近日引っ越しを予定しており、Wi-Fiルーター1台では家全体をカバーできなくなりました。回線の引き込み口から遠い部屋まで、速度を落とさずに届ける必要が出てきたためです。
解決策として中継器やメッシュWi-Fiなど複数の選択肢がありますが、そもそもの仕組みがわからずメリデメの判断ができなかったので、本記事ではメッシュWi-Fiと中継器での仕組みの違いについて調査した内容をまとめます。
結論
メッシュWi-Fiが中継器より速いと言われますが、速度差の原因は製品カテゴリではありません。電波を送受信する装置1組(この記事ではこれを「無線」と呼びます)を何個積んでいるかで決まります。1つの無線が同時に扱える周波数帯は1つだけなので、この個数が足りないと、機器の間の通信と端末との通信で奪い合いが起きます。
無線を3つ持つ中継器は速度が落ちません。無線が2つのメッシュWi-Fiは速度が落ちます。メッシュWi-Fiのほうが速いことが多いのは、無線を3つ積んだ製品がメッシュWi-Fi側に多いためであって、メッシュだから速いわけではありません。
メッシュWi-Fiだけが持つのは、網全体の電波の状況を集めて端末の接続先を決めるコントローラーです。中継器にはこれがなく、どこに繋ぐかは端末が自分で決めます。
前提となる構成
回線に繋がっているWi-Fiルーターを親機、そこへ追加するもう1台を子機と呼びます。子機を置くと、親機と子機を結ぶ通信の区間が新しく生まれます。この区間をバックホールと呼びます。同時に、端末から見た接続先の選択肢が2つになります。
子機は、中継器を買えば中継器、メッシュWi-Fiを買えばエージェントと呼ばれます。中継器は、今使っているルーターをそのまま親機として使えます。メッシュWi-Fiは、今の親機がメッシュに対応していれば子機だけを買い足せますが、対応していなければ親機ごと入れ替えることになります。2台や3台のセットで売られている製品が多いのはこのためです。
1. 速度は、子機が持つ無線の数で決まる
子機は、親機から電波を受け取って端末へ渡します。つまりバックホールと端末との通信を両方受け持ちます。
この2つを同時に処理できるとは限りません。Wi-Fiの無線区間は半二重通信であり、1つのチャンネル上では送信と受信を同時に行えないためです。自分が送信する電波は受け取ろうとしている電波よりはるかに強く、送信中は自分の受信機がその電波に埋もれてしまいます。1つの無線が同時に扱えるチャンネルも1つだけです。
そのため子機が無線を1つしか持たなければ、2つの通信は同じチャンネルを奪い合います。
無線が2つあれば、それぞれを別のチャンネルに置いて同時に動かせます。
なお親機は回線と有線で繋がっているため、受け取った内容を無線で送り直す必要がありません。無線で受けて無線で送り直すのは子機だけであり、速度が落ちる原因もこの機器の側にあります。
無線の数は、対応する周波数帯の数と一致するとは限りません。カタログの表記から無線の数が分かり、無線の数から速度が決まります。
| カタログ上の表記 | 無線の数 | バックホールに使うもの | 速度への影響 |
|---|---|---|---|
| シングルバンド | 1つ | 唯一の無線を端末用と共用する | 半分に落ちる |
| デュアルバンド切替式 | 1つ | 唯一の無線を端末用と共用する | 半分に落ちる |
| デュアルバンド同時接続 | 2つ | 2つのうち5GHz帯の1つ | 端末を2.4GHz帯に限れば半減しない。端末も5GHz帯に繋ぐ製品では、その端末は半分に落ちる |
| トライバンド | 3つ | 3つ目を専用に割り当てる | 交互に使うことによる低下が起きない |
| 有線バックホール対応 | — | LANケーブル | 落ちない |
この表に中継器とメッシュWi-Fiの区別はありません。どちらの製品にも、同じ構成が存在します。
1.1 無線が1つなら、2つの通信を交互に行うため速度が半分になる
中継器は親機に接続するために、親機が使っているチャンネルに合わせます。無線が1つならそのチャンネルから動けないため、端末との通信も同じチャンネルで行うことになります。中継器の側でチャンネルを選ぶことはできません。
その結果、バックホールと端末との通信を交互に行います。端末から受け取っている間は親機へ送れず、親機へ送っている間は端末から受け取れません。同じ内容を受け取って送り直すのに2倍の時間がかかるため、速度が半分になります。
