0.はじめに
量子コンピュータ Advent Calendar 2021 24日目の記事です。
今回はコミュニティ活動(研究会)での成果物を中心にご紹介したいと思います。
成果物には「量子人材育成のための教材」を含んでいます。
量子コンピュータに興味を持っているエンジニアの方にご活用いただければ幸いです。
1.量子人材育成のための教材
早速ですが、まずは公開資料についてです。
1-1.公開資料
成果物(PDF、JupyterNotebook)は、Githubで公開しています。
研究会における成果物の全体像は以下のようになっていました。(公開資料に「アンケート」「最終報告」は含まず)
1-2.Q検定サンプル問題
教材とあわせて、Q検定(Quantum検定)のサンプル問題を公開しています。
後ほど紹介する「Q検定 サンプル問題集(基礎・リテラシーレベル)」からの抜粋となっています。
正解数に応じたレベルの評価ができますので、資料を読み始める前に一度トライしてみてください。
2.コミュニティ活動(研究会)について
2-1.コミュニティ概要
活動したコミュニティは、IBM社が運営する「IBM Community Japan」です。
このコミュニティにはいくつかのプログラムがあり、そのひとつが「ナレッジモール研究」となっています。
このプログラムは、基本的に誰でも参加することができます。
2021年度のナレッジモール研究には、61のワーキンググループ(WG)がありました。
そのうち、3つのWGは**「量子コンピューターの活用研究 -機械学習・量子化学計算・組み合わせ最適化への適用-」**というテーマで活動し、私はそのうちひとつのWG(2021-B-10a)に参加しました。今回ご紹介している資料等はその成果物です。
活動期間は 2021年1月~9月 の9か月間、メンバーは7名+アドバイザー1名の計8名でした。
2-2.活動結果
研究成果は「Go UNiTE 2021」というオンラインイベント(バーチャル会場)で公開されました。(2021年10月~12月)
11月の決勝大会に向け61WGから9WGが選出され、最終的には当WGが「最優秀賞」を獲得しました。
特に成果物の内容については当WGによるアンケート、審査コメントともに好評をいただくことができました。
成果物は他のWGを含め、コミュニティに参加すれば誰でも自由に参照することが出来ます。
しかし、時間の経過によって内容が陳腐化する前に、より多くの方に役立てていただきたいという思いから、コミュニティ外でも公開することにしました。
※公開にあたってはコミュニティへの事前申請を行い、了承をいただいております。
3.成果物について
3-1.テーマ
WGの基本テーマは先述のとおり「量子コンピューターの活用研究 -機械学習・量子化学計算・組み合わせ最適化への適用-」ですが、具体的なテーマ設定や活動内容はWGメンバーに委ねられています。
今回は、参加メンバーの興味関心等から「量子人材育成」を主テーマとし、量子人材育成のための提案を行うことにしました。
こうした活動において「人材育成」はスタンダードなものになりますが、メンバーの前提知識や興味関心事に幅があるケースではトピックを幅広く扱うことができるため、有効なテーマとなります。
3-2.提案ポイント
量子人材育成の提案におけるポイントとして、以下の4つをあげています。
- 量子人材の類型定義
- 量子人材のレベル定義
- 量子人材を効率的に育成する「エコシステム」の提案
- 量子人材育成で活用できる 教材一式 および 検定試験 の提案
この中で、**《 教材での学習 ⇔ Q検定での評価 》**を繰り返すことで、より高度な人材を目指すことを想定しています。
詳しくは「提案コンセプト説明」資料を参照いただきたいと思いますが、ここでは「レベル定義」、「教材」、「検定試験」の3つを簡単にご説明します。
3-3.レベル定義
量子人材のレベルは3段階で定義しています。
- 基礎レベル
- 特定の応用分野に限定しない量子コンピュータの基礎的な知識を有するレベル。
- リテラシーレベル
- 基礎レベルの知識のサブセットにあたる。より概念的な知識を有するレベル。
- 応用レベル
- 特定の応用分野で活用できる知識を有するレベル。
- 今回は応用分野として「量子機械学習」に焦点をあてている。
3-4.教材(シラバス、テキスト)
学習教材は「シラバス」と「テキスト」をひとつのセットとして、レベル別に作成しました。
シラバスは量子人材として学習すべき項目を一覧で整理。テキストはシラバスの項目ごとの説明資料です。
最終的に、シラバス 145項目、テキスト 102ページの大作となりました。(NotebookはPDF換算)
また、テキストでは「キーワードをスライド1枚で説明する」というコンセプトを設定しました。
平易な言葉で説明することを心掛けており、「わかりやすさ」を重視しています。
3-5.検定試験(Q検定)
量子人材に限りませんが、人材育成においては学習状況の評価がひとつの課題となります。そこで、育成状況を可視化するための検定試験として「Q検定」(Quantum検定)の提案を行い、サンプル問題集を作成しました。
冒頭にあったサンプル問題(Google Forms)は、作成した全104問から一部を抜粋したものです。
4.Qiskitによる量子機械学習の実装
教材にはスライド資料だけではなく実装コードも含んでいます。概念的な理解だけではなく、実装レベルでのより具体的な理解を目指します。今回は **QNN と Q-means の説明および実装(サンプルコード)**を公開しています。実装にはオープンソースで量子開発が行える「Qiskit」を利用しました。
- テキスト(応用レベル、量子機械学習)
- QNN(量子ニューラルネットワーク)
- Q-means(量子k-means)
4-1.QNN
QNN とは、Qunatum Neural Network (量子ニューラルネットワーク)のことです。
パラメータ付き量子回路を使い、パラメータを最適化することでモデルを構築します。
今回の教材の特徴にもなりますが、QNNのアルゴリズム構造を分解し、従来のAI分野と量子分野に色分けをして説明を行っています。
基礎的な説明から実装コードまで、広く取り扱っていますが、さらにQNNの課題や「barren plateaus問題」と呼ばれる既知の問題を取り上げることで、より深い知識を習得いただくことをねらいとしました。
4-2.Q-means
Q-means は、古典のクラスタリング手法である k-means の量子版です。量子k-means と表現されることもあります。
また、SWAP TEST と State_Fidelity というふたつの手法の比較検証なども行っています。
資料はいずれも「AI人材」をターゲットとしています。AIに関するある程度の前提知識は必要ですが、量子関連についてはAI人材が見てもわかりやすい内容を心掛けました。ご興味のある方は応用レベルのテキストを参照いただければと思います。
5.おわりに
量子人材育成の提案では、将来的な企業競争力の強化において「量子コンピュータ」がひとつの重要な要素になることを前提に、量子人材は必要不可欠な存在であるとしました。しかしIT人材の不足は既知のとおりであり、量子分野についてもまた同様であると言われています。
量子分野の発展スピードは、人によって見解の分かれるところではありますが、量子人材には高い専門性が要求されるため、育成には相応の時間が必要であることは間違いなく、**「早期に量子人材育成に着手すべきである」**と考えています。不慣れな領域にいきなり飛び込むのは難しいことではありますが、今回の公開資料によって一人でも多くの方に量子コンピュータへの興味を持っていただければと思っております。