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3GPPが描く6G時代のAI活用:TR 22.870の62個のユースケースから

Last updated at Posted at 2025-12-23

この記事は、 3GPP TR 22.870 Study on 6G Use Cases and Service Requirements を読んでいくAdvent Calendar 2025の記事として執筆したものです。

はじめに

2025年、3GPPは6G標準化に向けた技術検討を本格化させている。その中で特に注目すべきは、AI(人工知能)をモバイルネットワークのあらゆる側面に統合しようとする検討がなされている。本稿では、3GPP TR 22.870(6G use cases)(2025年12月でv1.0になった)の第6章に収録された62のAI関連ユースケースを俯瞰し、6GモバイルネットワークにおけるAIの位置づけと、その実現に向けた技術的課題を考察する。

ITUのIMT-2030に向けたVisionの中でUsage scenarioを示している。この図は多方面でよく使われているので読者の方の中にも見たことがあるかもしれない。ここでも"AI and Communication"が一つの柱として設定されており、3GPPでのUse case studyもそれに対応している。
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「AI for 6G」と「6G for AI」

TR 22.870の冒頭で、AIと6Gの関係を二つの方向性で捉える考え方が示されている(6.1)。

AI for 6G Systemとは、AIの能力をネットワークとデバイスの運用に活用するアプローチだ。具体的には、トラフィック予測、リソース割り当て、障害検知といったネットワーク運用の最適化にAIを適用する。

一方、6G System for AIは、6Gシステムの機能を活用してAIアプリケーションを支援・実現するという逆方向のアプローチである。エッジコンピューティングリソースの提供、AI推論サービスの実行、大規模モデルの分散学習支援などがこれに該当する。

この双方向性は、従来の「ネットワークがサービスを届ける」という一方通行の発想からの転換を意味する。6Gネットワークは単なるパイプではなく、AI基盤としての価値を持つプラットフォームへと進化しようとしている。

なお、似たような定義付けとしてAI-RAN Allianceの"AI and RAN", "AI for RAN", "AI on RAN"があるが、個人的には上の2つの整理の仕方の方が覚えやすいと思っている。

AI Agentという新たなパラダイム

62のユースケースを通読して最も印象的なのは、「AI Agent」という概念の中心的な位置づけだ。2025年はAI Agent元年とも言われるし3GPPや関連するテレコム業界でもAI Agentが話題の中心になってきている。ここでは、AI Agentは単なるMLモデルではなく、環境を認識し、意思決定を行い、自律的にアクションを実行できるソフトウェアエンティティとして定義されていた。

ネットワークネイティブなAI Agent(6.6, 6.7, 6.8)

6G AI Agentの典型的な活用例として、スマートシティの交通管理システムとの連携が挙げられている(6.6)。サードパーティのAI Agent(例:交通管制システム)が「Highway Aはなぜ渋滞しているのか?交通流を最適化するにはどうすればよいか?」という自然言語クエリを送信すると、6GネットワークのAI AgentがLLMを用いてこれを解釈し、センシングデータの取得、アナリティクスの実行、最適化案の生成までを自律的に実行する。

この構想は、ネットワークAI Agentが複数の内部機能(センシング、アナリティクス、API公開など)をオペレーターポリシーに基づいて呼び出せる点にある。さらに、認可された外部サードパーティの機能を補完的に活用することも想定されている。
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注意点: 現行の5GにおけるNEFやCAPIFによるAPI公開は、あくまで定義済みのAPIを呼び出すリクエスト・レスポンス型だ。これがIntent(意図)ベースの対話型インターフェースに移行するとなると、API設計の思想そのものを見直す必要があるかもしれない。TR 22.870はStage 1のTRなので、実装方法については語られないが、MCPの活用などが今後の標準化議論で論点になるかもしれない。MCPは「AIモデルが何をしたいか(intent)」と「実際に何ができるか(capability)」を動的に接続する標準化された仕組みだが、3GPPのUse caseによくマッチしているようにも思われる。

災害救助におけるAI Agent連携(6.32)

より複雑なAI Agent活用例として、災害救助シナリオが詳細に記述されている(6.32)。地震発生時、救助チームが「複数の救助ロボットでZ地域の救助ミッションを実行せよ」というインテントを6Gネットワークに送信する。ネットワーク内のAI Agentはこれを受けて以下のようなタスク分解を行う:

