元Haswellおじさん、5万円のM1 Mac miniに敗北する
どうも、元Haswellおじさんです。
Haswell i7-4770K + RTX 2070 Super のまま、2025年に突入していました。
正直、困っていませんでした。
ブラウザは動く。
VS Codeも動く。
Dockerもまあ動く。
RTX 2070 Superもある。
まだいける。
全然いける。
ど典型です。
Haswellおじさん、2025年まで粘る
i7-4770K は、さすがに新しいCPUではありません。
Haswellです。
第4世代Coreです。
もう「古いですね」と言われても、まあそうですねとしか返せない。
でも、実際のところ、日常利用では意外と困っていませんでした。
Webを見る。
コードを書く。
ちょっとした開発をする。
動画を見る。
軽くDockerを動かす。
このくらいなら、まだ戦える。
しかもGPUは RTX 2070 Super。
ローカルで少し遊ぶくらいなら、まだ希望があるように見える。
「自作PCはパーツを足せば延命できる」
「足りないところだけ変えればいい」
「まだ全部買い替えるほどではない」
そう思っていました。
自作PCの良さでもあり、沼でもあります。
ChatGPTを本格的に使い始めて、カクツキが気になり始めた
ところが、ChatGPTを本格的に使うようになってから、妙にカクツキが気になるようになりました。
別に、一つひとつの処理が壊滅的に遅いわけではありません。
でも、作業の流れが変わりました。
ChatGPTを開く。
ブラウザで調べる。
VS Codeに戻る。
ターミナルを見る。
Dockerのログを見る。
またChatGPTに戻る。
NotionやZennの下書きも開く。
ローカルLLMやAPIまわりも触る。
この行き来が増えると、ところどころで引っかかる。
ウィンドウ切り替えで一瞬もたつく。
ブラウザが重い。
入力に微妙な遅れを感じる。
Dockerやローカル環境を動かすと、全体が少し重くなる。
何かを開くたびに、ちょっとだけ待つ。
一つひとつは小さいです。
でも、地味に削られる。
ChatGPT時代の開発って、単に「CPUが速い」だけではなく、思考の往復がどれだけ止まらないかがかなり大事になってきた気がします。
コードを書く。
聞く。
読む。
直す。
試す。
また聞く。
この往復の途中で角つくと、気分が途切れる。
うお、作りたいものどこいった。
Ryzenおじさんにジョブチェンジした
そこで、Ryzenおじさんにジョブチェンジしました。
Ryzen 7 2700X です。
HaswellおじさんからRyzenおじさんへ。
世代は進んだ。
気持ちも進んだ。
これでサクサクになるはず。
……と思っていたんですが、ChatGPTは一向にサクサクになりませんでした。
もちろん、CPUとしては前より良い。
ベンチマーク的にも、世代的にも、Haswellよりはだいぶ現代に近い。
でも、体感として欲しかった「角が取れる感じ」は、思ったほど来なかった。
ここでようやく気づきました。
困っていたのは、CPUベンチの数字ではありませんでした。
パーツ単体の性能でもない。
ブラウザ、エディタ、ターミナル、Docker、AIツール、入力デバイス、画面切り替え。
それらを組み合わせたときの、環境全体のカクツキでした。
必要だったのは、もう少し強いCPUではなく、作業に戻りやすい環境だった。
昔の新品厨が、メルカリでパーツを買い集めていた
昔の自分は、わりと新品厨でした。
PCパーツは新品で買うもの。
中古パーツはちょっと怖い。
保証も気になる。
できれば箱つきで、ちゃんと選びたい。
そんな自分が、気づけばメルカリでパーツを買い集めていました。
Haswell i7-4770K。
RTX 2070 Super。
その後、Ryzen 7 2700X。
昔の自分からすると、まあまああり得ないところまで降りています。
でも、そこまでしても届かなかった。
中古パーツを集めて、延命して、組み替えて、まだいけると思っていた。
でも、ChatGPTを前提にした作業環境では、パーツ単体を足しても残る摩擦がありました。
うお、パーツ足してるのにまだ角つく。
ここで、自分の中で少し終わった感がありました。
自作PCが終わったというより、今の自分が自作PCに求めていたものが終わった。
5万円の中古M1 Mac miniが一撃で越えてきた
そこに来たのが、中古の M1 Mac mini でした。
価格は約5万円。
正直、期待しすぎてはいませんでした。
