問いを立て、AIを動かし、人を導く「次世代リーダー育成」の新潮流
生成AIやAIエージェントの普及によって、リーダーの仕事は変わり始めている。
AIが情報を集め、分析し、資料を作り、選択肢を示し、一定の業務を実行できるようになるほど、リーダーに求められるのは「誰よりも答えを知っていること」ではなくなる。何を目指すのかを定め、何を問うべきかを決め、AIの出力を評価し、人が動ける意味へ変換し、最終的な責任を引き受けることが重要になる。
AI Agent Day Summer 2026では、グロービスの鳥潟幸志氏が「AI時代の組織・リーダー育成の新潮流」をテーマに登壇した。グロービスも、AI時代には一人ひとりが「どんな問いを立てるのか」「何を実現したいのか」を設定できることが、より重要になると述べている。AIで教育はどこまで進化できるか
本稿では、この問題提起をIT技術者の視点で読み替える。リーダー育成は、AIツールの操作研修ではない。事業の目的、AIエージェントの実行範囲、人の判断、データ、ガバナンスを一つの設計図にまとめられる人を育てることである。
人間の価値は、情報処理の前後へ移る
AI時代に重要性を増す経営資源は、データ、AIを含む機械、そして人間である。人間の価値が小さくなるのではない。人間が価値を生む場所が変わる。
仕事を単純化すると、三つに分けられる。
| 領域 | 主な仕事 | AIによる変化 | 人間に残る中心的な役割 |
|---|---|---|---|
| 上流 | 課題発見、目的設定、問いの設計 | 情報収集や仮説展開を支援する | 現実の違和感を捉え、何を問うか決める |
| 中流 | 調査、分析、資料作成、選択肢の整理 | 大幅に高速化・自動化される | 前提や根拠を確認し、品質を評価する |
| 下流 | 意思決定、説明、合意形成、実装 | 影響分析や表現案を支援する | 決断し、人を動かし、結果に責任を持つ |
生成AIは、特に中流の情報処理を得意とする。だからこそ、人間は上流の「良い問い」と下流の「責任ある実装」に意識的に時間を使う必要がある。
ここで注意したいのは、AIが中流を速くした結果、上流と下流の負荷が自然に解消されるわけではないことだ。AIが十個の企画案を作れば、何を採用するかを判断する負荷は増える。AIが実装を速くすれば、目的設定、レビュー、承認、顧客説明が新たなボトルネックになる。リーダーは、仕事量の削減ではなく、判断と責任がどこへ移るかを設計しなければならない。
AI時代のリーダーには二つの「変換」が必要になる
AIと現実の間には、二つの変換がある。
現実を、AIが扱える問いへ変換する
現場には、最初からデータになっていない情報がある。顧客の表情、会議の空気、部門間の摩擦、若手の言葉にならない不安、運用担当者の違和感である。
リーダーは、その兆しを観察し、意味を考え、問いへ変えなければならない。
- なぜ顧客は導入をためらっているのか
- なぜこの業務で手戻りが起き続けるのか
- なぜ提案は作れても受注につながらないのか
- AIを使えば何が速くなるかではなく、何を変えられるのか
AIは与えられた問いへの回答を広げられる。しかし、何に注目し、どの問いを事業課題として扱うかは、自動では決まらない。
AIの出力を、現実の決断と行動へ変換する
AIは、分析、比較、予測、提案を返す。しかし「可能性が高い」という出力を、そのまま企業の行動にしてはいけない。
顧客への影響はどうか。法令、契約、セキュリティ、企業の価値観に反していないか。失敗したときの損失を許容できるか。誰が説明し、誰が責任を持つのか。これらを踏まえ、「この方針で進める」と決めるのは人間である。
AI時代のリーダーは、現実をデジタルな問いへ変え、AIの答えを組織の意思決定と行動へ変える。この往復を主導する人だと言える。
AI活用を「改善」から「変革」へ進める
AI活用には、既存業務を効率化する段階と、仕事や価値提供の仕組みを変える段階がある。
| 対象 | 改善 | 変革 |
|---|---|---|
| 社内業務 | 要約、検索、資料作成、問い合わせ対応の効率化 | AI前提で業務フロー、役割、承認を再設計する |
