こんにちは|こんばんは。カエルのアイコンで活動しております @kyamaz
1です。
はじめに
量子コンピューターの物理的な実装方式で,有力な候補に5つの方式があります.これらのどの方式が良いということはなく,全て量子コンピューターとして成立する方式です.それぞれに物理的な数理があります.量子ビットがどのような物理的な実体で構成されているかという情報はありますが,その数理に関する記述がされているのは,専門書に求めてもその情報は僅かしかなく,いくつもの論文を当たらなければなりません.そこで本稿では,ちゃっぴーと対話して5大方式の数理的なチートシートを作成してもらいました.
ここでは数理的な情報を整理しますが,チートシートの形式ですので,詳細の数理や用語については解説していませんので,ご了承ください.
量子コンピュータ5大方式の数理チートシート
超伝導量子ビット(Superconducting / Transmon)
自由度
- 超伝導位相 $\phi$
- 電荷数 n($\phi$ と共役)
量子ビットの構成要素
- 非線形LC振動子(Josephson接合)
- 低エネルギー2準位 $(|0\rangle, |1\rangle)$
ハミルトニアン
$
H = 4 E_C(n-n_g)^2 - E_J\cos\phi
$
有効形:$
H \approx \omega a^\dagger a - \alpha a^{\dagger 2}a^2
$
作用素代数
$ \mathcal A = C^*(a,a^\dagger) \xrightarrow{\text{truncate}} M_2(\mathbb C) $ (Pauli代数)
ゲート
- 1量子ビット:$X,Y,Z$(マイクロ波)
- 2量子ビット:$ZX, ZZ, iSWAP$
- エンタングルの源泉:非線形性 + 結合
- 非クリフォードの源泉:Josephson 非線形性(実効的な Kerr 項 $a^{\dagger 2}a^2$,および高次項による $Z$ 回転の精密制御)
測定(Readout)
- POVM(弱→強)
補足(readout の物理)
分散測定では,共振器出力場のホモダイン(またはヘテロダイン)検出により,量子ビットの $\sigma_z$ に比例した連続測定信号が得られる。
- 物理:共振器電場のホモダイン測定
- 測定対象:$ \sigma _{z} $ (QND)
- 測定作用素(弱測定モデルの一例):$ \displaystyle M_\pm
= \sqrt{\frac{1 \pm m}{2}} |0\rangle\langle 0| + \sqrt{\frac{1 \mp m}{2}} |1\rangle\langle 1| $ (m は測定強度) - 対応する連続極限:$ d \rho = \kappa \mathcal{D}[\sigma_z]\rho \, dt + \sqrt{\kappa}\mathcal{H}[\sigma_z]\rho \, dW $
マスター方程式
$\dot\rho = -i[H,\rho] +
\kappa\mathcal D[a]\rho +
\gamma_1\mathcal D[\sigma_-]\rho +
\gamma_\phi\mathcal D[\sigma_z]\rho
$
Toy Hamiltonian(最小模型)
$H_{\mathrm{toy}} = \omega a^\dagger a - \alpha a^{\dagger 2} a^2 + g \, a^\dagger a \otimes \sigma_z
$
- 局所:非線形振動子(非Cliffordの源泉)
$H_{\mathrm{local}} = \omega a^\dagger a - \alpha a^{\dagger 2} a^2$- 絡み:分散結合(測定・2量子ビット操作の起源)
$H_{\mathrm{ent}} = g \, a^\dagger a \otimes \sigma_z$
- Clifford 生成子:線形駆動による ${X,Y,Z}$ 回転と結合により Clifford 群が生成される
- 非Clifford 注入点:Josephson 非線形性に由来する Kerr 項 $a^{\dagger 2}a^2$ による高次位相回転
- エンタングルメント生成項
- 可換性:非可換($a^\dagger a \otimes \sigma_z$ と他の駆動項が非可換)
- stoquastic性:非stoquastic(非線形項と駆動により符号問題が一般に存在)
イオントラップ
自由度
- 内部電子準位
