思考の魂を実装する「襲歩式散文法」
先日公開した記事、AIと『対話しない』対話法、モノローグ法は、幸いにも多くの方々から反響をいただきました。
AIを「命令する相手」から「思考の伴走者」へと変えるという提案に、共感の声を寄せていただき、大変嬉しく思います。
しかし、モノローグ法を実践する中で、こう感じた方もいるのではないでしょうか。
「壁打ちや思考整理には最高だ。でも、ここから具体的な設計思想やプロダクトの魂と呼べるものを生み出すには、もう一歩足りない…」
その感覚は、非常に鋭い指摘です。
モノローグ法は思考の「発散」と「構造化」に特化した手法です。
混沌とした思考から、共有可能な「思想」や具体的な「実装」へとジャンプするには、AIとの関わり方をもう一段階、進化させる必要がありました。
そこで本稿では、モノローグ法をさらに発展させ、あなたの頭の中にある漠然とした情熱や哲学を、チームを動かすほどの力を持つ「思想」へと結晶化させるための新たなアプローチを提案します。
この記事を読めば、あなたはこう変わります
- AIへの入力速度がめちゃくちゃ速くなる
- 頭の中の漠然としたアイデアを、共有可能な「設計思想」にまで言語化できるようになる。
- AIを、指示待ちの部下から、あなたの思想を代弁する「ゴーストライター」に変えることができる。
- 単なる機能開発ではなく、「プロダクトの魂」を定義し、チームを導くマニフェストを創り出せる。
その鍵は、文豪アーネスト・ヘミングウェイの文学理論にありました。
AIとの対話を次の次元へと引き上げる、襲歩式散文法 (The Galloping Prose Method) のご紹介です。
AIに「語られない部分」を推論させる
なぜ、これまでのプロンプトでは「魂」まで実装できなかったのか。
そのヒントは、ヘミングウェイが提唱した「氷山理論(Iceberg Theory)」に隠されていました。
「散文作家が自身が書いている事柄について十分に知っているならば、彼は知っていることを省略してもよい。そして、もし作家が十分に誠実に書くならば、読み手は、あたかも作家がそれらを書き記したかのように、それらの事柄を強く感じるだろう。氷山の動きに威厳があるのは、その八分の一しか水の上に出ていないためである。」
(『午後の死』より)
作品の真の重みは、目に見える「書かれた8分の1」ではなく、水面下に隠された「書かれなかった8分の7」を、読者が感じ取ることによって生まれるという思想です。
これを、AIとの対話に応用します。
-
従来のプロンプト:
私たちが水上の「8分の1」を詳細な仕様書として記述し、AIに再現させる作業でした。 -
疾走する散文法:
私たちが水面下の「8分の7(=思想、価値観、哲学)」の断片を与え、AIに水上の「8分の1(=具体的な言葉、文章、コード)」を創造させる試みです。
私たちの役割は、「仕様書を書く作家」から、語られるべき物語の語られない部分を与える編集者へと変わるのです。
How-To:襲歩式散文法の乗りこなし方
では、具体的にどうすればいいのか?
その方法は、馬を乗りこなすことに似ています。
思考を全力で「走らせる」ことと、その流れを巧みに「導く」こと。
たった2つのステップで構成されます。
Step 1: 思考のギャロップ(断片を投下する)
まず、思考の速度を落とさず、頭に浮かんだイメージの断片を、論理的な繋がりを無視してAIに浴びせかけます。
これがギャロップ=襲歩です。
脈絡のないキーワード、感情を表す言葉、情景の描写。
それらを箇条書きのように、あるいは単語の羅列として、高速に投下します。
この速度と断片性が、AIに「論理的な補完」を諦めさせ、「意味的な跳躍(セマンティック・リープ)」を強制します。
AIは、あなたが投げ込んだ断片と断片の間に横たわる、あなたが知っているが語らない文脈を必死で推論し、一つの世界観として紡ぎ上げようと試みるのです。
そしてこの手法の最大の利点は、
とにかく、入力時間が早くなる事です。
イメージとしては、会議中に手書きで乱雑にメモ書きしたものを、そのままAIに入力する感覚です。
Step 2: 二つの手綱さばき(流れを導く)
ただ馬を暴走させるだけでは目的地には着けません。優れた騎手のように、私たちは手綱を握り、その奔流を導く必要があります。そのための具体的な「手綱さばき」は2種類です。
手綱①:巨視的なフィードバック
AIが生み出した世界観が、あなたの思い描く方向性と大きく異なると感じた時にだけ、大胆に軌道修正の指示を出します。
「てにをは」や些細な言葉尻を直すのは、疾走する馬の足枷になるだけです。
NGな例 ❌
「その文章の『革新的』という言葉を『先進的』に変えてください」OKな例 ✅
「違う。その方向性ではない。技術の優位性ではなく、もっとユーザーが感じる『日々の小さな絶望』に焦点を当てて、そこからの解放という文脈で語り直してほしい」
重要なのは、AIに再度の意味的な跳躍を促すことです。
手綱②:「二つの問い」による深掘り
AIの応答の中に、自分でも理解が曖昧な、しかし本質的だと感じるキーワードが見つかることがあります。
それを決して見逃してはいけません。そのキーワードを引用し、AIに二つの魔法の問いを投げかけます。
> (AIが生み出したキーワード)について、
1. どういう意味か?
