$\sin x^\circ$ を $x$ で微分するとどうなるでしょう?
$\sin x^\circ$ とは、ラジアン(弧度法)ではなく度(度数法)で表した $\sin$ のことです。 $\sin x$ をxで微分した結果はもちろん $\cos x$です。しかし、 $\sin x^\circ$ を $x$ で微分しても $\cos x^\circ$にはなりません。次のようになります。
\{\sin x^\circ\}' = \frac{\pi}{180}\cos x^\circ
僕らはラジアンで三角関数を扱うことに慣れすぎていて普段は意識しませんが、 $x$ で微分したときに
\begin{eqnarray*}
\{\sin x\}' & = & \cos x\\
\{\cos x\}' & = & -\sin x\\
\{-\sin x\}' & = & -\cos x\\
\{-\cos x\}' & = & \sin x
\end{eqnarray*}
と導関数が循環するのは、 $\sin x$ や $\cos x$ の $x$ をラジアンで表したときだけです。
微分すると循環する関数
さて、微分すると循環する関数と言えば他にも $e^x$ があります。
$e^x$ は $x$ で微分すると導関数として自分自身が得られます。
\{e^x \}' = e^x
当然、 $e^x$ を何度微分しても $e^x$のままです。
しかし、これは指数関数の底に ネイピア数 $e = 2.71828\dots$ という数を選んだときのみ得られる性質で、一般的な指数関数 $a^x$ を $x$ で微分すると次のようになります。
\{a^x \}' = (\log _e a)a^x
三角関数も指数関数も微分すると導関数が循環するけれど、それは基準となる数に特別な値を選んだときだけ。この二つの話は似ていると思いませんか?
三角関数の底
指数関数 $a^x$ では、その基準となる数 $a$ のことを 底 と呼びます。一般的に三角関数には底という概念はありませんが、ここでは二つの関数を比較しやすくするために 三角関数の底 という考え方を導入してみましょう。
たとえば、 $\sin x^\circ$ の底は $360$ 、 $\sin x$ の底は $2\pi$ です。三角関数の底は一見周期と一致しているように見えますが、必ずしもそうではありません。たとえば、 $\tan x$ の場合は周期は $\pi$ ですが底は $2\pi$ です。360°のことをどのような数字で表すかが底になります。
底を明記する
より対比しやすいように三角関数と指数関数の書き方もそろえてみます。対数関数では $\log _e x$ のように底を明記しますが、$\sin x$ や $\cos x$ についても同じように底 $2\pi$ を明記して次のように書いてみましょう。
\begin{eqnarray*}
\sin x & \to & \sin _{2\pi} x\\
\cos x & \to & \cos _{2π} x
\end{eqnarray*}
この書き方にならえば、 $\sin x^\circ$ や $\cos x^\circ$ は底が $360$ なので次のようになります。
\begin{eqnarray*}
\sin x^\circ & \to & \sin _{360} x\\
\cos x^\circ & \to & \cos _{360} x
\end{eqnarray*}
指数関数は元々底が明記されていますが、書き方をそろえるために次のように書くことにしましょう。
\begin{eqnarray*}
a^x & \to & \exp _a x\\
e^x & \to & \exp _e x
\end{eqnarray*}
3.14...と6.28...
三角関数にも底という概念を導入することで、指数関数について底が $e$ のときに導関数が循環するように、三角関数も底が $2\pi$ のときに導関数が循環すると言えるようになりました。
関数 $f(x)$ | 導関数 $f'(x)$ | 底 | 導関数の循環 |
---|---|---|---|
$\sin _{a} x$ | $\frac{2\pi}{a}\cos _{a} x$ | $a$ | 循環しない |
$\cos _{a} x$ | $-\frac{2\pi}{a}\sin _{a} x$ | $a$ | 循環しない |
$\exp _{a} x$ | $(\log _{e} a) \exp _{a} x$ | $a$ | 循環しない |
$\sin _{2\pi} x$ | $\cos _{2\pi} x$ | $2\pi$ | 循環する |
$\cos _{2\pi} x$ | $-\sin _{2\pi} x$ | $2\pi$ | 循環する |
$\exp _{e} x$ | $\exp _{e} x$ | $e$ | 循環する |
このように対比してみると、指数関数の世界における特別な数 $e = 2.71\dots$ に対応するのは、三角関数の世界では 円周率 $\pi = 3.14\dots$ ではなく、 $2\pi = 6.28\dots$ のように見えます。
円周率は円周と直径の比という形で発見されたわけですが、直径ではなく半径との比として考えられれば $6.28\dots$ が特別な数とされてもおかしくなかったでしょう。歴史上たまたま $3.14\dots$ が円周率と名付けられ $\pi$ という記号が与えられましたが、実は $\pi = 3.14\dots$ ではなく $2\pi = 6.28\dots$ こそが特別な数なのかもしれません。
ここで仮に、 $2\pi = 6.28\dots$ に $\tau$ 1という記号を割り当ててみましょう。
\begin{eqnarray*}
2\pi & \to & \tau\\
\sin _{2\pi} x & \to & \sin _{\tau} x\\
\cos _{2\pi} x & \to & \cos _{\tau} x\\
\end{eqnarray*}
オイラーの公式
これまで見てきたように、指数関数は底が $e$ のときに、三角関数は底が $\tau$ のときに導関数が循環します。これはよく似た性質に思えます。このことについてもう少し掘り下げてみましょう。
指数関数と三角関数をつなぐものと言えば オイラーの公式 です。
e^{ix} = \cos x + i\ \sin x
これを、前節のような表記で書き直してみると次のようになります。
\exp _{e} ix = \cos _{\tau} x + i\ \sin _{\tau} x
この式の両辺を見比べてみて下さい。 $e$ と $\tau$ 、 $\exp$ と $\sin, \cos$ がきれいに対応しているのがわかります。
$e$ と $\tau$ は指数関数と三角関数の導関数に循環性を与えるというよく似た役割を持っています。そして、 $e$ と $\tau$ を底とする指数関数と三角関数は複素数を介して等号で結ばれ、同じものを表すのです。なんて美しい関係でしょうか。
僕らは三角関数の底という概念を持たないために、そして、 $\tau$ ではなく $\pi$ を特別な数だと考えているために、オイラーの公式に秘められた $e$ と $\tau$ の美しい関係に気が付かないのです。
オイラーの等式よりも美しい
美しい数式と言えば オイラーの等式 が有名です。
e^{i\pi} + 1 = 0
この数式の中には円周率 $\pi$ 、ネイピア数 $e$ 、虚数単位 $i$ 、加法の単位元 $0$ 、乗法の単位元 $1$ という数学上重要な五つの定数が現れ、それらが等号によって一つ結び付けられています。そのため、最も美しい数式として挙げられることも多くあります。
しかし、 $\pi$ ではなく $\tau$ が特別な数なのであればオイラーの等式は特別な意味を持ちません。仮に $\pi$ に意味があり、オイラーの等式が五つの数学定数を結びつけているとしても、一つの式にそれらが含まれているというだけで五つの定数の間に何か特別な関係があるわけではありません。
美しさなんてものは主観に過ぎませんが、上で述べた
$e$ と $\tau$ は指数関数と三角関数の導関数に循環性を与えるというよく似た役割を持っています。そして、 $e$ と $\tau$ を底とする指数関数と三角関数は複素数を介して等号で結ばれ、同じものを表すのです。
という関係を考えると、僕は オイラーの公式はオイラーの等式よりも美しい と感じます。
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最初別の文字をあててましたが、コメントで The Tau Manifesto の存在を教えてもらったので置き換えました。 ↩