- 集団運動モード(フォノン)
量子ビットの構成要素
- 原子内部2準位 $|g\rangle,|e\rangle$
ハミルトニアン
$
H = \sum_i \omega_0\sigma_i^z +
\sum_m \omega_m a_m^\dagger a_m +
\sum_{i,m} g_{im}\sigma_i^x(a_m+a_m^\dagger)
$
作用素代数
$
\mathcal A = M_2(\mathbb C)^{\otimes N}
\otimes C^*(a_m,a_m^\dagger)
$
ゲート
- 1量子ビット:レーザー回転
- 2量子ビット: Mølmer–Sørensen ゲート,実効生成子が$ H_{\mathrm{MS}} \propto X_i X_j + Y_i Y_j $となるユニタリ $\displaystyle U_{\mathrm{MS}}(\theta) = \exp\left(-i \frac{\theta}{2} (X_i X_j + Y_i Y_j)\right)$
補足(位相・デチューニング依存性)
Mølmer–Sørensen ゲートの生成子は,レーザーの位相およびフォノンモードに対するデチューニングに依存して決まり,実効的には XX 型・YY 型・その線形結合が実装される。
- エンタングルの源泉:共有ボソンモード
- 非クリフォードの源泉:高次スピン–フォノン結合,有効的多体相互作用
測定
- 射影測定(PVM)
- 物理:状態依存蛍光(bright / dark)
- 測定対象:$\lvert 1 \rangle$ 占有数
- 測定作用素:$ P_0 = |0\rangle\langle 0|,\quad P_1 = |1\rangle\langle 1|$
- 対応する連続極限:$\displaystyle \rho \mapsto \frac{P_i \rho P_i}{\mathrm{Tr}(P_i\rho)}$
マスター方程式
$
\dot\rho = -i[H,\rho] +
\sum_m\gamma_m\mathcal D[a_m]\rho +
\sum_i\gamma\mathcal D[\sigma_-^{(i)}]\rho
$
Toy Hamiltonian(最小模型)
$ H_{\mathrm{toy}} = \sum_i \omega_0 \sigma_i^z + \omega_m a^\dagger a + g \sum_i \sigma_i^x (a + a^\dagger)
$
- 局所:内部準位+フォノン
$ H_{\mathrm{local}} = \sum_i \omega_0 \sigma_i^z + \omega_m a^\dagger a$- 絡み:共有ボソンモード媒介相互作用
$ H_{\mathrm{ent}} = g \sum_i \sigma_i^x (a + a^\dagger)$
- Clifford 生成子:単一量子ビット回転と Mølmer–Sørensen 相互作用により Clifford 操作が張られる
- 非Clifford 注入点:高次スピン–フォノン結合や多体有効相互作用による位相の精密制御
- エンタングルメント生成項
- 可換性:非可換(スピン–フォノン結合がスピン間で非可換)
- stoquastic性:有効スピン模型では stoquastic / non-stoquastic 両方を実現可能
中性原子(Rydberg)
自由度
- 基底状態 $\lvert g \rangle$
- Rydberg状態 $\lvert r \rangle$
- 原子配置
量子ビットの構成要素
- $\lvert g \rangle$ / $\lvert r \rangle$ の2準位
ハミルトニアン
$\displaystyle
H = \sum_i \Omega_i X_i + \sum_{i<j} V_{ij} Z_i Z_j
$
作用素代数
$ \mathcal A = M_2(\mathbb C)^{\otimes N}
$
ゲート
- 1量子ビット:レーザー駆動によるラビ振動($ H_{\mathrm{drive}}
= \Omega_i (\cos\phi X_i + \sin\phi Y_i) + \Delta_i Z_i
$ として表され,位相 $\phi$ やデチューニング $\Delta$ により任意回転が実現される)
補足(SU(2) 制御の自由度)
位相 $\phi$ とデチューニング $\Delta$ の制御により,有効的に ${X,Y,Z}$ を生成でき,単一量子ビットの任意回転が可能となる.
