はじめに
「日本がマイクロソフトより先にトロンを開発しようとした」というデマを見つけたので訂正します。言うまでもなくこれは間違いです。TRON の OS と マイクロソフトの OS、先に開発・完成・販売されていたのはマイクロソフトの OS です。当時を知っている人なら常識だと思いますが、どうやら 2026 年現在、それすらも歴史から消えかかっているようです。マイクロソフトの最初の OS は Windows 95 ではありませんよ。トロンプロジェクトは長い間、日本のことだけしか考えておらず(英語版すらない)、米国初で日本に参入した(各国語版を販売済み)Microsoft や Apple よりも世界レベルのビジネスで完全に遅れていました。というよりも2000年ぐらいまでは日本が米国のコンピュータ・OS技術に追いつくための研究プロジェクトの域を出ていませんでした。トロンが日本独自の携帯電話(ガラケー)でガラパゴス化(日本独自の携帯電話体系の構築)してスマホに逆転されたのと同じように、トロンパソコンが目指したのもガラパゴス化(日本だけで通用するコンピュータ体系の構築)でした。トロンプロジェクトが先進的と言われたのは構想です。しかし構想だけでは絵に描いた餅ですし、その構想も米国のダイナブック構想の方が先です。
「TRON は、組み込み機器や、家電、パソコンなど、あらゆる機器で使える共通 OS」ではありません。組み込み機器や家電用は ITRON 仕様、パソコン用は BTRON 仕様で、多くのメーカーが OS を自作するためのもので、仕様も設計もソースコードも開発会社も全部違います。ITRON は NEC が力を入れていましたが、BTRON に力を入れていたのはほぼ松下電器です。トロンプロジェクトは元々は、組み込み機器や家電用であり、あらゆるコンピュータで使える OS ではありませんでした。そもそもトロンプロジェクトの目的は統一 OS の開発(次世代の標準OSを日本主導で作ること)ではなく、当時の日本の各メーカーでバラバラだったコンピュータの仕様や使い方を統一する「日本の問題」を解決するためのものです。米国ではパソコンは IBM PC 互換機での統一が始まっていたのですが、日本語が扱えないという問題により参入が遅れており、日本のメーカーはバラバラの仕様で国産パソコンを開発していました。トロンは米国人には日本語を扱えるコンピュータや OS を作れないという間違った前提の元、日本特有の問題を日本独自のやり方で解決しようと始まったプロジェクトです。しかし世界の波には抗えませんでした。トロンパソコンが普及しなかったのは、日本の多くのメーカーと日本人が興味を示さなかったためです。多くの大手メーカーは最初からトロンパソコンの開発に本気ではありませんでした(嘘だと思うなら「TRON導入とCAIシステムの最新動向調査 : 88年版」を読んでください)。米国製のパソコンや OS が日本語扱えるようになり、それで統一されるのであればそれで良いと考えました。
米国からのスーパー301条に関係する圧力はトロンパソコンが普及しなかった主要な原因ではありません。なぜなら米国は日本にトロン開発から手を引けと要求しておらず(だからこそ発売されているわけで)、各メーカーのトロンパソコンから撤退は、米国からの圧力の直後ではなく1年以上後の問題が解決した1990年代、トロン OS や日本語版 Windows 3.1 が発売された頃から始まっているからです。マイクロソフトの OS は 1980年代から発売されていましたが、パソコン用の TRON OS は1980年代から開発を始め、最初から1990年代に発売する OS として開発されていました。構想はあっても Windows に追い抜かれたわけで、計画自体が遅かったといえます。TRON には独自の発想がありますが、優れているという意味ではありません。例えば TRON という名前には Realtime(リアルタイム)という文字が含まれていますが、Windows もリアルタイムに処理できる OS です。初期のトロンプロジェクトの「リアルタイム OS」の意味は、大型コンピュータのバッチ処理に対して、ユーザーの操作に応じて反応する機能が OS の機能に組み込まれているという意味です。MS-DOS の時代、リアルタイム機能は OS ではなくハードウェアが提供する機能でした(割り込みなど)。昔はリアルタイムの意味が違っていたため、現在の基準で言えばパソコン用のトロン OS はリアルタイムに強いわけではありません(Windows と大差ないという意味)。
トロンプロジェクトは国家主動のプロジェクトではないことに注意して下さい。坂村氏はトロンプロジェクトが国家プロジェクトではない(産業界と大学のプロジェクトである)ことを誇りにしてるぐらいです。トロンプロジェクトが国家主導のプロジェクトだと勘違いされる理由は、日本政府(通産省)が義務教育に使用する教育用パソコンの標準 OS をトロン OS ベースにしようとしたためです。しかしこの時点でトロンは未完成で NEC や現場の教師の反対にあい、教育用パソコンの標準 OS に指定することを断念しました。トロンプロジェクトの計画はなにもかも遅かったというのが真実です。この記事では、TRON と Microsoft のどちらが開発が早かったのかについてまとめます。その他、ここに書いていない事柄についての根拠は以下に書いています。
