダクト製品へと昇華することが目的ではありますが、例えば、お客さまが新たにQNXのようなOSを採用することが決まると、私たちはそのQNXが動く環境で、弊社のデバッグツールや可視化ツールが動くかどうかの先行的な調査から始めます。実現可能性の検証期間を設け、計画を立てて回収についても考える。そのように最新情報をキャッチアップしながら、プロダクト開発を進めています。

最近では「モノづくりからコトづくり」という形で、お客さまに近い受託開発部門と、製品を作る私たちプロダクト開発部門の連携強化も推進しています。私たちが作ったツールが受託部門で使われることで、お客さまの現場の課題がフィードバックされ、新たな商材開発につなげられています。

―― 組織間の連携推進は非常に重要な取り組みかと思います。その機運が高まったのはいつ頃からでしょうか?

木村:先ほどお伝えした、2017年の3つの会社の統合による会社設立のタイミングからではありますね。大きなきっかけとなったのが、意外にも展示会への出展でした。両部門が展示会で一緒に動くことで、マネージャー同士や他部門メンバー同士の交流が生まれ、連携が加速していきました。以降は施策として「DTSフォーラム」なる社内フォーラムも2カ月に1回程度の頻度で開催しており、各部門のプロジェクト紹介やメンバー紹介など、横の情報を共有する場として機能しています。

adviceXrossの企画から一貫して担当する中で印象的だったこと

―― 続いて、木村さんがメインで扱われている「adviceXross」について教えてください。こちらはどういうプロダクトなのでしょうか?

木村:昔からあるJTAGという汎用インターフェースを使って、組込みボード上で動くプログラムをデバッグするためのツールです。マイコン内のデバッグ回路から情報を引き出し、プログラムを実行・ソースデバッグするもので、これまでの6〜7世代にわたる進化をずっと担当してきました。

―― 具体的にどのような製品を開発する際に使用されるものですか?

木村:組込み基盤が実装されるもの全てが対象となるため、非常に幅広いです。主にはECU(Electronic Control Unit)やドメインECU、複合機、デジタルカメラ、さらには電子楽器などです。名だたる企業さまにお使いいただいております。

特に最近は車載分野での最先端を追求しており、最新のSoCアーキテクチャやハイパーバイザーを使った仮想化システムにおいて、お客さまの課題解決をご支援することが多くなっています。

※以下の動画で、adviceXrossを使用した ルネサス RAファミリ「RA6M5」のデバッグの紹介がされています。
https://youtu.be/uqArpTuRUsY?si=xlx5uBSINAfJrsO8

―― ICE自体には競合も多いと思いますが、その中でadviceXrossがお客さまに選ばれる理由は何でしょうか?

木村: 強みはいくつかありますが、国内デバイスベンダーとの関係が強く、最新技術への対応が早い点が大きいです。例えば、新しいArmv9アーキテクチャや、これから発売されるルネサスのSoC、あるいはQNXのような新しい組込みOSへの対応など、製品化前のプロトタイプやPoCの段階からお客さまと共同で開発を進めることも多いです。

また、デバッグツールだけでなく、弊社では「TRQer」という動的テストや解析ツールも提供しているので、デバッグから性能検証、不具合解析まで、開発プロセス全体をカバーできるトータルソリューションを有している点も強みだと捉えています。

その上で、お客さまが運用段階で課題に直面した際には営業とサポートの密な連携を通じて対応するよう体制を構築しており、製品自体も継続的に改善を繰り返しています。そのため古くからのお客さまには長年ご愛用いただいておりますし、ありがたいことに高く評価いただいています。

―― 先ほど「adviceXrossの6〜7世代にわたる進化をずっと担当してきた」とおっしゃっていましたが、木村さんのDTSインサイトでの業務変遷についても教えてください。

木村:1999年に前身の横河ディジタルコンピュータに入社してから、ずっとこの会社にいます。当時、ハードウェアも含むプロダクト製品があることに面白さを感じて入社し、最初はICEの開発を10年間担当しました。その後、先ほどお伝えしたTRQerの担当となり性能解析のテーマに取り組んだ後、一旦プロダクト開発から離れ、約3年間お客さまの受託開発の現場に携わりました。

そこで組込みボードにLinuxシステムを載せたり、ハードウェア開発を含めた全体開発を経験したりするなどして、ツールを使う側としてお客さまの課題を肌で感じる立場を経ました。2018年に会社で「次世代ICEの開発にソフトウェアのリーダーが必要だ」となり、再びICE開発に戻ってきました。