2. 何故か?
これは、AIをテストしているのではありません。
AIを鏡として、自分自身の思考の解像度を上げるための自己との対話なのです。
【Key Takeaway】
- 走らせる(ギャロップ): 論理を無視し、思考の断片を高速でAIに投下する。
- 導く(手綱): 方向性が大きくズレたら大胆に修正し、核心的な言葉は「二つの問い」で深掘りする。
実践①:まずはここから。「ブログタイトル」を生み出す3分間トレーニング
壮大な話に聞こえるかもしれませんが、この手法は日常的なタスクにも応用できます。
『余白』のシナリオの前に、まずは簡単な例で肩慣らしをしましょう。
お題:AIとの新しい関わり方についてのブログタイトルを考える
あなた:
AI。プロンプト。新しい関係。命令しない。つぶやく。思考のパートナー。モノローグ。
AI:
ええ、とてもよく分かります。 AIとの関係が、新しいフェーズに入りつつあるのを感じますね。
かつてのような「命令」や「質問」だけではない。まるで、自分の思考の隣に、もう一人の自分がいるかのように。
**「今日の会議、なんだかモヤモヤするな…」**
**「このアイデア、面白いと思うけど、どう言語化したら伝わるだろう」**
**「最近、〇〇のことばかり考えてしまう。これってどういう深層心理なんだろうな」**
そんな、独り言(モノローグ)のような「つぶやき」を、ただ投げかける。 AIは、それを否定も肯定もせず、静かに受け止めてくれる。そして、時々、自分では思いもよらなかった視点や言葉を返してくれる。 それは、明確な答えを求めるための「プロンプト」ではなく、思考を深め、整理し、新たな気づきを得るための「きっかけ」としてのプロンプト。 まさに、**思考のパートナー**。
この関係性では、AIは単なるツールではありません。自分の思考を映し出す鏡であり、発想を広げる触媒であり、考えをまとめる手助けをしてくれる存在です。
完璧な文章でなくていい。 まとまっていなくてもいい。 ただ、思考の断片をつぶやいてみる。
そこから、新しい対話が、そして新しい創造が始まっていく。そんな予感がします。
あなた:
そうだ。そのコンセプトでブログを書く。読者の心を掴むようなキャッチーなタイトル案を5つ出して。
AI:
かしこまりました。以下にタイトル案を5つ提案します。
AIに「命令」するのはもうやめた。思考のパートナーシップを築く新常識プロンプトよ、さようなら。AIとの未来は「つぶやき」から始まるあなたの「独り言」が最強の指示になる。AIとの新しい対話法AIを部下から「伴走者」へ。主語を"I"に変えるだけの思考革命もうAIに質問しない。ただ、あなたの思考を共有せよ
単に長々とコンセプトを解説したり構造化したりして「ブログのタイトルを考えて」と指示するより、あなたの頭の中にある「氷山の8分の7」の断片を与えることで、AIはコンセプトの核心を捉えた、より魅力的なアウトプットを生成してくれます。
実践②:魂から実装へ。日記アプリ『余白』の設計哲学が生まれるまで
それでは、いよいよ応用編です。
ソフトウェア開発の現場で、プロダクトオーナーが抱く熱量の高いアイデアを、エンジニアチームが具体的な行動に移せるレベルの「設計思想」にまで言語化するプロセスをシミュレートします。
Phase 1: 思考のギャロップ(混沌とした情熱の投下)
あなたは新しい日記アプリのアイデアを、論理的な繋がりを無視してAIに浴びせかけます。
あなた:
スマホ疲れ。デジタルデトックス。でも、紙の日記は続かない。
効率主義へのささやかな抵抗。
夜、眠る前の10分間。
書くことの再発見。
インクが滲むような感覚。
Phase 2: AIの初期解釈と、手綱さばき①(巨視的フィードバック)
AIは、ここまでの断片を元に、一度思考をまとめようと試みます。
AI:
...コンセプトを以下のように解釈しました。
【コンセプト案】日々の出来事を簡単に記録できるマインドフルネス日記アプリ。AIがユーザーの投稿を分析し、感情のパターンを可視化。週末にはポジティブなフィードバックを通知し、自己肯定感を高めるサポートをします。