「日本がマイクロソフトより先にトロンを開発しようとした」デマ
パソコン用のトロン OS に、無料で配布するという話はありませんでしたし、オープンソースでもありません。
デマによると、どうやら、「産業総合技術研究所 (ATR)」という謎団体が1980年代に中心となって進めていたらしいです(笑) AI は「国際電気通信基礎技術研究所 (ATR: Advanced Telecommunications Research Institute International)」か「産業技術総合研究所 (AIST: National Institute of Advanced Industrial Science and Technology)」と勘違いしてるんでしょうね。この時点でデマなのは明らかです。1980年代初頭にスタートした TRON が、1980年代に普及した MS-DOS に勝てるわけがありません。これは、「先に開発しようとした」けど「実際に開発できたのは遅かった」という意味なんでしょうかね。
それとも「日本がマイクロソフトより先にトロンを開発しようとしましたよね?」という質問を「トロンを開発しようとしたのは、マイクロソフトよりも日本が先だったって誤解釈したのかもしれません。マイクロソフトがトロンを開発? 自分たちの OS を持っているマイクロソフトがトロンを開発するわけないじゃないですか。トロンは他の OS とのデータ互換性が低いため、採用する気にならないでしょう。だからほとんどのメーカーはトロンパソコンの開発に乗り出さなかったわけです。AI が馬鹿というか質問が巧妙だと言うか。この場合、AI は質問の真意を解釈して「マイクロソフトが OS を開発したのはトロンよりも先です」と言うべきでしょう。
TRON が組み込み用だからとかリアルタイム用だから Windows よりも先進的ということにはなりません。これらは用途が異なるため、パソコン用と両立するのは困難です。だからこそ組み込み用として始まった ITRON はパソコン用の BTRON としては通用しなかったとも言えます。また当初の組み込み用はインターネット通信を伴わなかったので、TRON は IoT 用として始まったわけではなく、インターネットが普及した後に考慮が始まったものです。
時系列: トロンプロジェクトは5年以上遅れている
大雑把に言って、日本・TRON は米国・Microsoft より5年から10年遅れです。調べればすぐに分かるはずなのですが、どうにもよくわかっていない人が、トロンプロジェクトの発足 = 開発開始(1984年)と Windows 95 の発売(1995年)を比較しているようです。OS についての基礎的な知識がないから知らないわけですよね。OS だけの話をすれば、PC 用のトロン OS が市販されたのは1994年、Microsoft の OS が発売されたのは1981年なので10年以上遅れています。いや、それよりも前にアレが発売されているだろう?って反論したくなるのはわかりますが、Microsoft と比較したいならこれが事実です。TRON の方が OS 開発で遅かったことをわかりやすく示すために、時系列のポイントを以下にまとめます。
| Microsoft | TRON | TRON は・・・ | |
|---|---|---|---|
| 設立・発足 | 1975年 | 1984年 | 9年遅れ |
| 非 GUI OS 開発開始 | 1981年 | 1983年 | 2年遅れ |
| 非 GUI OS 発売 | MS-DOS: 1981年 | ITRON: 1984年 | 3年遅れ |
| GUI OS 開発開始 | 1981年 | 1984年 | 3年遅れ |
| GUI OS デモ・実験機発表 | 1983年 | 1987年 | 6年遅れ |
| GUI OS 発売 | 1985年 | 1991年(1994年) | 6~9年遅れ |
| 32ビット OS 発売 | 1993年 | 1998年 | 5年遅れ |
| 国際化対応 | 日本語版: 1983年 | 英語化: 2002年 | 19年遅れ |
以下は1983年11月23日に撮影された発売前の Windows デモ(他の GUI も含まれるので注意)と関連記事。トロンプロジェクト発足は1984年6月、トロン OS の開発が始まる1年近く前に Windows は動くデモが発表されています。
-
Microsoft Windows 1983 pre-Version 1.0 demo
- Byte Magazine 1983年12月号 (デモ版の Windows の記事)
