はじめに
この記事では1991年から一般に発売された「トロンのPC」の機種をまとめました。雑誌「TRONWARE」や公式サイトなどを参照してまとめたつもりですが、全機種は載っていないようでおそらく抜けがあります。発売日については、はっきりとした日付が分かる場合はそれを採用していますが、わからない場合は TRONWARE の出版日などから推測しています。発表日や出荷予定日しかわからない場合もあり、2、3ヶ月ぐらいずれている可能性もあるので発売日は目安と考えてください。
さて、この「トロンのPC」という言い方ですが、2025年05月12日に公式サイトが公開された「ラブライブ」シリーズの新プロジェクト「イキヅライブ! LOVELIVE! BLUEBIRD」の登場人物、『トロンのPCを愛するキャラ「麻布麻衣」』さんより頂きました。今どき「トロンのPC」なんてどこにあるんだよ?とツッコミ満載でしたので、いまさらですが機種をまとめてみたという次第です(それ以外にも理由があり、まとめたいと思っていました)。

イキヅライブ! LOVELIVE! BLUEBIRD 公式サイトのメンバー一覧 から引用
ところで麻布麻衣さんのいう「トロンのPC」とはどのようなものでしょうか? 「トロンのPC」の大半は Windows が標準搭載されたパソコンの OS を、トロン OS に入れ替えるか切り替えて使えるようにしたものです。はトロン OS 専用に作られたパソコンもありますが数は少ないです。「トロンのPC」は彼女の家に「生まれる前からあった」そうです。現時点で高校1年生らしいので2010年より前のパソコンということになるでしょう。「憧れはパパが持っている古い超漢字」ということなので超漢字(トロン OS の一つ、パーソナルメディアが開発・発売)がインストールされたパソコンの可能性が高いです(複数台持っているかもしれませんが)。現在もサポート継続中の2006年発売の最新版「超漢字V」は仮想マシンソフトを使った「Windows 上で動く TRON」なので違うんじゃないかと思います。その一つ前の2001年発売の「超漢字4」は PC 互換機上で直接動く OS で、プリインストールしたパソコンは2005年ぐらいまで新機種がでており、最終アップデートは R4.201 (2006年2月22日)でサポート終了は2008年3月31日らしいので、生まれる前からあったというのは時系列的にそんなにおかしな話ではなさそうです。
トロンOS(超漢字)は現在も販売されておりサポートも続いていますが、最新の「超漢字V」の発売日は20年以上前の2005年で、OS の機能としては1998年頃の技術水準で止まっています。例えばブラウザは一応搭載していますが、ほとんどのサイトが見られませんし、標準的な画像・音声・動画ファイルも扱えません。知らずに買ってしまわないように警告です。
「トロンのパソコン」ではなく「トロンのPC」と書いているのは意図的かもしれません。「PC」はパソコン (Personal Computer) の略として Mac などを含む個人向けのコンピュータの意味として使われていますが、IBM PC とその互換機だけを意味している場合があります。つまり「トロンのPC」は PC 互換機を意図的に指している可能性があるということです。ただしトロン OS は(2000 年代ぐらいまでの)市販のものや自作した PC 互換機にもインストールできたので、この記事で紹介した機種のどれかとは限りません。ちなみにパーソナルメディアは市販 PC 互換機での動作確認を行う「1B/BTRON ロードテスト」を行っており、その結果が TRONWARE Vol.33(1995年5月31日)から Vol.53(1998年9月29日)に掲載されていました。なお、この記事ではトロンを搭載している PC 以外のパソコンも扱っているため、以降は 「トロンのPC」ではなく「トロンパソコン」と表記します。
この記事では日本で今も「組込みエンジニアの60%ぐらいの人が使っているトロン」については原則として扱っていません。ITRON が気になる方は以下を参照してください。
TRON 組込みOSシェア60%で世界一⁉️は疑わしい ~ 日本発のOS標準規格の基礎と歴史
