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書評『実証ビジネス・エコノミクス』

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はじめに

こんにちは。

12月17日に発売されました『実証ビジネス・エコノミクス』(以下、本書)は、産業組織論において必須の知識とも言える構造推定を広範かつ重点的に学ぶのに最適の書籍です。
これまで構造推定を学ぶには、書籍ではTrain (2009)Aguirregabiria (2021)を当たるしかありませんでした。書籍は理解の助けにはなりますが実践を欠くため定着が難しく、比較的難解な構造推定の参入障壁を引き上げる原因となっていました。それが数年前から経済セミナーにて実証ビジネス・エコノミクスの連載が始まり、こうして書籍化に至ったことは、構造推定を学ぶ一学生として非常に喜ばしいことだと感じています。改めて、書籍化にご尽力された方々に御礼申し上げます。

本稿では、本書を一読した感想を述べ、その魅力を伝えることを目的としています。

本書の構成

本書は下記のような構成を取っています(公式サイトより抜粋)。
第Ⅰ部 イントロダクション
 第1章 実証ビジネス・エコノミクスとは
 第2章 消費者の購買パターンを浮き彫りにする:
       個票データを用いた離散選択モデルの推定

第Ⅱ部 需要の推定
 第3章 需要を制する者はプライシングを制す
 第4章 プライシングの真髄は代替性にあり
 第5章 合併の効果は需要次第

第Ⅲ部 動学的なシングルエージェントの意思決定
 第6章 将来予想のインパクトを測る
 第7章 価格戦略をダイナミックに考える

第Ⅳ部 静学ゲームの推定
 第8章 参入すべきか否か、カギは戦略的思考にあり
 第9章 未知のライバルの行動を捉える

第Ⅴ部 動学ゲームの推定
 第10章 相手の将来の行動を読んで競争優位につなげる
 第11章 市場のダイナミクスから利益構造を見通す

構造推定手法を理解するために必要な手法から解説されていて、とても親切な構成となっています。もし完全な初学者でこれらの知識に疎い場合でもスムーズに理解できると思います。とくに動学の部分はマクロのコアコースの内容とも一部重複するため、その予復習にも適しています(注: 大学院による)。
もし別の視点から学びたいということであればBerry and Haile (2021)のいくつかの章と内容が重複するためおすすめできます。また、より発展的な内容であれば川口先生の大学院講義資料が詳しいです。

本書の強み

本書の強みとしては以下の3つが際立っています。

はじめに、サポートコードが充実しているために、実際にやってみるなら何をすればいいのかを学ぶことができます。コードはその多くがスクラッチで実装されているために、R以外の言語にもその考え方を容易に引き継ぐことができます。分析現場ではPythonに統一されているということもままあるので、言語に依存していない実装は何かと便利です。

次に、応用先を想像しながらモデルを学ぶことができます。元論文にも実証例がついているので最低限の想像はできるのですが、理論→実証の結びつきを強くするのはその具体例をたくさん知ることだと私は思っています。本書は複数の仮想的な実務ケースをもとに議論を行なっているため、具体的なイメージを持ちながら学ぶことができます。

最後に、幅広い読者層にとって適した内容になっています。本書は実務の現場で構造推定を導入しようとしているコンサルタント・データサイエンティストから、構造推定を用いる分野を専攻しようとしている学生まで、多様な読者の求める情報を網羅しています。理論面の細かい話の簡単な補足や、実務レベルにまで広げた結果の解釈があることが本書の懐の広さを強めています。

本書の限界

一方で、本書は構造推定を実際に使えるようになることを主軸にしているために、あえて触れられていない点がいくつかあります。

まず、構造推定が各々の分野でどのような応用が見られるかについての概況は十分な説明がなされていません。産業組織論では本書で紹介されたような実証例以外の応用先はいくらでもあり、それぞれについて構造形が主力なのか、誘導形が主力なのか、大まかな傾向が存在します。本書は当初から「構造推定をするならばどうするか」といったスタンスで記述されているため、誘導形との使い分けについては十分な言及がありません。また、産業組織論以外でも労働経済学や都市経済学においても構造推定は取り入れられているようですが、それらの分野での応用例は紹介されていません。

また、実務に導入することで他の手法とどう差別化できるかについてもあまり言及がないです。私が学生の身のため想像を大いに含んでしまいますが、実務の現場で構造形を取り入れる最大の障壁は、モデルを理解して正しく実装することではなく構造形を取り入れることを認めさせることではないでしょうか。こうした構造推定の売り方については、読者が実装手順や結果の見え方、解釈できる範囲を一つ一つ確認して、他の手法との比較を十分に行う必要があるでしょう。

また、構造推定自体の弱みについても記述を少なくしています。主な構造推定の弱点としては、主に以下が指摘されます。

  • リッチで複数方向からのデータを必要とするため、データ収集やデータ加工に工期が要求され、スピード感に欠ける。
  • 初期値や使用アルゴリズムによって結果の安定性が大きく変わるため、モデル構想段階から入念なチェックの上で進める必要がある(参照)。
  • 推定された結果はどれも経済学的な仮定の上に成り立つもので、検証できる範囲は広いもののその正当性を示すことは誘導形ほど容易ではない。

このように完全無欠の手法ではないので、読者はそのことを誤解せず読み進める必要があります。

まとめ

本書は、これまで体系的にまとめられることの少なかった構造推定の基本的手法を日本語でまとめた貴重な参考書です。構造推定に興味を持った全ての潜在的読者にまず一番におすすめできる本です。コードサポートや実証例が充実していることから独学者でも問題ない設計になっていますが、ゼミや勉強会等でグループで学ぶとより効率的に学習できるのではないでしょうか。

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