この記事の目的
数理モデリングでは、ある現象に含まれる量、つまり変数同士の関係を数式で表す。そうすることで、現象を説明したり、条件を変えたときの挙動を予測したりできる。
例えば、気体の状態方程式は次のように書ける。
$$
PV = nRT
$$
これは圧力、体積、物質量、温度の関係を表すモデルである。
同じように、生化学反応の代表的なモデルとして、ミカエリス・メンテン式がある。この記事では、ミカエリス・メンテン式を単なる公式としてではなく、
- 微分方程式を立てる
- 保存量を使って変数を減らす
- 無次元化する
- 断熱消去によってさらに変数を減らす
という流れで導く。
そもそもミカエリス・メンテン式で何を学ぶのか
ミカエリス・メンテン式の導出は、単に酵素反応の式を覚えるためだけのものではない。
重要なのは、複雑な多変数・非線形の微分方程式を、保存量や断熱消去を使って、より扱いやすいモデルへ落とし込む方法である。
最初は酵素、基質、複合体、生成物という複数の変数を持つ系として書かれる。しかし、保存量を使うと4変数系を2変数系に減らせる。さらに断熱消去を使うと、実質的に1変数の式にできる。
流れは次の通り。
4変数の反応系
↓ 保存量を使う
2変数の反応系
↓ 断熱消去を使う
1変数のミカエリス・メンテン式
反応式
酵素を E、基質を S、酵素基質複合体を ES、生成物を P とする。
反応は次のように書ける。
$$
E + S \underset{k_{-1}}{\overset{k_1}{\rightleftharpoons}} ES \xrightarrow{k_2} E + P
$$
ここで、各反応速度定数は次の意味を持つ。
| 記号 | 意味 |
|---|---|
| $k_1$ | 酵素と基質が結合して複合体を作る速度定数 |
| $k_{-1}$ | 複合体が酵素と基質に戻る速度定数 |
| $k_2$ | 複合体から生成物が作られる速度定数 |
質量作用の法則から微分方程式を立てる
反応
$$
A + B \to C
$$
に対して、質量作用の法則では次のように書く。
$$
\frac{d[C]}{dt} = k[A][B]
$$
つまり、反応速度は反応物の濃度の積に比例する。
これを酵素反応に適用すると、次の連立微分方程式が得られる。
\begin{aligned}
\frac{d[E]}{dt}
&= -k_1[E][S] + k_{-1}[ES] + k_2[ES], \\
\frac{d[S]}{dt}
&= -k_1[E][S] + k_{-1}[ES], \\
\frac{d[ES]}{dt}
&= k_1[E][S] - k_{-1}[ES] - k_2[ES], \\
\frac{d[P]}{dt}
&= k_2[ES].
\end{aligned}
この時点では、変数は次の4つである。
$$
[E],\quad [S],\quad [ES],\quad [P]
$$
保存量を見つける
次に、量論行列を使って保存量を求める。
変数を次のように置く。
x=
\begin{pmatrix}
x_1 \\
x_2 \\
x_3 \\
x_4
\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
[E] \\
[S] \\
[ES] \\
[P]
\end{pmatrix}
反応速度ベクトルを次のように置く。
v=
\begin{pmatrix}
v_1 \\
v_{-1} \\
v_2
\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
k_1[E][S] \\
k_{-1}[ES] \\
k_2[ES]
\end{pmatrix}
量論行列を $N$ とすると、系は次のように書ける。
$$
\frac{dx}{dt}=Nv
$$
ここで、各反応が各成分をどれだけ増減させるかを並べると、
N=
\begin{pmatrix}
-1 & 1 & 1 \\
-1 & 1 & 0 \\
1 & -1 & -1 \\
0 & 0 & 1
\end{pmatrix}
となる。
各列は、それぞれ次の反応に対応している。
| 列 | 反応 |
|---|---|
| 1列目 | $E+S\to ES$ |
| 2列目 | $ES\to E+S$ |
| 3列目 | $ES\to E+P$ |
線形保存量の条件
線形な保存量を次の形で探す。
$$
Q = c^\mathsf{T}x
$$
ただし、
c=
\begin{pmatrix}
c_1 \\
c_2 \\
c_3 \\
c_4
\end{pmatrix}
とする。
$Q$ が保存量であるとは、時間変化しないということである。したがって、
$$
\frac{dQ}{dt}=0
$$
を満たせばよい。
実際に計算すると、
$$
\frac{dQ}{dt}
= c^\mathsf{T}\frac{dx}{dt}
= c^\mathsf{T}Nv
$$
となる。
これが任意の反応速度ベクトル $v$ に対してゼロになるには、
$$
c^\mathsf{T}N=0
$$
であればよい。
つまり、保存量を探す問題は、量論行列の左零空間を求める問題に帰着される。
左零空間を求める
条件 $c^\mathsf{T}N=0$ を成分で書くと、
\begin{cases}
-c_1-c_2+c_3=0, \\
c_1+c_2-c_3=0, \\
c_1-c_3+c_4=0.