- Microsoft Windows at Fall Comdex 1983
Microsoft の PC 用 OS は1981年の MS-DOS から始まり、さまざまなメーカーから MS-DOS 用の多くのアプリケーションが販売されました。多くの人はパソコンを購入しており、それらが後継 OS でも動いたことが、Windows が普及した理由の一つです。アプリケーションがほとんどない TRON に勝てる理由はありませんでした。アプリケーションの数を問題視しているのではありません。1万個のゴミのようなアプリケーションは必要ないでしょうが、100個ぐらいの優秀なアプリケーションは必要です。ユーザーが今使っているアプリケーション、使いたいアプリケーションが、TRON OS には無く MS-DOS・Windows にはありました。TRON OS 標準のアプリケーションは簡易機能しか持たず、当時の MS-DOS 版の一太郎や Lotus 1-2-3 を比較して実用面で明らかに劣っています(TRON OS 標準アプリは罫線機能やグラフ機能なし)。また、ユーザーは使い方を学び直したくないと考えれば「同等のアプリケーションがある」では不十分で、全く同じアプリケーションが必要です。

Windows 1.01: https://en.wikipedia.org/wiki/File:Windows1.0.png より
Microsoft vs TRON
設立: Microsoft(1975年) vs TRON(1984年)
Microsoft の設立は1975年4月、一方のトロンプロジェクトの発足は1984年6月なのでTRON はマイクロソフトよりも9年遅れです。トロンプロジェクトの発足時点で動く OS はありません。これから開発開始ですから、Microsoft 設立と比べるのは妥当です。
Microsoft は元々、プログラミング言語 BASIC の開発と発売を行うベンチャー会社として1975年に始まりました。もちろん BASIC は OS ではありませんが、初期のパソコンは BASIC が OS の代わりでした。例えばパソコンの電源を入れると ROM に記録された BASIC が自動的に起動していました(別の OS を起動するときはフロッピーディスクから起動する)。Micirosoft が開発した BASIC は、初期の日本のパソコンなどに採用されました。
最初のOS開発: Microsoft(1981年) vs TRON(1983年)
Microsoft の最初の OS (MS-DOS) は1981年8月に発売、一方の最初の TRON OS (ITRON: RX116) は1984年11月発表(発売ではない)なので TRON はマイクロソフトよりも3年遅れです。MS-DOS は DOS (Disk Operating System) の名の通り、ディスクを扱うための簡易なシングルタスク OS であり、組み込み用の ITRON はマルチタスク OS なので OS の機能として比較できるわけではありません。DOS の方が OS としては簡易ですが、人が直接使う OS として CLI やコマンドを備えていると違う面があります。もちろん ITRON には GUI もないため Windows と比較できません。ここでは OS の機能を比較しているわけではなく、単に最初に作った OS という意味で比較しています。
最初の MS-DOS は PC-DOS という名前で、IBM が IBM PC を発売する時に必要になったため、ビル・ゲイツに頼んで作らせたものです。3ヶ月程度の短い開発期間しかなく、最初はビル・ゲイツは CP/M の採用を提案したのですが、IBM と CP/M を開発したデジタルリサーチ社との交渉がうまく行かず、IBM がビル・ゲイツに相談した形です。当初ビル・ゲイツは乗り気でなかったのですが、当時にマイクロソフトの副社長だった西和彦氏に強い提案により MS-DOS を開発することとなります。この時マイクロソフトは一からすべてを作るのではなく、CP/M のドキュメントを参考に、16ビット版の OS を開発していた SCP 社の 86-DOS を(その開発者ごと)買い取って、IBM PC 用に移植しました。買い取る際、秘密保持契約によって IBM PC 用として利用することを言わなかったため、マイクロソフトは OS を盗んだなどと批判する人がいますが、その話は SCP がマイクロソフトを訴えて和解しているので終わった話です。独自技術症候群という言葉があるように、なんでも自前で作らなければいけないという考え方は、愚かであるとよく知られています。
坂村氏は ITRON の仕様書を1983年に書きました。最初の TRON OS (ITRON: RX116) を開発したのは NEC の技術者(ただしパソコン関係ではない)です。トロンプロジェクトの発足者は坂村氏ですが、トロンプロジェクトはそもそも仕様を作成するプロジェクトで、TRON OS を開発するのはメーカーです。TRON OS のソースコードの権利もメーカーにあるため、NEC は TRON OS のソースコードをオープンソースにしませんでしたし、有料で販売しました。
