はじめに
この記事では、スキーマレスなデータベースを使ってきたプロジェクトが、なぜスキーマを持つデータベースへの移行を検討するようになるのかを解説します。
この記事の対象読者
- MongoDBやDynamoDBなどのNoSQLデータベースを使っている方
- データ分析やBI活用で困りごとを感じ始めている方
- スキーマ設計の重要性を理解したい方
想定するシチュエーション
開発初期にスキーマレスなデータベースを採用し、柔軟にデータを保存してきたものの、運用が進むにつれて「データの形がバラバラで集計しづらい」「分析クエリが複雑になりすぎる」といった課題に直面しているケースを想定しています。
スキーマとは何か
スキーマとは、データベースに保存するデータの構造を定義したものです。テーブルにどんなカラムがあり、それぞれがどんな型で、どんな制約を持つのかを事前に決めておくことで、データの一貫性を保ちます。
スキーマあり(RDBなど)の特徴
RDB(リレーショナルデータベース)のようなスキーマを持つデータベースでは、テーブル構造を事前に定義します。
定義例(テーブル設計)
CREATE TABLE users (
id INT NOT NULL PRIMARY KEY,
name VARCHAR(100) NOT NULL,
email VARCHAR(255) NOT NULL UNIQUE,
created_at TIMESTAMP NOT NULL
);
この例では、カラム名・型・必須/任意・制約(NOT NULL、UNIQUEなど)があらかじめ決まっています。定義に合わないデータは挿入できません。
メリット
- データの形が揃う
- JOINや集計がやりやすい
- 型の保証があるため、安全に扱いやすい
- 長期運用しやすい
デメリット
- スキーマ変更にマイグレーションが必要
- 開発初期の仕様変更に対応しづらい
- テーブル設計に時間がかかる
スキーマレス(DocumentDB/MongoDBなど)の特徴
スキーマレスなデータベースでは、ドキュメント(レコード)ごとに異なる構造を持つことができます。
データ例(JSON)
// あるドキュメント
{
"id": 1,
"name": "Taro",
"email": "taro@example.com"
}
// 別のドキュメント
{
"id": 2,
"fullName": "Jiro Yamada",
"mail": "jiro@example.com",
"tags": ["beta-user"]
}
この例では、name と fullName、email と mail のように、フィールド名がバラバラでも保存できてしまいます。また、後から tags のような新しいフィールドを自由に追加できます。
メリット
- 開発初期に仕様がコロコロ変わるときに超ラク
- アプリ側のオブジェクトをほぼそのまま保存できる
- スキーマ変更が不要で柔軟性が高い
デメリット
- データの形がどんどんバラける
- 後で分析するときに「結局どのフィールドを見ればいいの?」問題になる
- 型が揃っていない、nullだらけ、フィールド名が微妙に違うなどの地獄が起きる
スキーマレスとスキーマありの使い分け
それぞれの特性を理解した上で、適材適所で使い分けることが重要です。
開発初期やプロトタイプではスキーマレスの柔軟性が活きますが、運用が進み組織的なデータ活用が求められるようになると、スキーマありのデータベースが必要になってきます。
なぜ「スキーマレスから脱却したい」と感じるのか
開発初期はスキーマレスが便利
プロジェクトの初期段階では、要件が頻繁に変わるため、スキーマレスなデータベースは非常に便利です。
- ユーザーフィードバックに応じて素早く機能追加できる
- テーブル設計を気にせず、まずは動くものを作れる
- アプリケーション側の変更がそのままデータ構造に反映される
この柔軟性は開発速度を大きく向上させます。
運用が進むと見えてくる課題
しかし、時間が経つにつれて以下のような問題が顕在化してきます。
データの形がバラバラになる問題
// 初期のユーザーデータ
{
"id": 1,
"name": "Taro"
}
// 途中で追加された項目
{
"id": 2,
"name": "Jiro",
"email": "jiro@example.com"
}
// さらに後から別の形式で
{
"id": 3,
"fullName": "Hanako Suzuki",
"mail": "hanako@example.com",
"registeredAt": "2024-01-01"
}
同じ「ユーザー」を表すデータなのに、フィールド名や含まれる情報が異なってしまい、後から処理するのが大変になります。
分析・集計の難しさ
分析クエリを書くたびに以下のような処理が必要になります。
- 「このフィールドがあるドキュメントだけを抽出して...」
- 「型が違うデータを変換して...」
