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本を読んで挑戦する楽しさを知った1年目

Last updated at Posted at 2025-12-12

これはフェンリル デザインとテクノロジー Advent Calendar 2025 12日目の記事です

初めまして。新卒でエンジニアとして入社した者です。

技術的な話を書こうと思ったのですが、研修で聞いた「コンフォートゾーンから抜け出す」という内容がずっと頭の中に残っているので、それに関連するマインド面の話を書こうと思います。

拙い文章かとは思いますが、優しい目でお読みください

コンフォートゾーンとは
ストレスや不安が少なく、心が落ち着いていられる、快適で慣れ親しんだ環境や心理的な領域


社会人1年目。新しい環境や任された仕事・責任というものが、新卒の私にとって高い壁に感じることがありました。

ですが、入社してからの期間を振り返ると、その壁に向き合うことは苦しいものではなく、むしろ挑戦する楽しさとなっていたのです。

なぜ、億劫(おっくう)と感じていたことに対して楽しさを感じているのだろう。

そう考えたとき、頭の中に浮かんだのは、学生時代に愛読していたハンナ・アレント著『人間の条件』という本でした。

なぜ壁が高く見えるのか

新しいことに挑戦するとき、壁が高く感じるのはなぜでしょうか。

それは、私たちが無意識のうちに「完璧な結果」や「確実な未来」を求めすぎているからではないでしょうか。

アレントは人間がすることの本質は「予測不可能である」と語っています。

新しいことを始める以上、その先どうなるかなんて、すべて見通せるはずがありません。それなのに、私たちはつい、「確実な正解」「完璧であること」を求めてしまいます。

「もし失敗したらどうしよう」と不安で心がガチガチになっていると、目の前の壁は実際以上に険しく、高く見えてしまい、必要以上に怯え、できることもできなくなってしまいます。

寛大さが壁を登りやすくする

アレントは、予測不可能な人間の行動が引き起こす連鎖を断ち切り、再び自由に行動を始めるための力として「赦(ゆる)し」という表現をしました。

私はこの「赦し」というものを、事後的な処理としてだけでなく、事前的な「寛大さ」という一面もあるのではないかと解釈しました。

完璧でなくていいという赦し

自分自身に対して寛大であるということは、「最初から完璧でなくていい」「未知の領域なのだから、手探りで当たり前だ、完璧主義である必要はない!」という自己認知につながります。

この認知が、壁を登るための最初の一歩を踏み出す助けになるステップとして活躍すると思います。

もちろん、社会人となり、プロフェッショナル集団の一員として品質を放棄するわけではありませんが、「完璧主義」に縛られて動けなくなるよりはずっと健全です。

💡 まとめ

少し哲学的な話になりましたが、私の考えは次のとおりです。

  1. メタ認知を持つ
    • 「新卒だからといって、最初から100点満点の結果が出せるとは限らない(人間は予測不可能である)」と客観的に自分を見るということ
  2. 自己受容する
    • それを自分自身で許容し、「寛大さ」という足場を作ることで心理的負担を減らすということ

これらを経ることで、業務や業務外でも、高い壁を恐れず、コンフォートゾーンから抜け出し、新しいことに挑戦できるのではないかと思っています。

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