はじめに
この記事は「データサイエンスの全体像がうっすら見えて、サイエンティストの話が聞き取れる状態」を目指すための無料教材をまとめてみました。
対象読者
- scikit-learn などのライブラリを触ったことがない人
- 「重回帰分析」という言葉を初めて聞いた人
- サイエンティストと一緒に仕事をすることになり、会議の言葉が分からなくて困っている人
なぜこれを書くかというと、自分が薬学部からデータサイエンティストにキャリアチェンジした人間で、初学者のメンタリングをする機会が多く、「何から始めればいいですか」と本当によく聞かれるからです。そのたびに口頭で教材を並べていたのですが、毎回同じ話をしているので1本にまとめました。
参考文献
この記事の「どこまで分かれば足りるか」の線引きは、データサイエンティスト協会のスキルチェックリスト ver.6 に依拠しています。教材の内容はすべて執筆日(2026年9月12日)に公式ページを開いて確認しました。
ゴールを先に決める。数学はやらない、概念だけ
「データサイエンスの勉強」と聞くと、線形代数の教科書を開いたり、微分の復習から始めたりしていませんか。自分はそれで一度止まりました。会議で必要なのは「重回帰の係数をどう読むか」であって、最小二乗法の導出ではないんです。
この線引きを最初に図にしておきます。左の列が今回のゴール、右の列は会話が聞き取れるようになった後に、必要な行だけ掘ればいいものです。
この線引きは自分の思い込みではなく、業界団体の定義と一致しています。データサイエンティスト協会が2025年12月に公開したスキルチェックリスト ver.6 は、845項目のスキルを ★(見習い)から ★★★(棟梁)の3段階で定義していて、データサイエンス力の ★1 は108項目あります。そのうち「モデル化 > 回帰・分類」に分類される項目は、次の3つだけです。
No.158 単回帰分析において最小二乗法、回帰係数、標準誤差、決定係数を理解し、モデルを構築できる 【必須スキル】
No.159 重回帰分析において偏回帰係数と標準偏回帰係数、重相関係数、自由度調整済み決定係数について説明できる
No.160 線形回帰分析とロジスティック回帰分析のそれぞれが予測する対象の違いを理解し、適切に使い分けられる一般社団法人データサイエンティスト協会 スキルチェックリストより引用
見習いレベルで「必須」なのは単回帰だけで、重回帰は「説明できる」であって「構築できる」ではない。つまり重回帰を初めて聞いた人でも、見習いレベルの入口には立てるということです。この記事はこの ★1 の範囲を「会話が聞き取れるライン」として使います。大学側の基準も同じで、数理・データサイエンス・AI教育強化拠点コンソーシアムのリテラシーレベル モデルカリキュラムでは、単回帰・重回帰は「4-8 データ活用実践(教師あり学習)」というオプション項目に置かれています。全大学生が必修で学ぶ「データリテラシー」の範囲は、平均・分散・相関と因果・グラフの読み方までです。
データサイエンスの全体像を1枚にしてみた
教材を並べる前に、地図を出します。上の段を左から右へ進めばゴールに着きます。下の2段は「必要になったら」「後回し」で、この記事の読者はいったん無視してかまいません。
順路がこの3ステップになっている理由は単純で、会議で飛んでくる言葉の出現頻度がこの順だからです。平均・分散・相関は毎回出る。回帰は施策効果や要因分析の話で必ず出る。機械学習の言葉(過学習・交差検証・精度)は予測モデルの話になったときに出る。全部を同時に覚える必要はなく、左から順に埋めれば会話に置いていかれる頻度が下がります。
教材を選んだ3つの基準
候補は20以上ありましたが、次の基準で削りました。
- 無料で完結すること。 途中から有料になるもの、有料ソフトが前提のものは外す。東大松尾・岩澤研の GCI 講座は内容は良いのですが、無料で受けられるのは学生向けだけで、社会人向けは株式会社松尾研究所の有料講座になるため今回は入れていません
- 日本語で読めること、または英語でも図と操作で分かること。英語教材は「文章が読めなくても図で8割伝わる」ものだけ残しました
- 概念が先に来て、数式が後に来る構成であること。数式から始まる教材は、この記事のゴールでは後回しにします
もう1つ、期間限定の教材はその旨を明記しています。総務省統計局の講座は開講期間中しか動画を見られないので、読むタイミングによっては「次の開講を待つ」判断が要ります。
ステップ0 Pythonに慣れる(必須ではない)
