みずほが進める「エンドツーエンドの業務プロセス変革」
生成AIやAIエージェントを導入すれば、業務は自動的に効率化される。そう考えがちだが、複雑で無駄の多い業務へ、そのままAIを組み込んでも変革にはならない。
不要な確認作業が自動化される。重複した審査が速く処理される。部門ごとに異なるルールを、AIが忠実に実行する。結果として起きるのは、非効率な仕事がより速く回ることだ。
AI Agent Day Summer 2026で紹介された、みずほの「エンドツーエンドで再設計する業務の形」は、AIを既存業務へ追加するのではなく、顧客の依頼から完了までを一つのプロセスとして捉え直す取り組みである。不要な工程をなくし、判断基準を標準化し、役割を再配置した上で、最適な場所へAIとデジタル技術を組み込む。
みずほも公開情報で、業務効率化にとどまらず、AIを前提とした次世代の業務プロセス構築と顧客価値創造に取り組む方針を示している。MIZUHO DX
本稿では、講演で示された「エンドツーエンド」「プロセス清流化」「暗黙知の組織知化」を、AI導入前にIT技術者と業務部門が設計すべきこととして整理する。
エンドツーエンドとは、顧客の目的から完了までを見ること
ここでいうエンドツーエンドは、AIを全従業員へ配ることでも、現場の隅々までデジタル化することでもない。顧客の依頼を起点に、手続きが完了するまでの流れを、一つのつながったプロセスとして見ることである。
銀行の手続きには、営業店での受付、書類確認、本部との連携、審査、システム入力、承認、顧客への回答、後続事務など、複数の組織が関わる。
各部門が自分の工程を速くしても、次の工程で待ち時間や差し戻しが起きれば、顧客の体験全体は良くならない。顧客から見れば、複数部署の仕事ではなく、一つの手続きだからだ。
| 部分最適の問い | エンドツーエンドの問い |
|---|---|
| この部署をどう効率化するか | 顧客の目的を最短かつ確実に達成するには、全体をどう設計するか |
| この工程をどれだけ速くするか | この工程は本当に必要か |
| 自部門のリスクをどう減らすか | 全体のリスク・手戻り・顧客負担をどう減らすか |
| 次の部署へ何を渡すか | 情報を一度だけ取得し、必要な処理へどう安全に流すか |
エンドツーエンドで見ると、組織ごとのKPI、権限、システム、データ定義が、顧客価値を阻害している場所も見えてくる。AI導入の前に必要なのは、この流れを開き、実態を可視化することである。
「事務」を「プロセスデザイン」へ再定義する
金融の業務では、正確性、安定性、堅確性が不可欠である。入力ミスや確認漏れは、顧客の資産や信用へ影響する。そのため、従来の事務は「決められた手順を守り、間違いなく処理する」ことを中心に発展してきた。
しかしAI時代には、正確に処理するだけでは十分ではない。業務プロセスそのものを設計し直し、全社の生産性と顧客サービスを同時に高める必要がある。
みずほは「プロセスデザイングループ」を設け、オペレーション実務を理解したうえで、業務プロセスの設計・改善・改革に携わる人材を育成している。採用情報におけるプロセスデザインの説明
これは名称だけの変更ではない。組織の役割を、正確に実行する組織から、業務の未来を設計する組織へ広げることを意味する。
プロセスデザインの対象は、事務領域だけではない。
- 顧客接点から完了までの業務プロセス
- データの取得・確認・受け渡し
- 判断と承認の基準
- 部門間の役割分担
- システムと人間の責任分界
- AIを適用する場所と監督方法
業務の現場を知る人と、AI・データ・システムを扱う人が、同じ目的のもとで設計に関わることが重要になる。
AIに任せる前に「プロセスの清流化」を行う
講演では、複雑に入り組んだ業務を、無駄なく自然に流れる状態へ整える「プロセスの清流化」という表現が使われた。
川に例えれば、障害物を取り除き、不要な分岐をなくし、逆流を防ぎ、流れを一本化する考え方である。業務では、次の見直しが該当する。
- 不要な工程を廃止する
- 重複する確認を統合する
- 不備による差し戻しを減らす
- 部門間の受け渡しを減らす
- 判断基準を統一する
- 独自ルールを標準化する
- 二重入力をなくす
- 承認経路を短くする
AIを先に導入すると、複雑さそのものがAIの仕様になる。例外ルール、手作業の補正、責任の押し付け合いまで自動化され、保守しにくい仕組みが残る。
だから順番が重要である。
顧客起点で業務全体を可視化する
↓
不要な業務・重複・手戻りをなくす
↓
判断基準と役割を標準化する
↓
データと権限を整理する
↓
AI・自動化・システム連携を適用する
↓
品質・顧客価値・例外を継続的に改善する
