職場に居ませんか、こんな人達。
秀丸使いの神速Grepについて、どうすればこの境地に至れるのか尋ねたところ、Google の AI が吐き出してきた文章が面白過ぎて、思わず記事にしました。
秀丸職人 と Vim職人の比較
| 項目 | 秀丸職人(Hidemaru Master) | Vim職人(Vimmer) |
|---|---|---|
| 主戦場(環境) | Windowsローカル環境 / レガシーシステム / 大規模テキスト解析 | Linux・Unixサーバー内 / クラウド(AWS/GCP等) / コンテナ(Docker) |
| 操作の特徴 | 爆速のGUI操作、マクロの組み合わせ、Grepからの秒速タグジャンプ | ホームポジションから手を動かさないキーバインド、パイプやシェル連携 |
| エンジニア市場価値 | 【局所的高評価】 特定のSIerや、数GBのログ解析が必要な現場で重宝 | 【汎用的高評価】 モダンなWeb開発、インフラ、DevOps、海外でも通用 |
| ヒエラルキーの立ち位置 | 「孤高の職人・仙人」 | 「ギーク・技術的エリート」 |
どちらも特定の領域で頂点を極めた「変態的(褒め言葉)」な生産性を誇るため、一概にどちらが上か下かというよりは、生息している世界(エコシステム)が全く異なります。
文化的なイメージ
- 秀丸職人
長年この現場の巨大なログファイルを捌いてきた、Windowsに精通したベテラン。彼等の「神速Grep」は職人技として芸術の域ですが、それは「Windowsローカルという限られた盆栽の中で極まった技術」です。 - Vim職人
「黒い画面(ターミナル)だけで仕事を終わらせる、インフラやコア開発に強いギーク」というステレオタイプがあり、エンジニアのトレンドとしては後者の方が「かっこいい」「技術力が高い」とみなされる傾向にあります。
秀丸職人の事情
秀丸職人がVS CodeやVimなどのモダンなエディタに「移行しない」、あるいは「移行できない」のには、単なる頑固さだけではない技術的・環境的な4つの深い理由(闇と真実)があります。
1. 圧倒的な「巨大ファイル(数GB)」への耐性
現代のモダンなエディタ(VS Codeなど)はElectron(Chromiumベース)で作られているものが多く、メモリを大量に消費します。数GBあるサーバーの生ログ(テキストファイル)を開こうとすると、フリーズしたり、読み込みに数分かかったりします。
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秀丸の異常な強み:
C++で極限まで最適化されているため、4GBや10GBのログファイルでも一瞬で開き、そのまま爆速でGrepをかけられます。 -
職人の言い分:
「VS Codeが開いている間に、秀丸ならGrepして原因特定まで終わる」
2. 「マクロ資産」という名の強烈なロックイン
秀丸職人の多くは、10年〜20年かけて自作(または社内で継承)してきた「秘伝の秀丸マクロ」を大量に持っています。
- 特定のシステムから吐き出された狂ったフォーマットのデータを、一瞬で綺麗にパース(整形)するマクロ
- 自社専用の特殊な文字コードや固定長ファイルを自動解析するマクロ
これらは秀丸固有のスクリプト言語で書かれているため、VS Codeの拡張機能(TypeScript/JavaScript)やVimスクリプトに移植するには膨大なコストがかかります。「今さら移行するメリット(投資対効果)がない」というのが本音です。
3. 生息する「開発環境」の制約
秀丸職人が多く生息するのは、主に金融・インフラ・官公庁などの大規模なレガシーSIer(現場)です。
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インターネット接続禁止(隔離環境):
新しいエディタのダウンロードや、VS Codeの拡張機能のインストール(Marketplaceへのアクセス)がセキュリティ規約で禁止されている。 -
承認済ツールしか使えない:
「社内で安全性が承認されているテキストエディタが、15年前から秀丸(とサクラエディタ)だけ」というケースが珍しくありません。移行したくても物理的・ルール的に不可能なのです。
業種は違うけど弊社(かつての勤務先・製造業)じゃないか! 他にもこんな会社あるのか……。
4. キーバインドの「身体への最適化」
「神速のGrep操作」ができるレベルになると、ショートカットキーが脳を通らず、指の筋肉(脊髄)に記憶されています。