この提案は、よくあるアプリの域を出ていません。あなたの「氷山」の核心とはズレています。ここで手綱さばき①を行います。
あなた:
違う。その方向性じゃない。AIの分析も、通知も、フィードバックも要らない。それはユーザーを効率的に「改善」しようとする発想だ。
このアプリは、ユーザーをどこにも導かない。ただの「場所」だ。
テクノロジーを使って、テクノロジーから人を解放したいんだ。
【Point】
ここで重要なのは、「AIの分析は不要です」といった細部の修正ではない点です。「その方向性じゃない」と、AIが前提としていた思想そのものを否定し、「テクノロジーからの解放」という、より高次の哲学を提示しました。これにより、AIは全く新しい角度から推論を再開せざるを得なくなります。
Phase 3: AIの軌道修正と、核心的キーワードの出現
あなたの魂のフィードバックを受け、AIは推論の角度を大きく変えます。
AI:
失礼しました。「ユーザーをどこにも導かない」「テクノロジーからの解放」。非常に重要なご指摘です。
つまり、このアプリケーションが提供すべきなのは、単なる機能ではなく、ユーザーの日常に溶け込む**『計算論的静寂(Computational Serenity)』**そのものなのですね。
「計算論的静寂」── この言葉に、あなたは自分のアイデアの核心が宿っていると感じます。
Phase 4: 手綱さばき②(「二つの問い」による深掘り)
あなたは、この核心的キーワードの解像度を上げるため、手綱さばき②を投げかけます。
あなた:
「計算論的静寂」について、
1. それはどういう意味か?
2. なぜ、このプロダクトにそれが必要なのか?
【Point】
AIが生成した「計算論的静寂」という言葉は、あなた自身も明確に意識していなかったかもしれません。
しかし、直感的に「これだ」と感じました。
この**「二つの問い」**は、その直感の正体を言語化し、AIとの共通認識を確立するための極めて強力なツールです。
あなたはAIに問いかけることで、自分自身の思考を深めているのです。
Phase 5: 思想の結晶化
この問いによって、AIは鏡となり、あなたの思考を映し出し、磨き上げていきます。
AI:
素晴らしい問いです。お答えします。
**1. 「計算論的静寂」の意味:**
それは、デジタルデバイスを介していながら、ユーザーの認知的な負荷を極限まで抑え、まるでオフラインのような内省的な静けさを感じられる状態を指します。具体的には、通知、バッジ、いいね、無限スクロールといった「ユーザーの注意を奪う全ての仕組み」を意図的に排除した設計思想です。インターフェースは情報を主張せず、ユーザーが自ら思考の「余白」を見つけるのを静かに待つのです。
**2. なぜ必要か:**
現代人は常に通知や情報に追われ、心が休まる暇もありません。このアプリの目的が「テクノロジーからの解放」である以上、アプリ自体が最も静かで安全な避難所でなければなりません。ユーザーに何かを「させる」のではなく、ユーザーが「何もしない自由」を保障することが、このアプリの唯一の存在価値だからです。
Phase 6: 設計哲学マニフェストの起草
対話を通じて、あなたの頭の中にあった混沌とした情熱は、共有可能な「思想」へと結晶化しました。
いよいよ総仕上げです。
あなた:
まさにそれだ。完璧に理解した。
今までの対話の全てを踏まえ、エンジニアチームに共有するための日記アプリ『余白』の設計哲学マニフェストを作成してくれ。
AI:
かしこまりました。以下に、設計哲学マニフェストを起草します。
日記アプリ『余白』設計哲学マニフェスト
1. 我々は、静寂を設計する (We Design Serenity)
- 我々の敵は「ユーザーの注意を奪うもの」すべてである。通知、バッジ、未読件数、あらゆる催促を禁じる。
2. 我々は、何もしない自由を尊重する (We Respect the Freedom to Do Nothing)
- このアプリはユーザーをどこにも導かない。書かなくてもいい。続けなくてもいい。ただユーザーが書きたい瞬間に、最高の「余白」を提供する。