\end{cases}
この解は、実数 $s,t\in\mathbb{R}$ を用いて、
c=
\begin{pmatrix}
t \\
s \\
s+t \\
s
\end{pmatrix}
と書ける。
これは次のように分解できる。
c
= s
\begin{pmatrix}
0 \\
1 \\
1 \\
1
\end{pmatrix}
+ t
\begin{pmatrix}
1 \\
0 \\
1 \\
0
\end{pmatrix}
したがって、独立な保存量は次の2つである。
$$
[S]+[ES]+[P]
$$
$$
[E]+[ES]
$$
初期条件を
[E](0)=E_0,\quad [S](0)=S_0,\quad [ES](0)=0,\quad [P](0)=0
とすると、保存量は次のようになる。
$$
[S]+[ES]+[P]=S_0
$$
$$
[E]+[ES]=E_0
$$
意味は単純である。
- 酵素の総量は変わらない
- 基質由来の総量は変わらない
酵素は一時的に複合体になるが、全体としては保存される。基質も、遊離基質、複合体、生成物のどこかに存在しているだけで、総量は保存される。
保存量で4変数から2変数へ落とす
保存量から、次のように書ける。
$$
[P]=S_0-[S]-[ES]
$$
$$
[E]=E_0-[ES]
$$
ここで、
$$
C=[ES]
$$
と置く。つまり、$C$ は酵素基質複合体の濃度である。
また、基質濃度 $[S]$ はそのまま $S$ と書く。
すると、4変数系は $C$ と $S$ の2変数系に落ちる。
$$
\frac{dC}{dt}
= k_1S(E_0-C)-(k_{-1}+k_2)C
$$
$$
\frac{dS}{dt}
= -k_1S(E_0-C)+k_{-1}C
$$
これで、
[E], [S], [ES], [P]
という4変数から、
S, C
という2変数に縮約できた。
無次元化する
次に、変数の大きさを比較しやすくするために無次元化する。
複合体濃度 $C$ は酵素総量 $E_0$ で割り、基質濃度 $S$ は初期基質濃度 $S_0$ で割る。
$$
x=\frac{C}{E_0}
$$
$$
y=\frac{S}{S_0}
$$
時間も無次元化して、
$$
\tau=k_1E_0t
$$
と置く。
さらに、次の無次元パラメータを定義する。
$$
\varepsilon=\frac{E_0}{S_0}
$$
$$
\kappa=\frac{k_{-1}+k_2}{k_1S_0}
$$
$$
\alpha=\frac{k_{-1}}{k_1S_0}
$$
この変換を用いると、2変数系は次の形になる。
$$
\varepsilon\frac{dx}{d\tau}=y-x(y+\kappa)
$$
$$
\frac{dy}{d\tau}=-y+x(y+\alpha)
$$
ここで重要なのは、
$$
\varepsilon=\frac{E_0}{S_0}
$$
である。
酵素の総量 $E_0$ が基質の初期量 $S_0$ に比べて十分小さいなら、
$$
\varepsilon\ll 1
$$
となる。
このとき、$x$ の方程式の左辺に小さい係数が付いている。これは、複合体濃度が速い時間スケールでほぼ平衡に達することを意味する。
断熱消去
一般に、時間スケールの異なる変数が混在する場合、速い変数は遅い変数に従属してすぐに平衡へ近づくとみなせることがある。
このような近似を断熱消去という。
ここでは、
$$
\varepsilon\frac{dx}{d\tau}=y-x(y+\kappa)
$$
において、
$$
\varepsilon\ll 1
$$
であるため、左辺を近似的にゼロとみなす。
したがって、
$$
0=y-x(y+\kappa)
$$
と置く。
これを $x$ について解くと、
$$
x=\frac{y}{y+\kappa}
$$
となる。
元の変数に戻す。
$$
