何が嬉しいんだっけ
人によって生活の中に求めているものや、考え方、価値観は様々です。
その価値観に合う仕事ができるか、生き方ができるかというのはとても重要でしょう。
改めて、「自分は何が嬉しいんだっけな。」と考えてみる、見つめ直してみるのも生活を豊かにするうえで役立つかもしれません。
コンプレックスと人の役に立つ欲求
早生まれは統計的に年収が4%低く学力偏差値も低いという研究結果があるそうです。
私は3月末の生まれ、悲しいかな、この結果はなんとなく理解できるような気がします。1
子どものころから体は小さく病弱で、そして4月生まれの同級生と比べると約1年出遅れている状態です。この幼少時代に形成された自己評価の低さや負け癖のようなものは、大人になってからもなかなか引き剥がせません。
だからこそ、誰かの役に立ちたいとか、自分が力になれるならなりたいという欲求が根本にあるのかもしれません。
かっこつけたい
かっこつけたい、ダサくなりたくない。と思います。
これは一般的にいうかっこ良さや、モテたいという願望ではなく2、自分自身の矜持の話です。美学とも言い換えることもできます。
- 自分にかかるコスト分の以上のバリューは返してかっこつけたい
- 環境や人のせいにするようなダサい人間にはなりたくない
- やりたい、やりたくないではなく、やるべきかどうかで考えたい
- 当たり前のことは、当たり前のように涼しい顔してやりたい
他人からどう思われるかは諦めていますが、せめて自分自身からは「お前はダサい人間だな。」と思われないように意識しています。
人生のハンドルを自分で握る
独立する、若手とは見られなくなってから知見を持たない他業種へ転職する、などを聞くと
「あぁ、過酷な旅にでるのか。何も今の恵まれた環境を捨てなくても。」
と思ってしまうことがあります。3
しかし、“人生のハンドルを自分で握る”という言葉がありますが、自分で決めた人生の道を歩むのであれば、苦難や過酷な旅でも耐えられるのかもしれません。
私も、自分の人生のハンドルは自分で握り、その気になればどのような道にだって進めることが出来るという感覚は大切にしています。
アンダーコントロールかどうか
“人生のハンドルを自分で握る”と少し似ていますが、特に業務において、自身の取り組む仕事がコントロールできない状況に陥るのが一番の苦痛です。
どう足掻いても状況を良い方向にもっていけないくらいであれば、負担が大きくてもコントロールの効く、自分が状況を改善できる仕事のほうが好きです。
平穏に暮らしたい
あまり大きな成功や金銭には興味はありません。
お金はあればあるだけ便利ですが、人より突出した成功や贅沢より、平穏に安定して暮らしたいと考えています。
そのような話をすると、歩んでいる道とだいぶ異なるのでは?とよく言われますが、大きな組織でアンダーコントロールじゃない働き方とコンプレックスからくる自己無能感が重なるのを恐れているのかもしれません。
正しい野心
ベン・ホロウィッツの「HARD THINGS」で、"正しい野心”、"間違った野心”についての記載があります。
ここでの内容は心から同意するものばかりで、この中でいう"正しい野心”で私もありたいと思いました。
管理職が自分のキャリアを会社の成功より上位に置くのを見れば、部下は「どうして長時間労働してまでボスのキャリアの成功を助けねばならないのだ?」と考えるようになる。
私はフリーランスの経験はあるものの、自分には不向きであると自覚しています。
それは、基本的に怠惰で無気力で、個人的な利益という動機ではギリギリの生活が成り立つくらいしか気力がないからです。
しかし、所属する組織や仲間のためであれば、まだ気力を振り絞ることができます。
以前に下記の記事で書いた「人のために(社会性)」の通りです。
まとめ
色々と考えると、自分の出来ることで役に立つことを模索しながら、沢山の業種の人と一緒に仕事ができる現状の仕事は自分にあっているのだろうなと思いました。