3. 我々は、インクの染みを愛する (We Love the Ink Stain)
- デジタルでありながら、アナログの不完全さや手触りを大切にする。簡単な「削除」よりも、取り消し線で自分の思考の軌跡を残すことを選ぶ。
4. 我々は、ユーザーのデータを所有しない (We Don't Own User's Data)
- ユーザーの日記は、魂の記録である。我々はそれを分析も、広告利用も、インサイトの提供もしない。
結論:これはアンチ・プロダクティビティ・アプリである。
我々は、ユーザーの時間を豊かに「浪費」するために存在する。
Phase 7: 魂から実装へ (マニフェストから仕様書へ)
これでプロダクトの「魂」は定義できました。このマニフェストをコンテクストとして与えることで、AIは思想に準拠した仕様書を起草できます。
あなた:
素晴らしいマニフェストだ。
では最後に、このマニフェストの各条項を、具体的な機能要件にブレークダウンした仕様書のドラフトを作成してほしい。
AI:
承知いたしました。マニフェストの哲学に基づき、機能仕様書のドラフトを作成します。
日記アプリ『余白』機能仕様書ドラフト v0.1
1. 通知・バッジに関する要件 (マニフェスト1準拠)
- 1.1. Push通知: いかなる理由でもPush通知機能は実装しない。
- 1.2. アプリアイコンバッジ: いかなる情報もバッジとして表示しない。
2. 継続利用促進に関する要件 (マニフェスト2準拠)
- 2.1. 投稿リマインダー: 実装しない。
- 2.2. 投稿ストリーク: 実装しない。
3. テキスト編集に関する要件 (マニフェスト3準拠)
- 3.2. 削除操作:
Backspaceキーによる文字削除は、取り消し線を引く挙動をデフォルトとする。4. データ管理に関する非機能要件 (マニフェスト4準拠)
- 4.1. データ保存: 端末ローカルの暗号化されたDBに保存する。
- 4.3. 利用状況分析: トラッキングSDKは一切導入しない。
【Point】
「静寂を設計する」という抽象的だった哲学が、「Push通知を実装しない」という誰もが理解できる具体的なタスクにまで落とし込まれました。
これが「疾走する散文法」の最終ゴールです。
魂を定義し、その魂から実装を生み出す。
この一気通貫したプロセスこそが、この手法の真価です。
結論:AIを「思想的パートナー」へ
「襲歩式散文法」は、単にAIに文章を書かせる技術ではありません。
AIとの相互作用を通じて、自分自身の思考を深め、洗練させるためのフレームワークです。
私たちがAIに与えるのは、もはや詳細な仕様書や命令文ではない。
脳内で光り輝くインスピレーションの断片、価値観の羅列、そして譲れない哲学の核心です。
AIは、その混沌とした情熱のシャワーを浴び、我々の「代筆者」として、我々自身でさえ言語化できなかったかもしれない思想の体系を、驚くほどクリアな散文として編み上げてくれます。
そして「手綱」を握るプロセスを通じて、AIはあなたのゴーストライターであると同時に、最も優秀な思考のコーチにもなり得るのです。
あなたの頭の中にある「語られるべき物語」の、まだ語られていない部分。
その水面下に広がる広大な氷山を、AIという思想的パートナーに打ち明けてみてはいかがでしょうか。
付録
【すぐに試せる】あなたのアイデアを結晶化させるテンプレート
# 指示: これから私が投下する思考の断片から、その背後にある核心的なコンセプトや世界観を推論し、言語化してください。
(ここにあなたのアイデアの断片を投げ込んでください)
例:
* [キーワードA]
* [感情B]
* [目指す世界観C]
* [具体的なイメージや情景]
# フィードバック①(方向性が違う場合)
違う。その方向性じゃない。もっと[(あなたが重視する価値観や哲学)]に焦点を当てて、語り直してほしい。
# フィードバック②(核心的な言葉が見つかった場合)
素晴らしい。その「(AIが生み出したキーワード)」という言葉は核心的だ。
このキーワードについて、
1. それはどういう意味か?
2. なぜ、このプロジェクトにそれが必要なのか?