🌅 「トロン元年」は1990年
トロンプロジェクトは1984年に発足しました。トロンに関するさまざまな基礎研究が始まり、1990年は製品化と応用プロジェクトが始まった年として「トロン元年」と言われています。その年の終わり頃に行われた TRON SHOW '90 では、それまでの成果が一堂に会しました。また、パソコン用のトロン (BTRON) 関連のいろんな製品が販売されたという意味で、1991年は「BTRON 元年」とも言われています(TRONWARE Vol.12 より)。トロンパソコンの製品化と発売が始まったのも1990年からです。
🌅 1990年12月18日〜20日に行われた TRON SHOW '90 の様子
補足: TRON SHOW '90 の様子は TRONWARE Vol.7 でも特集されています。
トロンパソコンは日の目を見ることができませんでした。1985年8月12日に日航機123便墜落事故で搭乗していた多数のトロン技術者・開発者が亡くなり、1989年には米国からトロンを開発するなと脅され、トロン OS は学校に無料で配布されるはずだったのにビルゲイツと孫正義によって潰されました。
じゃあなんでトロンパソコンは 1990年~2005年 に
こんなにも販売されているんですかねぇ?
この記事は発売されたトロンパソコンの機種一覧をまとめたものですが、もう一つの目的はネット上のトロンパソコンの情報を増やすことで、トロンパソコンが日の目を見なかったなんてデタラメじゃねーか、販売されてるじゃねーか、という事実を広めることです。
PC 用の TRON OS が誰に潰されたっていうなら
15年間も新機種が新発売され続けてないんですよ
日航機123便墜落にトロン関係者は一人も搭乗していませんし(だからいくら調べても亡くなった人の名前が一人も出てこない)、米国からトロンを開発するななどと脅されてもいませんし(だからトロンパソコンは発売された)、パソコン用のトロン OS を無料で配布する計画なんて最初からありませんでした(だから今もトロンOSは有料で販売されている)。ビルゲイツと孫正義はある程度関係してるかもしれませんが、あくまでビジネス上の競争です。トロン OS 搭載の教育用パソコンは一部の学校に導入されました。
⬇️ 陰謀論の舞台となる1980年代 ⬇️
- 1984年 トロンプロジェクト発足(完成目標は当初より1990年代)
- 1985年 日航機123便墜落事故(※トロン関係者は一人も搭乗しておらず)
- 1987年 教育用パソコンのトロン独占計画(トロンパソコン実験機の完成)
- 1989年 米国USTR「トロン独占は不当な貿易障壁」(スーパー301条関連)
⬇️ 陰謀論で無かったことにされた1990年代 ⬇️
🌅トロン元年以降
- 1990年 トロン OS 搭載の教育用パソコン「PanaCAL ET」の発売
- 1991年 最初のトロンパソコン「1B/note」の発売
- 1994年 トロン OS「1B/V1」の発売
- 1999年 トロン OS「超漢字」の発売
※なぜ陰謀論者が1990年代以降の話を知らないかと言うと、2003年に NHK で放送された「プロジェクトX」が、ほとんど1980年代の話しかしなかったからです。この番組ではパソコン用 OS のトロンは1990年頃に米国の圧力で潰されて、そこから組込み用 OS として再出発したという、お涙頂戴、感動の「逆転のストーリー」に歴史が改ざんされています。
トロンパソコンに関する基礎知識
当時を知らない人に向けてのトロンパソコンについての基礎知識です。機種一覧を知りたいだけの人には不要なので飛ばして構いません。
トロンプロジェクト・松下電器・パーソナルメディア
この記事では発売されたトロンパソコンについてまとめています。多くのトロンパソコンを発売した会社は「パーソナルメディア」です。ただしトロン開発の始まりは坂村健氏によって発足されたトロンプロジェクトです。トロンプロジェクトがコンピュータの仕様を作り、その仕様を元にトロンパソコンを作る会社(の一つ)がパーソナルメディアという関係です。トロンパソコンが発売される前、トロンプロジェクトに加わりトロンパソコンの研究開発をしていたのが松下電器です。当初の松下電器は OS 開発の素人だったため、坂村氏の提案でパーソナルメディアが松下電器の開発チームに加わり、影でトロンパソコンの開発を支えていました。
