前回の記事では、日本の「スマホソフトウェア競争促進法(スマホ法)」の内容と背景を整理してきました。
今回はこの法律の参考となったEUの「デジタル市場法(DMA)」を詳しく見ながら、スマホ法のメリット・デメリットについて考えていきます。
デジタル市場法(Digital Markets Act:DMA)
デジタル市場法は、EU(欧州連合)が2023年から本格運用を始めた巨大デジタル企業の独占的行為を規制する法律です。
公式HP
デジタル市場法(DMA)とは?
GAFA のような巨大プラットフォームが市場を不当に支配しないようにするための“競争ルール”を定めた法律。
特に、GoogleApple、Meta(Facebook)、Amazonなどのように、ユーザーや企業が避けて通れないほどの影響力を持つ企業(=ゲートキーパー企業)に厳しい義務・禁止事項を課します。
誰が対象?
デジタル市場法 (DMA)では、以下の条件を満たす企業を「ゲートキーパー」と定義しています。
- 年間売上:75 億ユーロ以上(約1兆円)
- 時価総額:750 億ユーロ以上
- EU域内での月間アクティブユーザー:4,500万人以上
- 年間法人ユーザー:1万社以上
→検索、SNS、OS、広告、ブラウザ、アプリストアなどの“コアサービス”を提供していること - サービス提供期間:同じコアプラットフォームサービスを3年以上提供
デジタル市場法 (DMA)の主な義務
① アプリストアの開放
Appleは外部アプリストアやサイドローディング、他の決済手段の利用もEUで許可
② 検索・ランキングの公平化
自社サービスを優先的に表示することを禁止
(例:Google検索で自社ショッピングを上位表示、Amazonが自社ブランドを優先)
③ メッセージアプリの相互運用
WhatsApp・Messenger・他アプリ間でやりとり可能にする
④ データの組み合わせ制限
例えばMetaがFacebookのデータとInstagramのデータを勝手に統合できない
DMAの禁止行為(やってはいけないこと)
- アンインストールできない自社アプリを強制する行為
- 自社のアプリストア以外からのアプリを禁止
- 検索結果やランキングで自社サービスを優遇
- 他社サービスのアクセスを不当に制限
- ユーザーに追跡許可を強制
- 企業に自社決済を強制すること
DMAの目的をまとめると?
- 巨大企業の市場支配を防ぎ、競争を促進
- ユーザーの選択肢を増やす
- 中小企業が参入しやすい環境を作る
- 公平なデジタル市場を作る
DMA の一番の問題点・課題
DMAは委員会に対し、DMAの実施状況及びその目的達成に向けた進捗状況に関する年次報告書を提出することを義務付けているそうです。
DMA 年次報告書 2024
① 巨大プラットフォームが“抜け道”を作る
AppleやGoogleが形式上ルールに従いつつ、実質的には従来の支配力を維持する手段をとっている。
- EU版iOSで外部アプリストアを許可したが、手数料を新設して実質負担を増やす
(Appleの「外部ストア手数料(Core Technology Fee)」) - デフォルトアプリ選択画面は導線が複雑で、結局 Safari や Chrome が選ばれがち
② 相互運用義務によるセキュリティリスク
WhatsAppやMessengerが他社アプリと接続するが、暗号化の保証が難しくなるのでMetaが強く懸念。
- E2EE(暗号化)の維持が困難
- 他社アプリのセキュリティ品質に依存する
- プライバシー保護レベルが低下するリスク
③ コンプライアンスコストの巨大化
対象企業は新しいアプリ審査体制・新しい料金体系・EU専用バージョンのOSなどを整備する必要があり、維持コストが膨大。
- EU専用バージョン
- 外部決済対応
- API分離
- 新しい監査ルール
- 審査体制の再構築
④ 技術革新のスピードに法律が追いつかない
AI・クラウド・スーパーアプリなど新領域が次々出てくるため、DMAが網羅しきれなくなる可能性が高い。
- DMAは2020年代前半の市場構造を想定して作られており、上記などが急速に拡大したことで想定外領域が増えている。
⑤ 中小企業保護が本当に機能するか不透明
理論上は参入しやすくなるが、ユーザーの習慣・ブランド力の差・マーケティング費用など構造的な壁は依然として大きい。
