【AI進化の歴史:第2回】実用化の壁に挑んだ第二次ブームと知識表現 (1980年代)
【AI進化の歴史を辿る連載】
※本連載は、AIの誕生から現在までの歴史を1年ずつ追いながら、技術の変遷とドラマをドキュメンタリー小説風に解き明かしていきます。
1. プロローグ:終わらない冬と、一枚の新たな羅針盤
XOR(排他的論理和)問題という数学的限界を突きつけられたAI研究は、1970年代を通じて凍りついたままでした。研究室の灯りは次々と消え、世間からは「誇大広告だ」と冷酷な眼差しが注がれました。
しかし、沈黙の中で研究者たちは問い続けていました。
「なぜ、人間の知能はあれほど柔軟に問題を解けるのか? 論理式が足りないのではない。決定的に足りないのは、私たちが生きる上で持っている『知識(Knowledge)』そのものではないか」
知能とは、巨大なパズルを総当たりで解くことではない。「知識を持ち、それを使って推論することである」。
このコペルニクス的転回が、1980年代、AIをふたたび黄金のスポットライトへと引き戻すことになります。これが「第二次AIブーム」の幕開けです。
2. 知識表現の時代:世界をIF-THENで記述する
第二次ブームを牽引した主役は、特定の専門分野の知識を詰め込み、専門家のように判断を下すプログラム「エキスパートシステム(Expert System)」でした。
【エキスパートシステムの構造】
人間(専門家)の頭脳にある暗黙知を、すべてコンピュータが扱える記号(ルール)として記述する。
その基本構造は、主に以下の2つのモジュールから成り立っていました。

※図:専門家の知識を切り離して推論する、エキスパートシステムの基本構造(AI生成ダイアグラム)
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知識ベース(Knowledge Base):
専門分野の事実やルールを蓄積したデータベース。情報は主に「もし〜ならば、〜である」という IF-THEN形式の規則で書かれます。- 例:
IF 血液中の成分Aが基準値以上である THEN 感染症Xの疑いがある
- 例:
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推論エンジン(Inference Engine):
ユーザーからの質問に対し、知識ベースにあるルールを組み合わせて論理的な結論を導き出す脳。
専門家の知能を機械へ
1970年代にスタンフォード大学で開発された感染症診断支援システム「MYCIN(マイシン)」は、このアプローチの強烈な実力を見せつけました。約600のIF-THENルールからなるこのシステムは、血液検査データを入力すると、適切な抗生物質をベテラン医師と同等以上の精度で処方してみせました。
「AIが人間の仕事を代替する未来が、今度こそやってきた」。
世界中の企業や政府がこの技術に飛びつき、日本では政府主導の国家プロジェクト「第五世代コンピュータ」が立ち上がるなど、ふたたび莫大な資金と期待がAIに注がれました。
3. 実用化の光と、立ちふさがる「常識の壁」
しかし、企業や病院でエキスパートシステムの実装が進むにつれ、開発者たちはかつての第一次ブームよりも遙かに深く、解決不能に見える「暗黒の底」に直面します。
3.1. ナレッジ・ボトルネック(知識獲得の限界)
専門家の知識をIF-THENルールにする作業は、人間(ナレッジエンジニア)がインタビューを通じて手動で行っていました。しかし、人間の「常識」や「勘」をすべて明文化するのは不可能でした。知識が増えれば増えるほど、ルール同士が矛盾し、システムは破綻していきました。
3.2. フレーム問題(Frame Problem):何に注目すべきか?
1969年に提唱され、この時期に深刻な問題として浮き彫りになったのが「フレーム問題」です。
哲学者ダニエル・デネットが描いた、有名な「ロボットと爆弾」の思考実験があります。
【フレーム問題の悲劇】
爆弾が置かれた部屋から、自分のバッテリーを回収するよう命じられたロボット。
・ロボットR1は、バッテリーを持って出たが、爆弾も一緒に持ち出してしまい爆発。
・改良型R1-D1は「アクションに伴う副作用」を計算するようにしたが、
「部屋の壁の色は変わらないか」「天井は落ちてこないか」といった無関係な副作用まで
無限に計算し続け、爆発前にフリーズした。

※画像:無限の副作用計算に陥り、爆弾を前にしてフリーズするロボット(AI生成イラスト)
現実世界で何か一つの行動を起こすとき、私たちは「無関係な情報」を無意識に無視しています。しかし、コンピュータには「何が関係あって、何が関係ないか(枠組み=フレーム)」の境界がわかりません。すべての可能性を計算しようとしてフリーズしてしまうこの問題は、AIが現実世界で動くための致命的な障壁でした。
3.3. シンボルグラウンディング問題:記号とリアルの断絶
さらに認知科学者スティーブン・ハルナッドは、「シンボルグラウンディング(記号接地)問題」を提起しました。
AIの中にある「リンゴ」という言葉(記号)は、単に他の言葉(赤い、丸い、果物)とリンクしているだけであり、AI自身はそれがどんな味で、どんな手触りかという「現実世界の手応え(グラウンド)」と結びついていません。
記号をいくら操作しても、本質的な意味は理解できない。それは、辞書だけで未知の外国語を学び続けるような終わりのない虚無でした。
4. エピローグ:知識の城の崩壊と、二度目の冬
1980年代末、知識を積み上げて知能を作ろうとした「城」は、砂上の楼閣のように崩れ始めました。
システムは壊れやすく、少しルールから外れた質問には頓珍漢な答えを返し、保守コストは跳ね上がりました。
「AIはやっぱり使い物にならない」。
過剰な期待の反動は冷酷でした。1990年代に入ると市場は急速に冷え込み、AIは「二度目の冬の時代」を迎えます。
しかし、この暗闇の中で、一部の研究者たちは全く別の方法で知能にアプローチし始めていました。
「人間にルールや知識を教えてもらうのが無理なら、機械に大量のデータを与えて、自分で『ルール』を見つけさせればいいのではないか?」
次回、1990〜2000年代。Webの普及と共に訪れるデータ爆発の時代。
AIは「知識の記述」を捨て、「統計的機械学習の台頭とビッグデータ」という新たな武器を手に入れます。
知能の旅は、ふたたび静かな革命期へと向かいます。