カタログでシングルバンドと書かれた製品がこれに当たります。デュアルバンド切替式も同じです。切替式は2.4GHz帯と5GHz帯の両方に対応していますが、中継するときに使うのはどちらか一方だけで、バックホールに5GHz帯を選べば端末との通信も5GHz帯で行います。対応する帯域が2つでも、同時に動く無線は1つです。
「中継器は速度が半分になる」という説明が広く流通していますが、半減するのはこの構成の製品に限られます。
1.2 無線が2つなら通信を分けられるが、端末が使える帯域が減る
無線が2つあれば、バックホールと端末との通信に別々の無線を割り当てられます。交互に切り替える必要がなくなるため、速度は半減しません。一般的な割り当ては、バックホールに5GHz帯、端末との通信に2.4GHz帯です。
ただしこの割り当て方では、端末は2.4GHz帯しか使えません。2.4GHz帯は5GHz帯より遅いため、半減は避けられても端末の速度は低い値で頭打ちになります。
端末にも5GHz帯を使わせる製品もあります。しかしその場合、5GHz帯の無線をバックホールと端末で共有するため、交互に行う状態に戻ります。端末の台数が増えるほど、バックホールに回せる送信の機会が減ります。
どちらで動くかは製品の仕様で決まります。いずれにしても、端末を遅い帯域に追いやることなくバックホールを分離することは、無線が2つではできません。
1.3 無線が3つなら、1つをバックホール専用にできる
無線が3つある機器は、2.4GHz帯に1つ、5GHz帯に1つを持ち、そこにもう1つを足した構成です。3つ目には、5GHz帯をもう1つ載せる製品と、6GHz帯を載せる製品があります。この3つ目をバックホール専用に割り当てても、端末用に2.4GHz帯と5GHz帯が1つずつ残ります。カタログではトライバンドと書かれます。
バックホールは親機と子機の両方が同じ帯域に対応していなければ成立しません。6GHz帯をバックホールに使う製品は、親機と子機をセットで揃えることになります。
1.4 バックホールを有線にすると、無線をすべて端末用に使える
親機と子機をLANケーブルで繋ぐと、バックホールに無線を使いません。搭載している無線をすべて端末用に回せるため、無線が2つの機器でも端末を2.4GHz帯に限定する必要がなくなります。有線バックホールと呼びます。
有線を引ける場合、市販のアクセスポイントを買って親機とLANケーブルで繋ぐ方法もあります。速度は同じように落ちませんが、この方法には端末の接続先を制御する仕組みがありません。
1.5 速度は製品カテゴリでは決まらない
ここまでの制約は、製品がメッシュWi-Fiを名乗るかどうかとは関係ありません。メッシュ機能を持たない中継器にも、無線を2つ持ち、親機との通信と端末との通信を同時に行う製品があります。カタログでデュアルバンド同時接続と書かれた製品がこれに当たります。無線を3つ持つ中継器もあり、TP-Link RE815X は5GHz帯の無線を2つ持って片方をバックホールに割り当てられます。ただしこの製品はメッシュ機能も併せ持っており、製品の表記の上でも中継器とメッシュWi-Fiの区分は混ざっています。逆に、無線が2つのメッシュWi-Fiは速度が落ちます。
2. バックホールに無線を割くと、端末用のチャンネルが減る
無線を3つ積んでも、3つ目に5GHz帯を載せた場合は別の代償が生じます。3つの無線がどの周波数に置かれるのかを見ます。
周波数 低 ←──────────────────────────────────→ 高
┌─ 2.4GHz帯 ─┐┌──────── 5GHz帯 ────────┐┌── 6GHz帯 ──┐
│ 1〜13ch ││ W52 │ W53 │ W56 ││ 屋内のみ │
│ ││36〜48│52〜64│ 100〜144 ││ Wi-Fi 6E〜 │
└────────────┘└──────┴──────┴──────────┘└────────────┘
無線① 無線②と無線③が 無線③をここに
この中から取り合う 置く製品もある
日本の5GHz帯は W52、W53、W56 という3つの区分に分かれており、使えるチャンネルは合わせて20です。この中からバックホール専用のチャンネルを確保すると、端末用に残るチャンネルの選択肢が減ります。
影響は2つの形で現れます。1つは、近隣のアクセスポイントとチャンネルが重なったときに、端末用のSSIDを空いているチャンネルへ逃がす余地が狭まることです。