「まず仕事を単純にし、その後で自動化する」という原則は、AIエージェント導入でも変わらない。
改善の共通言語が、全社変革を可能にする
講演では、トヨタ生産方式を参照した銀行実務向けの改善理念として「MPS」が紹介された。MPSの詳細な定義や事例は講演紹介であり公開資料での確認はできないが、重要なのは個別の名称ではない。
改善の視点を、組織全体が同じ言葉で持てることだ。
| 改善の視点 | 問い |
|---|---|
| 横向きの工程を減らす | 処理が次へ進まず、確認や調整のため横へ流れていないか |
| 往復をなくす | 不備、確認、差し戻しで前後していないか |
| 不揃いをそろえる | 担当者や部署ごとに異なるルールが残っていないか |
| 過剰な確認を見直す | 「念のため」の確認・承認に目的と根拠があるか |
| 最短距離で進める | 顧客の目的達成に不要な遠回りをしていないか |
| 当たり前を疑う | 過去には必要だったが、今は意味を失った業務はないか |
改善の共通言語がなければ、部門ごとに異なる正しさが並び、全体最適の議論ができない。共通言語は、改善を一部の専門家の技法から、組織の日常的な実践へ変えるための基盤である。
「この工程は必要か」を最初に問う
業務改善では、工程を速くする方法から考えがちである。しかし、最初の問いは「この工程は必要か」であるべきだ。
似た審査が複数回行われている。明確な判断基準がなく、担当者ごとに判断が異なる。確認のために仕事が横へ流れ、差し戻しのために前へ戻る。このような状態で各工程だけを自動化しても、顧客のリードタイムは大きく縮まらない。
エンドツーエンドで業務を見るなら、次の問いを投げる。
- そもそも、この審査は二回必要か
- 判断はどの時点で行うべきか
- 誰が判断すべきか
- 判断基準を明文化・構造化できないか
- 同じ情報を顧客や別部門へ何度も求めていないか
- 関係部署の役割を組み替えられないか
- この工程を廃止しても、リスクを適切に管理できないか
AIや新しいシステムを導入しなくても、業務プロセスの再設計だけで大きな効果が出ることがある。不要な仕事をやめることは、最も低リスクで、最も大きな変革になり得る。
AIは清流化したプロセスを支える手段である
プロセス変革において、AIやデジタル化は目的ではない。目的は、顧客にとって価値のあるサービスを、より速く、正確に、持続可能な形で届けることだ。
みずほも、AI活用を「業務・プロセスを変革すること」と位置づけ、技術導入にとどまらず、業務プロセスの抜本的な見直しと組織文化の変革を目指している。AI活用で切り拓く未来の金融サービス
AIを適用する際は、業務を少なくとも四つに分けるとよい。
| 業務 | AIの役割 | 人間の役割 |
|---|---|---|
| 定型・低リスク | 情報抽出、照合、分類、下書き、転記 | ルール整備、例外の監督 |
| 形式知中心・高リスク | 検索、比較、検算、根拠提示 | 検証、承認、最終判断 |
| 暗黙知中心・低リスク | 壁打ち、選択肢生成、論点整理 | 文脈評価、試行 |
| 暗黙知中心・高リスク | 判断材料の整理、見落とし確認 | 責任ある決定、説明、例外対応 |
金融では、AIの出力や自動処理が顧客の資産・契約・信用へ影響する。したがって、AIが何を参照し、何を提案し、どこまで実行できるかを、業務のリスクに応じて細かく分ける必要がある。
削減時間を「余白」へ変える
講演では、2025年4月から2026年1月までの変革案件で約40万時間の業務削減効果が紹介された。これは講演紹介値であり、本稿では数値の真偽を評価するものではない。
重要なのは、削減時間を何へ使うかである。
単に少ない人数で同じ仕事をこなすだけなら、組織の価値は大きく変わらない。削減した時間を「余白」へ変え、顧客との対話、例外判断、業務改善、新しいアイデアの試行、失敗からの学習へ振り向けて初めて、プロセス変革は価値創造につながる。
そのため、人事評価と管理職の役割も変える必要がある。AIで短縮した時間を、別の定型作業で埋めるのではなく、改善・対話・学習・顧客価値へ使った行動を評価する。そうしなければ、現場にとってAI活用は仕事を増やす仕組みに見えてしまう。
暗黙知を、形式知から組織知へ変える
プロセス変革を広げるには、熟練者の経験に依存しない仕組みが必要になる。講演では、知識を次の三段階で整理していた。
| 知識の段階 | 内容 | 例 |
|---|---|---|
| 暗黙知 | 本人が持つが、言葉になっていない | 問題の兆候、質問の順番、抵抗への働きかけ |
| 形式知 | 言語化・図式化された | 手順書、チェックリスト、分析フレーム |
| 組織知 | 業務に組み込まれ、組織として再現できる | 標準プロセス、育成、配置、評価、AI支援 |
