はじめに
私は元不動産営業です。
第一子を出産して3ヶ月で復帰し、
第二子の妊娠をきっかけに「働き方を根本から変えたい」と思い、
IT業界を目指しました。
この記事では、
ワンオペ育児 × 未経験 × 妊娠中 × 年子 × 孤独 × 転職活動
という、かなりハードモードな状況から
エンジニアになるまでにやったことをまとめています。
同じように悩んでいる誰かの背中を押せたら嬉しいです。
1. 不動産営業として復帰したけれど、限界が近づいていた
第一子を出産して3ヶ月で復帰しました。
親とは絶縁されておりサポートはなく、夫も多忙で育休は取れず朝6時に出ては23時に戻ってくるなど、シフト制で不規則な仕事でした土日も関係なく、育児はもちろんワンオペ。
復帰後は担当業務が変わり、時短勤務でも負荷は変わらず、
外回りと育児・家事の両立で毎日ギリギリの状態でした。
周りのママさんは家族のサポートがあったけれど、
私には頼れる人がいませんでした。
仕事・家事・育児を全部一人で抱えて、
自分の生活がどんどん崩れていく感覚がありました。
気づけば、数日お風呂に入れない日もあるほど余裕がなくなっていました。
この働き方では子どもを守れないというより、私自身が壊れてしまうと強く感じました。
無理が祟ったのか、土日は毎週40度の熱を出していました。あまりにも毎週40度の熱を出すので、「体温計が壊れてるんじゃないか?」と夫が言い出したのですが、自分の熱を測っても平熱。
体温計は壊れておらず本当に毎週熱を出しているだけでした。
夫は土日も関係ない職で家におらず、両親にも頼れず毎週40度の熱を出しながら0歳児の世話をしていました。平日はずっと喉が痛く、咳が出るので毎週のように病院に行きました。5ヶ月くらいずっと風邪をひいていました。お医者さんがいうには弱りすぎて治ってもまた別の風をもらってのサイクルを繰り返しているそうでした。
その頃、第二子の妊娠がわかり、このまま同じ働き方を続けるのは難しいと判断しました。
育休に戻り、この子を産む間に働き方を変えよう。
育休中に勉強し、職を変えよう。年齢的にもこれが最後のキャリアチェンジのチャンスだと思いました。
リモートで働ける仕事に転職しよう と決意し、IT業界を目指しました。
2. 妊娠中の就活は全滅。アルバイトも派遣も断られた
まだ産むまでに半年あったので少しでも早く働けないかと思い転職活動を始めました。
妊娠中に就活を始めましたが、結果はほぼ全滅。
「産んでから来てください」
「今は採用できません」
「妊娠中はちょっと...」
アルバイトも派遣も落ちて、職業訓練校もプログラミングスクールも全て断られました。
正直、心が折れそうでした。
きちんと履歴書にも記載しており、それでも面接が通ったので期待して面接を受けると、そんなこと聞いていなかったというような反応ばかり...
一応伝えねばと思い面接の最初の自己紹介で伝えるのですが、基本的にこの自己紹介の段階で終わります。妊娠中は流石に働けないと思い、今は勉強に専念しました。産んだ後もすぐ勉強ができるようにと、産婦人科にすら参考書を持ち込んでいました。
3. 第二子出産後、本格的に就活を再開
第二子を出産してから、本格的に就活を再開。
子どものお昼寝時間に合わせて面接を入れ、
起きて泣き出す中で面接を続けたこともありました。
申し訳ない...
早く終わってほしい....