  • 道路障害物のセンシング(センシングサービス)
  • 複数ロボットの救助ルート計画(AI推論サービス)
  • 障害物回避モデルのトレーニング(AIトレーニングサービス)
  • リアルタイム最適ルート計算(コンピューティングサービス)
  • 災害エリアの通信リソース割り当て(通信サービス)

「AIは過ちを犯すのだからこういったMission Criticalなユースケースで使ってほしくないなぁ」という感覚はあるが、ここでは「信頼性保証」の課題が明示的に議論されている点が面白い。LLMのハルシネーションや強化学習の試行錯誤により、AI Agentの判断が時として信頼できない可能性があることを認め、NDT(Network Digital Twin)などのツールを用いて判断を検証する仕組みの必要性が述べられている。

階層化されたAI実行環境

多くのユースケースで共通して登場するのが、AI実行環境の階層構造だ。コネクテッドカーのユースケース(6.3)では、この構造が明確に示されている。
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車載AI(In-vehicle AI) は、基本的な音声対話や車両設定の変更など、ゼロレイテンシが要求される処理を担う。ネットワーク接続がなくても動作可能な設計が前提となる。

エッジAI(Edge AI) は、オペレーターのエッジデータセンター(Service Hosting Environment)に配置され、マルチモーダルLLMのような計算集約的なモデルを低遅延で実行する。画像認識や複雑な推論がここで処理される。

クラウドAI(Cloud AI) は、膨大な計算リソースを活用して高度なタスクを実行する。RAG(Retrieval Augmented Generation)アーキテクチャでの外部知識アクセスや、非リアルタイムのサービスを提供する。

ユースケースでは、ユーザーが「この前の山は何?」と問いかけると、車載AIが画像認識機能の欠如を認識し、エッジAIに処理を委託。「富士山です」という回答を得た後(日本企業からの提案か?)、ツアー予約という複雑なタスクはクラウドAIに引き継がれる、という流れが描かれている。

ホームロボットと人間レベルの認知(6.10)

家庭用ロボットのユースケース(6.10)は、6Gネットワークに求められる認知AIサービスの要件を具体的に示している。ロボットは二つの認知モードを持つ:特定タスク用のローカル認知(床掃除など)と、オープン環境での汎用タスク用のネットワーク経由認知だ。

興味深いのは、人間の認知能力との比較に基づく要件定義だ。心理物理学・神経生理学の研究によれば、人間は複雑な視覚シーンの「要旨」を約150ミリ秒で把握できる。ロボットにも同等の認知速度が求められるという。成人の脳のニューロン数は約1000億、現在の複雑な論理推論・タスク調整用モデルも同程度の1000億パラメータ規模であり、コストとサイズの制約からロボット本体ではこれを実行できない。したがって、6Gネットワークがこの認知サービスを提供する必要があるという論理だ。

シナリオでは、買い物中のオーナーが電話を受けるため「子供を見ていて」とロボットに指示する場面が描かれる。これは単純な追従タスクから、オープン環境での汎用タスク(子供の安全監視)への切り替えを意味する。ボールが道路に転がり、子供が追いかけようとする危険な状況を6Gネットワークが検知し、ロボットに「持っているカップを落とす」「警報を鳴らしながら子供に向かう」「子供を抱き上げて安全な場所に移動する」といった行動指示を送る。
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AIモデルのライフサイクル管理

ネットワークによるAIモデルトレーニングサービス(6.12)

6Gネットワークが「AIモデルトレーニングサービス」を提供するというユースケースも提案されている。(6.12)。サードパーティがAIモデルをアップロードし、6Gネットワーク内のリソースを使ってトレーニングを実行、完了後に訓練済みモデルを返却するという流れだ。

ポイントは、トレーニングデータの取り扱いだ。サードパーティが提供するデータセットだけでなく、オペレーターの許可と規制要件に基づいて、6Gネットワーク内で生成・保持されているデータをトレーニングに活用できる可能性も示唆されている。プライバシー保護と地域規制への準拠が必須条件として明記されている。
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フェデレーテッドラーニングによるネットワーク連携(6.27)

複数のMNO(Mobile Network Operator)がネットワークを動的にフェデレートし、協調的にAIモデルをトレーニングするシナリオも提案されている(6.27)。架空のオペレーター「Connectify」と「GlobalNet」が、スマートシティの交通最適化モデルをフェデレーテッドラーニングで共同開発する例だ。