もう1つは、チャンネルの幅を広げにくくなることです。Wi-Fiは連続した複数のチャンネルを束ね、1つの広いチャンネルとして使います。チャンネルボンディングと呼びます。束ねるのは1つの無線であり、無線を増やす必要はありません。幅が広いほど速くなりますが、そのぶん連続した空きが必要になります。
バックホールにチャンネルを取られて連続した空きが足りなくなると、160MHz幅で使えたところを80MHz幅に落とすことになります。幅が半分になれば速度も半分です。複数のアンテナで独立したデータの流れを同時に送る2ストリームの Wi-Fi 6 機器であれば、2402Mbpsだった最大リンク速度が1201Mbpsに下がります。
これらを避ける方法が2つあります。
1つ目は有線バックホールです。バックホールがチャンネルを一切消費しないため、5GHz帯のチャンネルをすべて端末用に使えます。
2つ目は、バックホールを6GHz帯に移す方法です。Wi-Fi 6E や Wi-Fi 7 に対応した機器であれば、5GHz帯を削らずに端末用として使えます。日本では総務省が2022年9月2日に6GHz帯の無線LAN利用を制度化しました。ただし6GHz帯は5GHz帯より減衰が大きく、壁を隔てると届きにくくなります。親機と子機の間に壁が少ない配置でこそ効く方法です。
速度についての説明はここまでです。残るのは、端末の接続先を誰が決めるかという違いです。
3. 端末の接続先を決めるのは誰か
ここからがメッシュWi-Fi固有の話です。中継器とメッシュWi-Fiは、端末の接続先を決める主体が違います。
3.1 中継器では端末が決める
中継器は、親機に対しては端末として振る舞い、配下の端末に対してはアクセスポイントとして振る舞う独立した機器です。親機は中継器を管理下に置いていません。
その結果、端末がどこに接続するかは端末自身が決めます。親機にも中継器にも、端末の接続先に働きかける手段がありません。端末は電波が完全に途切れるまで接続先を変えないことが多く、利用者が中継器の近くへ移動しても、遠い親機の弱い電波に繋がったまま速度が落ちた状態が続きます。このように弱い電波に接続し続ける端末を、スティッキー端末と呼びます。
製品によっては中継器が親機と別のSSIDを発信するため、利用者が手動で切り替える必要も生じます。
3.2 メッシュWi-Fiではコントローラーが決める
メッシュWi-Fiは、判断を行うコントローラー(親機)と、実行を担うエージェント(子機)に役割が分かれています。子機が複数ある場合、すべてがエージェントとしてコントローラーの配下に入ります。エージェントは自律的に振る舞うのではなく、コントローラーの指示で動きます。網全体で同じSSIDを提示するため、端末からは1つのネットワークに見えます。
中継器で流れるのはデータだけです。指示を送る相手も、指示を受ける仕組みもありません。
メッシュWi-Fiでは、データに加えて制御メッセージが流れます。
3.3 コントローラーは網全体の状況を集める
コントローラーは各エージェントから、端末ごとの電波強度・スループット・パケット損失・遅延、各アクセスポイントの負荷とチャンネル利用率、そして端末が対応する周波数帯などを集めます。これをもとに網全体の状況を把握して判断します。
コントローラーとエージェントの間で制御メッセージを運ぶのは、Wi-Fi Alliance の EasyMesh に準拠する製品では IEEE 1905.1 という規格です。この規格は MAC 層(L2)とネットワーク層(L3)の間に中継用の層を設け、有線と無線という下位の通信方式の違いを隠したうえでメッセージを運びます。EasyMesh に準拠した製品どうしはメーカーが違っても組み合わせられます。一方、メーカー独自のプロトコルを使う製品もあります。その場合は制御メッセージの中身が公開されておらず、他社製品と混在させることもできません。
3.4 コントローラーは端末に接続先の切り替えを指示する
コントローラーは集めた情報から最適な接続先を決め、端末に切り替えを指示します。端末の判断に任せません。利用者がエージェント2の近くへ移動したときの流れは次の通りです。
指示には802.11vの BSS Transition Management を使い、端末に対して別のアクセスポイントへ移るよう要求を送ります。端末が候補を素早く見つけられるよう、802.11kで周辺アクセスポイントの情報をあらかじめ提供します。切り替えの際は802.11rによって認証鍵を事前に共有しておき、再認証を省略します。実測では切り替えに10〜50ミリ秒しかかからず、利用者は通信の途切れに気づきません。