| 顧客接点 | チャットボット、個別提案、応答速度の向上 | 顧客価値、提供方法、収益モデルを再構想する |
改善は重要な出発点である。ただし、AIを既存の仕事へ足すだけでは、個人の効率化で終わる。変革へ進むには、次の問いに答えなければならない。
- AIが存在するなら、この承認や引き継ぎは必要か
- 人間が毎回調べている情報を、AIが安全に使える状態にできるか
- 速くなった仕事の余力を、どの顧客価値や事業探索へ再配分するか
- AIの提案を、誰がどの基準で採用または却下するか
この問いは、IT部門だけでは決められない。事業と組織を理解するリーダーが、技術者、法務、セキュリティ、人事とともに設計する必要がある。
AI時代のリーダーが担う三つの役割
1. 事業開発プロデューサー:目的と実験をつなぐ
AIにより、アイデアの検証、プロトタイプ作成、分析、顧客向けの試作を、以前より低いコストで行えるようになった。現場のリーダーにも、事業や業務の未来を構想し、小さく試す役割が広がる。
その基本ループは次の通りである。
問いを設定する
↓
AIと人で仮説・試作品を作る
↓
顧客・現場で検証する
↓
結果と副作用を評価する
↓
問いと設計を更新する
ここでリーダーに必要なのは、プロンプトの技法だけではない。顧客、市場、自社の強み、競争環境を理解し、目的・制約・成功条件をAIへ渡せることだ。良いAI活用は、良い「要求」から始まる。
2. パフォーマンスコーチ:個人の試行を組織成果へつなぐ
AIは、若手を含む個人の試行能力を高める。誰でも調査し、資料を作り、試作品を作れるようになる。一方で、その改善案が組織戦略とつながっているとは限らない。
リーダーの仕事は、答えを先に与えることではなく、視座を上げる問いを投げることだ。
- この提案は、顧客価値とどうつながるか
- 三年後の事業にどのような意味があるか
- 他部門、顧客、パートナーにはどの影響があるか
- 局所的な症状ではなく、根本原因は何か
- 小さく試すなら、何を成功・失敗の基準にするか
新しい提案を「前例がない」「リスクがある」だけで退ければ、挑戦する人は育たない。一方で、すべてを無条件に実行させれば、組織の方向とずれる。戦略と制約を共有し、試せる範囲を作り、学びを横展開することがコーチとしての役割になる。
3. AIガバナンス設計者:自律性と責任を両立させる
AIが情報を生成するだけでなく、データを読み、外部ツールを操作し、顧客や社員に影響する行動を取るようになると、リーダーは新しい権限設計を担う。
| 決めること | 具体例 |
|---|---|
| 目的 | 何の業務・顧客価値のためにAIを使うか |
| データ | AIが参照してよいデータ、利用目的、保持期間 |
| 実行範囲 | 検索、下書き、更新、送信、承認のどこまでを任せるか |
| 人間の関与 | どの条件で確認・承認・停止を必須にするか |
| 品質基準 | 正確性、根拠、差別、セキュリティ、顧客影響をどう測るか |
| 説明と復旧 | 実行履歴をどう残し、問題時にどう止め・訂正するか |
ガバナンスは、IT部門や法務部門へ丸投げできない。業務のどこに本当のリスクがあり、どの自動化なら顧客と現場に価値を出せるかを理解しているのは、現場のリーダーだからである。
AIを「人の代理」として配置する前に、仕事を分類する
AIエージェントの配置は、新しい人的資源管理に近い。誰をどの仕事へ置き、何の権限を与え、誰が確認するかを、人間だけでなくAIについても決める必要がある。
まず、仕事を「知識の明確さ」と「誤った場合の損失」で分類するとよい。
| 仕事の性質 | 低いエラーコスト | 高いエラーコスト |
|---|---|---|
| 形式知が中心 | 要約、分類、定型文書はAIへ広く委任しやすい | 契約・品質・重要数値はAI支援+人間検証 |
| 暗黙知が中心 | 企画や提案の壁打ちはAIで選択肢を広げる | 人事処遇、重大戦略、倫理判断は人間が最終決定 |
この分類は、AIを使う・使わないを決める表ではない。自律度、監督、テスト、ログ、責任者をどの程度必要とするかを決めるための表である。