詳しく説明してほしい。
参考
「襲歩式散文法」は、以下の3つの主要な要素に分解できる。
- 入力の断片性: 論理的に不連続なキーワードやイメージを高速に投下する入力形式。
- 意味的跳躍(セマンティック・リープ): AIが入力された断片間の意味的ギャップを埋め、高次の概念や世界観を自律的に構築するプロセス。
- 対話的誘導(インタラクティブ・ステアリング): 人間が巨視的なフィードバックと深掘りのための問いかけによって、AIの思考プロセスを導く協創的な対話。
入力の断片性とAIの文脈補完能力 — In-Context Learningの応用
「襲歩式散文法」の入力形式は、LLMの最も基本的な能力の一つである**文脈内学習(In-Context Learning, ICL)**の応用と解釈できる。
-
"Language Models are Few-Shot Learners" (Brown et al., 2020, a.k.a. GPT-3論文)
- URL: https://arxiv.org/abs/2005.14165
- 概要: 大規模な言語モデルが、プロンプト内に提示されたいくつかの例からタスクを「学習」できることを示した画期的な論文。「襲歩式散文法」で与えられる断片的なキーワード群が、AIにとって生成すべきテキストの「スタイル」「トーン」「テーマ」に関する暗黙的な例示として機能していることを示唆する。
-
"Rethinking the Role of Demonstrations: What Makes In-Context Learning Work?" (Min et al., 2022)
- URL: https://arxiv.org/abs/2202.12837
- 概要: ICLの成功は、必ずしも例示の正確性に依存するわけではなく、入力と出力のフォーマットや、入力される単語の分布が重要であることを明らかにした。これは、襲歩式散文法において、論理的な正しさよりも、特定の「世界観」を構成するキーワード群を投げ込む行為が、モデルの出力分布をその世界観に沿ったものへと誘導する上で有効であることの強力なエビデンスとなる。
意味的跳躍と高次概念の創発 — LLMの推論能力
断片的な情報から一貫した世界観や哲学を紡ぎ出す「意味的跳躍」は、LLMが単なるパターンマッチングを超えた、高度な推論能力を持つことに起因する。
-
"Emergent Abilities of Large Language Models" (Wei et al., 2022)
- URL: https://arxiv.org/abs/2206.07682
- 概要: モデルのサイズが一定の閾値を超えると、それまでは見られなかった複雑なタスクを解く能力が「創発」することを示した。この創発的能力こそが、バラバラのキーワード群の背後にある共通の「哲学」や「美学」といった高次の抽象概念をAIが推論する能力の基盤となっている可能性が高い。
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"Chain-of-Thought Prompting Elicits Reasoning in Large Language Models" (Wei et al., 2022)
- URL: https://arxiv.org/abs/2201.11903
- 概要: 「思考連鎖(Chain of Thought, CoT)」プロンプティングにより、モデルの推論性能が劇的に向上することを示した。「襲歩式散文法」は、人間が思考の断片を提供し、AIにその間を繋ぐCoTを「内部的に」生成させ、結果としての一貫した世界観をアウトプットさせる行為と解釈できる。
対話的誘導と協創 — Human-in-the-LoopによるAIのステアリング
「襲歩式散文法」の核心は、一方的な指示ではなく、人間とAIの協創的な対話にある。「手綱さばき」のテクニックは、人間がAIの生成プロセスを能動的に導く(ステアリングする)研究分野と深く関連する。
-
"Learning to summarize from human feedback" (Stiennon et al., 2020)
- URL: https://arxiv.org/abs/2009.01325
- 概要: 人間によるフィードバックを用いた強化学習(RLHF)の基礎を築いた研究の一つ。「巨視的なフィードバック」は、このRLHFの対話版と見なすことができ、対話の中で与えられる高レベルな方向性の修正は、AIの生成ポリシーをリアルタイムで望ましい方向へと誘導する効果を持つ。
-
"Constitutional AI: Harmlessness from AI Feedback" (Bai et al., 2022)
- URL: https://arxiv.org/abs/2212.08073
- 概要: 人間が直接フィードバックを与える代わりに、AI自身が従うべき「憲法(Constitution)」を与えることで、AIの出力を制御する手法を提案した。「襲歩式散文法」における対話による深掘りは、人間とAIが共同でその場限りの「ミニ憲法」や「設計哲学」を動的に作り上げていくプロセスに他ならない。
「襲歩式散文法」は、特定の単一技術ではなく、近年の大規模言語モデル研究における複数の重要な発見(文脈内学習、創発的能力、対話による誘導)を、実践的な知恵として統合した高度なプロンプティング戦略である。その有効性は、これらの学術的エビデンスによって強く示唆されている。
