「好きでやっている事ですからね。」
そう言って、彼はおもむろに Gerrit を開いて朝一のレビューを始めた。
"OpenStack" と聞くと、一つのソフトウェアと捉えてしまいがちであるが、実態は少し異なっている。OpenStack の名の元に、Nova や Neutron といったいくつもプロジェクトが存在しており、それらを束ねたものが "OpenStack" である。 The Apache Software Foundation 配下にいくつものプロジェクトが名を連ねているのと似ていると考えていただければわかりやすいだろう。
彼が就いている Project Team Lead (PTL) は、OpenStack の各プロジェクトにいるリーダー役である。 OpenStack では開発者について、プロジェクト毎に Contributor、Core reviewer, PTL の主に三つの役割がある。Contributor は自身が作成したコードやドキュメントを投稿し、他者のパッチに対してコメントし +1、-1 を Gerrit 上で付けることができる。 OpenStack Foundation に登録すればこういった活動は可能になる。 Core reviewer はパッチのマージ権限を持っており、Gerrit 上で +2、-2 を付けることができる。 PTL は Core reviewer と同等の権限を持っている。違いはプロジェクトを取りまとめる役割が追加される。
「良く言えばプロジェクトのリーダー、悪く言えばプロジェクトの雑用係かもしれませんね。」
「例えば、リリース作業やそのアナウンス、他のプロジェクトとコラボする時には必ず呼ばれますし、メジャーリリース時には OpenStack Summit でアップデート内容の紹介なんてこともしています。」
と、彼は笑いながら話す。
「感覚的にはコーディングとレビューをしている時間の割合は 3:7 ぐらいでしょうか。」
「Core reviewer の役割は、その名の通り "review すること" ですから。」
「review ばかりだと面白くないんじゃない? なんてたまに言われますけど、そんなことないですよ。他のすごい方々のコードを見てると、"なるほどな、今度参考にしよう" って思うことの方が多いくらいです。」
朝のレビューが終わった所で彼は出社の準備を始めた。
OSS 活動は場所に囚われずに仕事ができるのが良いですよね。ただ、世界中どこからでも毎日の活動が見えてしまうので、頑張った、サボったがバレてしまうのは考えものかもしれません。と彼は語る。
「なんだかんだ言っても、企業勤めですからね。出勤や書類仕事からは逃れられないですよ。はは」
「周りの方にもご協力いただいて、外部の活動がしやすいよう、かなり書類仕事とか面倒事は少なくして頂いてるように思います。感謝です。」
今日は開発マイルストーンのリリース日。
彼はさっとターミナルを開いて git の commit log を眺め始めた。
OpenStack では git の branch 作成、tag 付けや ML へのアナウンスから、pypi への投稿までが、全て自動化されている。 もちろんリリースノートやドキュメントの作成も全自動である。 やることは至って簡単でリリースの対象となるコミット hash を、リリース用のリポジトリに書き加えてパッチを投稿するだけだ。
「今度、社内でサービス開発をするとしたら、きっと OpenStack で利用している zuul を活用しますね。」
Web やアプリケーション業界では当然となっているこれらのリリースなどの仕組みも、彼が勤めている会社ではまだ道半ばだと言う。 OpenStack のコミュニティで利用している zuul job はもちろん OSS として公開されているので、これらを今後導入していきたいと彼は話す。
彼に PTL としての活動で嬉しい事があるか尋ねてみた。
「ユーザから直接フィードバックを貰えるのが嬉しい」
と彼はすぐに答えた。
OpenStack は Open を意識しているコミュニティであり、ユーザやオペレータから直接意見がもらえるのだという。 もちろんバグが見つかった時などは、きつい意見を聞くこともある。しかし、開発したソフトウェアを利用している方々と、直接話ができるのはとても楽しいと彼は嬉しそうに話す。
「レビューするときに、いつも意識していることは "Say Thank you." ですかね」
別プロジェクトの PTL が紹介していた言葉だ。当時はなるほどな、と理解した程度だったが、PTL の役職を持ってから昔以上にこの言葉の重要性を噛み締めている。
継続的にパッチを投稿・レビューする人が増えないことが最近の困りごとの一つだと彼は言う。
「別にフルタイムでコミットする必要はないんです。毎月 1 パッチ投稿とかでも良いので継続できる方が増えて欲しいですね。」
バグを直すパッチを投稿する事自体はとてもありがたい事である。ただ、プロジェクトの継続性という観点からみると、パッチ数は少なくても良いから、継続して活動できるメンバが増えると嬉しいと PTL になり実感したと語る。
「OSS にフルタイムでコミットできる人は、世界を見てもそこまで多くはないでしょう。 でも、OSS を使っている人やコミットしたいけどできていない人はたくさんいると思うんですよね。そんな方々が、少しでも OSS へコミットしやすい環境を作っていくことも、私の役目だと思っています。」
そう言うと、まだ見ぬ新しいパッチを求めて、彼はまた Gerrit の画面を開いた。