「人月計算」は終わる。AI×共創で“面白さ”を設計する——次世代型ハッカソン「GIFTech」密着レポート
“効率化”の先に、本当の価値はあるのか?
多くの現場でいまだに「人月計算」が支配的です。生成AIも当初は“コスト削減”の文脈で語られがちでした。しかし、破壊的イノベーションはコストの先――これまで不可能だった価値を創る“プロダクトアウト”から生まれます。
結論から言えば、生成AIの真価は効率化ではない。人の審美眼と目的設計を前提に、探索の幅と速度を非連続に拡張したとき、はじめて「いままで作れなかった体験」を作れる。
本記事は、プロのクリエイターとエンジニアがAIと共に“作る”実験場「GIFTech」を追ったドキュメンタリーのテキスト版。お笑い・推理ゲーム・ホラー・ノンバーバル動画という異なる文脈で、AIとどう役割分担し、どのようにブレークスルーへ到達したのか。エンジニアの視点で噛み砕きます。
目次
にぼしいわし × 漫才キャラクターAI「ささAI」
始まりは「面白い『ズレ』を創るAI」という難題

THE W 2024王者の女性お笑いコンビ・にぼしいわし。彼女たちの漫才の真骨頂は、日常に潜む「あるある」を、常人にはない視点でズラして笑いに変えることにあります。
にぼし:バイト終わってロッカーの中見たら、シャネルの紙袋が入っててん。中を見たら、ほうれんそうのおひたしが。うち、シャネルがおばんざいやってたん、知らんかったわあ。
「立派な(ブランドの)紙袋と、中身のおひたし」— このような面白い「ズレ」の発想の種を、AIに無限に広げてほしい。それが彼女たちのオーダーでした。しかし、そのAIとの役割分担をめぐり、チームは最初の壁にぶつかります。
当初エンジニアチームが目指したのは、AIに完成されたボケそのものを生成させることでした。しかし、AIにとってゼロから面白いボケを創り出すのはあまりに難易度が高い。にぼしいわしが本当に求めていたのは、ボケの前提となる「あるある(共感できる状況)」のアイデア出しだったのです。AIには素材を出してもらい、それをどう「ズレ」という笑いに変えるかはプロの芸人が行う。その本質的な役割分担を見抜けず、時間だけが過ぎていきました。
YouTube動画(https://youtu.be/JqCZBCsExIU?si=9Zcwr4bZsDEUKUge )より
石川 康介/にぼしいわしチーム・エンジニア:メンバー全員が、自分のアイデアをしっかりと言語化できていませんでした。その結果、話を進めていくうちに認識がズレていることに気がつき、振り出しに戻るという繰り返しになっていました。
須田 真弘/にぼしいわしチーム・エンジニア:1〜2週間くらい、すごく揉めていました。本当に大事なのは、「あるある」を面白い展開にすることだったんです。
この「AIの役割は、芸人の”再現”ではなく”支援”である」という視点の転換が、チームを袋小路から救い出すブレークスルーとなりました。
デモで発生した想定外のバグと、土壇場の逆転劇
しかし、本当の試練はここからでした。ヒアリング最終日、いわしさんのお題「あちらのお客さまからです」に対し、AIは平凡な回答しかできません。続けて「場面をバーじゃなくて王将に」と編集しても、AIは文脈を理解できず、王将の要素が入らない。バグです。
いわし:王将のカウンターが満席で、誰からの飲みものかわからないっていうような回答があると面白いんですけどね……。
ユーザーであるにぼしいわしを前にした失敗にチームが悔しさをにじませる中、諦めきれない一人が会話の裏でモデルを更新。すると、「隣の席からラー油が送られてきた」という、王将の空気をまとった回答が。流れは一変します。
いわし:これ、めっちゃ良い視点だと思います。ここからもう1個ネタを書けそうですね。
安堵も束の間、提出まで残り1週間。追い詰められたチームが、AIのポテンシャルを最大限に引き出すために投入した”起死回生のアイデア”とは…?
AIのパス、人間のゴール。共創が「笑い」に変わる瞬間
YouTube動画(https://youtu.be/JqCZBCsExIU?si=9Zcwr4bZsDEUKUge )より
完成したプロダクト「ささAI」。その核心は、AIに多様な”人格”を与えるという逆転の発想にありました。天然ボケの中年「テツオ」やチャラ男「チーカネ」など、クセの強い6体のAIが、同じお題から全く異なる角度の“あるある”を提案。これにより、にぼしいわしは、まるで複数の作家とブレストしているかのような体験を得られるようになったのです。
その真価が発揮された、象徴的なシーンがあります。チームが「八百屋・おじいちゃん・神社」と入力すると、チャラ男AIの「チーカネ」が、突拍子もないアイデアを投げかけます。
AI「チーカネ」の提案:マジか!それ、神社のクラウドファンディングで野菜定期便始めない?
一見、意味不明なこのパス。しかし、プロの芸人であるいわしさんの脳内で、この言葉が化学反応を起こしました。
いわし:(AIの回答を見て)…あ、「お賽銭は神社のクラウドファンディングかもしれない」って面白いかも! だったら、「クラファンやのにリターンないのおかしくない?」って、にぼしがボケて……いける!