- トロンプロジェクト ・・・ メーカーと協力して仕様を作るプロジェクト
- トロンパソコンの開発
- 松下電器 ・・・ トロンプロジェクトでトロンパソコンの研究開発を行う
- パーソナルメディア ・・・ 松下電器を支え、後にトロンパソコンの製品化を行う
トロンプロジェクトで作るものはコンピュータの仕様書です。具体的には次のような仕様書が販売されており、この仕様書を元に誰でもトロンパソコンやトロンチップやトロン OS を開発できました(もちろん今から開発を始めても構いません)。

左: TRONWARE Vol.6 1990年9月21日時点、右: TRONWARE Vol.29 1994年8月31日時点
初期の頃、仕様書は会員限定で発売され、入手したい人はトロン協会の会員(年会費は数十万から数百万)になる必要がありました。最新の仕様書(上記の全てではありません)はトロンフォーラム (ITRON 関係)や超漢字(BTRON 関係)のウェブサイトから無料でダウンロードできます。
「トロンは無料」という間違いを見かけますが仕様書は有料で販売されていましたし、もちろんトロンパソコンもパソコン用のトロン OS も有料で販売されています。陰謀論者が「純国産パソコン用 OS トロンは無償配布予定だったのに、日本のトロンが世界を席巻すると困る連中が潰した」などとテキトーなコトを言っていますが、パソコン用のトロン OS を無償で配布する計画などありませんでした。じゃあ何が無料なのかと言うと、トロンの仕様書を元に開発したパソコンや OS のロイヤリティです。簡単に言えば「開発メーカーは坂村氏にお金を払わずに、製品を開発して消費者に売って良い」ということです。
無料の意味、わかりました? もしわからなければ「くまモン」と同じようなものだと思えばよいでしょう。くまモンの著作権は熊本県が保有しており、好き勝手利用することは出来ませんが、使用許可を得れば熊本県にお金を払わずにくまモン製品を作って販売できます。くまモン製品を無料で作ってお金儲けして良いように、トロンのパソコンやトロンのOSを無料で作ってお金儲けして良いわけです(もちろん作れない会社や人は買う)。現在の常識からすると不思議に思うかもしれませんが、各メーカーがそれぞれトロンOSを開発する想定でした。つまり、NEC製トロンOS、松下電器性トロンOS、Microsoft製トロンOS、などが作られる世界をトロンプロジェクトは想定していました。
国民機「PC-98」に挑む 国産「トロン」
トロンパソコンは一般的に人気でも有名でもなく、パソコン専門雑誌でも年に数回特集が組まれる程度の少数のファンがいたパソコンです。その頃の日本人の多くは国民機「PC-98 シリーズ」を使っており、次いでその他の日本製のパソコン、国産「トロン」はその裏でひっそりと開発されていました。その昔、家庭用のコンピュータが8ビットの「ホームコンピュータ」と呼ばれていた頃、主な用途は趣味で行う BASIC プログラミングでした。そんな時代に日本電気 (NEC) はいち早くビジネスで使える16ビットパソコン「PC-98 シリーズ」を発売して圧倒的なシェアを獲得しました。パソコンが16ビットから32ビットに移行する1980年代中頃から1990年代前半、日本のパソコンの多くは NEC の PC-98 シリーズでした。PC-98 シリーズは日本独自のパソコンで、IBM PC をルーツとする現在の PC 互換機(別名 PC/AT 互換機、DOS/V)とは仕様が異なります。当時の日本のパソコンはメーカーや機種ごとに互換性がない場合があり、ソフトウェアは共通で使えず操作方法も異なっていました。現在のトロンプロジェクトは「どこでもコンピュータ」を実現するためのプロジェクトかのように言われていますが、元々は(パソコン以外を含む)コンピュータ体系を新しく作り直して、日本独自で規格を統一する(標準化を行う)のが目的でした。