ここは飛ばしていい人が多いです。「会議の言葉が分かる」だけならコードを書く必要はありません。ただし、後述する教材の演習を自分の手で動かしたくなったときに戻ってくる場所として、日本語で無料の入口を3つ置きます。
東京大学「Pythonプログラミング入門」 は、Colab の使い方から始まって NumPy(5-3)、pandas(7-1)、scikit-learn(7-2)まで1つの教材で到達できます。HTML・PDF・Colab・Jupyter の4形式があり、CC BY-NC-ND 4.0 で公開されています。
京都大学「プログラミング演習 Python 2023」 は喜多一先生ほかによる260ページの教科書で、KURENAI から PDF を無料で落とせます。「文科系がんばれ」という節があるくらい完全初学者を想定した書き方です。ただし NumPy・Matplotlib・pandas に触れるのは16章だけで、機械学習・回帰分析の章はありません。Python の土台づくり専用と割り切ってください。
Kaggle Learn は環境構築ゼロで、ブラウザ上で書いたコードがその場で採点されます。推奨順は Intro to Programming(5時間)→ Python(5時間)→ Pandas(4時間)。すべて無料ですが、演習を開くには Kaggle アカウントが必要で、説明は英語です。
ステップ1 統計のことばを覚える
ここが一番大事で、一番教材が揃っています。
総務省統計局「社会人のためのデータサイエンス入門」
前提知識なし、1本10分の動画、4週間。第2週に「代表値」「分散・標準偏差」「相関関係」「回帰分析」「標本分布」「信頼区間」が並んでいて、この記事のステップ1の言葉がほぼ全部10分動画で出てきます。講師には安宅和人氏や江崎貴裕氏も入っています。
開講期間中しか動画を見られません。執筆時点の開講は2026年8月4日から10月6日で、受講登録の締切は9月14日です(総務省の報道資料より)。過ぎていたら次の開講を待つことになります。開講予定は統計局の「データサイエンス・オンライン講座」ページで確認できます。
なお、この「入門」には重回帰は出てきません。重回帰は続編の「社会人のためのデータサイエンス演習」第3週にあり、こちらは2026年10月13日開講ですが Excel が前提条件になっています(ステップ2で触れます)。
総務省統計局「データサイエンス・スクール」の統計講座
同じ統計局のサイトで、こちらは登録不要・期間無制限の読み物です。使えるのは「ビジネスに役立つ統計講座」で、「平均だけで大丈夫?」「その数字誤差はないの?」「予測に使える方程式」といった9本の読み物が並んでいます。「予測に使える方程式」が回帰の直感です。
統計WEB「統計学の時間」
登録不要、期間無制限、全部日本語。会議で分からない言葉が出たとき、「この1ページだけ読んで」とピンポイントで送れる唯一の教材です。Step1 基礎編は32章あるのですが、通読は勧めません(自分は途中で止まりました)。辞書として使います。
| 言葉 | 読む節 |
|---|---|
| 平均・中央値 | 3-1. 平均・中央値・モード |
| 分散・標準偏差 | 6-1. 分散 / 6-2. 標準偏差 |
| 相関係数 | 26-3. 相関係数 |
| p値・帰無仮説 | 23-2. 検定で使う用語 |
| 信頼区間 | 19-3. 95%信頼区間のもつ意味 |
ヨビノリ「確率統計学」の特別講義3本だけ
YouTube の「予備校のノリで学ぶ大学の数学・物理」に確率統計のシリーズがありますが、連続講義の「推定・検定入門」9本は板書で数式を追う大学講義なので、この記事の読者には向きません。勧めるのは特別講義の3本だけです。
- 中学数学からはじめる確率統計
- 相関は必ずしも因果を意味しない
- 最小二乗法(回帰分析)
「相関は必ずしも因果を意味しない」は、会議で一番効く1本だと思っています。
おまけ:Seeing Theory(英語・操作して理解する)
ブラウン大学が作った、確率と統計をスライダーやクリックで体感するサイトです。英語ですが、文章を読まなくても動かせば分かる。6章 Regression Analysis の Ordinary Least Square は、点をドラッグすると直線が追いかけてくるので、「回帰=残差を最小にする直線」が数式なしで体に入ります。
トップページに「This site is archived for reference」と出ているとおり、更新は止まっています。動きはしますが、その前提で。