各ネットワークがローカルでモデルを訓練し、モデル更新情報を中央の集約システムに送信、統合されたモデルが生成される。生データを共有せずにモデルを改善できるため、プライバシー保護と競争力のバランスを取れる点が強調されている。

Generative AIへの対応(6.13, 6.26)

LLMやGenerative AIへの対応は、複数のユースケースで詳細に議論されている。特に注目すべきは、RAG(Retrieval Augmented Generation)へのネットワーク知識の活用だ(6.13)。
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XRを活用した都市観光アプリケーションのシナリオでは、ユーザーのプロンプトに対してLLMが応答を生成する際、MNOの「ネットワーク知識ソース」から取得した情報でプロンプトを増強する。これにより、訪問先のモバイル接続状況、ローミング条件、ネットワークパフォーマンス予測などをリアルタイムに反映した回答が可能になる。

このアプローチのメリットとして、LLMの再トレーニング/ファインチューニングに伴うエネルギー消費を削減しつつ、最新情報を反映した高品質な出力を実現できる点が挙げられている。

Responsible AI(信頼できるAI)への配慮(6.39)

62のユースケースの中で特異な位置を占めるのが、Responsible AIに関する考察(6.39)だ。これは特定のサービスシナリオではなく、AI活用全般に対する倫理的・実務的な配慮を論じている。

交通信号制御アプリケーションが、6Gネットワークから車両密度予測サービスを利用する場合を例に、以下の要件が挙げられている:

ロバスト性(Robustness):入力データに欠損がある場合(例:無線リンクの切断によるUEからのデータ欠落)のAIアプリケーションの耐性スコア。

説明可能性(Explainability):予測結果に対するローカル説明技術の提供。例えば「なぜこのエリアの車両密度予測が低いのか」という理由の説明。

トレーサビリティ(Traceability):規制要件によっては、サードパーティアプリケーションの所有者がAI判断の詳細な理由付けを記録保管する義務が生じる可能性がある。

ISO規格「AI - Assessment of the robustness of neural networks」への参照もあり、標準化を意識した議論が行われていることがわかる。

Vertical Industry(垂直産業)向けAI応用

多くのユースケースが特定のVertical Industryを対象としている。

ヘルスケア(6.5, 6.23, 6.30):ウェアラブルデバイスによる健康モニタリングで、バイオメトリックデータのリアルタイム分析とパーソナライズされたAIモデルの活用が想定されている。子供の健康管理アシスタント(6.23)では、学校や病院など複数の場所でのデータ統合と、プライバシーを考慮した情報共有が課題として挙げられている。

自動車・交通(6.3, 6.36, 6.40, 6.51):コネクテッドカー向けのエンドツーエンドAI(6.3)に加え、車両AIモデルの管理サービス(6.36)、マルチ車両協調認知(6.40)、ネットワークネイティブAI Agentによる自動運転支援(6.51)など、多角的なアプローチが提案されている。

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マルチ車両協調認知(6.40)

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ネットワークネイティブAI Agentによる自動運転支援(6.51)

スマートファクトリー(6.53):AIによるスマートファクトリーでは、計算サービスとの連携が重視されている。生産ラインの異常検知、予知保全、品質管理にAI推論を活用するが、リアルタイム性の要求から、処理の分散配置が課題となる。

エネルギー・公益事業(6.48):電力グリッド向けサービスロボットでは、送電線の点検、故障検知、自律的な修復作業にAI Agentを活用する。広域に分散したインフラを効率的に監視・保守するための、ネットワーク連携型AIの典型例だ。

障害者支援とアクセシビリティ(6.38)

社会的インパクトの観点から特筆すべきは、障害者支援のユースケース(6.38)だ。視覚障害者向けのリアルタイム環境説明、聴覚障害者向けの音声-テキスト変換、移動障害者向けのナビゲーション支援など、AIを活用したアクセシビリティ機能が詳細に記述されている。

6Gネットワークは、センシング機能(周囲環境の認識)、AI推論(状況判断と最適化)、低遅延通信(リアルタイム支援)を統合的に提供することで、これらのサービスを実現する基盤となる。

要件の傾向分析

3GPP Stage 1のTR(Technical Report)のユースケースには、このユースケースをシステムでサポートするためのPotential New Requirementsが記載されるルールになっている。逆にこのPotential Requirementに新規性がないと、ユースケースが新しくても認められない。
今回の62のユースケースで提案されている新規要件(Potential New Requirements)を分析すると、いくつかの共通テーマが浮かび上がる。

