はじめに
ふりかえりは、自分のやり方でそれなりに回せている。少し前の私は、そう思っていました。
KPTもYWTも使ってきましたが、型に細かく従うより、その場の空気を読んで自分で回したほうが早いと考えていました。自分の腕力でなんとかなると思っていたのです。チェックインやふりかえりのふりかえりといった型にちゃんと向き合ってこなかったのも、見下していたわけではなく、単に知らなかっただけです。
私はスクラムマスターを長いことやってきました。フレームワークの本を読み込むより、現場で場数を踏んで、コーチングやファシリテーションの理論をその場で混ぜながらやるタイプです。守破離でいうと、「守」をすっ飛ばしていきなり「破」に行く、習うより慣れろの野生児でした。
その私が、今さら『ふりかえりガイドブック』をちゃんと読んで、知らないまま素通りしていた「守」のフレームワークの大切さを認めることになりました。この記事は、自分の腕力でいけると思っていた人間が、型の強さに気づいて考えを改めた話です。同じように「型より勘でしょう」と思っているスクラムマスターやファシリテーターに、特に読んでほしいと思っています。
「守」を飛ばしてきた私
ふりかえりの場づくりには、本気で腐心していました。心理的安全性を確保して、口数の少ないメンバーが話せる空気をつくって、対立をうまくさばく。ここは経験とコーチングの理論でかなり戦えていたと思います。手法もKPTなどは普通に使います。ただ、既存の型では飽き足らず、毎回のようにオリジナルのふりかえりフレームワークを自分で編み出しては、ワークショップ設計に過剰なくらい凝っていました。型をそのまま使うより、自分で組み立てたほうが良いものになる、と信じていたのです。
守破離の理想は、こうです。
この図は守破離の本来の順番を示しています。まず型を徹底的に守り、それから破るという、ごく当たり前の流れです。
ところが私の実際のルートはこうでした。
この図のポイントは、「守」という土台を踏まずにいきなり「破」へジャンプしているところです。一見うまく回っているように見えても、土台が抜けたままでした。場づくりは得意でも、「なぜこの型がこの順番なのか」を体で理解していませんでした。
今さら『ふりかえりガイドブック』に出会った
そんな私が、今さら手に取ったのが森一樹さんの『アジャイルなチームをつくる ふりかえりガイドブック』(翔泳社、2021年)でした。レトロの手法が20個くらい載っていて、マンガ付きで1〜2時間でさくっと読める本です。
読んでいて一番刺さったのは、自分がそれまでちゃんと知らなかった2つでした。
- チェックイン: ふりかえりの冒頭、本題に入る前に一人ひとりが一言話して場に入る時間
- ふりかえりのふりかえり: ふりかえり自体をふりかえって、やり方を改善する時間
正直、昔の私はどちらもほとんど意識していませんでした。チェックインは、チームが初めて顔を合わせるときにやるもの、くらいに思い込んでいて、毎回のふりかえりでやるものだとは考えていませんでした。ふりかえりのふりかえりにいたっては、そういう型があること自体、きちんとわかっていませんでした。自分のファシリで十分カバーできている、というつもりだったのです。
参加者として体験してみた
私の見方が変わったきっかけは、本そのものよりも、同じ部内でアジャイルなチーム運営をやろうとしている人たちと、集まりを作ったことでした。
その集まりには、フレームワークの活用が得意なメンバーがいて、チェックインやふりかえりのふりかえりを型通りに回してくれます。私はそこに、ファシリする側ではなく、ただの参加者として混ざりました。
参加者として体験してみると、チェックインで一言話すだけで、その後の本題がずいぶん話しやすくなるのを感じました。ふりかえりのふりかえりについても、その場のやり方自体を毎回少しずつ見直していくと、回を重ねるごとに議論がよくなっていく感覚がありました。仕掛けられている側なのに、やらされている感じはまったくしません。
ここで気づいたのは、私が場づくりで自分の手でやろうとしていたことの一部を、フレームワークが設計としてあらかじめ引き受けてくれている、ということでした。型にはちゃんと意味があって、その順番にも理由があったのだと、参加者の立場になって初めて腑に落ちました。
思えば私は、これまでも「ふりかえりを通じて心理的安全性を育てていく」と、人にも自分にも言ってきました。でも今回の体験で、それが片手落ちだったと気づきました。ふりかえりさえやっていれば心理的安全性は育つ、とどこかで思い込んでいたのですが、実際にはチェックインで場に入り、ふりかえりのふりかえりでやり方ごと見直す。そうした型の一つひとつが効いていて、ふりかえり単体ではそこまで届いていなかったのです。