ステップ2 「回帰」が分かると会議の半分が聞こえる
要因分析・施策効果・需要予測、どの話でも回帰は出てきます。ここだけは腰を据えます。
統計WEB 27章を順に読む
27-1 単回帰 → 27-3 重回帰 → 27-5 決定係数、の3ページで十分です。
27-3 の中で一番大事な一文はこれです。
ある偏回帰係数は、それ以外の説明変数の値を固定した(変化させない)場合に、その説明変数が1増加するとyがどれだけ増加/減少するかを示しています
「他を固定したときの効き目」という読み方を知らないと、係数の大小をそのまま影響の大きさだと思ってしまいます(自分は思っていました。後述)。また27-5には、決定係数は説明変数を増やすほど1に近づく性質があるので、変数の数が違うモデルを比べるときは自由度調整済み決定係数を使う、とあります。「R²が高いからいいモデル」と言い切る前に知っておく話です。
27章の後半(27-7以降)は有料ソフト「エクセル統計」の操作解説なので、無料で読むなら 27-5 までで止めてください。
おまけ:Chainer チュートリアル 7章「単回帰分析と重回帰分析」
Preferred Networks が公開している日本語教材で、Chainer 本体はメンテナンスモードに入っていますが、2章 Python 入門、3〜6章の数学、7章 単回帰と重回帰、8〜13章の NumPy・scikit-learn・CuPy・Pandas・Matplotlib・ニューラルネットワークの基礎はフレームワーク非依存で今も使えます。7章は「数式で重回帰を追いたくなったとき」の日本語教材として置いておきます。14章以降の Chainer 固有の章は飛ばしてください。
ステップ3 機械学習を絵で理解する
ここで覚える言葉は「分類と回帰」「過学習」「訓練データとテストデータ」「交差検証」の4つでいいです。
R2D3「A Visual Introduction to Machine Learning」
サンフランシスコとニューヨークの住宅データを、スクロールするだけで決定木が分けていく。Part 1 で「特徴量」「境界」「訓練データとテストデータ」「過学習」、Part 2 で「単純すぎるモデル(バイアス)」「複雑すぎるモデル(バリアンス)」まで行きます。
言語切替は英語を含めて13言語ありますが日本語はなく、Part 2 は英語のみです。それでも図だけで8割伝わるので、機械学習の入口として今もこれ以上のものを知りません。
Google「機械学習集中講座」(日本語は機械翻訳)
2024年に全面改訂されたバージョンで、線形回帰・ロジスティック回帰・分類・過学習・ニューラルネットワーク・LLM まで12モジュールあります。日本語ページはありますが、冒頭に「AI 翻訳には誤りが含まれる場合があります」と明示されているとおり機械翻訳です。
前提知識のページに線形代数や行列の乗算が書いてあって怯むのですが、この記事の読者は「線形回帰」「分類」「データセット、一般化、過剰適合」の3モジュールだけ見れば足ります。この3つは代数と統計の常識で読めます。
Kaggle Learn「Intro to Machine Learning」(3時間・英語)
7レッスンのうち「Model Validation」「Underfitting and Overfitting」の2つが、この記事のゴールに直結します。コードを書かずに読むだけでもいい。前段の Python コースが前提と書かれていますが、読むだけなら飛ばせます。
Microsoft「Data Science for Beginners」
10週20レッスンのカリキュラムで、GitHub 上に日本語訳(機械翻訳)があります。4「Introduction to Statistics & Probability」、13「Meaningful Visualizations」、16「Communication」あたりが会議向き。全部やろうとすると重いので、辞書的に必要な章だけ拾う使い方を勧めます。
まとめ
無料教材だけで、会議の言葉が聞き取れるところまでは行けます。順路は「統計のことば → 回帰 → 機械学習を絵で」の3ステップで、数学は後回し。教材は通読せず、対応表から必要な節だけ引く。
自分が今から始めるなら、gacco の「社会人のためのデータサイエンス入門」に登録して第2週だけ真面目に見て、あとは統計WEB の 27-1 → 27-3 → 27-5 と R2D3 の Part 1 を読みます。それで会議は聞き取れるようになるはずです。


