apexドメインをAレコードで受けるための入口は、事業者によって価格が大きく違います。
Amazon CloudFront エニーキャスト静的IP 月額 15,000 ドル (IPv4リスト1つ)
AWS Global Accelerator 月額 約18 ドル + データ転送料など
Approximated 月額 20 ドル (100ドメイン未満の最低額)
CloudFrontとApproximatedで750倍です。どれも「apexのAレコードから受けられるグローバルな入口」を提供します。それでもこれだけ差が出るのは、同じものを売っていないからです。
この15,000ドルという金額には注記が要ります。これはAWSが公開しているPrice List API (AmazonCloudFront、2025年7月1日版) に定義された課金項目の値です。一方、この機能を扱う二次情報のいくつかは月額3,000ドルとしており、金額が一致しません。AWSの料金ページ上での記載は確認できませんでした。2024年11月の提供開始時から改定された可能性があります。
以下では、出典をたどれるPrice List APIの値を使います。ただし採用を検討する場合、AWSの見積もりで実際の金額を確かめるのが確実です。仮に3,000ドルであれば、以降の倍率も750倍ではなく150倍になります。
各社の内部原価は公開されていません。以下で追えるのは「何を売っているか」までで、利益率までは分かりません。
自前でAnycastを運用するときに必要なもの
比較の基準を先に置きます。自分でAnycastの入口を作る場合、少なくとも次のものが要ります。Anycastが同じIPアドレスで複数拠点へ届く仕組みは、私の過去のQiita記事「CDNが案内するIPアドレスが世界中の拠点へ届くAnycastの仕組み」で扱っています。
- 自組織のAS番号 (ASN)
- RIRから割り当てられたPI (Provider Independent) アドレス空間
- 複数拠点と、各拠点でのBGPの運用
- 上流ネットワーク事業者との接続
- 経路監視と、障害時の経路広告の制御
加えて、IPv4では多くのネットワークが/24より長いプレフィックスを経路フィルタで落とします。広告できる最小単位は実質的に/24、つまり256アドレスです。「1つのIPアドレスだけ欲しい」という買い方ができません。
この一式を自分で用意するか、すでに持っている事業者から借りるか。ここが最初の分岐点です。
Approximatedが借りている入口
Approximatedは、SaaS向けにカスタムドメインとTLSの入口を提供するサービスです。料金はカスタムドメイン1件あたり月額0.20ドル、100ドメイン未満で最低月額20ドル、月間400GBの帯域が含まれ、超過分は1GBあたり0.05ドルです。
開発者はElixir Forumの投稿でスタックを公開しており、distributed instancesとして Fly.io を挙げています。Fly.ioは自社のIPアドレスの扱いをドキュメントにこう書いています。
We announce global IP blocks from all of our datacenters over BGP, otherwise known as Anycast.
当社はグローバルなIPブロックを、すべてのデータセンターからBGPで広告 (経路広告) している。これはAnycastとして知られる方式である。
そして専用IPv4アドレスの料金は次のとおりです。
Dedicated IPv4 addresses are $2/mo.
専用IPv4アドレスは月額2ドル。
前節のASN・PIアドレス空間・BGP運用・上流接続・経路監視は、利用する側から見ると月額2ドルの1行になります。/24単位でしか持てないという制約も、事業者が保有するブロックを分けてもらう形になるため無くなります。
証明書発行の限界費用
もう1つの費用がTLS証明書です。カスタムドメインは顧客ごとに増えるため、1ドメイン増えるたびに人手がかかる設計では単価を下げられません。
同じ投稿では、スタックに Customized Caddy server builds が挙げられています。Caddyは、証明書の取得と更新をACMEで自動化する動作を既定にしたサーバーです。設定を書かなくても、対象のホスト名に対して証明書を取得し、期限前に更新します。
ドメインが1件増えたときに増えるのは、証明書1枚と、そのホスト名のルーティング設定だけです。1ドメインあたり月額0.20ドルという単価は、この限界費用の低さに対応しています。
100ドメイン未満で最低月額20ドルという下限があるのは、入口そのもの (専用IPv4アドレスとクラスタ) がドメイン数に関係なく必要だからだと読めます。0.20ドル × 100ドメイン = 20ドルなので、100ドメインを超えたところで従量課金と一致します。
CloudFrontの静的IPが売っているもの
Amazon CloudFrontのエニーキャスト静的IPは、AWSの日本語版ドキュメントでの呼称です。AWSが公開している価格表 (Price List APIのAmazonCloudFront、2025年7月1日版) には、次の課金項目が定義されています。
StaticIP-IPv4 $15000 per month per StaticIP-IPv4 list
StaticIP-IPv6 $5000 per month per StaticIP-IPv6 list
ここで売られているのは、入口の利用権ではありません。AWSのグローバルネットワークから切り出したIPアドレスのリストを、その顧客に専有させることです。リストは21個または3個で、21個は通信事業者の許可リストへ登録して通信料を免除させる用途、3個はapexドメインを直接ルーティングする用途です。
この違いが価格に出ます。Approximatedが借りている専用IPv4は、Fly.ioの共有インフラ上にある1アドレスです。一方CloudFrontの静的IPリストは、世界中のエッジロケーションから広告されるAWSのアドレス空間を、特定の顧客のために切り出したものです。前者は利用枠の確保、後者は有限資源の割り当てにあたります。