そこから2年間は製品開発に没頭し、2020年2月に「adviceXross」をリリース。今は、ハイパーバイザーのデバッグや性能解析、不具合検証といったテーマに取り組んでいます。今振り返ると、途中の受託開発での経験が、現在のお客さまとの密な連携に非常に役立っていると感じます。

―― これまでのご経験の中で、特に印象に残っているプロジェクトも教えてください。

木村:adviceXross関連でお伝えすると、adviceXrossにはLinuxオプションという組込みのLinuxをデバッグするための機能があります。 この機能の開発プロジェクトでは、仮想アドレスで動くプロセスを正確に追跡するため、Linuxカーネルの内部構造と既存ICEデバッグシステムを大改造して連携させる必要がありました。

コピーオンライト(COW)をはじめとする Linux 独自のメモリ管理を理解しながら、「仮想アドレス上の挙動をどのようにして、物理メモリとデバッグ情報と結びつけるか」という難題を一つずつ解決していく過程で、カーネル職人の技に感嘆しつつ必死に勉強を重ねました。この経験のおかげでICEデバッグの仕組みとOSの内部動作への理解が飛躍的に深まり、アプリケーション開発から組込みOSへと技術の興味も移りました。

キャリアを通じて追求する「美しい設計」

―― お話を伺っていると、困難なエピソードをお話しされている時ほど、なんだか楽しそうな印象です。木村さんのお仕事へのモチベーションについて教えてください。

木村:やはり何事も「できるようになりたい」という気持ちが一番大きいですね。幸いにも、これまでつまらない開発をした経験がほとんどなく、常に面白いことをさせてもらえました。また、社内には優秀なエンジニアが多く、「他の人に負けたくない」という思いが常に私を走り続けさせていると感じます。

私はもともと機械工学出身で、入社時はプログラミング未経験の人間でしたが、「ソフトウェアを自分の手で書けるようになりたい」という一心で開発の世界に飛び込みました。

3年目くらいまではデバッグの鬼としてバグ潰しに明け暮れていました。5年目には、オブジェクト指向やソフトウェアアーキテクチャといったハイレベルな技術概念を求められるプロジェクトにアサインされたことから、マーチン・ファウラー著の『UMLモデリングのエッセンス』などをバイブルに読み込み、徹底的に吸収していきました。

そこで設計の原理原則を学んでから、「美しい設計とは何か」を追求しながら新しいデバッガのアーキテクチャ刷新や改造をリードしていきました。とはいえ外に目を向けたら、ARMの神様みたいな人など、すごいエンジニアがごろごろといるわけですよ。そのような人たちと比べたら「自分はそっち側での価値は無いかな」と感じていた中で、ハイパーバイザーという新しい技術があり、他にやる人がいなかったのも相まって「これなら自分が1番になれるかもしれない」と飛び込みました。

―― そのような経緯を経て、今ではソフトとハードを横断するスキルセットがご自身の強みになっていると。ちなみに、「美しい設計」とは具体的にどのようなものだとお考えでしょうか?

木村:あくまで個人的な意見ですが、 私が考える「美しい設計」とは、オブジェクトが明確な役割を持ち、無駄がなく、拡張性が高い設計のことです。クラス図とシーケンス図に代表されるように、鳥観図のようにイメージして構造をデザインし、役割を分担した疎な関係を作り、処理の流れでは相手の内臓をえぐらない言葉のやり取りをイメージしています。そこには、大好きな抽象化の概念やデザインパターンを参考にした戦略も加えています。

「この役割はどこに担わせるか」「仕事を持ちすぎている場合は、どう分担させるか」といった、概念的な思考も重要だと考えています。また、組込み開発では通信プロトコルやデバイス制御といったハードウェアとのやり取りも深く関わります。通信部分の非同期処理や、ハードウェアからの様々な要求に応えるための全体的な設計を考えるのも非常に面白いですね。

―― 難度が高い現場だと感じますが、他にどんなメンバーが活躍されていますか?

木村:とにかく様々な知識と経験が必要になる部署なので、「自力」が強い人が多いですね。もちろん、常に最先端を追求していくので厳しいときもありますが、「探求心」や「できるようになりたい」というマインドセットさえあれば、いくらでも活躍いただけると思います。

―― 人材育成という観点ではどんな仕組みがあるのでしょうか?