x=\frac{C}{E_0},\quad y=\frac{S}{S_0},\quad \kappa=\frac{k_{-1}+k_2}{k_1S_0}
$$
なので、
\frac{C}{E_0}
=
\frac{S/S_0}{S/S_0+(k_{-1}+k_2)/(k_1S_0)}
分母分子を整理すると、
$$
C=\frac{E_0S}{K_m+S}
$$
となる。ただし、
$$
K_m=\frac{k_{-1}+k_2}{k_1}
$$
である。
この $K_m$ をミカエリス定数という。
ミカエリス・メンテン式
生成物 $P$ の増加速度は、
$$
\frac{dP}{dt}=k_2[ES]
$$
である。ここで $[ES]=C$ なので、
$$
\frac{dP}{dt}=k_2C
$$
先ほど求めた
$$
C=\frac{E_0S}{K_m+S}
$$
を代入すると、
$$
\frac{dP}{dt}
=\frac{k_2E_0S}{K_m+S}
$$
となる。
ここで、最大反応速度を
$$
V_{\max}=k_2E_0
$$
と置けば、
$$
\frac{dP}{dt}
=\frac{V_{\max}S}{K_m+S}
$$
これがミカエリス・メンテン式である。
通常は反応速度 $v$ を用いて、
$$
v=\frac{V_{\max}S}{K_m+S}
$$
と書く。
式の意味
ミカエリス・メンテン式
$$
v=\frac{V_{\max}S}{K_m+S}
$$
は、基質濃度 $S$ と反応速度 $v$ の関係を表す。
基質が少ない場合
$S\ll K_m$ のとき、
$$
K_m+S\simeq K_m
$$
なので、
$$
v\simeq \frac{V_{\max}}{K_m}S
$$
となる。
この場合、反応速度は基質濃度にほぼ比例する。
基質が多い場合
$S\gg K_m$ のとき、
$$
K_m+S\simeq S
$$
なので、
$$
v\simeq V_{\max}
$$
となる。
この場合、酵素がほぼ使い切られているため、基質を増やしても反応速度はあまり増えない。反応速度は飽和する。
ミカエリス定数の意味
$S=K_m$ のとき、
$$
v=\frac{V_{\max}K_m}{K_m+K_m}
=\frac{V_{\max}}{2}
$$
となる。
つまり、$K_m$ は反応速度が最大速度の半分になる基質濃度である。
準定常近似と迅速平衡法
ミカエリス・メンテン式の導出には、代表的に2つの近似がある。
| 方法 | 何を仮定するか | 何を置くか |
|---|---|---|
| 準定常近似 | 酵素量が基質量に比べて少ない | $d[ES]/dt\simeq 0$ |
| 迅速平衡法 | 結合・解離が生成物形成より十分速い | $E+S\rightleftharpoons ES$ が先に平衡化する |
この記事で使ったのは準定常近似である。
準定常近似では、典型的には
$$
E_0\ll S_0
$$
を考える。より一般には、
$$
\frac{E_0}{K_m+S_0}\ll 1
$$
が小さいことを条件として見ることが多い。
一方、迅速平衡法では、
$$
k_{-1}\gg k_2
$$
のように、複合体が生成物へ進む前に、結合と解離がほぼ平衡に達することを仮定する。この場合は、ミカエリス定数ではなく解離定数
$$
K_d=\frac{k_{-1}}{k_1}
$$
が自然に現れる。
まとめ
ミカエリス・メンテン式の導出は、次の流れで理解できる。
- 質量作用の法則から4変数の微分方程式を立てる。
- 量論行列から保存量を求める。
- 保存量を使って4変数系を2変数系に縮約する。
- 無次元化して、小さいパラメータを明示する。
- 断熱消去によって複合体濃度を代数的に消去する。
- 生成物の増加速度としてミカエリス・メンテン式を得る。
最終的に得られる式は、
$$
v=\frac{V_{\max}S}{K_m+S}
$$
である。
この導出で本当に重要なのは、式そのものよりも、保存量と時間スケール分離によって複雑な力学系を簡約する考え方である。