※この記事はフィジカルAIアドベントカレンダー2日目の記事です。
こんにちは、ugoの松井です。
1日目のmasato-kaさんの記事では、「世はまさに大フィジカルAI時代」と題して、フィジカルAIがどのような技術なのか、そして誰もが試せる段階まで来ていることが紹介されていました。ヒューマノイドや四足歩行ロボットがSNSを賑わせ、LeRobot のようなライブラリによって、研究者だけでなく個人でも模倣学習やVLAを触れる、そんな「フィジカルAIムーブメント」が紹介されていましたね。
この記事をご覧の皆さんも感じているかもしれませんが、今のフィジカルAIは、2022年に登場し世界を席巻した、あの "ChatGPTモーメント" の「前夜」のようなタイミングだと感じています。
今回、2日目の記事では、
- 「会社として」「事業として」この流れをどう捉えるか?
について、深堀りしてみたいと思います。
フィジカルAIは、研究者・技術者にとっては非常に面白い領域ですよね。
一方で、現場のマネージャーや経営層の頭の中には、
- 「うちの業界でどんなインパクトがあるのか?」
- 「国の政策や世界の競争の中で、今動くべきか?」
といった、ビジネスと社会実装の時間軸の質問が湧いてきます。(私自身が、経営者でもあり、そのような考えになりがちです...)
この記事では、なぜ "いま" フィジカルAIがこれほど注目されているのか、そして、このビッグウェーブがビジネスと産業構造にどう効いてくるのか、を整理していきたいと思います。
フィジカルAIに取り組みたい皆さんが、上司、経営者、投資家を説得する材料として、少しでもお役に立てれば幸いです。
なぜ "いま" フィジカルAI なのか
それは、
- ハードウェアの低価格化
- AIとシミュレーションの発展
- 人手不足が「待ったなし」になった
からと言えるでしょう。
これまでのスマートフォン、ドローン、EV、クラウドコンピューティングなどの産業の進化に伴って、かつては高価だったセンサーやアクチュエータ、計算資源が、複数台のロボットを前提に導入できる水準まで下がりました。
同時に、模倣学習・強化学習や、VLM(Vision-Language-Model)、VLA(Vision-Language-Action)モデル、世界モデル、デジタルツインなどの技術により、これまでのロボットでは困難であった自動化の課題が、AIで解決できるようになってきました。
一方で、物流・製造・介護など身体を使う仕事は、構造的な人手不足が深刻化しており、ソフトウェアだけの自動化では追いつきません。こうして、物理世界で動く知能=フィジカルAIに、本格的な投資と社会実装の圧力が同時にかかり始めています。
従来のロボットと「フィジカルAI + ロボット」の違い
フィジカルAIの登場によって、これまでのロボット制御パラダイムが完全に変わってくるといっても過言ではないでしょう。
ここで、世界経済フォーラムのレポートでわかりやすく整理されていた、ルールベース、トレーニングベース、コンテキストベースの「3階層ロボティクス」についてご紹介したいと思います。
従来のロボットである、ルールベース・ロボティクスでは、ロボットは、単一の構造化されたタスクを高速・高精度にプログラミングされて、動作しています。そのため、適用するには、高コスト・複雑さ・柔軟性欠如が普及を限定的にしています。
トレーニングベース・ロボティクスでは、仮想環境で試行錯誤しながら強化学習行ったり、模倣学習を行うことで、様々なタスクをマスターすることが可能になります。
コンテキストベース・ロボティクスでは、ロボット自身が状況を理解し、初見の環境やタスクでも、状況に応じて自律的にプランニングし、ロボット基盤モデルとゼロショット学習で適切に振る舞えるようになります。「人間的な柔軟さ」を持つロボットと言えるでしょう。
現場では、ルールベース、トレーニングベース、コンテキストベースという3つのロボティクスが共存し、階層的な自動化戦略を構成することになります。そして、ゼロショットで未知環境に対応するコンテキストベース・ロボティクスが自動化の新境地を開くだろうと指摘しています。
世界ではすでに、Amazon "Sparrow" / "Proteus"、 DeepMind / Google Robotics、Tesla / Figureなどで、このコンテキストベース・ロボティクスが実現され始めています。
フィジカルAIは、トレーニングベース、コンテキストベースの実現を支える主要な技術であると言えるでしょう。
ビジネス動向
さて、2025年の夏頃から、非技術系の様々なニュースで「フィジカルAI」というワードを目にするようになってきました。ここ最近で私が記憶に残っているニュースを、以下にいくつかピックアップしていますが、これだけでもインパクトが強いですね。
2025年8月〜10月のニュースだけでも、これだけ多くのフィジカルAIに関連するビックニュースが立て続けに出ている状況で、もうビジネスの匂いが強烈に出ていると言わざるおえないですね。
「フィジカルAI x 多用途ロボット」で先行する海外勢
2025年8月、経済産業省が行った「AIロボティクス検討会」での調査報告によると、フィジカルAIの中心となる多用途ロボットの分野では、日本はすでに世界に後れを取っていると伺えます。
同資料では、多用途ロボット市場の将来予測が紹介されていますが、2030年頃を境に市場が急拡大し、2040年には約60兆円規模に達する見込みで、現状のままだと、市場の半分以上を中国が獲得するというシナリオになっています。
