はじめに
このたびありがたいことに、みのるん(御田稔)さんから「Amazon Bedrock AgentCore 実践入門 Strands Agentsで構築するAIエージェント[AWS深掘りガイド]」(御田稔・森田和明・熊田寛 著/SBクリエイティブ)を恵贈いただきました。ありがとうございます。周りの方が書評を書いているのを見かけて、自分も真似してみたくなりました。
改訂版になるはずだった本が、AgentCoreで生まれ変わった
発売日当日に、このようなイベントがありました。
この配信によると、当初は前作「Amazon Bedrock 生成AIアプリ開発入門 [AWS深掘りガイド]」(2024) の改訂版として企画が立ち上がっていたそうです。ところが動き出した矢先にAmazon Bedrock AgentCoreの登場の気配を察知し、いったん様子見に。その後のre:InventでAgentCoreの新機能が次々追加され、今年の頭ぐらいから一気に書き上げられたとのことでした。スピード感が凄まじいです。
この経緯を知って読むと、本書の構成の意図がよく分かります。前作のアップデートで済ませず、テーマそのものをBedrockでアプリを作る話から、AgentCoreでエージェントを運用する話へ置き換えています。改訂ではなく、新しい問いに合わせて書き下ろした一冊になっています。
前作からの大幅アップデート
前作と新作の構成を並べると、AWSにおける生成AIのこの2年での進化が見えてきます。
まずは章立ての見比べ
百聞は一見にしかず、両書の目次を並べます。章番号が横に並んでいても内容が対応しているわけではないので、あくまで見比べ用の表です。(たとえば両者の5章はまったくの別物)
| Bedrock 開発入門 | AgentCore 実践入門 |
|---|---|
| 1章 生成AIの基本と動向 | [第1部 基礎編] 第1章 生成AIの基本とAmazon Bedrock入門 |
| 2章 Amazon Bedrock入門 | 第2章 AIエージェント入門 |
| 3章 生成AIアプリの開発手法 | [第2部 Strands Agents編] 第3章 Strands Agents入門 |
| 4章 社内文書検索RAGアプリを作ってみよう | 第4章 リサーチエージェントを作ろう |
| 5章 便利な自律型AIエージェントを作ってみよう | [第3部 AgentCore編] 第5章 AgentCoreの概要とメイン機能「ランタイム」 |
| 6章 Bedrockの機能を使いこなそう | 第6章 記憶を管理する「メモリー」 |
| 7章 さまざまなAWSサービスとBedrockを連携しよう | 第7章 外部認証を制御する「アイデンティティ」 |
| 8章 生成AIアプリをローコードで開発しよう | 第8章 ツールを束ねる「ゲートウェイ」 |
| 9章 Bedrock以外の生成AI関連サービスの紹介 | 第9章 ツール利用を制御する「ポリシー」 |
| 10章 Bedrockの活用事例 | 第10章 クラウドならではの「組み込みツール」 |
| 11章 お勧めの最新情報のキャッチアップ方法 | 第11章 運用状況を可視化する「オブザーバビリティ」 |
| — | 第12章 自動で品質をチェックする「評価」 |
| — | 第13章 フルスタックエージェントを構築しよう |
| — | [第4部 応用編] 第14章 RAGで社内データをエージェントに活かそう |
| — | 第15章 アンビエントエージェントをCDKで作ろう |
| — | 第16章 AIエージェントを業務に導入しよう |
並べるとアップデートの規模がよく分かります。前作は1〜11章がフラットに並ぶBedrock機能+ハンズオンの構成でした。新作は基礎編から始まり、Strands Agents編、AgentCore編、応用編という4部構成になっていて、エージェントを作るところから運用するところまで段階的に積み上げる設計に変わっています。なかでもAgentCore編が第5〜13章と全体の半分以上を占めていて、本書の重心がどこにあるかがそのまま表れています。AgentCoreの機能の豊富さには驚きです。
構成の比較
| 観点 | Bedrock 開発入門 | AgentCore 実践入門 |
|---|---|---|
| 主題 | Bedrockを使った生成AIアプリ開発全般 | AgentCore / Strands AgentsによるAIエージェントの構築と運用 |
| AIエージェントの扱い | 数ある機能の1つ(5章「便利な自律型AIエージェント」) | 本全体の主役。全4部がエージェントに集約 |
| RAG | 中核トピックの1つ(4章 社内文書検索RAG) | むしろ応用編へ。エージェントの一機能という位置づけ |
| フレームワーク | LangChain中心 | Strands Agents(AWS製OSS)中心 |
| カバー範囲 | Bedrockの機能を広く(ローコード、連携、活用事例ほか) | エージェントを作る・制御する・運用する・評価するを縦に深掘り |
前作で1章分だった自律型AIエージェントの話が、新作では一冊まるごとに膨らんでいます。この2年でAIエージェントの進化っぷりが目次を見るだけで伝わってきます。
「作る」より「運用する」に紙幅を割いている
新作でいちばんアップデートを感じたのが、第3部AgentCore編の手厚さです。章タイトルを眺めるだけでワクワクします。
- 第5章 AgentCoreの概要とメイン機能「ランタイム」
- 第6章 記憶を管理する「メモリー」
- 第7章 外部認証を制御する「アイデンティティ」
- 第8章 ツールを束ねる「ゲートウェイ」
- 第9章 ツール利用を制御する「ポリシー」
- 第10章 クラウドならではの「組み込みツール」
- 第11章 運用状況を可視化する「オブザーバビリティ」
- 第12章 自動で品質をチェックする「評価」