たとえば人事評価にAIを使うなら、評価コメントの表現チェックや資料整理は支援できる。しかし昇格、報酬、配置、解雇など個人へ重大な影響を与える最終判断をAIへ移譲してはならない。リーダーは、便利さと影響の大きさを混同しない必要がある。
リーダー育成は、研修の受講率では測れない
AI研修を実施し、受講者数や利用率を増やすことは必要である。しかし、それだけで人材が育ったとは言えない。重要なのは、学習後に実際の仕事で何を変え、どのような成果と学びを残したかである。
グロービスも、リーダーがAIを組織へ浸透させるための学びとして、AIそのものだけでなく、シナリオ・プランニング、組織改革、定量分析、部下の自立を促す育成などを組み合わせている。リーダーが組織にAIを浸透させるために必要なビジネススキル
企業のリーダー育成は、次の四段階で捉えると実務へ接続しやすい。
- 理解する:AIの能力、限界、リスク、基本的な使い方を知る。
- 使う:自分の業務で試し、情報処理や試作の速度を上げる。
- 成果を出す:業務KPI、顧客体験、品質に対する改善を実証する。
- 変える:AI前提で業務、役割、組織、事業モデルを再設計する。
最終目標は段階4である。そのためには、AIスキル、ビジネススキル、ヒューマンスキルを別々に教えるのではなく、実際の変革課題の中で組み合わせる必要がある。
| 能力領域 | リーダーが学ぶこと | 実践で確認すること |
|---|---|---|
| AI・デジタル | モデルの特性、エージェント、データ、評価、セキュリティ | どこまで任せ、どこに人間を残すか設計できるか |
| ビジネス | 顧客、市場、戦略、収益、KPI、投資判断 | AI活用を事業成果へ接続できるか |
| ヒューマン | 対話、コーチング、合意形成、倫理、自己理解 | 人が納得して挑戦・学習できる場を作れるか |
「学ぶ場」と「変える場」を分けない
AI時代のリーダー育成は、知識伝達だけで完了しない。学びと実装を一つの循環にする必要がある。
経営が方向と制約を示す
↓
リーダーが現場の課題を問いに変える
↓
チームがAIを使って小さく実験する
↓
成果・失敗・リスクを評価する
↓
ガバナンスと業務設計を更新する
↓
学びを共有し、次の実験へ進む
この循環がなければ、トップダウンの方針は現場へ届かず、ボトムアップの工夫は局所最適で終わる。経営、人事、IT、事業部門は、それぞれ別の仕事をするのではなく、同じ変革ループの異なる役割を担う。
IT技術者がリーダー育成に関わるための実装課題
IT技術者は、研修の受講者へAIツールを配るだけでは不十分である。リーダーが責任ある実験と意思決定を行える環境を用意する必要がある。
- 安全な実験環境:本番データや本番権限を与えず、仮説を検証できるサンドボックスを設ける。
- 再利用できる知識:業務ルール、データ定義、判断基準、成功・失敗事例を、AIと人間の双方が参照できる形にする。
- 段階的な権限:検索、下書き、更新、送信、実行を分け、実績に応じてAIの自律度を上げる。
- 評価と監査:参照情報、出力、ツール呼び出し、人間承認、最終結果を記録し、品質と影響を継続評価する。
- 実験を評価する人事設計:短期の失敗だけで不利にならず、再利用可能なスキル、知識、仕組みを残した貢献を評価する。
リーダーが「AIを試せ」と言われながら、安全に試す場所も、判断基準も、相談相手も持たなければ、変革は進まない。技術基盤は、リーダーの判断を代替するものではなく、より良い問いと責任ある試行を可能にする基盤である。
まとめ――AI時代のリーダーは、答えを持つ人から変革を生み出す人へ
AIが大量の情報を処理し、多数の選択肢を提示する時代には、答えを持つことだけではリーダーの価値にならない。
現実の違和感を捉える。問いを設定する。AIへ目的と制約を渡す。出力を検証する。人とAIの役割を設計する。不確実な状況で決断する。人々の納得を作る。問題が起きれば訂正し、責任を引き受ける。
これらは、AIが高度になるほど重要になる人間の仕事である。
AI時代のリーダー育成とは、AIツールの使い方を教える研修ではない。AIを使って事業を構想し、人を育て、組織を動かし、社会に対して責任ある形で変革を実装できる人を育てる取り組みである。
作成日: 2026年7月24日