暗黙知を文書へ残すことは重要だが、それだけでは組織能力にならない。知識を使う場面が決まっているか。プロセスに組み込まれているか。上司とチームが活用方法を理解しているか。実践とフィードバックの機会があるか。成果として評価されるか。これらがそろって初めて、知識は人から人へ渡るだけでなく、組織で使えるものになる。
AIインタビュアーは、暗黙知の入口になる
講演では、熟練者の経験を引き出すため、内製AIを使ったインタビューが紹介された。印象深い成果、初めての案件、苦労した案件、失敗、関係者を動かした場面を聞くことで、手順だけでなく、判断の優先順位や価値観を引き出す。
AIは、記録、要約、質問、分類、比較を支援できる。ただし、人の能力を順位づけたり、人物像を決めつけたりしてはいけない。知識抽出の結果は、本人の自己認識、上司の観察、実際の成果と組み合わせ、人材育成とチーム設計の補助情報として慎重に扱う必要がある。
ハイパフォーマーの手順を、そのまま標準化しない
優れた変革人材は、全員が同じやり方で成果を出しているわけではない。
人や組織の問題を読み、合意形成に強い人もいる。業務手順、データ、システム、判断基準の矛盾を構造化することに強い人もいる。現場の事実から考える人もいれば、理想像から逆算する人もいる。
優秀な人の手順を一つの「正解」として全員へ適用すると、かえって能力を生かせないことがある。知識継承では、何を教えるかだけでなく、誰に、どのような案件で、誰と組み合わせて使うかを考える必要がある。
AIは、個人の強み、案件の性質、チームに足りない能力を整理する補助には使える。しかし、採用、評価、配置、処遇など個人に重大な影響を及ぼす決定を、AIだけに任せてはならない。
プロセス変革と知識継承は、同じ課題である
業務プロセスの再設計と、熟練者の暗黙知の継承は、別々の仕事に見える。しかし実際には、互いに前提となる。
プロセスを変えるには、変革を進める熟練者の知識が必要である。知識を組織能力に変えるには、その知識を実際の業務プロセス、育成、配置、評価へ組み込まなければならない。
変革人材の経験を引き出す
↓
判断基準・手順・例外を構造化する
↓
業務プロセス、育成、AI支援へ組み込む
↓
現場で使い、成果・例外・失敗を記録する
↓
知識とプロセスを更新する
この循環を作れば、変革は一部の専門家だけが行う活動ではなくなる。現場の一人ひとりが、自分の業務を見直し、学びを組織へ残し、次の改善へつなげられるようになる。
IT技術者が設計すべき「変革の基盤」
AI導入前の業務再設計を支えるために、IT技術者は次の基盤を用意したい。
- プロセス可視化:顧客起点の開始・終了、工程、待ち、差し戻し、責任者、例外を可視化する。
- データの正本:同じ顧客・契約・案件情報を複数の部門が別々に持たないよう、データ定義と更新責任を整理する。
- 知識基盤:判断基準、根拠、適用範囲、更新日、監修者、機密区分を持つナレッジを管理する。
- 段階的なAI権限:検索、下書き、更新、送信、実行を分け、重要な処理に人間の承認を置く。
- 監査と復旧:AIが参照した情報、出力、ツール操作、承認、実行結果を追跡し、問題時に止め、訂正できるようにする。
- 評価の仕組み:作業時間だけでなく、リードタイム、手戻り、顧客体験、判断品質、再利用できる知識の増加を測る。
みずほのデジタル戦略部は、業務部門と連携し、PoCの企画から本番化、リリース後の改善までを一貫して進める体制を示している。みずほのAI・業務プロセス改革の体制 IT技術者はAIを作る人にとどまらず、業務が継続的に変わるための実行・統制・改善の基盤を設計する必要がある。
まとめ――AI時代の業務変革は「自動化」ではなく「再設計」である
AI時代の業務変革は、既存業務をそのまま自動化することではない。
まず、顧客の依頼から完了までをエンドツーエンドで捉える。部門ごとに分断された業務をつなぎ直す。不要な工程を廃止する。重複をなくす。判断基準を標準化する。役割を組み替える。熟練者の暗黙知を形式知に変え、実際の業務や育成へ組み込み、組織知にする。
その上で、AIとデジタル技術を最適な場所へ配置する。この順番が重要である。
複雑な業務にAIを入れれば、複雑なまま高速化される。縦割り組織にAIを入れれば、部分最適が高速化される。属人的な判断をそのままAIへ学ばせれば、属人性がデジタル化される。
目指すべきは、AIに任せられる仕事をAIへ委ね、人間が顧客、対話、判断、改善、創造へ集中できる組織である。エンドツーエンドの業務プロセス変革とは、単なる効率化の方法ではない。企業が仕事の目的を問い直し、組織能力と顧客価値を同時に高めるための経営変革である。
作成日: 2026年7月24日