MS-DOS 用のアプリは Windows 1.0 〜 3.x、9x で動くという意味で、MS-DOS と Windows の間には連続性がありますが、ITRON 用のアプリケーションは BTRON 用とは全く違うので連続性はありません。パソコン用の OS として MS-DOS は1981年に始まりましたが、パソコン用の TRON である BTRON は数年後です。
GUI OS開発開始: Microsoft(1981年) vs TRON(1984年)
Microsoft が GUI OS (当初の名前は「Interface Manager」)の開発を開始したのは1981年で、一方のトロンプロジェクトは1984年の終わり頃からなので、TRON はマイクロソフトよりも3年遅れです。もちろん開発の開始なので、動くと言えるものはありませんが、それはトロンプロジェクトも同じです。
GUI OS を備えたパソコンのアイデアは、1972年にコンセプトが発表されたアラン・ケイの「ダイナブック構想」であり、無線で接続された電子ペン付きのノートパソコンや iPad のようなものです。坂村氏のトロンパソコンもダイナブック構想から多くの影響を受けています。
Microsoft や Apple はその先駆者である Xerox Alto (1973)、Xerox Star (1981) を参考に GUI OS を開発しています。トロン OS も同様です。
余談ですが、1985年8月12日の日航機123便の墜落事故でトロン開発者が亡くなったというデマを聞いたことがあるかもしれませんが、そもそも日航機123便にはトロンプロジェクトの関係者は一人も搭乗していなかったことが当時の新聞などから明らかになっています。日本発のコンピュータOSプロジェクトである TRON(特にBTRONなど)に関わる研究者や技術者が乗っていたことは事実ではありません。このデマは2008年頃に誕生したものなので、日航機123便に古参陰謀論者は聞いたことがない話です。
1985年当時、パソコン用のトロン OS は開発の初期段階に過ぎず、米国が恐れるようなものではありません。Windows は1983年11月時点で動作するデモが公開されており、Xerox Alto や Xerox Star などの参考となる OS はすでにあるわけで、わざわざトロン OS から盗む必要はありません。
GUI OSデモ発表: Microsoft(1983年) vs TRON(1987年)
Microsoft が Windows の動作するデモを一般に公開したのは1981年で、一方のトロンプロジェクトは1987年にトロンパソコン (BTRON) の実験機が開発されたので、TRON はマイクロソフトから6年遅れです。BTRON と ITRON はコンセプトは同じですが、ソースコードは全く別です。トロンパソコンの実験機を開発したのは松下電器です。実験機なのでトロン OS はまだ未完成です。この実験機は当初の計画である32ビット CPU を使ったものではなく、(性能などの検証のために)16ビット CPU のパソコンに実装したものです。
トロンプロジェクトについては1984年頃からコンピュータの技術誌(Bit など)やパソコン雑誌(月刊 ASCII、I/O など)で時々特集が組まれていましたが、一般に知られるようになってきたのは1987年頃です。これはトロン OS がまだ未完成にも関わらずに、通産省の策略で教育用パソコンの標準 OS として採用されそうになったためです。この計画には、大手パソコンメーカーである NEC や学校現場の教師や文部省が、(すでに学校に導入されている)一般のパソコンと互換性のないものを導入するわけには行かないという至極当然のものです。学校で学んだ子供たちが社会に出た時に、学んだことが無駄になるのではパソコン教育の意味がありません。トロンパソコンが、それまでの使いたい人だけが使うパソコンから、強制的に使わされるパソコンにさせられそうになったため、物議を醸したわけです。最終的に、多くの日本人の反対によって教育用パソコンがトロン OS 専用になるのは避けられ、一部の学校のみが、1990年に松下電器が発売した教育用パソコン「PanaCAL ET」を採用しました。教育用パソコンは一般に販売したものではなくトロンパソコンとは別物であることに注意して下さい。
GUI OS発売: Microsoft(1985年) vs TRON(1991年)
Microsoft が Windows 1.0 を発売したのは1985年で、一方のトロンプロジェクトは1991年にトロンパソコンを発売、1994年に PC 用のトロン OS を発売したので、TRON はマイクロソフトよりも6年から9年遅れです。