- 2量子ビット:$ ZZ $(Rydberg blockade)
- エンタングルの源泉:強い長距離相互作用
- 非クリフォードの源泉:強相互作用+長時間駆動,精密位相制御
測定
- 実質 Z 射影(原子が消えたかどうかという 非対称 POVM)
- 物理:Rydberg 励起後の原子損失(非ユニタリ)
- 測定対象:$\lvert r \rangle$ か否か
- 測定作用素(理想化):$
M_{\mathrm{loss}} = |r\rangle\langle r|,\quad M_{\mathrm{surv}} = |g\rangle\langle g| $
$M_{\mathrm{loss}}^\dagger M_{\mathrm{loss}} + M_{\mathrm{surv}}^\dagger M_{\mathrm{surv}} = I$
(実験的には損失チャネルを含む非対称 POVM)
マスター方程式
$ \dot\rho = -i[H,\rho] +
\sum_i\gamma_r\mathcal D[|g\rangle\langle r|]\rho
$
Toy Hamiltonian(最小模型)
$\displaystyle H_{\mathrm{toy}} = \sum_i \Omega X_i + \sum_{i<j} V_{ij} Z_i Z_j $
- 局所:レーザー駆動
$\displaystyle H_{\mathrm{local}} = \sum_i \Omega X_i$- 絡み:Rydberg blockade(強 ZZ)
$\displaystyle H_{\mathrm{ent}} = \sum_{i<j} V_{ij} Z_i Z_j$
- Clifford 生成子:単一量子ビット SU(2) 回転と Rydberg blockade による $ZZ$ 相互作用
- 非Clifford 注入点:強相互作用下での長時間駆動および高精度位相制御
- エンタングルメント生成項
- 可換性:可換($[Z_i Z_j, Z_k Z_l]=0$)
- stoquastic性:stoquastic(計算基底で非対角要素を持たない)
半導体量子ドット(Spin Qubit)
自由度
- 電子スピン
量子ビットの構成要素
- スピン ↑ / ↓
ハミルトニアン
$\displaystyle
H = \sum_i \mathbf B_i\cdot\boldsymbol\sigma_i +
\sum_{i<j} J_{ij}
\boldsymbol\sigma_i\cdot\boldsymbol\sigma_j
$
作用素代数
$
\mathcal A = M_2(\mathbb C)^{\otimes N}
$
ゲート
- 1量子ビット:ESR / EDSR
- 2量子ビット:交換相互作用 $\sqrt{SWAP}$
- エンタングルの源泉:波動関数重なり
- 非クリフォードの源泉:交換相互作用+パルス制御,非対称制御
測定
- POVM(スピン→電荷変換:間接測定)
補足(間接測定)
スピン状態は直接測定されるのではなく,スピン依存トンネルを介して電荷状態へ写像された後,電荷センサにより検出される.このため測定は本質的に POVM となる.