デジタル市場法 (DMA)に関してのURL
デジタル市場法 (DMA)の公式条文
日本語はありませんが、お好みの24カ国語で閲覧できます。
公式条文( Regulation (EU) 2022/1925 )
デジタル市場法 (DMA)について
まとめている方がいてたので、載せておきます。
日本のスマホ法(スマホソフトウェア競争促進法)とEUのDMAの比較
| 項目 | 日本(スマホ法) | EU(DMA) |
|---|---|---|
| 施行 | 2025年12月18日 | 2023年3月運用開始(2024年全面適用) |
| 対象企業 | 「特定スマホソフトウェア提供事業者」= Apple, Google が中心 | 「ゲートキーパー」= Google, Apple, Meta, Amazon, Microsoft, TikTok など |
| 規制範囲 | スマホ・アプリストア・ブラウザ等のモバイル領域に限定 | OS・検索・広告・SNS・メッセージ・ネットショップなど広範囲のプラットフォーム |
| 外部アプリストア/サイドローディング | 義務づけ無し(縛り禁止はあるが、App Store代替を強制しない) | 義務化(外部ストア・サイドロードを必ず許可 |
| 決済手段の自由 | 外部決済選択を妨害する行為を禁止 | 外部決済を確実に許可し、手数料制限も含む強い規制 |
| ランキング・検索の優遇禁止 | 検索の自社優遇は禁止 | 全ての自社優遇行為が禁止(検索・ショッピング・マップなど) |
| メッセージアプリ相互運用 | 義務なし | 義務化(WhatsAppなどと他アプリが相互にやり取り可能) |
| データの結合利用 | スマホ法には明確な条文なし | 個人データを別サービス間で勝手に統合する行為を禁止 |
| アプリストアの手数料規制 | 直接的な手数料規制は無い | 手数料の不当な上乗せ禁止 |
| 罰則 | 課徴金あり(売上の数%) | 世界最強の罰則 売上最大10%(再犯20%)+事業分離命令も可 |
| 特徴 | 日本のスマホ市場に特化 | スマホを含む全デジタルプラットフォーム市場を包括規制 |
スマホ法による日本企業にとっての影響
① 国産アプリ・サービスの参入障壁が下がる
外部決済が使えるようになったり、アプリストアの規約が緩和される
→ 音楽配信・動画配信・電子書籍・ニュースアプリなどサブスク企業・コンテンツ企業は、Apple/Googleの手数料(最大30%)を回避できることで、価格面・利益率面で競争力が上がる。
② 国産ブラウザ・検索エンジンにチャンスが広がる
ブラウザ選択画面の義務化、既存ブラウザの優遇禁止により、Firefox、Yahooブラウザ、国産軽量ブラウザなどにチャンス。
③ Apple・Google依存からの部分的な脱却
外部ストアでのアプリ提供も可能、企業向け(BtoB)アプリの配布方法も柔軟化
→ 企業アプリをApple/Googleの承認に頼らず配れるようになり、業務アプリ導入の自由度が向上することにより、自治体・医療・教育分野などでも恩恵の可能性がある。
④ 開発者にとっては“ルールの複雑化”という負担も発生
EU向けのDMA対応、日本のスマホ法対応、アメリカ・その他地域の既存ルール対応と複数のルールに準拠した開発が必要になる場合がある。
→ 国・地域ごとに異なるアプリ仕様が必要になり小規模企業ほど開発コストが増えたり、「EU版・日本版・世界版」と複数ビルドを抱えるリスクもある。
⑤ スマホメーカー・キャリアのビジネス構造が変わる
アプリストア手数料収入が減少、決済手数料でも競争が発生
→ キャリア・メーカーが新しい収益源を模索する可能性が高く、日本企業にも“再編”が起こる可能性がある。
スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律(令和六年法律第五十八号)
ユーザー(一般利用者)視点のメリット・デメリット
メリット(ユーザー)
1. アプリをもっと自由に選べるようになる
App Store / Google Play 以外のストアからもアプリを入れられるようになり、
新しいタイプのアプリや、安いサービスが増える可能性があります。
2. 課金方法を自由に選べる