そんな気持ちでいっぱいでした。
面接を受けているのに受かりたいではなく、早く切り上げて欲しいなんて思ってしまっていたこともあります。赤ちゃんのお昼寝のタイミングなんてそんな完璧にコントロールできるものじゃないんです。
だからと言ってずらしてもらう訳にもいかない。
毎日ちゃんとタイミングよく寝てくれるかな...と願うばかりでした。
面接が長引き、一人部屋に残され泣き腫らした我が子を見て、本当に何してんだろと思うこともありました。というか毎日思っていました。
それでも、リモートで働ける仕事に就く という目標だけは絶対に手放しませんでした。
仮にそれで働いたとしても、保育園の間はまだどうにかできるけど、問題は小学校です。
学童は18時までしかやっていないし、保育園にはなかった夏休みのような長期休みもやってきます。
小学校に入るまでの後6年。正確には上の子が小学校に入るまでの後5年でどうにかしなきゃいけないと思いました。
4. 職業訓練校へ。息子の骨折で2ヶ月自宅保育に━━
その後、職業訓練校へ入学。
Java・Pythonの講座を受講しました。
職業訓練校で実際に学んだこと(Java・SQL・Python)
職業訓練校(ハローワーク経由の6ヶ月コース)では、Javaをメインに据えたカリキュラムでした。主なカリキュラムJava基礎(変数、制御文、配列、オブジェクト指向、継承、例外処理)
データベース(SQL):SELECT、JOIN、INSERT/UPDATE/DELETE、トランザクション、インデックス
Webアプリ開発:Servlet + JSP(MVCモデル)
Python基礎
使った教材
Java:『スッキリわかるJava入門』(実技中心で良かったです)
SQL:『スッキリわかるSQL入門』
Python:『スッキリわかるPython入門』(学校指定)
実践:EclipseでWebアプリ作成
一番苦戦した部分オブジェクト指向の概念:ただでさえ産後の体力低下や、寝不足の中での勉強なので、毎日詰まっていました。
睡眠時間3〜4時間の時期が続き、集中力が持たなくて何度も寝落ちした記憶があります。
それでも容赦なく襲ってくる子供2人分の不規則な夜泣きもありました。
正直、理解度は3~4割程度でした。でも「全部完璧に理解してから動く」のではなく、「動くものを作りながら理解する」スタイルに切り替えたのが正解でした。
安定して勉強していたのも束の間。入校2ヶ月後、息子が骨折。
2ヶ月間は保育園に行けず、1歳児と2歳児を自宅保育しながら勉強する日々。
正直昼間はほとんど何もできませんでした。夜中寝たら0時くらいから2〜4時まで勉強する日々。
その後数時間寝たらまた起きて子供達のお世話と目まぐるしい毎日でした。
残り2ヶ月は就活と勉強を詰め込み、
正直、ほとんど勉強できませんでした...
それでも諦めずに続けました。
5. 3週間で40件面接。やっと掴んだエンジニアの道
就活は多い日で1日5件。
3週間で40件近く面接しました。
エージェントも求人媒体も複数使い、
自己応募もしまくりました。
産む前もそうですが、産んだ後も甘くはありません。
時短勤務できるのは入社してから産んだ人だけですと断られたり、近場だと思って応募してもSESなので結局都心で勤務できないといけないといわれたり....
小さい子供がいるんですか...?うちはガッツリ働いて欲しいのでちょっと無理かもしれないですね...と言われ、何度も何度も断られました。
基本的にお断り理由は小さい子供がいるため。小さい子供がいるためって....
どうしろと....?
エージェント経由だと落ちた理由を教えてもらえるのですが、子供がいるためと伝えられることが多かったです。産んだとしても結局、妊娠中と同じで全て断られます。履歴書にもきちんと特記事項に書いてあり、書類が通った!と喜んだのも束の間....面接で正直に伝えると落ちます。面接開始数分で面接が終わることも多かったです。
自分の能力云々の前に子供がいるためという理由で落とされるのはとても辛かったです。
何社も何社も受けまくり。合計で3ヶ月ほど転職活動をしてました。
そしてやっと、エンジニアとして採用してくれる会社に出会いました。
6. SESエンジニアとして働くも、配属されずに苦しむ
「最初の2ヶ月は研修。その後は近場に配属されると」聞いていました。
しかし4ヶ月経ってもほぼ提案なし。
唯一の提案は片道1時間40分の現場....