- 物理:スピン依存トンネル → 電荷センサ
- 測定対象:$ \sigma_{z} $
- 測定作用素(Kraus):$ M_0 = \sqrt{p}|0\rangle\langle 0| + \sqrt{1-p}|1\rangle\langle 1|,
\quad M_1 = \sqrt{1-p}|0\rangle\langle 0| + \sqrt{p}|1\rangle\langle 1| $
($p=1$ で理想的な PVM)
マスター方程式
$ \dot\rho = -i[H,\rho] + \gamma_{\text{nuc}}\mathcal D[\sigma_z]\rho $
Toy Hamiltonian(最小模型)
$\displaystyle H_{\mathrm{toy}} = \sum_i B_i Z_i + \sum_{i<j} J_{ij} (X_i X_j + Y_i Y_j)$
- 局所:Zeeman 項
$\displaystyle H_{\mathrm{local}} = \sum_i B_i Z_i $- 絡み:交換相互作用(XY / Heisenberg)
$\displaystyle H_{\mathrm{ent}} = \sum_{i<j} J_{ij} ( X_i X_j + Y_i Y_j )$
- Clifford 生成子:ESR/EDSR による単一量子ビット回転と交換相互作用
- 非Clifford 注入点:非対称パルス制御下での交換相互作用による非整数位相回転
- エンタングルメント生成項
- 可換性:非可換($X_i X_j + Y_i Y_j$ が局所項と非可換)
- stoquastic性:一般に non-stoquastic
光量子(Photonic)
自由度
- 光子数
- モード
量子ビットの構成要素
- 単一光子の占有/非占有 or 偏光2準位
ハミルトニアン
$ H = \sum_k \omega_k a_k^\dagger a_k $(相互作用なし)
作用素代数
$ \mathcal A = C^*(a_k,a_k^\dagger) $
ゲート
- 線形光学:$U \in U(M)$
- 非線形性:測定(PVM / POVM)による条件付き状態更新と古典フィードフォワード制御の組み合わせ
- エンタングルの源泉:干渉 + 射影
- 非クリフォードの源泉:測定誘起非線形,ポストセレクション
測定
- 理想光子数測定(PVM)/ on/off 検出器(POVM)
補足(測定誘起非線形)
線形光学回路自体はユニタリで線形だが,測定結果に条件付けた状態更新 $ \rho \mapsto \frac{M_k \rho M_k^\dagger}{\mathrm{Tr}(M_k\rho M_k^\dagger)} $ と古典フィードフォワード制御を組み合わせることで,有効的に非線形な写像が実現される.
- 物理:光子数
- 測定対象:光子数
- 測定作用素:
- 理想光子数測定(PVM):
$\displaystyle P_n = |n\rangle\langle n| ,\quad \sum_n P_n = I$ - on/off 検出器(POVM):
$ M_{\mathrm{click}} = I - |0\rangle\langle 0| ,\quad M_{\mathrm{no\ click}} = |0\rangle\langle 0|$
- 理想光子数測定(PVM):
マスター方程式
$ \dot\rho = \sum_k\kappa_k\mathcal D[a_k]\rho $
Toy Hamiltonian(最小模型)
$\displaystyle H_{\mathrm{toy}} = \sum_k \omega_k a_k^\dagger a_k
$
(注)相互作用項は Hamiltonian には含まれず,測定と条件付き状態更新によって有効的に非線形性が導入される.
- 局所:自由ボソン
$\displaystyle H_{\mathrm{local}} = \sum_k \omega_k a_k^\dagger a_k $- 絡み:測定誘起(非Hamiltonian)
$H_{\mathrm{ent}} = 0$
(注)光量子方式ではエンタングルメントは,Hamiltonian ではなく測定と条件付き状態更新によって生成される.
-
Clifford 生成子:線形光学回路と射影測定により Clifford 操作が実装される
-
非Clifford 注入点:測定に条件付けた状態更新と古典フィードフォワードによる有効非線形写像
-
エンタングルメント生成項
- 可換性:該当なし($H_{\mathrm{ent}} = 0$)
- stoquastic性:Hamiltonian では未定義(測定誘起相互作用)
(注)光量子方式では計算の非古典性は Hamiltonian の性質ではなく,測定による条件付き CP 写像に由来する.
おわりに
本チートシートでは,量子コンピュータの主要 5 方式(超伝導,イオントラップ,中性原子,半導体量子ドット,光量子)を,物理実装の違いとしてではなく,$
\text{自由度}
\rightarrow
\text{作用素代数}
\rightarrow
\text{Hamiltonian}
\rightarrow
\text{測定(CP写像)} $ という数理構造の観点から統一的に整理しました.
ただし,この整理では「物理実装 → 数理構造」への対応関係を最短距離で把握することを目的としているため,この先に自然に整理した情報が気になるであろう計算困難性や誤り訂正といった議論を意図的に切り離しました.
本稿が,量子コンピュータの物理実装の違いを「数理構造」として理解するための参考になれば幸いです.ご一読いただきまして有り難うございます.
(●)(●) Happy Hacking!
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