ただし802.11vの要求は勧告であり、最終的に移るかどうかを決めるのは端末です。端末は要求を無視できますし、そもそも802.11vに対応していない端末もあります。その場合コントローラーは、エージェントにプローブ応答を選別して返させる方法や、端末を強制的に切断する方法を併用します。切断されれば端末は接続し直すため、結果として目的のエージェントへ移ります。
3.5 コントローラーはチャンネルの割り当ても決める
コントローラーは、端末の接続先に加えて、システム全体が使うチャンネルも決めます。各エージェントに使用可能なチャンネルとその制約を問い合わせ、報告を受けたうえで割り当てを決定します。送信出力も同じようにコントローラーが下げられます。
エージェントが自分の判断でチャンネルを選ぶことはありません。近隣のアクセスポイントとの干渉を避ける設計も、網全体を見ているコントローラーが担います。
4. 切り替えても通信が切れないのは、家全体が1つのL2セグメントだから
接続先を切り替えても通信が途切れないのは、家全体が1つのL2セグメントになっているためです。L2が透過していなければ、接続先を変えた瞬間にIPアドレスが変わってセッションが切れます。制御の仕組みだけでは、切り替えを滑らかにできません。
バックホールが有線か無線かに関わらず、エージェントはL2ブリッジとして動作します。ルーター機能(NAT、DHCPサーバー、デフォルトゲートウェイ)を担うのは経路上で1台だけであり、その先はすべて同じセグメントになります。
無線区間でL2の透過性を保つために、フレームの構造が通常と異なります。端末とアクセスポイントが1対1で通信する通常の形態では、フレームが3つのMACアドレスしか持たないため、その先にブリッジを挟むと送信元のMACアドレスが失われます。IEEE 802.11 は4つのMACアドレスを持つフレーム形式を定めており、EasyMesh の Multi-AP 仕様はこれをバックホールに使うよう規定しています。本来の送信元と宛先の情報が保たれたまま転送されます。
端末は同一のDHCPプールからIPアドレスを受け取るため、接続先のエージェントが変わってもIPアドレスは変わりません。その結果、確立済みのTCPセッションが維持されます。切り替えの直後は、端末が送るフレームや新しいエージェントが送る Gratuitous ARP によって、経路上の機器が持つMACアドレスの対応表が書き換わります。以降その端末宛ての通信は、新しいエージェントの側へ流れます。
L2が透過するかどうかは、中継器では製品によります。4つのMACアドレスを持つフレーム形式に対応していない製品は、MACアドレスを書き換えて中継するため、透過的なブリッジになりません。
5. この構成は企業向け無線LANから来ている
ここまで見た仕組みに、新しい無線技術はありません。部品となる規格はいずれも古く、802.11kと802.11rは2008年、802.11vは2011年に標準化されています。制御メッセージを運ぶ IEEE 1905.1 も2013年の規格です。
コントローラーがアクセスポイント群を集中管理し、端末の接続先を制御する構成は、企業向け無線LANで以前から使われていました。メッシュWi-Fiは、その考え方を家庭に持ち込んだものです。
家庭向けとして新しかったのは、この構成を専門知識なしに使えるようにした点です。チャンネルの割り当てや電波出力の調整を自動で行う仕組みは、企業向けの製品にも以前からあります。端末の接続先を誘導する機能も同様です。ただし企業向けでは、導入時の設計や運用中の監視を担当する技術者がいることが前提です。家庭向けのメッシュWi-Fiは、購入して電源を入れれば同じ仕組みが動きます。
まとめ
速度は、子機がバックホールに何本の無線を割けるかで決まります。無線が1つなら交互に使うため半分に落ち、2つなら端末が使える帯域が減り、3つで初めて専用の無線を確保できます。有線で繋げば無線をすべて端末用に回せます。この軸の上に、中継器とメッシュWi-Fiの両方が並びます。
端末の接続先を決めるのは、中継器では端末自身、メッシュWi-Fiではコントローラーです。コントローラーは網全体から電波強度と負荷を集め、どの端末をどこに繋ぐかを判断して指示を出し、システム全体のチャンネルを決めます。中継器にはこの層がありません。
速度と切り替えは別々の設計で決まります。両方を満たす機器もあれば、片方しか満たさない機器もあります。