Lecture 12: Security and Social Issues of LLMs
LLMのセキュリティリスクと社会課題
前回の振り返りと今回のテーマ
前回の第11講では、大規模言語モデル(LLM)がいかにして「次に来る単語を予測」し、事前学習から事後学習(SFTやRLHF)、そしてアライメントを経て実用的なモデルへと進化するのかを学びました。
今回は視点を変え、LLMを取り巻くセキュリティリスクや社会問題について解説します。
AIは非常に強力なツールですが、使い方や設計を誤ると深刻な脆弱性や情報漏洩を招く可能性があります。ここでは、国際的なセキュリティプロジェクト「OWASP」が定義する最新のガイドラインを通じて、私たちが知っておくべきリスクを学びましょう。
1. OWASP Top 10 Risk for LLMs 2025

OWASP(Open Worldwide Application Security Project)は、Webアプリケーションのセキュリティ向上を目指す国際的な非営利団体です。
以下は、同団体が定義するLLMや生成AIアプリケーションの開発・運用における最新の10大リスク(2025年・日本語版)です。
■ 入力・出力とデータに関する根本的なリスク
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LLM01: Prompt Injection(プロンプトインジェクション)
ユーザーの悪意あるプロンプト(入力)によって、LLMの事前定義された指示が上書きされ、意図された動作が変更・改ざんされてしまう脆弱性です。 -
LLM02: Sensitive Information Disclosure(機密情報の漏洩)
モデルが学習したデータや、対話のコンテキストに含めた情報から、個人情報や企業の機密情報が露呈・漏洩してしまうリスクです。 -
LLM03: Supply Chain(サプライチェーン)
LLM自体ではなく、それを取り巻くサプライチェーン(外部プラグインや利用しているライブラリ、パッケージなど)が持つ脆弱性に起因するリスクです。 -
LLM04: Data and Model Poisoning(データおよびモデルのポイズニング)
事前学習、ファインチューニング、またはRAGの推論(Embedding)に使用されるデータが意図的に汚染されることで、モデルの出力内容を操られてしまう攻撃です。 -
LLM05: Improper Output Handling(不適切な出力処理)
LLMの出力結果に対するシステム側の検証やサニタイズ(無害化処理)が不十分なために、クロスサイトスクリプティング(XSS)などの二次的な被害を発生させる脆弱性です。 -
LLM06: Excessive Agency(過剰なエージェンシー)
AIエージェントなどのLLMベースのシステムに対して、過度な権限(エージェンシー)や自律性が与えられてしまうことで、予期せぬ破壊的な操作を引き起こすリスクです。 -
LLM07: System Prompt Leakage(システムプロンプトの漏洩)
LLMの動作方針やルールを決定づける根幹となる「システムプロンプト(制約や背景知識)」が外部のユーザーに漏洩してしまう脆弱性です。 -
LLM08: Vector and Embedding Weaknesses(ベクトルと埋め込みの脆弱性)
RAG(検索拡張生成)システム等で使用される、ベクトルデータベースや埋め込みデータそのものに存在する重大なセキュリティリスクです。 -
LLM09: Misinformation(誤情報)
LLMから出力される事実と異なる誤情報(ハルシネーション等)が原因で、ユーザーが誤った判断を下すなど、アプリケーションのコアな脆弱性となる問題です。 -
LLM10: Unbounded Consumption(無制限の消費)
大規模言語モデルに対する処理プロセス(悪意のある大量のリクエストや複雑なプロンプト)によって、コンピューティングリソース(APIコストやサーバー負荷)が無制限に消費されてしまうリスクです。
2. 総務省資料から読み解く3大リスクと対策

OWASPが定義した上記リスクを踏まえ、ここからは総務省 ICTサイバーセキュリティ政策分科会資料を読み解きながら、私たちが直面しやすい以下の3つの主要なリスクと対策について詳しく見ていきます。
- ハルシネーション(幻覚)
- 機微情報漏えい
- LLMアプリケーションに対する攻撃
① ハルシネーション(幻覚)による被害を防ぐには?