トロンパソコンは「使いやすい」と言われることがありますが、それは機種によって操作方法が違っており、ワープロも含めてデータの互換性がなく、ある機種の使い方を覚えても他に機種には通用しなかった時代の話です。黒い背景の文字だらけの画面をキーボードで特殊な命令を入力して操作するよりも使いやすいという意味で、Windows よりも使いやすいという意味ではありません。
トロンプロジェクトには日本の大手半導体メーカーが参加しましたが、その参加目的は各社それぞれ微妙に異なります。トロンプロジェクトはOS(トロン OS)だけではなく CPU(トロンチップ)も日本独自の設計で作る構想で、大型コンピュータを作っていた富士通や日立などは、トロンチップの開発に興味がありました。NEC は最初にトロンプロジェクトに参加した会社ですが、NEC が参加した目的は組込み用の OS の開発でした。当時の NEC(日本電気)は自社の独自 CPU 用に組込み用 OS が必要でしたが、パソコンには Intel の CPU を採用しており OS には MS-DOS を導入していたので必要無かったのです。
1980年代、圧倒的なシェアを誇る PC-98 シリーズ向けに豊富なアプリケーションが開発されました。1987年に EPSON は、その豊富なアプリケーション資産を利用しようと「ゆたかな98ソフトを活かす」として、(勝手に)PC-98 互換機を開発し「国民機」を名乗りました。しかし皮肉なことに「国民機」は PC-98 シリーズを指す言葉と誤解されました。それほど PC-98 シリーズは日本人にとって標準的なパソコンでした。PC-98 シリーズは標準 OS として Microsoft の MS-DOS を採用していました。その他のメーカーの多くも MS-DOS を採用しており、MS-DOS は16ビットパソコンの標準的な OS でした。Windows がヒットした理由の一つは、これら多くの MS-DOS アプリの資産を利用可能にしたためです。すでに日本で大きなパソコンとソフトウェアの市場できている中、国産「トロン」は国民機「PC-98」の圧倒的なシェアを奪うことは出来ませんでした。勝敗にはアプリの数も重要でしたが、それ以上にユーザーが欲しいと思うアプリ(キラーアプリ)の存在が重要でした。

EPSON の PC 互換機の広告: 左は事務と経営 1988年11月 より、右は事務と経営 1989年11月 より
かつて日本製のパソコンは高価でした。米国では IBM PC の登場で「PC 互換機」としてパソコンの仕様が標準化された結果、競争によって価格が下がっていたのに対して、日本では日本語を扱える必要性から追加のハードウェアが必要で、メーカー独自仕様のパソコンの販売が続いたためです。しかし1990年頃からのパソコンの性能の向上と、追加のハードウェアなしに日本語が扱えるソフトウェア技術の登場によって PC 互換機が日本でも使えるようになりました。各メーカーは独自のパソコンから PC 互換機を作るようになりました。Windows は PC-98 と PC 互換機の違いを吸収し、Windows アプリはどのパソコンでも動くようになりました。MS-DOS アプリの需要が減るにつれて、高いだけの国産パソコンに優位性はなくなっていきました。日本、そして世界のパソコンが PC 互換機と Windows 時代へ突入した1990年代に、ようやくトロンパソコンは発売されました。トロンプロジェクトの計画は遅れたわけではなく、最初から1990年代の完成を目指していました。その目標はトロンパソコンを日本に普及させるには遅過ぎました。
米国のマネをしたくないという坂村氏の強いこだわりにより、1980年代前半に考えた独自の概念によるコンピュータの設計は、1990年代のトレンドと引き離され、他の OS との操作性の違いやデータ互換性の低下を招きました。今で言うガラパゴス化です。日本が技術を持つことにはもちろん賛成ですが、世界とつながらない技術を持っていても役に立ちません。標準化競争で主導権を取っていれば・・・と考えても、米国(や世界)から数年遅れている上に、日本だけでやっていても主導権を取れるわけがありませんね。
トロンプロジェクトやパーソナルメディアは、「トロンパソコンはトロン作法で仕様が統一されており、どの機種でも互換性がある」と2000年代になってもアピールしていたようですが、それは1990年代には当たり前のものとなっていました。