- 「複数のフィールド名のどれかが存在するか確認して...」
BIツールから綺麗に可視化することも難しくなり、結果的に分析のハードルが上がってしまいます。
チーム運用の課題
組織的な課題も出てきます。
- 新メンバーが来たときに、データ構造がカオスで理解コストが高い
- 「この数値を公式指標にしたい」と思ったときに、定義が安定しない
- データの品質を保証できず、信頼性が低下する
これらの課題から「ちゃんとスキーマを切って、テーブル設計して、分析用のきれいな世界を作ろう」という考えに至るわけです。
脱却する際の典型的なアプローチ
二層構造の考え方
スキーマレスから完全に離れるのではなく、用途に応じて使い分ける二層構造がよく採用されます。
アプリ層:スキーマレスDBで柔軟性を保つ
アプリケーションのトランザクション処理やリアルタイムな読み書きには、引き続きスキーマレスDBを使います。
- ユーザーのアクション記録
- セッション情報
- リアルタイムなデータ更新
これらは仕様変更の可能性が高く、柔軟性が求められるためです。
分析層:DWHでスキーマを定義して整理する
一方、分析用途には以下のようなDWH(データウェアハウス)を使い、スキーマをしっかり定義します。
- Amazon Redshift
- Google BigQuery
- Snowflake
- Azure Synapse Analytics
ETL処理(Extract, Transform, Load)を通じて、スキーマレスDBから定期的にデータを抽出・変換・ロードすることで、分析に適した形に整えます。
具体的な移行パターン
典型的な移行の流れを見てみましょう。
ステップ1:現状分析
まず、スキーマレスDBに保存されているデータの構造を把握します。
- どんなフィールドが存在するか
- データ型はどうなっているか
- null値の割合はどれくらいか
ステップ2:スキーマ設計
分析に必要なテーブル構造を設計します。
-- ユーザーテーブルの例
CREATE TABLE users (
user_id BIGINT NOT NULL PRIMARY KEY,
user_name VARCHAR(100) NOT NULL,
email VARCHAR(255) NOT NULL,
registered_at TIMESTAMP NOT NULL
);
-- イベントログテーブルの例
CREATE TABLE event_logs (
event_id BIGINT NOT NULL PRIMARY KEY,
user_id BIGINT NOT NULL,
event_type VARCHAR(50) NOT NULL,
event_data JSON,
occurred_at TIMESTAMP NOT NULL,
FOREIGN KEY (user_id) REFERENCES users(user_id)
);
ステップ3:ETLパイプライン構築
データ変換のロジックを実装します。例えば、Apache AirflowやAWS Glueなどを使って、定期的にデータを同期します。
# 疑似コード例
def transform_user_data(raw_document):
return {
'user_id': raw_document.get('id'),
'user_name': raw_document.get('name') or raw_document.get('fullName'),
'email': raw_document.get('email') or raw_document.get('mail'),
'registered_at': raw_document.get('created_at') or raw_document.get('registeredAt')
}
ステップ4:段階的移行
いきなり全てを移行するのではなく、重要度の高いテーブルから段階的に進めることで、リスクを抑えます。
ステップ5:検証・改善
実際に分析クエリを実行してみて、パフォーマンスやデータ品質を検証し、必要に応じて改善します。
まとめ
スキーマレスとスキーマありは、それぞれ異なる強みを持っています。
スキーマレスが適している場面
- 開発初期で仕様が流動的
- アプリケーションのトランザクション処理
- リアルタイム性が求められる用途
スキーマありが適している場面
- 組織的なデータ活用・分析
- 長期運用が必要なシステム
- データの一貫性と品質が重要
多くの場合、両者を組み合わせた二層構造が現実的な解決策となります。アプリケーション層ではスキーマレスの柔軟性を活かしつつ、分析層ではスキーマを定義してデータの品質を保つことで、それぞれの強みを最大限に引き出すことができますね。
もしあなたが「分析クエリが複雑になってきた」「データの形がバラバラで困っている」と感じているなら、それはスキーマを持つDWHの導入を検討する良いタイミングかもしれません。