はじめに
地方エリアで電気保安の現場を走り回っている実務技術者です(電験三種・エネ管保持)。
これまでの記事(第1弾・第2弾)では、高圧受変電設備(キュービクル)の放電音をスマホで録音し、PRPD(位相分解部分放電)解析のアルゴリズムを組んで可視化する過程をご紹介してきました。
今回は少し視点を変えて、「そもそも、なぜ電流や電圧の数値ではなく『音』で異常を検知しようとしているのか?」そして「なぜディープラーニング(CNN)が必要だと確信したのか?」という、プロジェクトの根幹にある仮説について書きたいと思います。
1,異常とのファーストコンタクト「耳」であることが多い
私たち現場の人間は、数値を測るずっと前の段階で、設備の異常の芽を感じ取っています。
そのファーストコンタクトは、ほとんどの場合「耳」です。
キュービクルの扉を開けた瞬間に飛び込んでくる、いつものトランスの唸り音。その背景に、わずかに混ざる「ジリッ」「チリチリ」というかすかな異音。
現場の技術者は、五感をフルに使って「これはヤバい気がする」という違和感を察知し、未然に事故を防いでいます。
2,ベテランの「耳と脳」は、AIのアーキテクチャそのものだった
「人間の脳で『これはヤバい音だ』と判断できるのならば、ニューラルネットワーク(ANN/CNN)でも絶対に再現できるはずだ」
これが、私がこのプロジェクトに突き動かされている最大の仮説です。
現場でベテラン技術者の頭の中で起きている処理プロセスを分解してみると、驚くほどAIのアーキテクチャと一致します。
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蝸牛(かぎゅう)による周波数分解 = FFT
人間の耳の奥にある器官は、入ってきた複雑な音を低い音から高い音まで自動的に分解して脳に送っています。これはまさに、私がプログラムで実装した「高速フーリエ変換(FFT)」そのものです。 -
カクテルパーティー効果 = ハイパスフィルター
現場は換気扇の音や外の車の音でうるさいですが、人間の脳は「いつもの環境ノイズ」を背景として無視し、微小な放電音だけにフォーカスできます。プログラムにおいて、20kHz以下の低周波ノイズをバッサリと切り捨てる「ハイパスフィルター」がこの役割を担います。 -
聴覚野でのパターン認識 = CNN(畳み込みニューラルネットワーク)
「このチリチリ音は、過去に設備が絶縁不良を起こした時の音と似ている」
脳は現在の音と、過去の膨大な経験データ(記憶)を照合して危険を察知します。PRPD解析で画像化した波形パターンを、AIに大量に読み込ませて異常を見抜かせる「CNN」のプロセスと全く同じです。
4,なぜ「私」がやるのか(データと現場の壁)
現在、AIエンジニアやデータサイエンティストの多くは、綺麗なテストデータの中でアルゴリズムを磨いています。しかし、彼らは「現場のノイズ」と「本物の放電音」を聞き分ける耳を持っていません。
一方で、現場の暗黙知を持っているベテラン技術者の多くは、Pythonを書いたりAIを組んだりすることはありません。
この「ITと現場の分断」が、インフラ老朽化という巨大な社会課題の解決を遅らせています。
だからこそ、現場のドメイン知識を持ち、泥臭く自力でデータを集めている自分がバットを振らなければならないと思っています。
「ベテラン保安技術者の『耳と脳』を、1万円台のRaspberry PiとCNNでソフトウェアとして再現する」
これが完成すれば、電気保安業界のゲームチェンジャーになると確信しています。