坂村氏は過去との互換性を意図的に切り捨てようとしていました。過去との互換性を切り捨てて新しく作り直すことで CPU の性能を最大限に引き出そうとしていたのです。
坂村氏は最優先すべきは性能であり、性能が高い OS こそが良い OS だと考えていました。そこには UNIX の「効率より移植性」 とは正反対の考え方があります。それは CPU の性能が低い時代、特に組込み用 OS ではうまくいきましたが、驚異的な発展を遂げるパソコン用の OS では失敗の原因となっていました。なによりも優先すべき過去との互換性を切り捨てる方針は、過去との互換性を保ちながら新しい時代に移行させる技術に勝てませんでした。
トロンパソコンとWindowsの比較
Windows の10年前にトロンパソコンは開発されていたなんてデタラメな神話が流れていますが、Windows の販売は1985年、トロンパソコンは1987年にようやく実験機が完成した程度です。まずトロンパソコンは世界初の GUI OS 搭載のパソコンではありません。坂村氏の初期の著作を読むとさまざまな先行実装を参考にしていることがわかります。その中には初期の Windows も含まれています。補足ですが Windows 1.0 は1983年にデモが一般公開されており、当初は1984年4月に販売する予定でした。トロンプロジェクトの開始が1984年6月でその頃にはパソコン用のトロン OS は影も形もなかったわけですから、Windowsがトロンをパクったという説は時系列的に成立しません。Micorosoft はこの時、いくつもの競合ウインドウシステムと競争していました。おそらく BTRON の存在など知らなかったでしょう。

bit 1986年6月号 Making of TRON ②デスクトップのデザイン - 坂村健(※BTRON の発表は1986年となっている)
TRONを創る 1987年6月 坂村健 (上記「Making of TRON」の加筆まとめ)
GUI パソコンのコンセプトの誕生はアラン・ケイが1968年、博士課程の学生だった頃に構想した「ダイナブック構想」にまでさかのぼります(当時の坂村氏は17歳)。これは平面スクリーンのコンピュータで、(無線)ネットワークにつながり、キーボードとスタイラスペン付きのタッチディスプレイを備え、子供たちがノートブックの代わりとして使えるコンピュータを構想したものです。現在のノートパソコンや iPad みたいなものと言えばわかりやすいでしょう。余談ですが1968年に公開された SF 映画「2001年宇宙の旅 (A Space Odyssey)」では、iPad のような「ニュースパッド (IBM telepad)」が登場します。
もちろん坂村氏はアラン・ケイのダイナブック構想を知っており、トロンパソコンの誕生に影響していることに疑う余地はありません。以下は坂村氏著書の「コンピュータとはどう付き合うか」からの引用ですが、トロンプロジェクト発足の2年前の1982年10月出版です。

コンピュータとどう付き合うか 坂村健
アラン・ケイは1970年代に Xerox の研究所である Xerox PARC(パロアルト研究所)に在籍していました。そこで「暫定ダイナブック」と称したコンピュータ「Xerox Alto」(1972年)や、初期の GUI を備えたコンピュータ「Xerox Star」(1981年)の開発に関わりました。Apple の Lisa(1983年)や Macintosh(1984年)、Microsoft Windows(1985年)の GUI は、Alto から着想を得たものです。同時期に坂村氏も Xerox PARC を訪れており、同じく Alto から着想を得ています。坂村氏は Xerox Star や Apple Lisa や消えていったその他の GUI システムを参考に、トロンパソコンを構想しました。特にトロン OS の独特な操作方法は、Xerox Star の影響を大きく受けていると思われます。