オペレーターポリシーと規制への準拠:ほぼすべての要件が「Subject to operator policy」や「regulatory requirements」という条件付きで記述されている。これは、3GPPでよくつけられる決まり文句ではあるが、AIの判断や行動が、最終的には人間(オペレーター)の管理下にあるとも読み替えることができる。

サードパーティへのAPI公開:AIサービス、計算リソース、センシング機能など、6Gネットワークが保有する機能をサードパーティに公開するための標準インターフェースの必要性が繰り返し述べられている。今後、MCPの活用などが議論されていくと思われる。

プライバシーとデータ保護:特にAIトレーニングデータの取り扱い、位置情報の利用、健康データの処理において、ユーザー同意とプライバシー保護が必須条件として位置づけられている。

動的なリソース割り当て:AI処理の負荷変動、モビリティに伴う計算タスクの移行、QoS要件の変化に対応するための動的なリソース管理メカニズムが求められている。

今後の標準化に向けた課題

これらのユースケースを実現するためには、いくつかの根本的な課題に取り組む必要がある。

AI Agent間の通信プロトコル:自然言語ベースのインテントをどのように構造化し、検証し、実行するか。現行のAPI設計思想からの大きな転換が必要になる。

分散AI実行の標準化:どのAI処理をどこで実行するかの判断、処理の移行、状態の同期など、分散AI環境を支える基盤技術の標準化が必要だ。

信頼性・安全性の保証:AI Agentの判断が誤っている場合の検知、影響の最小化、回復メカニズム。特にミッションクリティカルなユースケース(災害救助、自動運転など)では不可欠だ。

課金・ビジネスモデル:AIサービスの価値をどのように定量化し、課金するか。推論リクエスト数、計算リソース使用量、結果の品質など、複数の軸が考えられる。

おわりに

TR 22.870の第6章は、6G時代におけるAIの位置づけを包括的に示している。62個というユースケースの数からも注目度の高さがうかがえる。しかし、(3GPPをかじった人なら分かるように)これらのユースケースは、現時点では「こうだったらいいな」という理想像であり、要件が決まったからといって社会的な制約や技術的な課題で社会実装されないことが多い。AIは単に技術以上に社会的な制約、例えばAIの判断に対する信頼性保証、プライバシーと有用性のバランス、複数ステークホルダー間の利害調整などの問題も多い。

3GPPの標準化プロセスでは、これらのユースケースから要件を抽出し、実現可能なアーキテクチャ・プロトコルへと具体化していく作業が今後進められる。
このあたりの進め方や調べ方は以下の私の記事も参考にして欲しい。
https://zenn.dev/nic/articles/0d71b805e8b5fe
https://zenn.dev/nic/articles/0c3be6394b2000

6Gの商用化は2030年頃とされているが、その「理想像」がは今まさに議論されている。本稿が、その議論の一端を理解する助けになれば幸いです。

参考資料 3GPP TR 22.870 第6章 AIユースケース一覧

分類の定義

分類 説明
AI for 6G AIの能力を活用してネットワーク・デバイスの運用を最適化
6G for AI 6Gシステムの機能を活用してAIアプリケーションを支援・実現
Both 両方の側面を持つユースケース

分類別集計

分類 件数 割合
AI for 6G 5 8%
6G for AI 33 54%
Both 23 38%
合計 61 100%

対象領域別集計

対象領域 件数 代表的なユースケース
AI Agent連携 12 6.6, 6.7, 6.8, 6.9, 6.21, 6.44, 6.46, 6.55, 6.56
自動車・モビリティ 5 6.3, 6.36, 6.40, 6.51
ヘルスケア 3 6.5, 6.23, 6.30
コミュニケーション支援 4 6.11, 6.17, 6.22, 6.42
AI推論オフロード 4 6.28, 6.34, 6.49, 6.58
Generative AI 3 6.13, 6.26, 6.33
AIモデル管理 3 6.12, 6.25, 6.27
エッジコンピューティング 2 6.2, 6.24
ネットワーク最適化 3 6.4, 6.43, 6.54
エネルギー管理 2 6.16, 6.37
スマートホーム 2 6.20, 6.29
災害・緊急対応 2 6.32, 6.57
UE-NW連携 2 6.31, 6.45
安全・セキュリティ 2 6.47, 6.62
その他 12 センシング、メディア処理、ドローン、ファクトリー等
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