なお、CloudFrontをCNAMEで使う分にはこの料金は発生しません。顧客のDNSがRoute 53なら、CloudFrontへのALIASレコードを無料で使えるため、apexでも静的IPは要りません。15,000ドルが必要になるのは、顧客のDNS事業者を選べない場合に限られます。
AWS Global Acceleratorが含む範囲
AWS Global Acceleratorは、この2つの中間にあります。固定料金は1アクセラレーターあたり1時間0.025ドル、約18ドル/月で、データ転送料とIPv4料金が別途かかります。
価格帯はApproximatedに近いのですが、提供範囲が違います。Global Acceleratorが提供するのは入口だけです。TLS証明書の発行と更新、接続されたホスト名からのテナント判定、大量のドメインの管理は含まれません。SaaSのカスタムドメイン機能として使うなら、その部分は自分で実装して運用します。
価格に含まれている範囲の違い
3つを並べると、価格の順序ではなく、含まれる範囲の違いが見えます。
| 入口のIPアドレス | 証明書の自動発行 | テナント判定・ドメイン管理 | アドレス空間の専有 | |
|---|---|---|---|---|
| AWS Global Accelerator | あり | なし | なし | なし |
| Approximated | あり | あり | あり | なし |
| CloudFront エニーキャスト静的IP | あり | あり (ACM) | なし | あり |
Approximatedが安いのは、値引きしているからではありません。Anycastネットワークを自前で持たず、すでに運用している事業者から入口を借りて、その上に管理レイヤーを載せて売っているからです。売り物からアドレス空間の専有が抜けている分、価格帯が変わります。
逆の要件もあります。通信事業者の許可リストへ登録したい場合や、監査上IPアドレスを自社へ紐づけたい場合です。これらはApproximatedの構成では満たせません。CloudFrontの静的IPが15,000ドルで売れるのは、この需要があるためです。
選ぶときの判断材料
- 顧客のDNS事業者を指定できるなら、そもそも静的IPは要らない。ALIAS・ANAME・CNAME Flatteningで足りる
- 顧客のDNS事業者を選べず、ドメイン数が数千までなら、入口を借りる構成の単価が有利になる
- 帯域が大きい場合は、含まれる帯域と超過単価を先に確認する。Approximatedの場合は400GB込み、超過1GBあたり0.05ドル
- IPアドレスそのものを専有する必要がある (許可リスト登録、監査要件) 場合だけ、CloudFrontの静的IPのような商品が選択肢に入る
- 既存のインフラがAWSに寄っていて、証明書とテナント判定を自前で持てるなら、Global Acceleratorで入口だけ借りる構成も成立する
確認できていない点
公開情報から追える範囲には限りがあります。次の3点は確認できていません。
- Approximatedが顧客へ配る専用IPv4アドレスと、Fly.ioの月額2ドルの専用IPv4との関係。スタックの記述とアーキテクチャの説明からは整合しますが、明示された記述は見つかりませんでした
- Approximatedの証明書の発行元CA。Caddyの既定はACMEですが、発行元についての記述はドキュメントにありません
- CloudFrontのエニーキャスト静的IPの価格。AWSのPrice List API (2025年7月1日版) では月額15,000ドルですが、二次情報には月額3,000ドルとするものがあります。AWSの料金ページ上での記載は確認できませんでした。冒頭の注記のとおり、この数字は確定情報として扱わないでください
まとめ
同じ「apexをAレコードで受ける」機能でも、価格の桁が変わります。理由は値引きではなく、売っているものの違いです。
入口を借りる
Anycastは他社のものを使う
アドレス空間の専有はない
→ 月額20ドル前後
入口だけ自社クラウドから借りる
証明書・テナント判定は自分で実装する
→ 月額18ドル + 実装と運用
アドレス空間を専有する
自社ネットワークから切り出して割り当てる
→ 月額15,000ドル
apex対応の価格差は「入口を提供側と顧客のどちらが維持するか」の差だと整理できますが、その入口自体にも、借りるのか専有するのかという段階があります。カスタムドメイン機能の価格を見るときは、金額を比べる前に、その金額に何が含まれているかを確認した方が判断を誤りません。
参考情報
- Approximated - Pricing
- Elixir Forum - Built with Elixir: Approximated.app
- Fly.io - Networking: How Fly.io routes traffic
- Fly.io - Pricing
- Caddy - Automatic HTTPS
- RFC 8555 - Automatic Certificate Management Environment (ACME)
- Amazon CloudFront - エニーキャスト静的 IP をリクエストする
- Amazon CloudFront announces Anycast Static IPs support for apex domains
- Amazon Route 53 - Choosing between alias and non-alias records
- Cloudflare Docs - CNAME flattening
- AWS Global Accelerator - Pricing
- RFC 7454 - BGP Operations and Security
- JPNIC用語集 - ルーティング関連
- JPNIC用語集
- IANA - Autonomous System (AS) Numbers
- IANA - Number Resources