「トロンパソコンの発売」と「PC 用のトロン OS の発売」の違いですが、OS が組み込まれたパソコンが販売されたか、OS 単体で発売されたかの違いです。また、ここで言うトロンパソコンは PC 互換機ではありません。もともとトロンパソコンは PC 互換機とは違うものとして開発が始まりました。CPU にも独自のトロンチップを使う予定ですが、1990年代に日本語が表示可能になった PC 互換機は日本でも広く普及し、日本独自のパソコンは姿を消していきました。そのため 1991年発売のトロンパソコンはそれまでの開発を引き継いだ独自仕様のパソコンに OS 内蔵として発売されましたが、1994年に世界の流れに逆らえず PC 互換機用として発売せざるを得なくなったというのが経緯です。
Windows 1.0 は普及しなかったという主張は正しいものですが、それは発売された事実を否定するものではありません。1985年に発売された Windows 1.0 よりも 1991 年の TRON OS の方が優れていたという主張は、公平な比較ではありません。なぜなら、Windows 1.0 は Intel 8088 CPU と 256 KB の少ないメモリで動く軽量な GUI OS なの対して、TRON OS は Intel 80286 CPU と 2MB のメモリを必要としていたからです。OS を発売するということは当時の標準的なパソコンで動作しなければならず、1985年当時のパソコンで動く OS と1990年代のパソコンを想定した実験機を比較して、Windows 1.0 を笑うことはできません。
| Windows 1.0 | Windows 2.0 | Windows 3.0(推奨) | トロン実験機 | |
|---|---|---|---|---|
| 発売日 | 1985年 | 1987年 | 1990年 | 1987年 |
| CPU | 8088 | 8086/8088 | 8086/8088 (80286) | 80286 |
| メモリ | 最小 256KB | 最小 512KB | 1MB (2MB) | 2MB |
Windows 1.0 ~ 3.x は完全なマルチタスクでなかったといいますが、プロテクトモードなしで最大メモリ1MBしか使えないパソコンで擬似的なマルチタスクと GUI を実装していた Windows のほうが技術的には上だったと言えるのではないでしょうかね。トロン実験機のような(当時としては)ハイスペックマシン前提で、過去のマシンを切り捨てていいなら、Microsoft でも完全マルチタスクの Windows を作れたでしょうよ。
| 8088 | 8086 | 80286 | |
|---|---|---|---|
| 発売日 | 1979年 | 1978年 | 1982年 |
| 最大メモリ | 1MB | 1MB | 16MB |
| プロテクトモード | 非対応 | 非対応 | 対応 |
| メモリ保護 | なし | なし | あり |
ちなみに、Micorosft は 1987 年に完全なマルチタスクを実現した OS/2 を開発しており、1988 年には GUI を搭載した OS/2 1.1 を発売しています。OS/2 を含めれば3年、Microsoft が先行しています。
参考: BTRON1とWindows 3.0の快適なスペック比較
1991年5月31日発売の「TRONWARE Vol.9」に掲載された、BTRON と Windows 3.0 の比較を引用します。BTRON の方が低いスペックで動作するのは事実と考えられますが大きな差がないことがわかりますね(注意: 快適に動作すると主張しているのは坂村氏であって、Microsoft の推奨スペックはこれより低いです)。ちなみに Windows 95 以降、BTRON はハードウェアのアクセラレーション機能に十分な対応ができず、軽くても遅いとみなされるようになりました。
| BTRON1 | Windows 3.0 | |
|---|---|---|
| スケジュール方式 | 本格的マルチタスク (プリエンプティブ) |
疑似マルチタスク (ノンプリエンプティブ) |
| 快適に動作するCPU | 386SX 16MHz | 386DX 20Mhz |
| 快適に動作する主記憶 | 4MB | 6~8MB |
| 快適に動作するディスク | 20MB | 40MB |
| ファイル構造 | ネットワーク構造 (実身/仮身モデル) |
木構造 |
| ファイル名の長さ | 最大日本語20文字 | 最大英字8+3文字 |
| 備え付き機能 | 1次元エディタ(基本文章エディタ) および 2次元エディタ(基本図形エディタ) がOSに組み込みでどの場面でも使える。 |
付属アプリケーションとして ペイントブラシ ターミナル ライト メモ帳 |