トロン OS は Windows に比べて軽い(低いスペックのマシンでも快適に動作する)と言われています。初期のトロン OS はハードディスクなしにフロッピーディスクから起動できたほどですが、Microsoft の MS-DOS はまさにフロッピーディスクから起動できた OS です。そもそも昔はハードディスクは高価で付属していないことが多く、フロッピーディスクから起動できる OS は一般的でした。もちろん MS-DOS は GUI を備えていないので、この比較は公平ではないでしょう。しかし初期の Windows だってフロッピーディスクから起動できました。1985年11月に発売された Windows 1.0 の必要スペックはトロン OS よりも圧倒的に少なく Intel 8088 CPU と 256KB のメモリで動作しました。ウインドウを重ねられるようになった 1987年12月発売の Windows 2.0 では必要メモリが 512KB に増えましたが、それでもフロッピーディスクから起動できました。Windows 1.0/2.0 に比べるとトロン OS は重く、プロテクトモードを備えた(当時は)高性能の Intel 80286 CPU と 2MB ものメモリを必要としました。トロン OS が1990年代のコンピュータ性能を前提にしていたのだから仕方ありませんが、フロッピーディスクから起動可能な軽い GUI OS は Windows が5年も先に実現していたとも言えます。
| MS-DOS 1.0 | Windows 1.0 | Windows 2.0 | トロン実験機 | |
|---|---|---|---|---|
| 日付 | 1981年 発売 | 1985年 発売 | 1987年 発売 | 1987年 公開 |
| CPU | 8088 | 8088 | 8086/8088 | 80286 |
| メモリ | 64KB | 256KB | 512KB | 2MB |
トロン OS は最初から完全なマルチタスク(プリエンプティブ)を実現していたのに対し、当初の Windows は疑似的なマルチタスク(ノンプリエンプティブ)だったと言われることがあります。しかし完全なマルチタスクの実現に必要なプロテクトモードが Intel 8088 CPU には無かったので仕方ありません。CPU に十分な機能がないのに実現するほうが難しいわけで、もし CPU が十分な機能を備えており、1から OS を作るのであればノンプリエンプティブよりもプリエンプティブの方が実装は簡単でしょう。実装の難易度が違うのに技術力として比較するのは公平ではありません。Microsoft は技術力がなかったからノンプリエンプティブだったわけではなく、1985年のプロテクトモードがない 8088 がまだ一般的だった当時にマルチタスクを実現してみせたからそうなったわけです。そしてその後長くノンプリエンプティブだった理由は互換性のためです。
Micorosoft はユーザーのアプリ資産を大切にする考え方で互換性を重視しており、当時に優先するべきはそれまでの MS-DOS アプリを新しい OS でも使えるようにすることであって、それが可能であれば疑似的なマルチタスクでも問題ありません。過去のアプリ資産がなく1990年代のコンピュータ性能を前提に、これから新しく作ろうとしている OS とは優先順位が違います。忘れ去られがちな OS/2 は、当時トロン OS よりも先に完成していた MS-DOS の後継でした。OS/2 は IBM と Microsoft によって開発された OS です。1987年に発売された OS/2 1.0 は最初から完全なマルチタスク対応で、GUI が搭載された OS/2 1.1 は 1988年に発売されました。しかし MS-DOS アプリとの互換性が低く重い OS/2 よりも、それまでの MS-DOS アプリが使える Windows 3.0 をユーザーは求めました。重要なのは何ができるかであって、マルチタスクが完全か擬似的かなんてユーザーにとってはどうでも良いことです。
