はじめに
私がコンサルタントとして、お客様向けの提案資料やプレゼン資料を作っていた頃の話です。
当時は毎日のように資料作成に追われ、「どうすればもっと上手く、もっと早く資料を作れるんだろう」 と悩んでいました。仕事にもまだ慣れておらず、とにかく毎日が必死で、少しでも仕事の進め方が良くなるならと、藁にもすがる思いでした。
そんなとき、仕事がとてもできる同僚から勧められたのが『イシューからはじめよ』です。
正直なところ、最初は「資料作成を効率化するためのテクニック本なのかな?」くらいの気持ちで読み始めました。しかし、実際に書かれていたのは資料作成のテクニックではなく、その前に 「何を明らかにすべきなのか(イシュー)」を決めることが最も重要である という、仕事の進め方そのものについての考え方でした。
当時は4ページほどの読書ノートを作りながら読み進めました。最近、そのノートを久しぶりに読み返してみると、3年以上経った今でも仕事で意識していることが数多く書かれていました。
本記事では、本の内容を網羅的に要約するのではなく、実際に仕事で実践してきた中で、今でも特に役立っている考え方を紹介します。
1. 「悩む」と「考える」は違う
本書で最も印象に残っているのは、「悩む」と「考える」は全く違うということです。
悩むとは、答えが出ないことを前提に堂々巡りする状態。一方で、考えるとは「答えはある」という前提で仮説を立てながら整理していくことです。
当時の読書ノートには、「悩んでいると気づいたら休め」と赤字で書いてありました。今でも仕事で行き詰まったときには、「今の自分は考えているのか、それとも悩んでいるだけなのか」を意識するようにしています。
この考え方は、仕事だけでなく日常生活でも役立っています。答えのないことを延々と考え続けていると気づいたら、一度休んだり、視点を変えたりするだけでも気持ちが整理されることがあります。
2. 仕事の価値は「どれだけ働いたか」では決まらない
過去には、長時間働き、多くの仕事をこなすことが成果につながると思っていた時期もありました。
しかし本書では、「どれだけ仕事をしたか」ではなく、「どれだけ価値ある変化を生み出したか」が重要だと説明されています。
この考え方は、コンサルティングや現在の仕事に携わるようになってから、ますます実感するようになりました。
忙しいこと自体には価値はありません。本当に重要なのは、お客様や組織にどのような価値を提供できたのかという点です。
3. まず「イシュー」を決める
分析を始める前に、まず特定すべきなのは 「何を明らかにしたいのか = イシュー」 です。
分析手法やデータ収集に時間をかける前に、「今、本当に答えを出すべき問いは何か」を特定することが重要です。イシューが曖昧なまま分析を始めても、価値のあるアウトプットにはつながりません。本書を読んでからは、「そもそも何を明らかにしたいのか」をまず考えるようになりました。
この考え方を意識するようになってからは、資料作成のスピードも上がり、遠回りすることが減ったように感じています。
4. 仮説を立ててから進める
本書では、仮説を立てることを重視しています。
「たぶん答えはこうではないか」という仮説を先に立てることで、本当に必要なデータや分析対象が見えてきます。結果として、調査量、分析量は減る一方で、アウトプットの質は高くなります。
この考え方は、データ分析だけではなく、システム設計やソリューションの検討でも役立っています。
仮説があることで、「何を調べればよいか」「何を調べなくてもよいか」が明確になり、限られた時間をより価値のある作業へ使えるようになります。
5. 分析とは比較である
読書ノートには、「分析の本質は比較」と書いてありました。
比較には、他社との比較、構成比の比較、時系列の比較などさまざまな種類がありますが、共通しているのは「違い」を見つけることです。
データを見るだけでは分析ではなく、比較によって初めて意味が生まれるという考え方は、今でも強く意識しています。
例えば、売上だけを見ても、それが良いのか悪いのかは分かりません。
- 昨年と比べてどうなのか
- 他社と比べてどうなのか
- 想定していた仮説と比べてどうなのか
比較対象があることで、初めてデータに意味が生まれます。
6. プレゼンは調査結果ではなくメッセージを伝える
調査そのものが目的ではありません。
相手に理解してもらい、納得してもらい、最後には行動してもらうことが目的です。
そのためには、ストーリーを組み立て、PPTなどの資料は「1ページ・1メッセージ」を徹底することが重要だと本書では説明されています。この考え方は、お客様向けの提案だけでなく、社内向けの説明資料や技術提案をまとめる際にも役立っています。
資料を作っていると、つい「調べたことを全部載せたい」という気持ちになります。しかし、情報を詰め込みすぎると、本当に伝えたいメッセージが埋もれてしまいます。結果として、相手の印象に残るべきポイントがぼやけてしまい、最も伝えたいことが伝わらなくなってしまいます。
「このスライドで一番伝えたいことは何か」を明確にするだけで、資料の分かりやすさは大きく変わります。
本書の内容を一言でまとめると
私なりに整理すると、本書の流れは次のようになります。
良い問い(イシュー)を決める
↓
仮説を立てる
↓
必要最小限だけ分析/調査する
↓
伝わる形で伝える
「分析の本」というよりも、「価値ある仕事の進め方」を学ぶための本だと感じています。
AI時代だからこそ、この考え方は重要だと思う
最近は生成AIを活用した仕事をする機会が増えました。
ChatGPTやClaudeなどのLLMは、与えられた問いに対して非常に高品質な回答を返してくれます。しかし、「何を問うべきか」 までは考えてくれません。
生成AIは「答えを出す」ことは得意です。しかし、(少なくとも現時点では)「何を問うべきか」は人間が決めなければなりません。
プロンプトエンジニアリングについて語られることは多いですが、その前提として「本当に解くべきイシューは何か」を定義できなければ、どれだけ優れたプロンプトを書いても価値のあるアウトプットは得られません。
技術やツールは数年で大きく変わっても、「価値ある問いを立てる」という考え方は、これからも重要である、と考えています。むしろAI時代になったことで、「良い問いを立てる力」の価値は以前よりも高まっているかもしれません。
おわりに
この本を読んだのは3年以上前ですが、当時まとめた読書ノートを見返すと、今でも仕事で意識していることが数多く書かれていました。
当時の私は、「資料をもっと速く作れるようになりたい」という思いで、この本を手に取りました。しかし、振り返ってみると、この本が教えてくれたのは資料作成のテクニックではなく、仕事との向き合い方そのものだったように思います。
この記事が、これから『イシューからはじめよ』を読む方や、昔読んだけれど本棚に眠ったままになっている方の参考になれば嬉しいです。
参考
- 『イシューからはじめよ ― 知的生産の「シンプルな本質」』
- 著者:安宅 和人
- 出版社:英治出版
- 英治出版公式:https://eijipress.co.jp/products/2356