「今も1時間半なんだから変わらないでしょ」
と言われ、ましたが2ヶ月頑張れば近場になるということで2ヶ月だけ母子共に頑張ろうと決意していました。
朝6時に家を出て7時から子供を預け、20時にお迎え。家に着く頃には21時。そんな生活を1歳児と2歳児にさせていました。もちろん保育園も嫌がるようになり、子供たちも私も廃れていく日々。2ヶ月だけだから頑張ろうと思っていたのに....
待っていても変わらない。
そう思い、自らSES営業を志望しました。提案していただけないなら自分で会社を探して自分で売り込むので営業メールを共有して欲しいと相談しました。
しかし、単価を見られたくないのか営業をすることすら許されませんでした。受託の方には入れないかも相談しましたがそちらも厳しいと言われました。
これ以上いたら私たちは壊れてしまう。そう思い転職を決意しました。
7. Twitterで偶然見つけた会社に応募 → 採用
再度あの応募しまくりの就活の日々に戻りました。
Twitterで偶然、近場&フルリモートのバイト募集を見つけて応募。
偶然採用され、Rubyエンジニアとして働き始めました。
アルバイトから社員登用されるにはRubyGoldレベルに達していないといけませんでした。
RubySilverは2回落ち、RubyGoldも取れませんでした。
それでも諦めずに食らいつき続けました。
正直、周りと比べるとそうとうエンジニアとしての能力は低かったと思います。ご迷惑もたくさんおかけしているな...と思うことも多かったです。
育児家事仕事とで手一杯であまり資格勉強もできていませんでした....
しかし、アルバイトでもなんでもいいから実務経歴をつけてエンジニアになりたかったんです。
SESなどのエンジニアとして働くにしても5年はないとリモートで働けない。リミットの上の子が小学生になるまでもう4年しかなく、これ以上時間もなかったです。
だから私は、できない自分を責めるのではなく、できることを一つずつ積み上げる道を選びました。
エンジニアの業務はもちろんやります。勉強もたくさんはできないかもしれませんがコツコツ学んでQiitaでアウトプットしていきます。
少しでも、なんでもいいから役に立てるように。育児中で時間は限られているけど、エンジニア以外の業務でも会社に役に立つならなんでもやろうと思いました。
これ以上、職を転々としたくない。安住の地が欲しいと思ったから。
8. まとめ:努力は積み上がる。働き方は選べる。
ワンオペ育児、年子、孤独、不動産営業、妊娠、就活全滅、
SES営業、職業訓練校、息子の骨折、40社面接、配属されない現実、退職、再挑戦。
本当にいろんなことがありました。
それでも、
「諦めなければ道は開ける」
これは間違いなく言えます。
働き方は選べます。
ただし、簡単には選べません。
選びたいなら、何度も何度も、成功するまで続けるしかありません。
私は特別な才能があったわけでも、環境に恵まれていたわけでもありません。
未経験で、年子の幼児を抱えて、親にも夫にも頼れず、
正直、かなり不利な状況でした。
それでも、
「エンジニアとして働きたい」
その気持ちだけで、毎日少しずつ積み上げてきました。
努力は裏切りません。
すぐに結果が出なくても、積み上げたものは必ずどこかで自分を助けてくれます。
もちろん、努力だけではどうにもならない壁もあります。
でも諦めなければ、次の扉が開く可能性は確実に上がります。
これからも、私は少しずつ成長していきます。
そして、同じように悩んでいる誰かの背中を、
ほんの少しでも押せたら嬉しいです。
9. 同じような状況の人へ
- 妊娠中・産後すぐの勉強:夜中0〜3時の2〜3時間だけでも続ける。
- 面接で子育てを伝えるとき:最初に正直に伝える(隠すと後でトラブルになる)。「時短でも成果を出します」「子供が熱を出した場合は即対応します」と具体的にフォローする。
- 学習の心構え:完璧を目指さない。理解度3〜4割でも「人と比べるのではなく昨日の自分と比べる」ことを優先。
- 最後まで諦めない:私のように40社落ちても、1社だけでも「この人なら」と思ってくれる会社は必ずあります