AppleやGoogleの決済に限定されなくなり、手数料(最大30%)の影響が小さくなることで、アプリ内購入が安くなる、割引が増えるなどのメリットが期待できます。
3. ブラウザや検索エンジンの自由度UP
SafariやChrome以外のブラウザを初期設定から選びやすくなります。
そのため、好きな検索エンジンが使える、競争が増えてブラウザの性能や安全性が上がる期待があります。
4. 企業による不公平な“ひいき表示”が減る
特定企業(Apple/Google)のサービスだけが検索上位になるような仕組みが禁止されるため、本当に便利なアプリやサービスが見つかりやすくなります。
デメリット(ユーザー)
1. セキュリティのリスクが増える可能性
公式以外のアプリストアは安全性がバラつくので、「危険なアプリ」が紛れ込むリスクが高まります。
2. 仕組みが複雑になり、トラブルが起きやすくなる
支払い方法が増えて迷いやすい、不正決済や詐欺も増える可能性、初期設定画面が複雑になるなど、一般ユーザーにとって混乱につながる懸念があります。
3. サポート対象が増えて不具合のリスク増
アプリごとに課金方法や設定がバラバラになるため、「トラブルが起きた場合、どこに問い合わせればいいのか?」が今よりもわかりにくくなる恐れがあります。
個別アプリ事業者(アプリ開発者・サービス運営者)視点のメリット・デメリット
メリット(個別アプリ事業者)
1. 強制ルールが減り、自由にビジネス展開ができる
Apple/Googleの手数料(最大30%)に縛られず、自社決済を導入できる
→ 利益率UP・価格設定の自由度UP・ユーザーへの割引もしやすい
2. 他社妨害の禁止でより公平な競争環境に
- ブラウザエンジンの強制禁止
→ iOSでWebKit以外のブラウザエンジンが利用できる未来が開ける - アプリの機能制限が禁止
→ これまで実現できなかったゲームストリーミングアプリなども提供しやすくなる
3. 新サービスが作りやすくなる
- 自社のアプリストアを運営するという選択肢も生まれる
- 新しい決済サービス・検索サービス・ブラウザが参入しやすくなる
→ イノベーションが起きやすい市場構造
デメリット(個別アプリ事業者)
1. Apple / Google のサポート品質が低下する可能性
プラットフォームを開放することによってOS側の管理負担が増えるため、ストア審査・レビュー・API管理の品質が落ちる可能性がある。
→ アプリの不具合対応が開発者側に重くのしかかる可能性。
2. セキュリティ責任が開発者側に重くのしかかる
ストアが複数になることで、不正アプリの混入、決済トラブル、ユーザー被害発生時の責任の所在が曖昧になり、開発者が説明責任を負うケースが増える可能性がある。
3. 対応すべき技術要件が増えて開発コストが上がる
ブラウザエンジン選択、決済方法の複数対応、設定変更UIの対応など、仕様面で対応項目が増える可能性。
→ 特に小規模開発者にとって負担が大きい。
懸念点(個別アプリ事業者)
1. App Store / Google Play の“品質”が低下する可能性
審査厳格さが弱くなると、有害アプリの流入、詐欺アプリの増加、ストア全体の信頼性低下などが発生し開発者側も巻き込まれるリスクが生じる。
2. 中小アプリほど負担が大きい
多決済対応、多ストア対応、ブラウザエンジン対応などにより、大手は対応出来ても中小は開発コストが跳ね上がる可能性。
3. 新しいルールへの対応が不透明
違反になったときの基準がまだ曖昧で、どこまで許されるのか判断が難しい部分があるので、開発者側が慎重にならざるを得ない状況。
- “不当な差別”とは具体的にどのライン?
- “妨害”に該当するかどうかの判断基準は?
- 対応ミスで課徴金のリスクは?
おわりに
日本のスマホソフトウェア競争促進法(スマホ法)は、これまでAppleとGoogleが握っていたスマホの仕組みを見直し、ユーザー・開発者・企業すべてに「選ぶ自由」を広げるための大きな転換点となります。
ただし、EUのデジタル市場法 (DMA)と同じように、自由が増えるほどセキュリティや運用負担の増加といった新しい課題も生まれます。
スマホ法は“完成された最終ルール”ではなく、デジタル市場の変化に合わせて更新されていく「はじまりの法律」であって欲しいと思います。