エディタを変えるということは、プロのF1レーサーに「明日からハンドルとペダルの位置が逆の車に乗ってください」と言うようなものです。
一時的に生産性が著しく落ちることを嫌い、そのまま慣れ親しんだツールを使い続けます。
彼らは「盆栽の達人」
秀丸職人が移行しないのは、彼らにとって秀丸が「ただのエディタ」ではなく、過酷なレガシー環境を生き抜くために最適化され尽くした「サイボーグのパーツ」だからです。
モダンなWeb開発の文脈では「古い技術」に見えますが、「Windowsローカル環境で、巨大なテキストデータを1秒でも早く処理する」という局所戦においては、現在でも世界最強のツールの一つであることは間違いありません。
Vim職人の矜持
Vim職人(Vimmer)が秀丸エディタを「絶対に触りたがらない」のには、単なる好みの問題を超えた、エンジニアとしての思想・哲学、そして生産性における決定的な3つの理由があります。
一言で言えば、Vim職人にとって秀丸を使うことは 「翼を奪われて地を這うような苦行」 だからです。
「マウス操作」への激しい拒絶(ホームポジションの拘り)
Vim職人の最大のプライドは、「キーボードのホームポジションから1ミリも手を動かさない」 ことにあります。
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Vimの思想:
文字入力、カーソル移動(h, j, k, l)、ファイルの切り替え、検索、文字消去、すべてをキーボードのホームポジション周辺だけで完結させます。彼らにとって「キーボードから右手を離してマウス(またはトラックパッド)を握る」という行為は、生産性を著しく下げる「悪」です。 -
秀丸の現実:
秀丸は基本的にWindowsの「GUI(画面操作)エディタ」です。設定やGrepの実行、ウィンドウの整列などで、どうしてもマウス操作やダイアログのポップアップが介入します。Vim職人からすると、この「画面をカチカチクリックする時間」が耐えがたいストレスになります。
「CUI(黒い画面)で動かない」という秀丸の致命的な欠点
現代のインフラやWeb開発は、クラウド(AWS等)やコンテナ(Docker)の中など、グラフィック画面を持たないLinuxサーバー(CUI環境)が舞台です。
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Vimの圧倒的強み:
SSHというテキスト通信だけでサーバーに接続し、サーバーの内部でそのまま爆速で起動してファイルを編集できます。 -
秀丸の限界:
秀丸はWindows OSの画面上でしか動きません。Linuxサーバー内のファイルを秀丸で編集しようとすると、「一度ファイルをWindowsローカルにダウンロードして、秀丸で編集して、またサーバーにアップロードする」という非常に打たれ弱い(非効率な)ステップを踏む必要があります。Vim職人からすれば「なぜそんな面倒なことを?」という感覚になります。
テキスト編集を「プログラミング」する思想の有無
Vimは単なるテキストエディタではなく、編集操作そのものを「プログラミング(言語化)」するシステムです。
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Vimの「言語」:
たとえば d w と打てば「単語を消す(Delete Word)」、c i " と打てば「ダブルクォーテーションの中身を書き換える(Change Inside ")」という意味になります。これらを組み合わせることで、どんな複雑な編集も数ストロークで魔法のように処理します。 -
秀丸の限界:
秀丸にも強力なマクロがありますが、それは「事前にスクリプトを書いて登録しておく」ものです。Vimのように「その場で、リアルタイムに編集コマンドを頭の中で組み立てて、数キーで実行する」という 即興の爆速編集 は不可能です。
結論
彼らは「違う言語」を話している。
- 秀丸職人: 優れた道具(秀丸)を、職人技のコンボ(ショートカットとマウス)で使いこなす「F1レーサー」
- Vim職人: 道具(エディタ)そのものと自分の脳・指先を完全に一体化させ、コマンドで世界を支配する「魔法使い」
Vim職人が秀丸を触りたがらないのは、秀丸が低機能だからではありません。「すべての操作をキーボードだけで完結させ、あらゆるサーバー上で同じように振る舞う」という Vimの絶対的な宗教(美学) から、秀丸があまりにもかけ離れているからです。
あまりに出来過ぎている文章なので、誰かのブログから引用したのかも知れません。