M1が良いという話は聞いていました。
Macが快適という話も聞いていました。
でも、こちらは元Haswellおじさんです。
「いや、でも5万円でしょ?」
「中古でしょ?」
「RTX 2070 Super積んでた自作PCを手放して、本当に大丈夫?」
という気持ちはありました。
でも、一撃でした。
起動する。
切り替える。
入力する。
戻る。
ブラウザを開く。
ChatGPTを開く。
VS Codeに戻る。
その一つひとつの角が、急に丸くなった。
爆速というより、引っかからない。
すごい処理をぶん回している感動ではなく、普通の作業が普通に途切れない。
これが欲しかったんだと思いました。
SoCは、組み合わせ地獄から降りるための仕組みだった
自作PCは自由です。
CPUを選べる。
GPUを選べる。
マザボを選べる。
メモリを選べる。
ストレージを選べる。
電源もケースも冷却も選べる。
この自由度は楽しいです。
秋葉原に意味もなく通って、パーツを眺めて、買うわけでもないCPUやマザボを比較していた時間は、確かに楽しかった。
TSUKUMOに行く。
ドスパラに行く。
パーツ売り場を眺める。
結局何も買わずに帰る。
あれはあれで、ちゃんと趣味でした。
でも、今の自分が欲しかったのは、パーツを選ぶ時間ではありませんでした。
ChatGPTを開いて、コードを書いて、調べて、戻って、また書く。
その流れを止めない環境でした。
M1 Mac miniにして強く感じたのは、SoC化による「考えなくていいこと」の多さです。
CPUはこれ。
GPUはこれ。
メモリはこの中。
ドライバはこれ。
相性はこれ。
電源はこれ。
排熱はこれ。
そういう組み合わせの悩みから降りられる。
SoCは、性能というより、組み合わせ地獄から降りるための仕組みだったのかもしれません。
手放すタイミングもよかった
しかも、手放すタイミングがよかったです。
DRAM価格が上がっていたこともあり、自作PC周りを売ると、思ったより資金が戻ってきました。
結果として、モニター2枚、M1 Mac mini、Magic Trackpad、Rainy75まで揃えられました。
自作PCを売ったら、環境が小さくなると思っていました。
でも実際には、作業に戻るための環境が一式揃った。
うお、売ったのに増えてる。
もちろん、全部の用途でMac miniが最強という話ではありません。
GPUを使う重いローカル処理やゲーム用途なら、今でも自作PCの方が向いている場面はあります。
ただ、自分が毎日やっていることは、そこではありませんでした。
ChatGPTを使う。
コードを書く。
Webを見る。
記事を書く。
軽く検証する。
ターミナルを行き来する。
ブラウザとエディタを往復する。
この用途では、5万円の中古M1 Mac miniがかなり強かった。
自作PCへの敗北ではなく、摩擦の置き場所を変えた
自作PCが悪いわけではありません。
Haswell i7-4770K + RTX 2070 Superでも、2025年まで普通に戦えていました。
Ryzen 7 2700Xにも助けられました。
むしろ、よく戦った。
ただ、ChatGPTを前提にした作業では、少しずつ環境の角が気になるようになった。
その角を一つずつ削るより、環境ごと寄せた方が早かった。
自作PCを手放したのは、性能への敗北というより、摩擦の置き場所を変えたかったからです。
パーツを選ぶ自由。
組み替える自由。
延命する自由。
その自由は楽しい。
でも、今の自分に必要だったのは、自由度そのものではなく、作業に戻るまでの軽さでした。
つくもたんクリアファイルとともに卒業です
あの秋葉原に意味もなく通って、パーツを眺めていた日は、もう戻ってこないのかもしれません。
CPU売り場を見て、マザボを見て、メモリの相性を考えて、ケースを眺めて、結局何も買わずに帰る。
それでも楽しかった。
でも今は、開発に戻りたい。
書いているものに戻りたい。
作っているものに戻りたい。
必要だったのは、もう少し強いCPUではなく、作業に戻りやすい環境でした。
Haswell i7-4770K。
RTX 2070 Super。
Ryzen 7 2700X。
つくもたんクリアファイル。
対戦ありがとうございました。
元Haswellおじさん、5万円のM1 Mac miniに敗北しました。
でもたぶんこれは、悪い敗北ではありません。
自作PCを育てていたはずなのに、いつの間にか開発環境の世話をしていた。
そこから、ようやく作業に戻れる環境へ移っただけです。