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AI駆動開発時代のエンジニアは、「役者」から「映画監督」になるということ

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AI駆動開発が流行り始めたころから、経営者側は「これならエンジニアはもういらない」とか、エンジニアからも「一体自分はこれから何をやればいいのか」みたいな話が出てきたりしていますが、はたして本当にそうでしょうか?

AI駆動開発時代のエンジニアは、例えるなら、役者が映画監督になることを求められているのだということです。

作品(プロダクト)の中で演技(コーディング)を担当していた側が、今度は脚本(仕様)から作品のイメージを固めて、新しい役者(AI)に演技を指示して作り上げていくことを主導するようになるのです。

ここで演技に自信のある人は、いやいや自分が演技しなければ、自分の思い通りの作品なんかできない!と思う人も多いでしょう。
100%思い通りになるかと言えば、これはまさにその通り、100%にはならないと思います。

しかし、映画監督は、自分のイメージに100%近づけるために、現場を統括し、何度も役者にリテイクを出しながら作品を作り上げていきます。
そして、それが最終的に映画監督の哲学やイメージが凝縮された作品となるのです。

ここで、皆さんも知っているとおり、映画監督が自ら脚本を書かず、演技もしなかったとしても、出来た作品は、その監督の作品として扱われます。

これは手柄の横取りでもなんでもなく、自分の確固たるイメージに近づけるための指示、指導の結果であり、監督の意図があってこその作品なのです。

この例えは、オーケストラの奏者と指揮者の関係とも言えます。

そこで一つ面白いことがあります。

それは、映画監督でもオーケストラの指揮者でも、その仕事に対する造詣がない人から見れば、いったい何をやっている人なのか、そもそも価値のあることをしているのかさえ分からないということです。

みなさん、このAI時代。物事の本当の姿が見えていますか?

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