つまり、もし何もアクションを起こさなければ、「(日本国内を含め)世界で稼働する多用途ロボットのAI・プラットフォームは、中国製(+米国製)がデファクトになり、日本はニッチなサプライヤーに留まる」という未来シナリオが、かなりリアルに見えていることになります。
すでに日本は、海外大手ITに依存している「デジタル赤字」に直面しているわけですが、これからは中国製ロボットと米国製AIに依存する労働力を輸入する「フィジカル赤字」が大きな問題になっていくのかもしれません。
日本政府の動き:"国家戦略技術" に指定された「AI・先端ロボット」
2025年11月、政府は経済安全保障上の重要性が高い技術を「国家戦略技術」として新たに指定し、その1つ目の分野に「AI・先端ロボット」をあげており、この分野は、まさにフィジカルAIの領域と言えます。
今後、内閣府はこの6分野に対して、投資促進、研究・開発を担う人材育成の強化、企業と研究機関の連携など幅広い支援に取り組む方針とされており、フィジカルAIに取り組む皆さんにとっても、政府の後押しを受けながら開発に取り組むことができるようになると言えるでしょう。
また、先程引用させていただいた経済産業省の「AIロボティクス検討会」のレポートでは、日本におけるAIロボティクス戦略の大きな方向性が示されています。
この検討会のレポートの内容として印象的だったのが、
- 日本は従来ロボットでは強いが、AIロボティクスでは出遅れている
- その巻き返しの起爆剤として、フィジカルAIを重点投資分野に格上げし、
- オープンな開発基盤とデータ基盤づくりに、資金と制度を整備し始めている
というフェーズに入っており、「フィジカルAI + ロボットを、日本の新しい中核産業にしたいという国家戦略」 と感じ取れるメッセージでした。
今後、フィジカルAIはどの産業でどう活用されるのか
では、現場目線で見たとき、フィジカルAIはどのような領域から活用されていくのでしょうか。
AIロボティクス検討会 - 2025年10月8日 とりまとめの資料では、職種別に「2040年にAI・ロボットでどれくらい労働を代替・補完できるか」を示す指標(ARI)と、「注力すべき市場ドメインの抽出」が整理されています。
詳細は、ぜひレポートをご覧いただきたいと思いますが、ここでは「製造業、物流・倉庫、建設」をピックアップしてご紹介しようと思います。
製造業:固定ラインでの単一作業から「多能工ロボット」へ
これまでも製造業では、自動車・電機などの工場において、溶接・塗装・組立など固定ライン用の産業用ロボットがすでに多数稼働しています。
ただし、少量多品種や頻繁な段取り替えが必要な工程は、人手依存のまま残っていることも多く、この領域にフィジカルAIが適用され、これまで通り従来型のルールベース・ロボティクスが半分以上の自動化工程を担い、人手依存だった工程や人と協働する領域は、トレーニングベース、コンテキストベース・ロボティクスが担っていくような3階層ロボット構成になっていくでしょう。
「シミュレーション+基盤モデル」で、"作業教示~動作生成" のコストが下がることで、「決められたラインごとに1体」ではなく「工場に数十体いて、必要な工程に動的に割り当てる世界観」に近づいていくのではと考えられます。
物流・倉庫:AMR+マニピュレーションの高度化
物流倉庫では、すでにAMR・AGVでの棚搬送・ケース搬送はかなり普及しています。しかし、段ボール開封、梱包、個品ピッキング、ラベル貼り/照合などは人が対応している現場が多い状況です。
資料のタスク一覧にも、倉庫・小売向けタスクとして、「商品棚補充」「ケース陳列」「段ボール開封」「値札付け」「ラベル貼り」「在庫位置指示」などが挙げられており、典型的なフィジカルAIタスクとして、ヒューマノイドやモバイルマニピュレータのいずれでも取り組みやすい領域なのではないでしょうか。
建設:資材搬送と単純・反復作業の代替
建設現場では、資材搬送・足場の昇降・工具運搬など、肉体的にきつい作業が山ほどあります。そして、工事の進捗が進むにつれて、現場の状況も日々変わるため、従来のルールベース・ロボティクスでは、自動化が難しい状況でした。
この点を考慮すると、安全性・環境変動の激しさから、完全自動化よりも“人+ロボットの協調”が現実的でしょう。
四脚ロボットなどにより、工具や資材の運搬、現場の進捗や安全状況モニタリングなどで、VLMを中心とした現実世界の「認識」の高度化を中心に実装されていくと思われます。
まとめ
ここまで見てきたように、フィジカルAIは
- ハードウェアとAI・シミュレーションのブレイクスルー
- 構造的な人手不足と国家戦略としての後押し
- ルールベースから、トレーニングベース、コンテキストベースという新しい自動化パラダイム
が一気に重なった、産業構造ごとアップデートしうるビジネス的にもインパクトの大きいテーマ、と言えるのではないでしょうか。
このアドベントカレンダーの今後の記事では、技術的な中身がどんどん掘り下げられていくかと思います。
2022年の「ChatGPTモーメント」の前夜に、LLMまわりの知識やPoCを仕込んでいた企業が、いま大きな差をつけているように、フィジカルAIでも「前夜の準備」がそのまま数年後の競争力になります。
今回、あえてビジネス目線でのフィジカルAIを捉えてみましたが、ぜひこの記事をきっかけに、「自社のどの現場からフィジカルAIを試すのか」「どんなデータとロボットを集めていくのか」などをイメージしながら、明日以降の技術記事も読んでいただければ、面白いのではと思います。(私自身も他の方の記事を楽しみにしています。)

