はじめに
「どうせAIが書いたんでしょ?」
最近、技術記事に対してこういった声を見かけることが増えました。AIが文章を生成できるようになった今、「AIが書いた記事には価値がない」という空気がなんとなく広がっているように感じます。
でも、ちょっと立ち止まって考えてみませんか。そもそも 記事の価値ってどこにあるんでしょうか? AIが関わったかどうかは、本当にそこまで重要なことなのでしょうか。
この記事では、AI時代における「価値ある記事とは何か」について、自分なりの考えを書いてみます。
ドキュメントをなぞっただけの記事に価値はあるか
まず、AIの登場以前から問いかけたいことがあります。
公式ドキュメントに書いてある一般論をそのまままとめた記事に、どれだけの価値があったでしょうか。
たとえば「○○の使い方まとめ」「△△入門」といった記事の中には、公式ドキュメントの内容を日本語で並べ替えただけのものも少なくありません。もちろん、日本語で読めること自体に一定の意味はあります。しかし、AIに聞けば一瞬でわかるようになった今、その種の記事の価値は急速に薄れています。
つまり「AIが書いた記事に価値がない」のではなく、もともと価値が薄かった記事が、AIの登場によって淘汰されつつある というのが実態に近いのではないでしょうか。
では、価値のある記事とは何か
私は、AI時代でも変わらず価値を持つ記事には2つのパターンがあると考えています。
1. 「良い疑問」から生まれた記事
「○○ってなんだろう?」「なぜ△△はこう動くんだろう?」
こうした素朴な疑問を持ったとき、調べて、考えて、自分なりの理解に至る。その過程を記事にしたものには大きな価値があります。
なぜなら、 同じ疑問を持つ人は必ずいる からです。そしてその疑問は、公式ドキュメントのどこにも「疑問」としては書かれていません。ドキュメントは答えを提供してくれますが、「そもそもここで引っかかるよね」というつまずきのポイントは教えてくれないのです。
だから、「○○ってなんだろう」と思うたびに記事にする。それだけで、同じ場所で立ち止まった誰かの助けになります。疑問の大小は関係ありません。些細な疑問ほど、検索しても見つからず困っている人がいるものです。
2. 実務の経験から生まれた記事
もうひとつは、 実務でしか得られない経験談 です。
たとえば、こういったものです。
- 本番環境で○○を導入したら、ドキュメントに書いていない△△の問題にハマった
- チーム開発で□□の運用ルールを試行錯誤した結果、こう落ち着いた
- 技術選定で迷った末にこれを選んだ理由と、半年使った所感
こうした記事は、実際にやった人にしか書けません。AIに「○○を本番運用するときの注意点は?」と聞いても、返ってくるのは一般論です。「うちの環境ではこうだった」「この規模だとここがボトルネックになった」という生の声は、経験者の記事からしか得られません。
価値ある記事のポイントをまとめると、「ドキュメントに書いてあること」ではなく「ドキュメントに書いていないこと」を書くということです。良い疑問も、実務の経験も、どちらもドキュメントの外側にあるものです。
AIはむしろ使った方がいい
ここまでの話を踏まえて、記事執筆におけるAIの位置づけについて考えてみます。
私の結論は、 記事を書く過程でAIはむしろ積極的に使うべき です。
なぜなら、文章を書くという行為のハードルは、多くの人が思っている以上に高いからです。
せっかくの良い疑問や貴重な経験が、「文章を書くのが大変」という理由だけで世に出ないのは、あまりにもったいないことです。
AIに文章の下書きを手伝ってもらう、構成を整えてもらう、読みやすい表現に直してもらう。これらは記事の価値を損なう行為ではありません。 記事の価値は「誰が書いたか」や「どう書いたか」ではなく、「何を伝えているか」で決まる からです。
まとめ
| 価値が低い | 価値が高い | |
|---|---|---|
| 記事の内容 | ドキュメントの一般論をまとめたもの | 良い疑問・実務経験に基づくもの |
| AIの役割 | 一般論を量産する道具 | 書くハードルを下げるアシスタント |
AI時代に本当に問われているのは「AIを使ったかどうか」ではなく、 「あなた自身の疑問や経験がそこにあるか」 です。
「○○ってなんだろう?」と思ったら、調べて、記事にしましょう。実務で得た知見があるなら、共有しましょう。文章を書くのが苦手なら、AIに手伝ってもらいましょう。
あなたの疑問と経験は、あなたにしか書けないものです。