1988年5月発売の Windows 2.1 からはハードディスクが必須になりましたが、トロン OS も10年後の1998年にはハードディスクが必須になっています。これはどういうことかと言うと、単に Windows は時代を先取りしていたということです。フロッピーディスクから起動できたとしてもハードディスクからの起動のほうが速く、パソコンを再起動せずに多くのアプリケーションを利用できるので便利です。トロン OS だってフロッピーディスクから起動できることを求める人は(デモ用途を除いて)いたのでしょうか? 自動アップデートもない時代、OS の新しいバージョンへの移行には数年かかります。発売当初は重くても、数年の間に時間が解決します。実際、ハードディスクの値段は1990年代に大きく下がりました。その理由の一つには Windows がハードディスクを必須とすることで需要が発生したからだとも言われています。当初は Windows 用のアプリも少ないですし、MS-DOS を使い続ければいいので移行に急ぐ必要はありません。トロン OS が発売された時に Windows よりも軽かったというのは、技術力の差というよりもマーケティング戦略の違いなのです。
トロンキーボード
トロンパソコンには特徴的な形状と配列のかな入力のための日本語用キーボード「トロンキーボード」(電子ペンを組み合わせたものは「トロンキーボードユニット」)が有名です。1985年頃までの初期のトロンキーボードはキーの数を減らして (ファンクションキーが嫌いだったようです)小さくすることを考えた、通称「あんい キーボード」(英文字入力は QWERTY 配列)でしたが、1986年頃に人間工学に基づいた「エルゴノミクスキーボード」(英文字入力は Dvorak 配列)になりました。日本語配列もあんいキーボードから変わっていますね。

左: マイクロエレクトロニクスに関する調査報告書 1986年3月、右: 放送教育 1986年10月
エルゴノミクスキーボードは、パーソナルメディアが1991年6月に発売した「TK1」とほぼ同じでカーソルキーと「◯」「✕」キーが追加されている程度の違いがあるだけのようです。
![]()
https://ja.wikipedia.org/wiki/ファイル:TRON-keyboard-PMC-TK1-up.jpg より引用
トロンキーボードにも参考にしたと思われる先行実装が存在します。以下は1982年に日本電子工業振興協会(電子協)で坂村氏によって作成された 1990年代の「未来のオフィス」からの引用です。読みづらいですが、キーボード上部に「PCD Maltron」と書いてあり、これは実在の会社名 (Maltron 公式サイト) です。MALTRON HISTORY のページによると1976年12月に最初のモデルが発表されたようです。

左: コンピュートピア 1983年10月 - 特集 未来オフィス・システムの実現 - 坂村健)、右: Maltron No 555, 1984
エルゴノミクスキーボードは当時他にも日本で開発されており、1983年8月に発売された、新入力方式日本語ワードプロセッサの「PCWORD-M」の専用キーボード「PC-8801-KI」などがあります。この配列は「M式キーボード」(1983年3月発表)として知られています。
しっかし、当時の人ってなんでそんなに入力速度にこだわっていたんでしょうね。おそらく、当時はグラフィックを扱うのはゲームが最先端で、マウスはパソコンに標準でついてこなかったぐらいです。パソコンの操作はキー入力が主だったため、素早いパソコン操作には必要だったのでしょう。GUI の時代になり、入力速度や快適さにこだわるのは文章入力が多い人ぐらいになってしまい、ほとんどの人は普通のキーボードで十分になってしまいました。多くの人はローマ字入力を使うので、かな入力の配列なんか気にしませんしね。
参照: その他の日本のエルゴノミクスキーボードの歴史
Japan Ergonomic Keyboard History - xahlee.info
小中学校のトロンOS導入計画の顛末