補足ですが、Windows 95 ではファイル名の長さは最大255バイトへと拡張されましたが、BTRON は最新の超漢字でも最大20文字です。BTRON1 の基本文章エディタに相当するものは、メモ帳というより(Windows 1.0 ~ 3.x 付属の)Microsoft Writeです。Write はワードパッドの前身で、フォントや文字装飾などが行えました。基本文章エディタは Windows 95 のワードパッド相当で、(当時においても)一太郎のような本格的なワープロソフトに太刀打ちできるものではありません。
GUI 32ビットOS発売: Microsoft(1993年) vs TRON(1998年)
Microsoft が 堅牢な Windows NT 3.1(現在の NT 系の初版)を発売したのは1993年で、一方のトロンプロジェクトが PC 用の32ビット OS「B-right/V」を発売したのは1998年、TRON はマイクロソフトよりも5年遅れです。
国際化対応: 日本語版MS-DOS(1983年) vs 英語化TRON(2002年)
日本語版の MS-DOS が開発されたのは1983年で、一方で TRON OS の英語化キットがリリースされたのが2002年で、TRON はマイクロソフトよりも19年遅れです。
TRON OS が米国で使われるには、英語版がなければなりません。英語化キットはメニューのみを英語にするだけで、タイムゾーンの対応など、TRON OS に完全な英語版はありません。さらに英語以外の対応キットは(変な言語を除いて)ありません。TRON OS が世界を席巻する予定だった? 海外で使えない OS が海外で使われるわけがないでしょう。例えばアラビア語を Windows はかなり前から扱えますが、超漢字は扱えません(参考 「超漢字」の「多言語」と称する機能について)。
PC 用のTRON OS は1996年 12月の「1B/V3」で公式に日本語以外を表示できるようになりましたが、その頃には Unicode(多言語)に対応した Windows NT 3.1 が1993年7月に発売済みです。TRON は扱える漢字の数で対抗しましたが、日本語版しかありません。国際化対応され世界中で使われいていた MS-DOS、Windows と、TRON OS の実用性の差は明白です。
松下電器「TRONはWindows 3.xに負けた」
Windows 95 よりも前の Windows を知らないからか TRON が Windows 95 に負けたと勘違いされているようですが、パソコン用の TRON OS は Windows 3.x に負けました。これはパソコン用の TRON OS を開発していた松下電器がそのように主張しています。
まずトロンパソコンを唯一まともに開発していたのは松下電器だけですが、その松下電器がトロンパソコンの開発から撤退したのが1990年6月です。これは Windows 3.0 の発売日1990年5月22日(日本語NEC版は1991年1月23日)の直後です。
松下電器がトロンパソコンの開発から撤退すると決めたのは、当時「松下電器 情報システム研究所」の所長だった三木弼一(みき すけいち)氏です。トロンパソコンの開発で培った技術は、Windows パソコンに転用されました。

金融情報システム : FISC 9月(233) 2000年9月 13ページ
撤退した理由について、三木氏は「トロンOSも結局はビル・ゲイツに負けたのです。どこも彼が作ったウィンドウズ3.1にかなわなかった」と語っています。
マイクロソフトは当時、OS/2 という次世代 OS を開発しており、それは Windows 3.x よりも優れていました。しかし世の中は Windows 3.x を選びました。なぜなら MS-DOS アプリケーションが Windows 3.x で動作したからです。この後に TRON パソコンを発売しても遅すぎます。TRON OS は日本語版しかない Windows 3.0 程度のもの、Windows 95 は TRON OS よりもはるかに優れた世界で使える OS でした。
組み込み用OSとしてなら先だったのか?
そもそもマイクロソフトは組み込み用 OS の開発から始まったわけではありません。組み込み用 OS の話をしたいのであれば、TRON は他の有名な組み込み用 OS と比較するべきです。
- QNX 1982年開発
- RX116 (ITRON) 1984年開発
- VxWorks 1987年開発
- Windows CE 1996年開発
- FreeRTOS 2003年開発
- Zephyr 2016年開発
QNX や VxWorks は昔から航空宇宙、産業機器、自動車、医療機器などで広く使われており、最近では FreeRTOS や Zephyr がよく使われています。ITRON がよく使われていたのは日本で、海外での知名度はかなり低いです。そんな中で Windows よりも使われていると主張しても、井の中の蛙と言えるでしょう。
まとめ
TRON は Micorosoft よりも開発が遅かった。日本語版しかなく、世界に羽ばたける実力を持っていなかった。それが史実です。