AIが投げた少し荒削りな「視点」というパスを、人間が「お賽銭」という共感のフックを加えて磨き上げ、完璧な「笑い」というゴールに叩き込む。これこそが、AIが人間の創造性を加速させる、まさに「共創」が生まれた瞬間でした。
いわし:このツールがあったら、10日で20本ネタ作れそう(笑)。
発表イベント当日、会場は「ささAI」と共創したネタで爆笑の渦に。AIは人間の仕事を奪うのではなく、創造性を加速させる最高のパートナーになり得る。その「共創の最前線」が、この物語には詰まっています。
▼「ささAI」と共創した漫才はこちら
【お笑い界のAI革命!?】AIからのパスをにぼしいわしが衝撃ゴール!奇跡の共創漫才『神社』(GIFTech)
他チームの挑戦に見る、AI×共創で“面白さ”のカタチ
▼はやたく × Prop Manager AI「Pindle」
“ネタ帳”では弱い。物語化から道具化まで、クリエイターに伴走する。
総フォロワー3,000万超のはやたくとチームが挑んだのは、ノンバーバル動画のアイデア出しから小道具の提案までを一気通貫で行うAIアシスタント「Pindle」の開発だ。しかしチームは当初、はやたくの「奇想天外な動画ストーリーへ広げたい」という本質を見抜けず、ただの「ネタ帳アプリ」を提案してしまう。この致命的なズレを乗り越え、Pindleは最高の「共創パートナー」へと進化した。
【学び】 生成の“質”は、時としてAIの能力を”制限”することで上がる。「色を抜け」という制約のように、プロンプトの前後のパイプライン設計こそが、AIプロダクト開発の本質と言える。
▼これからミステリー × 推理バグトラッカーAI「ミステリーラボ」
登場人物の“矛盾”は許さない。でも、物語の“面白さ”も譲れない。
優勝チームとなった彼らが挑んだのは、人間が考えたトリックを基に、AIが物語の拡張と整合性チェックを担うAI創作支援ツール「ミステリーラボ」の開発だ。しかし彼らは当初、「整合性チェック」という言葉に囚われるあまり、物語を”創る”という最も重要な創作支援が進まない焦りに陥っていた。自らゲームを体験し、彼らがたどり着いた解は、段階生成×可視化×自動検証という、クリエイターの「書き味」を損なわずに整合性を担保するUIだった。
【学び】整合性という”正しさ”だけでは、面白い体験は生まれない。AIが出力したロジックを、人間が直感的に理解し、編集できるUI/UXを設計すること。それこそがクリエイターの「創作」を守る鍵となる。
▼株式会社 闇 × 音声ホラースカウターAI「Ghost Writer」
「プロンプト芸」の限界。AIを“騙す”のではなく“育てる”という選択。
ホラーのプロ「株式会社闇」と共に挑んだのは、無関係な職業インシデントから恐怖体験を創り出すアプリ「Ghost Writer」の開発。多くの開発者が「プロンプトの工夫」という“芸”でLLMから望む回答を引き出そうと試行錯誤する中、チームが直面したのは、より根源的な「データ不足」という壁だった。そこで彼らが選択したのは、プロンプトエンジニアリングではなく、AIを育てるための高品質な「辞書(データベース)」を自ら創り出すという、エンジニアリングの本質に立ち返るアプローチだった。120職種のインシデントを”人力”で収集・組み込むという執念のアナログ手法が、最終的にAIのプロを驚愕させる結果を生んだのだ。
【学び】全てをAIに丸投げしない。優れたモデルの前には、優れたデータが必要だ。人間が汗をかいて良質なカタログ(辞書)を作ることもまた、AI時代における立派なエンジニアリングである。
「人月」から「価値の再定義」へ。エンジニアは”体験”の設計者になる
4つの現場に共通するのは、「AIに作業を代行させる」のではなく、人間が目的と評価軸を定め、AIに最適な“役割”を与えるという思想だ。
にぼしいわしチームはAIを「多様な視点を提示する相棒」と定義し、はやたくチームは「制作実務まで伴走するパートナー」へと育て上げた。ミステリーチームはAIを「書き味を支える土台」として使いこなし、闇チームは「人力の辞書」でAIを教育した。
AIは、問いのバリエーションを増幅する相棒であり、人間の審美眼を加速させる触媒でもある。エンジニアの仕事は、もはやコードを書く「作業」ではない。AIという強力な武器をどう使いこなし、これまで不可能だった「体験」を設計するか。その価値の再定義こそが、これからのエンジニアの戦場だ。
彼らの奮闘の記録は、ぜひ動画でご覧ください。
ハッカソンの枠を超え、「新規事業創出」へ!
そして今、GIFTechはその挑戦の舞台を単なるハッカソンから「新規事業創出」へと拡大しています。例えば現在進行中の「伝統工芸士 × AIエージェント」プロジェクトでは、職人と共に創り上げたプロダクトを実際にグローバルで販売し、事業化までを目指しています。
業務では決して得られない、プロダクトを「創り」「売る」という経験。GIFTechでは、今後も継続的にハッカソンや新規事業開発プロジェクトを行っていきます。最新情報は公式Xで発信されるため、興味がある方はぜひフォローして、次のチャンスを掴んでください。