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技術者視点でサトウの切り餅事件の特許を考える(1) 課題、進歩性、新規性

Last updated at Posted at 2018-05-21

今回は特許のお話。

特許というのは、思いのほか何もわかっていない人が多いようです。

申請の仕方とか、手続きの話は他に任せるとして、技術者的な視点で特許をどう見ていけばいいかを書こうと思います。

例として、有名なサトウの切り餅事件を出してみます。

以下が特許です。

https://patents.google.com/patent/JP4111382B2/ja?oq=%E7%89%B9%E8%A8%B1%E7%AC%AC4111382%E5%8F%B7

以下辺りを読むと、概要はわかりやすいと思います。

http://www.ypat.gr.jp/ja/case/patent/07.html

特許を読むとき、自分が最初に何を読むかというと、

【従来の技術及び発明が解決しようとする課題】

のところです。
過去どんな課題があるのかを見ます。

【0002】
【従来の技術及び発明が解決しようとする課題】
餅を焼いて食べる場合、加熱時の膨化によって内部の餅が外部へ突然膨れ出て下方へ流れ落ち、焼き網に付着してしまうことが多い。
【0003】
そのためこの膨化による噴き出しを恐れるために十分に餅を焼き上げることができなかったり、付きっきりで頻繁に餅をひっくり返しながら焼かなければならなかった。古来のように火鉢で餅を手元に見ながら焼く場合と異なりオーブントースターや電子レンジなどで焼くことが多い今日では、このように頻繁にひっくり返すことは現実なかなかできず、結局この突然の噴き出しによって焼き網を汚してしまっていた。
【0004】
このような膨化現象は焼き網を汚すだけでなく、焼いた餅を引き上げずらく、また食べにくい。更にこの膨化のため餅全体を均一に焼くことができないなど様々な問題を有する。

餅がぷくっと膨れる現象です。あれを最大限悪く言うとこうなるわけですね。

【0007】
一方、米菓では餅表面に数条の切り込み(スジ溝)を入れ、膨化による噴き出しを制御しているが、同じ考えの下切餅や丸餅の表面に数条の切り込みや交差させた切り込みを入れると、この切り込みのため膨化部位が特定されると共に、切り込みが長さを有するため噴き出し力も弱くなり焼き網へ落ちて付着する程の突発噴き出しを抑制することはできるけれども、焼き上がった後その切り込み部位が人肌での傷跡のような焼き上がりとなり、実に忌避すべき状態となってしまい、生のつき立て餅をパックした切餅や丸餅への実用化はためらわれる。

餅の表面に切り込み(スジ溝)を入れると、ぷくっと膨れるのを防ぐことはできる。
これもすでに知られていた技術だと書いてあります。
ただし、これだと表面に切れ込みができたまま焼きあがるので綺麗ではないという旨が書いてあります。

ここで、図をパラパラとめくります。すると、だいたいどんな感じで課題を解決しようとしているのかわかります。

今回の特許の発明は、
###「表面にスリットを入れるのはやめて側面にする」
というのが発明の本質です。

###「そんなの誰でも思いつくじゃん」
と思った方。正解です。

特許の発明は高度であることが求められています。

特許法第二条1
この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。

常識的に言って、
「表面にあったスリットを側面に持ってきただけで高度な発明なの?」
と言われると、高度じゃないと思います。

審査官と越後製菓のやり取りの中で論点がだんだんずれてきて、気が付いたら高度な発明だということになっていたというのが実態だと思います。

特許においては、高度じゃないものを高度だと言い張って審査請求を通してしまうのが、実は一番強い。
もう1つ、侵害していた時、侵害していたことを容易に判別できる特許が強いです。
この2つを兼ね備えているので、越後製菓の特許は確かに非常に強い特許と言えます。

さて、進歩性が出てくると、新規性の話もしておきます。
新規性というのは、
###「餅の側面にスリットを入れたのはあなたが初めてですか?」

という話です。

出願以前に餅の側面にスリットを入れた餅が存在していたら、新規性がないことになります。
これは、特許出願する側にとって結構大きいリスクです。

進歩性については、いろんな人のいろんな意見があります。
その中で審査官が進歩性ありと認めた実績があるのだから、そう簡単には覆りません。

しかし、新規性は簡単に覆ります。
越後製菓の特許だと、
###「5年前の3分クッキングで、餅の側面に切り込みを入れるとうまく焼けると紹介されていた」

というだけで、新規性は失われます。

サトウの従業員が、料理雑誌や、料理番組等の過去の情報を全部ひっくり返して探せば、新規性を失わせる資料が見つかる可能性はゼロではありません。

もし、そんな資料が見つかれば、途端に特許の価値はゼロになるどころか、他社にライセンス料の返還を要求される可能性すらあります。

越後製菓はサトウの切り餅事件でリスクを背負っていなかったかというとそうではないことがわかると思います。

このリスクを分散させるには、別の特許を併せて取ることです。
簡単な例は、**「餅にスリットを入れる機械」**で取ってしまうことです。

さすがにそんな機械を過去に作った人はいないでしょうから、新規性を失わせるのは困難です。

今回はこれくらいにしておきます。次は、請求項を読んでみます。

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