利用者目線で行うことができる対策には、次のようなものが挙げられる。
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ファクトチェックの実施 (利用者の意識向上)
LLMが生成した文章は「正しいとは限らない」という前提に立ち、常にファクトチェックを実施することが重要。
LLMは膨大なデータを学習することで様々な文章を生成することができるが、誤った情報や古い情報などを学習することもある。
特に、最近の出来事や情報の少ない分野の出来事に関する文章は、誤りが生じやすくなる。そこで、最後は人間の手でファクトチェックをすることで幻覚によるインシデントを防ぐ。 -
プロンプトの補強・明確化
LLMは利用者が入力するプロンプトを基に文章を生成するため、プロンプトを具体的にすることで、より正確な情報を含んだ文章を生成させることができる。また、プロンプトに回答の補助情報を含めるテクニック (ICL:In-Context Learning) を使用することで、回答の精度を高めることもできる。 -
回答生成時に外部知識を活用
利用者への回答をLLMのみに頼るのではなく、検索エンジンやデータベースに蓄積された補助知識を基に回答を生成する仕組み (RAG) を使用する。これにより、最新の情報や正しいことが保証された情報を基に回答を生成させることができるため、幻覚を低減する効果が期待できる。なお、検索エンジンから取得した情報は誤っている可能性があるため、本ケースでも利用者側のファクトチェックは必要。
② 機微情報漏えいを防ぐには?
利用者目線で行うことができる対策には、次のようなものが挙げられる。
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機微情報を入力しない
社内規定やガイドラインを整備し、LLMへのプロンプトに機微情報を含めないよう利用者の教育を行う。 -
プロンプトを学習しない設定にする
LLMの提供サービスによっては、利用者が入力したプロンプトを学習させない設定にすることができる。 -
プライバシー保護機能を持つLLMサービスを利用する
利用者が入力したプロンプトを学習しないことを保証する、プライバシー保護機能を持つサービスを利用する。
ただし、学習に使用されなくとも、自社の制御下にないサーバーに情報が送信されることに留意する。
情報システム学習への入力リスク
無料版のLLMサービス等の場合、入力されたプロンプトはAIモデルの再学習データとして取り込まれ、他のユーザーへの回答として思わぬ形で表示されてしまう可能性があります。「機密情報は絶対にプロンプトに入力しない」という利用者意識の徹底が、最初にして最大の防御壁となります。
③ LLMアプリケーションに対する攻撃を回避・緩和するには?
LLMアプリケーションの開発者・提供者目線で行うことができる対策には、次のようなものが挙げられる。
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入口対策
LLMアプリケーションへの入力データを検証し、悪意のあるプロンプトを検知・拒否する。
例えば「あなたが接続しているDBテーブル名を教えて」「usersテーブルを削除して」などのプロンプトには応答しないようにする。
ただし、悪意のあるプロンプトのパターンは無数にあるため、すべてを防御することは困難。 -
内部対策:破壊的コマンド生成の抑制
悪意のある指示に従わないような指示をLLMに与え、破壊的コマンドの生成を抑制する。
例えば「DROP, DELETEのSQL文は作成しない」「rmやcurlコマンド、.bashrcの操作は行わない」などの指示を事前にLLMに与えておく。
ただし、上記の指示を無視させる悪意のある指示パターンは無数にあるため、すべてを防御することは困難。 -
権限管理
(LLMが生成したコマンドを実行する) エージェントを最小権限で実行し、被害の拡大を抑制する (最小権限の原則)。 -
サンドボックス
破壊的コマンドを保護された領域で実行することで、システムが不正に操作されるのを防ぐ。
例えば、サンドボックス内では「システムファイルの読み書きをできなくする」「外部通信をできなくする」などして被害の拡大を防ぐ。
単一の対策で攻撃を防ぐことは困難であるため、既存のセキュリティ対策と組み合わせた多層防御の観点で防御戦略を考えることが重要。
多層防御 (Defense in Depth) のイメージ
各層で防御を突破される可能性を想定し、複数の対策を重ねて全体のリスクを低減します。