この記事はHTアドベントカレンダー11日目の記事です。
はじめまして。博報堂テクノロジーズでリクルーター & HRBPを担当しているまっしゅと申します。
2022年8月に当社が稼働を開始してから、180名を超えるテクノロジー人材の採用をリードしてきました。
本日は技術記事の合間に、少しだけ「人」に寄ったお話をどうぞ。
■問題意識:”超売手市場”が候補者の「自己理解」を鈍らせている
初手からえらそうな問題提起で始めてしまったのですが、ここ2~3年で強く感じていることがあります。
市場が売手化して、候補者の自己分析・自己理解が甘くなっている。
そして、エージェントも候補者をちゃんと理解しないまま求人を紹介してしまう。
結果どうなるのか?
- キャリア軸の解像度が低い
- 今ある違和感はなんとなく語れるが、どこで輝けるかは不明瞭
- 「やれること」と「やりたいこと」が分離されていない
- 得たいゲイン(欲求)と、解消したいペイン(不満)がごちゃごちゃ
こんな候補者さんにお会いすることがすごく増えました。
つまり、
市場の過熱が、候補者の内省の機会を奪い、マッチングの質を落としている
という構図。
エンジニアが”自分にあった環境”で輝いてほしい
僕がテクノロジー人材の採用に携わっているのは、このモチベーションひとつです。
でも、たくさんのテクノロジー人材の方々と日々対話する中で、自己理解があいまいなまま転職活動をスタートし、そのまま大事な決断をしてしまう場面を何度も見てきました。
みなさんの気持ちも少しわかります。
- スカウトでたくさん声がかかる
- 魅力的な高額オファーが提示される
- 今よりはきっと良い環境になるから
でも、転職の本当の意味での成功は”自身が最も輝ける環境を選べるか”で決まると思うのです。
僕が年間数百人以上のテクノロジー人材採用の現場で見てきたのは、
- スキルが高い人も、環境がズレると凡庸化する
- 突出した才能も、文化と噛み合わなければ摩耗していく
- 平均点の人も、正しい環境だと突然スターになる
ということです。
テクノロジー人材採用は、「ただスキルフルな人を連れてくる」仕事ではなく、”そのフィールド(環境)で最高に輝く人は誰なのか”を見極める仕事だと信じています。
■P-E Fit理論:自身が最も輝ける環境を選ぶために「自己理解を構造化」
僕は今、国家資格の「キャリアコンサルタント」の取得に向けてキャリア理論などを改めて勉強中です。
普段、無意識にやっていることが理論で説明されると、思考が構造化されて頭がすっきりします。
そして、最近僕が学んだキャリア理論の中でも、テクノロジー人材のみなさんに特にご紹介したいのが「P-E Fit理論」です。
心理学・組織行動論のクラシックな理論ではあるのですが、みなさんのキャリアを考えるヒントになるだけでなく、プロジェクトマネジメントにおける人員配置や育成まですべてカバーできる万能なフレームワークだと感じています。
○P-E Fit理論とは?
「個人(Person)と環境(Environment)の“噛み合わせ”が良いほど、成果・満足・定着につながる」という理論
PとEのフィット感が高いほど、以下の項目が上がると様々な研究で実証されています。
- 仕事満足
- 組織コミットメント
- パフォーマンス
- 定着率(離職率の低下)
- メンタルヘルスの良好さ
リクルーターの目線で考えてみても、内定承諾率や入社後活躍、早期離脱の予測因子として使えると感じます。
○P-E Fit理論の4つの視点で”自分が活躍できる環境”を構造化して捉える
P-E Fit理論では、E(Environment)の「環境」を4つに分解して考えます。
- P-J Fit(Person-Job Fit:人と仕事の適合)
- P-O Fit(Person-Organization:人と組織文化の適合)
- P-G Fit(Person-Group Fit:人とチームの適合)
- P-V Fit(Person-Vocaition Fit:人と職業的志向の適合)
それぞれひとつずつ、できるだけエンジニア目線に立ってご説明します。
◎1. P-J Fit(Person-Job Fit:人と仕事の適合)
=「技術スタック × 自分の成長曲線」の相性
- 求められる技術レベル ↔ 今の自分のスキル
- 担当する領域の複雑性 ↔ 自分の思考の得意・不得意
- プロダクトの方向性 ↔ 自分が深めたい技術領域
これは言わずもがなですね。エンジニアの転職はここが一番シンプルで、採用ではきっちりかっちり見ます。
ただ「できるかどうか」より、“成長する余白があるか”の方が転職が成功しやすいと思います。
心理学研究では、成長機会(Skill Variety / Learning Opportunity)が仕事満足やエンゲージメントと強く相関することがわかっているので、成長余白を意識して選べると入社後のモチベーションが全然変わってきます。
そしてエンジニア採用は、企業も候補者もこのスキルフィット偏重になりがちなので、この視点だけにならないように注意してください。
◎2. P-O Fit(Person-Organization:人と組織文化の適合)
=「開発文化 × 自分の価値観」の相性
- 速度重視か?品質重視か?
- ドキュメントを厚く書く文化か?口頭の相談が多い文化か?
- 意思決定は合議制か?オーナー型か?
- 変更管理は厳格か?柔軟か?