木村:最初から全ての知識・スキルを持っている人はいないので、入社後のトレーニングとして、組込みOSの動作やデバッグツールの使い方などを、OJT形式でプロジェクトに合わせて段階的に教えてるようにしています。また、社内にはARMトレーニングの仕組みがあるので、そういうところからARMアーキテクチャの仕組みを学ぶこともできます。実際、私もそれを受講してキャッチアップしました。

「プロフェッショナル認定制度」というものもあります。プロジェクトマネジメントやシステムアーキテクト、サポートエンジニアなど、分野別に3段階のグレードがあり、情報処理技術者試験の高度試験などの資格取得や専門セミナー受講を通じて認定されます。認定されると給与にも反映され、モチベーション向上につながります。会社もプロフェッショナル人材を増やしたいと考えており、1つのグレード受講に約40万円かかるセミナー費用なども計画的に予算化され、会社の費用で受講できるようになっています。

―― 成長への意欲の高い人にとっては非常にありがたい制度ですね。評価制度はどのように設計されているのですか?

木村: 評価は「成果」に基づいており、期初に目標とするテーマと達成基準を明確に設定した上で、それらを達成した場合に評価されます。リーダー要素や企画、顧客リレーション、新規アイデアの創出なども評価対象です。冒頭にお伝えした「研究」についても目標設定ができ、プロトタイプ作成や実現検証のマイルストーンを具体的に設定します。

プロジェクトとして進め、もし前倒しで目標を達成できれば、さらに上位の課題に取り組むという流れです。成果だけでなく、頑張りみたいなものは「行動評価」という別の評価軸もあり、そこで積極性や協調性といったプロセスも評価する仕組みになっています。

お客さまの役に立つ「コトづくり」ができる点が最大のやりがい

―― 改めて、DTSインサイトに入社して良かったポイントを教えてください。

木村: やはり、新しい開発や技術に触れられることが非常に楽しいですね。そして、ちゃんと「コトづくり」ができることが最大のポイントです。単に箱物を作るのではなく、開発を支援する道具として、お客さまの役に立つことを考え続けることができます。

様々な業種業態のお客さまと知り合い、現場の課題を共有し、お客さまが喜ぶ道具を共に作り上げられる。そのような関係性を構築できるのが醍醐味ですし、そこでの取り組みを通じてお客さまの負荷を下げ、価値を高めるようなサービスを生み出すことにやりがいを感じます。

また、入社当初から会社の雰囲気が良く、3社が統合してもその良い雰囲気は変わっていません。マネージャー同士の交流も生まれ、顔見知りになったことで、助け合いの関係が築けているのは素晴らしいことです。私自身、とにかく前向きに物事に取り組むタイプなので、社内外問わず様々な人と繋がってお互いに頼りながらビジネスを探っていく。そのようにして、ますます楽しくなっていると感じます。

―― 会社を辞めようと思われたことはないんですか?

木村:正直、思ったことがないわけではありませんが、これほど多くの経験ができる会社って、なかなか無いんですよ。自分の場合、何か一つのことのスペシャリストを務めるというよりかは、課題解決のために様々な知識・スキルを総動員するゼネラリストの方が向いていると感じているので、今のところは、その持ち味が最も生かされるこの会社から離れるつもりはありませんね。

―― キャリアにおける今後の展望を教えてください。

木村:今後も開発支援ツールとして、新しい商材を考え、より良い道具を生み出していきたいと考えています。自分自身は徐々にエンジニアリングからは手を離してメンバーに任せるようなシフトも視野に入れつつ、外部への発信や、さらに新しい横断的な活動をしていきたいと考えています。様々なプロダクトの連携や受託部門との連携を進め、市場のトレンドをいち早くキャッチして、形のあるソリューションを世に送り出すための仕組みづくりを考えていきたいです。

―― ありがとうございます。それでは最後に、Qiita読者へのメッセージをお願いします。

木村: DTSインサイトは、開発支援からプロダクト製品、ハードウェアからファームウェア、ソフトウェアまで、非常に幅広い事業を手がけています。お客さまの課題解決という軸でインサイトを探り、役に立つ道具やサービスを生み出す。それを実現する技術や仕組みを考え続けられる環境があります。

また、社内でのジョブチェンジの機会も豊富にあります。お客さまが気づいていないような潜在的な課題を見つけ出し、それを解決していくことに面白さを感じられる方には、「楽しいことだらけ」で最適な環境だと思いますので、本記事で興味を持たれた方からのご応募をお待ちしております。

編集後記

ソフトウェアからハードウェアまで、自社プロダクト開発から受託開発まで、様々な領域でキャリアを積むことのできる選択肢の広さが、今回お話を伺った中で特に印象的でした。インタビューでは実際のクライアントに関するエピソードも伺いましたが、誰もが知っているような大手企業に導入されています。自身の作ったプロダクトや仕組みがそのまま多くの方の生活の基盤になっていることは、非常に大きなやりがいだろうなと感じた次第です。インタビューでも言及されていた、「探求心」や「できるようになりたい」というマインドセットを持っている方にとっては、最高のフィールドなのではないでしょうか。

取材/文:長岡 武司
撮影:平舘 平

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