フレームワークを持ち出すと「形だけ」「やらされ感」と穿った目で見られるのではないか。これは一般論ではなく、私が勝手にそう思い込んでしまうだけなのですが、いつもどこかでそれを恐れています。でも実際に体験してわかったのは、効くか効かないかはやり方次第で、目的を持って使えば、勘で頑張るより安定して良い場が生まれるということでした。
この図は、私のやり方と、フレームワークのやり方の違いを並べたものです。ポイントは右側で、「良い場」を生む仕組みが個人の力量ではなく型のほうに埋め込まれているところです。だから再現性が出ます。
自分のチームでもやってみた
体験して納得したら、あとは自分のチームでやるだけです。
ただ、今までのふりかえりと急にやり方が変わると、メンバーに「いきなり何?」と思われそうな不安はありました。野生で押し通してきた私が急に型を持ち出すのは、それはそれで唐突です。
そこは正直に「ちょっと試させて」とお願いしました。完璧に説明して説得するのではなく、「付き合ってやるか」と思ってもらうくらいの温度感です。今ふりかえると、これは「これから一緒に何を試すのか」という目的を、お願いという形でそろえる効果を狙っていたのだと思います。
結果としては、そのふりかえりのふりかえり(+/Δ=良かった点と変えたい点を出す形式)で、メンバーから「今日は良い場だった」という声が出てきました。お願いして付き合ってもらった側からすると、これは素直に嬉しかったです。
しかも、次のスプリントまでにやる具体的なアクションまで出てきたので、それをすぐに実行しました。「いい感じだったね」で終わらず、行動に変わったのが大きかったです。
型に乗せることへの懸念は、どう薄れたか
もっとも、これには私自身、最初は2つの不安を持っていました。
懸念1:絞ったり時間で区切ると、納得性が下がるのでは
ふりかえりの手法は、トピックを絞ったり、時間でスパッと区切ったりします。そうすると「拾われなかった話」が出ます。それで納得感が下がるのではないか、と思っていました。
この懸念がなくなったのは、2つのことを割り切れたからです。
ひとつは、「そもそも1回で全部は拾えない」という当たり前の事実を受け入れたことです。もうひとつは、拾いきれなかったものも、短い周期でふりかえりを繰り返し続けていれば、次の回、その次の回で拾われていく、と思えるようになったことです。漏れを拾ってくれるのは、ふりかえりのふりかえりではなく、短いサイクルを止めずに続けることです。ふりかえりのふりかえりのほうは、その一回いっかいの質を上げていく、別の役割を担っています。
この図は、1回で拾いきれなくても、短い周期でふりかえりを繰り返し続ければ、漏れが次以降で拾われていく流れを示しています。1回で完璧にやろうとするより、短いサイクルを止めずに回し続けるほうを大事にする、という考え方の切り替えです。
懸念2:合議で決められないのでは
もうひとつは、手法のルールに沿って物事を決めると、全員の合意でじっくり決める「合議」ができなくなるのではないか、という懸念でした。
これも、体験を重ねるうちに気にならなくなりそうだと思えました。ドット投票のような「ルールに基づいて決める」体験を繰り返していくと、毎回フルの合議をしないことへの抵抗が薄れていきます。
合議型と小さい実験型を対比すると、こうなります。
この図は、合議型と小さい実験型を対比しています。読み取ってほしいのは右側のループで、サクッと決めて小さく試す回数が増えると、「正しい1つの結論」を時間をかけて探すより、結果として早く良い方向に近づける、ということです。実際、時間をかけて合議するより、小さく試す回数を増やすほうがうまく回ると感じました。
まとめ:守、だいじ
この記事で一番伝えたかったのは、「守、だいじ」ということです。
勘と経験で「破」をやれる人ほど、「守」を飛ばしがちだと思います。昔の私がそうでした。自分の腕力でいけると思っていたし、そもそも型の存在をちゃんと知らなかった。でも型は、誰かが目的を持って組んだ設計で、その順番にもちゃんと理由があります。それを自分の体で体験すると、知らないまま素通りしていた自分が少しもったいなく思えてきます。
もし今、フレームワークを「形だけのやつ」と斜めに見ているなら、一度だけ、ファシリする側ではなく参加者として型通りのふりかえりを体験してみてください。仕掛けられる側に回ると、型の良さが頭ではなく体でわかります。
野生でやってきた自分を否定する必要はありません。ただ、そこにあらためて「守」を加えると、もっとよくなると思います。
