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「教養としての量子コンピュータ」を読んで、思案したこと。

Last updated at Posted at 2025-12-05

読んだ本

教養としての量子コンピュータ(藤井先生, ダイヤモンド社)を読んでみました。
image.png
https://www.diamond.co.jp/book/9784478122266.html

量子コンピュータが実用化する日が迫っている。Googleや富士通など世界中の企業で開発競争が激化しており、ビジネスや日常に大きな変化が起きようとしている。本書はそんな量子コンピュータについて、研究の最前線に立つ著者が、歴史から未来まで、イラストをふんだんに使って余すことなく分かりやすく伝える。

量子力学の歴史、量子コンピュータの歴史、応用、中長期的なモチベーション等、数式は使わずイラスト多めで解説されている本です。
量子力学未経験で量子コンピュータについて知りたい人には、非常にお勧めです。

今回は、自分が「面白い!」と感じた節を1つ紹介します。
そして、その具体例をみてみます。

1章 pp.47-48 「神々のオセロ」

この節では、おおむね以下のような主張が書かれており、大変意義深いものでした。

「古典力学は、神と神が打ち合うオセロであり、我々はそれを横で観測することしかできない。観測によってルールを知ることはできる」

「量子力学では、人間が神とオセロを打ち合うことになる。観測者だった人間もプレイヤーであり、その行動が神の打つ手に影響する。観測者もゲームに巻き込まれる」

量子力学では、観測という行為が対象に影響を与えることをあらわに考慮します。
考えてみれば、観測という行為も対象とする系への何らかの物理的な作用なのですから、「観測だけは対象に影響を与えないとする」という古典力学の暗黙の了解のほうが、不自然と言えます。

みる・みないで結果が変わる?人間の意識が物理を変える?

ここからは私個人の理解を書きます。

「観測するかしないかで結果が変わるということは、人間の意識(みる/みない)が世界に干渉しているのでは?」という人もいます。
例えば、みる・みない問題の例によく出てくる、二重スリット実験があります。

二重スリット実験では、単一の電子が上下どちらのスリットを通り抜けてスクリーンに着弾するかを観測します。
この実験を複数回行って着弾した場所の統計をとると、その分布には干渉縞が見られます。
これは、単一の電子が上のスリットを通る場合と下のスリットを通る場合の、2つの可能性("並行世界")が干渉した結果と解釈されます。

図. 二重スリット実験

しかし、電子がどちらのスリットを通るかを観測できるようにしてしまうと、干渉縞が消えてしまいます。

図. 測定器を置いて観測する場合の二重スリット実験

しかし、測定器を置いた時点で、観測者がいないとしても、干渉縞は消えるということが、下記の堀田先生の記事で解説されています。

"このように二重スリット実験では、観測者が見ようと見まいと、また観測者が電子に意識を向けようと向けまいと、干渉縞は消えるのです。"
https://note.com/quantumuniverse/n/n88239f0f7d47

記事の式展開をみると、干渉縞が消える秘密というのは、以下のステップによります

  1. 対象の系が、外部の系(測定装置)と相互作用して量子もつれを作る。このとき、対象とする系と外部の系の状態は相関する。
  2. しかし、ここで測定器の状態がなんであるかを無視する(トレースアウト)
  3. すると、対象の系は干渉縞を起こさなくなる

図. 実は観測するかどうかは無関係。電子と測定器のもつれが本質。

直感的には以下のような理解です。

「外部系ともつれた時点で、対象とする系の状態(スリットの上通過、下通過)は、”識別可能”となってしまう」
識別可能なもの同士は、量子力学においては(量子的な)干渉を起こさない。
例えば波長・タイミング・偏波などがずれた光子同士は、量子干渉(HOM効果)を起こしません。

あるいは、以下のような説明がされることもあります。

「測定器を置く前と後で、そもそも扱う物理系が変わっている(測定器も系の要素なので)。異なる物理系で結果が異なるのは、当たり前のことで、同じままのほうが変だろう」

ということで、人間の意識が物理を変えるということはありません。
観測結果をみる・みないは関係のないことですし、介入するものが測定器であるかどうかも関係がありません。
登場人物(相互作用する相手)が増えたということが、ここでは本質的です。
測定器も、「登場人物」としてカウントされるということです。
自然が、生物(観測者=人間)を特別扱いしているわけではありません。

このあたりに興味がある方は、量子消去・遅延選択などを調べると面白いかもしれません。

Qiskitでシミュレーションしてみる

せっかくなので、上記の 外部の系との相互作用(量子もつれ)があると、干渉が消える をシミュレーションしてみます。
qiskitで以下のようにモデルを組みます。

from qiskit import QuantumCircuit
import numpy as np
from qiskit_aer import AerSimulator
import matplotlib.pyplot as plt

# 干渉を作る基本回路: H -> (CNOT) -> RZ(phi) -> H -> 測定
def interferometer(phi: float):
    qc = QuantumCircuit(2, 1)
    qc.h(0)           # 経路の重ね合わせ
    # qc.cx(0,1)        # 観測装置(外部系)との量子もつれ
    qc.rz(phi, 0)     # 位相差を付与
    qc.h(0)           # 再結合(干渉)
    qc.measure(0, 0)  # q0 を Z基底で測定
    return qc

# シミュレーション
sim = AerSimulator()
phis = np.linspace(0, 2*np.pi, 50)

data = []
for phi in phis:
    qc = interferometer(phi)
    result = sim.run(qc, shots=8192).result()
    counts = result.get_counts()
    # print(f"phi={phi:.2f} -> 測定結果 {counts}")
    data.append([phi,counts['0']/8192])

CNOT(量子もつれ発生)がないときは以下のようになります。

image.png

横軸が、スクリーンに到達するときの上スリットと下スリットの位相差(即ちスクリーン上の位置)に相当します
縦軸が存在確率に相当します。
スクリーン上の位置によって、上スリットを通った場合と下スリットを通った場合の干渉位相が違うので、波のような形状を示します。

この状態でCNOTを加えます。ただし外部系(2量子ビット目)には、それ以外の操作はしません。測定もしません。
image.png

確かに、干渉縞が消えてしまいました。

この状態で、再びCNOTを行うことで、もつれを解除します(CNOTは2回やるとIdentityゲートに等しい)。
image.png

このように、干渉縞は復活します。これは外部系に書き込まれたスリットの経路情報が削除されたためと解釈できます。

おわりに

量子力学は、重ね合わせや量子もつれ等がクローズアップされます。
産業的な応用があること、分かりやすい不思議な現象だからだと思います。
また、歴史的には、量子力学としては、これらの点を解決・理解するために発展してきました。
しかし現代では量子力学は量子情報理論としての側面が強くなってきています。
私は、量子力学(量子情報)の面白いところは「観測者を特別扱いしないこと」「観測という行為を厳密に扱うこと」ではないかと思います。
観測という行為すらも「実はルールが定められた自然現象」であり、これすらも制御可能な対象とすることで、多くの応用が出てきます。
量子力学(量子情報)は、人類の自然観を変えてくれた、素晴らしい発見だと思います。

やっぱり量子現象は夢があります。
みなさんも、神とオセロを打ちましょう。

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