エージェントを動かす土台のランタイム、セッション記憶から長期記憶まで踏まえた記憶の設計、勝手に危ないAPIを叩かせないためのアイデンティティとポリシー、何が起きたかを後から追えるオブザーバビリティ。これらはアプリ開発というより、本番システムを預かる運用そのものの話です。RAGの作り方やモデルの呼び出し方を学べる本は他にもありますが、PoCで動いたものを企業の本番に乗せて運用し続けるための設計まで踏み込んでいます。
前作がBedrockで何ができるかを教えてくれる本だったとすれば、新作は作ったエージェントを誰がどう安全に使い続けるかを教えてくれる本へと進化しています。
ハンズオンは6章分から14章分へ
ページをめくるたびにサンプルコードが出てくるような感覚があります。手を動かせる章がどれだけ増えたかは、両書のサンプルコードリポジトリを見比べるとすぐ分かります。
- Bedrock 開発入門(bedrock-book):コードがあるのは第2・3・4・5・6・8章の6章分(全11章中)
- AgentCore 実践入門(agentcore-book):第1章と第3〜15章に加えて環境構築の付録までコードが用意され、14章分(全16章中)
コードがないのは座学中心の第2章「AIエージェント入門」と、まとめの第16章「業務への導入」のみ
| 観点 | Bedrock 開発入門 | AgentCore 実践入門 |
|---|---|---|
| 全章数 | 11章 | 16章 |
| サンプルコード掲載章 | 6章(2・3・4・5・6・8) | 14章(1・3〜15)+付録 |
| サンプルコード比率 | 約55%(6 / 11章) | 約88%(14 / 16章) |
| ハンズオン明示の章 | RAGアプリ・AIエージェント・ローコードなど | 第4章・第13章・第15章 ほか |
章数も11から16に増えていますが、注目したいのは一冊に占めるハンズオンの濃さです。前作は半分強の章にコードが付いていましたが、新作はほぼ9割。残りはすべて手を動かしながら進めることができます。読んだら分かる、さらに作って身につくすごい本になっています。環境構築を付録に切り出して各章のハンズオンに集中できるようにした配慮もあり、まずはコピペでミスなく進めたい自分にはありがたいものでした。
最近は値段が上がったのに内容量はこっそり減っている、という切ないケースをよく見かけます。でも本書は逆で、手を動かせる章がほぼ倍増しています。1ページあたり・1円あたりの実用価値で見れば、これはもう実質値下げと言っていい一冊だと思います。
第16章の「誰も使わない」問題は、プラットフォームエンジニアリングそのもの
そして、プラットフォームエンジニアリング大好きな自分がいちばん刺さったのが、終盤の第16章「AIエージェントを業務にうまく導入する」です。こんな一文があります。
導入に失敗するケースの多くは技術的な課題ではなく「誰も使わない」という問題です。
締めくくりで、失敗要因に挙げているのが技術ではなく誰も使わないこと、ここに本書の懐の深さがあると思いました。
これ身に覚えがあって思わず苦笑いしました。
- 現場の業務フローに溶け込んでいない
- 使うと楽になる、という体験が伝わっていない
- 信頼できると感じてもらえない
このどれかが欠けると、ただのすごいツールで終わってしまいます。
プラットフォームを「プロダクト」として扱う
プラットフォームエンジニアリングの世界では、社内向けのプラットフォームをプロダクトとして扱い、開発者を顧客と見なす考え方 (Platform as a Product) が広がっています。チームの認知負荷を下げ、セルフサービスで使えて何より実際に選ばれて使われるものを目指します。Team Topologiesが説くプラットフォームチームの役割もまさにここです。
本書16章の誰も使わないを避けるという視点は、AIエージェント開発にこのプロダクト思考とDX(開発者体験)の発想を持ち込んでいるようにも読めます。技術で作る話と組織に届ける話を地続きで語っているところが、本書が単なるハンズオン本と一線を画す理由だと感じました。
エージェント基盤を整える人も、社内プラットフォームを預かる人も、最後にぶつかる壁は同じかなと思います。良いものを作った、で、どうやって使ってもらうのか。本書はその問いに、技術と運用の両面から手がかりのヒントをくれます。
こんな人におすすめ
- 「Bedrock開発入門」を読み、AIエージェントの本格運用へ進みたい人
- PoCは作れたが、本番導入・ガバナンス・評価でつまずいている人
- Strands Agents / AgentCore を体系立てて学びたい人
- プラットフォームエンジニア・SRE・基盤担当として、AIエージェントを社内に根付かせる立場にある人
おわりに
「Amazon Bedrock AgentCore 実践入門」は、前作のBedrockでアプリを作るから、AgentCoreでエージェントを運用して組織に届けるへと、主題そのものを進化させた一冊でした。改訂版になるはずだった企画をAgentCoreの登場まで待つことで新たな息吹が吹き込まれました。
サンプルコードの多さにも圧倒され、これはすべて動かすしかないなと感じました。とくに出版社の新刊カレンダーから気になる技術書を探して、発売日をGoogleカレンダーに自動登録するAIエージェント構築は具体の塊です。
フルカラーで図解もあり、サンプルコードがあって楽しみしかありません。
そして締めの16章で誰も使わない問題に触れていることです。技術だけで終わらせない著者陣の想いを感じました。
自分も明日からまた社内で使われる基盤づくりと格闘してきます。すごいツールを本番で戦い抜けるエージェントに育てていきたいです。鬼滅のように鬼を一体ずつ斬るような地道な道のりですが、その武器の選び方、研ぎ澄まし方を本書はしっかり授けてくれます。令和におけるAIエージェント開発のおすすめの一冊です!