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技術者視点でサトウの切り餅事件の特許を考える(2) 請求項の読み方、書き方

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前回 から、有名なサトウの切り餅事件で特許を考えてみています。
前回は進歩性や新規性って何だという話を中心にしました。

以下が特許です。
https://patents.google.com/patent/JP4111382B2/ja?oq=%E7%89%B9%E8%A8%B1%E7%AC%AC4111382%E5%8F%B7

以下に絵なんかもあるので、概要を掴むにはいいと思います。
http://www.ypat.gr.jp/ja/case/patent/07.html

さて、今回は請求項を見てみます。
請求項はだいたい7~8個くらいある場合が多いですが、下の方の項はそんなに範囲が広くないので、最初の方を中心に読んでおけばいいでしょう。

[請求項1]
焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、この切り込み部又は溝部は、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として、焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり、最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成したことを特徴とする餅。

請求項の読み方ですが、

「請求項に当てはまっていたら特許権を侵害しています」

ということです。
ポイントは、

「ちょっとでもかすっていたら」

ではなく、

「すべて当てはまったら」

ということ。

つまり、長い請求項を作ってしまうと、それだけ当てはまらない項目が出てきて逃げられる可能性が増えるので、あまりよろしくないのです。

実際、越後製菓の特許の請求項1は、
「側面にスリットの入った餅」と書いておけば事足ります。
それだとありがたみがないので、いろいろ肉付けしていったらこうなったのでしょう。

ただ、その中で越後製菓は大きなミスをしています。

"平坦上面ではなく"

という文言です。
平坦上面(表面)にスリットを入れていれば回避できるという解釈が成立します。

実際、裁判でもサトウ側はそれを攻撃していて、越後製菓は危うく敗訴するところでした。
不必要な限定を入れて権利範囲が狭まってしまっている典型的な例でしょう。

さて、越後製菓の請求項1ですが、単に
「側面にスリットの入った餅」
となっていた場合、どういう餅を作ると特許権の侵害になるのでしょうか。


1 表面と側面にスリットの入った餅

侵害になります。側面にスリットが入っている餅であることが条件なので、表面にスリットが入っていたかは関係ありません。


2 側面に複数のスリットが入った餅

侵害になります。スリットが複数あっても側面にスリットが入っている餅であることに変わりがありません。

ただし、サトウが「側面に複数のスリットが入った餅」という別の特許を出願することはできます。
新規性も進歩性も怪しいと思いますが、もし審査請求に通れば権利を主張できます。
では、この審査が通ったらサトウは特許を侵害していないことになるかというと、そんなことはありません。
やはり越後製菓にライセンス料を払う必要が出てきます。

ではこの特許に意味がないかと言われるとそれも違っていて、
たとえば「スリットの数が1本より3本の方が格段に美味しく焼きあがる」という場合は話が変わってきます。
越後製菓としても「スリット3本の餅を作って売りたい」という話になります。

このとき、越後製菓とサトウの間でどんな話し合いをするかというと、
「互いに互いの特許権を侵害するので、差し引き0にしましょう」という契約を結びます。
いわゆる、クロスライセンスです。

これを防ぐために、越後製菓は「側面に複数のスリットが入った餅」を公知にしておく必要があります。
請求項を「側面に1または複数のスリットが入った餅」にすると、より良いということです。


請求項の読み方はだいたいこういう感じです。
では、請求項の書き方はどうでしょう。

請求項は、特許事務所の方に作ってもらうことが多いと思いますが、ある程度自分でイメージを作るほうがいいと思います。

請求項は、発明したものを抽象化してエッセンスを取り出したものを記載します。
「側面にスリットが入った餅」を発明したら、それをそのまま書いてもかまいませんが、

餅に似た他の食品も同じように権利を主張したいならば、表現を少し抽象的に修正する必要があります。
「側面にスリットが入った固形で熱により膨らむ直方体形状の食品」あたりにしておけばいいと思います。

「スリットが入った餅」という請求項で出願しようとすると、さすがに怒られます。
それで特許取れちゃったらどうするの?
という素朴な疑問がありますが、みんなお利口さんだから、そういうことはしないようです。

基本的に請求項はどんどん抽象化して、範囲が広くなるように持っていきます。

プログラマにわかりやすい言い方をすると、継承のbaseクラスを作るイメージです。
上手いこと抽象化できていると、似たいろんな事例に適用していくことができます。

この、いろんな事例に適用できることが請求範囲の広さそのものです。

逆に、具体的に書くと、どんどん範囲が狭まります。

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