これは技術とは別で、価値観との相性です。
ここがズレると、どれだけ技術力があっても摩耗していきます。
「苦手な文化」を先に言語化しておくと判断しやすくなります。
リクルーターの観点では、”この方が本当に入社後にストレスなくイキイキと業務に向き合えそうか”という点を判断する上で、非常に重要な項目として見ています。
◎3. P-G Fit(Person-Group Fit:人とチームの適合)
=「チーム編成 × 自分の最適ポジション」の相性
もっとも“現場離脱”に影響するのがここだと思います。
野球で例えると “ショートばかりのチームに入ると、強い選手でも輝けない” という話にかなり近いです。
- リーダーシップの型(厳しい?寄り添う?ロジカル?感情?)
- 開発プロセス(Agile?WF?チームか個人か?)
- コミュニケーションの濃度(出社で会話を好む?リモート中心?)
- 役割の重なり具合(足りない役、飽和してる役)
「自分はどういう組織のどんな役割で一番強いのか?」
これをチームの役割分布(求められる役割)と照合すると、ものすごく本質的なFitが見えます。
自身の得意な役割を言語化するコツは、
- どういうリーダーの下で伸びたか?
- どんな役割のときに成果が出たか?(技術決定者、コードレビュアー、高速実装、プロセス改善マン、調整係、火消し役…など)
- どんなチーム構造のときが心地よかったか?
あたりを考えてみるとよいと思います。
採用する側も、お任せしたい役割に対する候補者の得意な役割の適合を強く意識して見ています。
◎4. P–V Fit(Person–Vocation Fit:人と職業的志向の適合)
=「自分のキャリアOS × 会社の未来」の相性
これは、“どんな未来を歩みたいか”と、企業・組織の方向の噛み合わせ。
- 技術を深堀りしたいのか?
- 裁量や広い役割を求めているのか?
- プロダクトで世界を変えたいのか?
- ワークライフバランスが第一なのか?
- どのくらいストレッチをかけて年収を上げたいのか?(成長矢印の速度・角度と方向性)
ここが曖昧だと、転職は「技術マッチしているのになぜか幸せじゃない状態」になりがちです。
逆にここが明確だと、企業選びが一気に楽になります。
そして、特にこのP-Vを深く深く掘り下げることが、外的な情報に左右されずに”自分の心の納得”に従って意思決定するためのポイントです。
自身のリクルーター経験の中で、この「P–Vのズレ」が入社後のミスマッチを最も生みやすいと実感しています。
○P-E Fit理論のポイントサマリ
ここまで見てきたP-E Fit理論をテクノロジー人材のみなさんが転職活動に応用する場合、ひとことで言うならば、”価値観(本当に得たいゲインと絶対に解消したいペイン)を明確にすること”です。
| Fit(P-Environment) | エンジニア視点でいうと | 転職でのポイント |
|---|---|---|
| P-J(P-Job) | 技術スタックと自分のレベルの相性 | できる × 伸びる を見る |
| P-O(P-Organization) | 開発文化が自分の価値観と合うか | 苦手な文化を言語化 |
| P-G(P-Group) | チーム構成と自分の役割ポジションの相性 | 自分が“最強になる役割”を知る |
| P-V(P-Vocation) | キャリアOSと企業の未来の相性 | 自分の未来の軸を決める |
- 技術を深めることなのか
- 心地よく働けるチーム環境なのか
- 自身の裁量・役割なのか
- 意味あるプロダクトへの貢献なのか
- 年収などの条件なのか
- ワークライフバランスなのか
4つのE(環境)の中で最も重要なものは何ですか?と問われたときに、
「全部です」は内省不足の典型です。ぜひ一度、立ち止まって、P-E Fitのフレームに当てはめて自分自身の価値観を観察してみてください。
実は、まだこの先に「”適合”とはどういう状態か?」とか、「ソート条件」とか「企業理解・仕事理解」というステップもあるのですが、それはまたいつかお話しします。
■まとめ:超売手市場の中で転職を成功させるカギは、“才能 × 環境”の噛み合わせ
- 売手市場だからこそ、候補者が自分自身の深い内省を行う機会が減っている
- 転職の成功は「自身が最も輝ける環境を選べるか」
- 環境をP–E Fit理論で捉えれば、内省を一段も二段も深めることができ転職の成功に近づく
「自分はどんな環境で輝くか」を理解するだけで、転職の成功確率は跳ね上がると思います。
P-E Fit理論に出会ってから、リクルーターの仕事は「人の才能と環境の構造の接点をデザインする仕事」だと思うようになりました。
AI時代には採用活動も効率化がどんどん進むからこそ、リクルーターの仕事の価値は“人間理解の深さ”で大きな差が開くと感じています。
当社はスキル評価だけでなく、
- チームとの噛み合わせ
- 文化とのフィット
- 本人が描いている未来との一致
を深く、丁寧に、心で見に行きます。
もちろん完璧ではないですが、候補者・企業・チームの幸せなマッチングを真剣に考えている点は、ほかのリクルーターには負けない自信があります。
超売手市場の中で、テクノロジー人材のみなさんの選択肢は果てしなく増え続けています。
だからこそ大事なのは、「自分が幸せになれそうなところはどこか、と企業を見比べる」のではなく、”自分はどんな環境だったら幸せになれるのかにまずは気付く”ことからです。
P–E Fit理論という考え方が、転職活動の指針となり、みなさんの才能がのびやかに花ひらく環境に出会えることを、心から願っています。
今年も多くの出会いに救われた一年でした。
Thank you for Engineers!