AI時代、エンジニアの価値はどこに残る?焦燥感の中で「作り続ける」と決めた話
この記事を書こうと思った理由
最近ずっと頭の中がざわついています。
「これからエンジニアはどうなっていくのか」
「自分はこのままでいいのか」
「AIをどう使うべきなのか」
正直、迷いも不安も疲れもあります。
でも、その状態のままでも一回ちゃんと文章にしておきたかった。
結論が完璧じゃなくてもいい。思考の途中でもいい。
「今の自分のリアル」を残したいと思って、この記事を書いています。
今の自分の状態:危機感と、違和感と、孤独
いま強く感じているのは圧倒的な危機感です。
生成AIを触れば触るほど、「動くものを作る」だけなら、もう誰でもできる時代が来ていると痛感します。
Claude Code や Codex を見ていても、「要件定義っぽい会話」からそのまま形にできてしまう。
一方で、今の私は社内SEのような立ち位置で、一人で自己完結してしまっています。
上司とは軽いレビューや認識合わせ程度。基本は黙々と作業。
これって一見「自走できている」ようで、実はすごく怖い状態です。
- 読みにくいコードを書いていても気づけない
- セキュリティ的にまずい実装でも指摘されない
- 「動けばOK」になりがち
- 他人の視点が入らない
AI時代にこれをやっていたら、ただの「AIオペレーター」になり、エンジニアとしての価値は消滅するのではないか。そんな恐怖があります。
「AI任せ」の危うさと、Microsoftの事例
もちろん、AIに丸投げすることの危うさも理解しています。
例えば、少し前に話題になったMicrosoftの件。「AIに注力するために人を減らした結果、Windowsの品質が落ちたのではないか?」という議論がありました。「AIがあればコーヒーを飲んでいる間に仕事が終わる」なんて言われましたが、実際にはバグが増えたり、不要な機能が増えたり……。
「動くものは作れるが、それが本当に良いものかはAIには判断できない」
ここが決定的な落とし穴です。
将来的な保守性や、ユーザーにとって本当に必要な機能かどうかの判断。そこを放棄してAIにコードを書かせるのは、エンジニアではなくただの作業です。
それでも「使わない」という選択肢はない
じゃあAIは使わない方がいいのか?
ここで私は葛藤しました。
「基礎を身につけてからAIを使わないと、実力がつかないのではないか?」
これは正論です。でも、今の私の結論は逆です。
「使いながら覚えた方が、圧倒的に早いし、生き残れる」
AIを避け続けて「3年かけてやっとコードが書けるようになりました」と言っても、3年後にはそのスキル自体がコモディティ化しているかもしれない。
それなら、AIに「中学生レベルで噛み砕いて」と頼んで、爆速で理解し、実装し、その結果から学ぶ。そのサイクルを回すべきだと腹をくくりました。
これからのエンジニアの価値=「要件定義」と「判断」
コードを書く速度自体には価値がなくなります。
人間側に残る価値は、たぶん以下の2点です。
- 要件定義力(何を作るか、何を捨てるか)
- AIの成果物を疑い、責任を持つ判断力
私は今、議事録の整形やメールの文面作成などは徹底してAIに任せています。
「てにをは」を整えることに脳のメモリを使わず、**「相手の本音を引き出すこと」「認識のズレをなくすこと」**に全精力を注ぐためです。
AIで作った時間を、**「思考」と「対話」**に充てる。これしか勝ち筋はないと思っています。
今年の行動宣言:とにかく作って、証明する
思考ばかりしていても仕方ないので、今年の方針を決めました。
「AIを使って、ここまでできる」を証明する。
口先だけで「AI時代はこうなる」と語る評論家にはなりたくない。
だから、泥臭く手を動かします。
- 小さくてもいいからアプリを作る
- GitHubに草を生やす
- QiitaやZennに記事として残す
- 学んだことをアウトプットし続ける
新人でも、AIを使えばここまで作れる。その実績(材料)を積み上げた先にしか、説得力は生まれないからです。
最後に:凡人が天才に勝つ唯一の方法
最後に、今の自分へのメモとして。
私は天才ではありません。だからこそ、戦略はシンプルです。
「継続は力なり」
天才が努力をやめる時期にも、凡人が泥臭く続けて、積み上げて、いつか追い越す。
10年後、「あの時あがき続けたから今がある」と言えるように。
AIという最強の武器を味方につけて、今年はひたすら作り続けます。