この計画はトロンプロジェクトの計画とは無関係で、旧通産省と旧文部省の共管である CEC(コンピュータ教育開発センター)によるものです。トロンパソコンが発売される前、トロンプロジェクトは学校向けの標準パソコンの仕様にトロン仕様を取り入れようという無謀な計画に巻き込まれました。なぜ無謀なのかというと、この話が持ち上がった1987年時点ではトロンは未完成で仕様書もできていなかったからです(完成していたのは実験機のみ)。中学校の教育課程でパソコン教育を行うことが決定したとき、ここに大きな教育用パソコン市場を作ろうと(主に通産省側の役人が)教育用パソコンにトロン OSを採用しようと各メーカーに通達しました。当初の NEC、富士通、日立による MS-DOS ベースのアウター OS 案(ミドルウェアを作って違いを吸収する方法)は通産省に覆されました。
NEC は MS-DOS を搭載した PC-98 シリーズのシェアを守る目的もありトロン OS への統一に反対しましたが、他メーカー11社は NEC からシェアを奪おうと(通産省の通達に従って)トロン OS の採用を提案しました。子供たちのパソコン教育を考えるべき場所は、メーカーのシェア争いの場へと変質しました。各メーカーはトロン OS を搭載した教育用パソコンの試作機を開発しましたが、これは教育用パソコンにトロン OS を採用しても問題がないか、教育現場の先生たちに実際に使ってもらって意見を聞くためです。しかし新しく OS を開発する時間など無く、全ての試作機のトロン OS は松下電器から OEM 供給されたものでした。教育用パソコンの OS がトロン OS になることで多くの利益を得られるのは松下電器です。

左: 日本経済新聞 1987年12月24日、右: Bit 1988年10月号
1988年3月9日、完成した教育用パソコンの試作機を使っての評価が開始されました。評価は難航し当初1988年中に完了する予定が1989年度末ぐらいまでかかったようです。その結果、一般のパソコンとの互換性(継承性)が重要であるとの結論に達しました(文部省側は当初より互換性の重要性を認識していた)。言い換えると教育用パソコンから MS-DOS を排除する計画は完全に潰えたということです。また、当時のパソコン用 OS の急速な発展(OS/2、Windows、Unix など)を考慮し、教育用パソコンの OS を指定せず、OS の選択は自由となりました。その結果、教育用パソコン市場でも多くのシェアを握ったのは NEC の PC-98 シリーズでしたが、トロン OS を搭載した教育用パソコンも松下電器から発売されて一部の学校が導入しました。当初トロン OS に内定していたのが取りやめになったことを「潰された」と評する人もいますが、実際は自由な選択で選ばれた結果です。教育用パソコンの対応に人員が割かれたことで、トロンパソコンの発売は1年ほど遅れが出たようです。

左: 読売新聞 1988年3月10日、右: 読売新聞: 1989年6月25日

たしかな目 : 国民生活センターの暮らしと商品テストの情報誌 1991年3-4月号
「トロン OS の採用が断念された」という勘違いが多いので明確にしておくと、教育用パソコンの OS がトロン OS から MS-DOS に変わったという話ではありません。事実上の「トロン OS 指定」が撤回されたという話です。もう少し細かく教育用パソコンの OS の変異をまとめると次のようになります。
- 第1段階 教育用パソコンのOSはトロンOSのみに統一(通産省の計画)
- 第2段階 教育用パソコンは基本はトロンOSだがMS-DOS対応でも良い(マルチ OS)
- 第3段階 教育用パソコンは基本はトロンOSだがMS-DOS対応を推奨する
- 第4段階 教育用パソコンのOSは指定しない(どの OS を採用しても良い)
1988年の中頃、おそらく試作機の評価始まったばかりの頃で、NEC が松下電器からトロン OS の供給を受けることに合意する前の頃、通産省が仕掛けた出来レースで教育用パソコンの OS がトロン OS に決定したプロセスを批判し、孫正義氏は教育用パソコンをトロン OS 一つに独占させてしまうと国際化社会時代に乗り遅れてしまうと主張し、考えを改めるよう通産省の幹部を説得します(「孫正義起業の若き獅子」 著者: 大下英治)。さらに米国 USTR からは、教育用パソコンから米国製の OS を締め出しトロン OS に独占することは、日本の教育用パソコン市場への参入が困難になるため不当な非関税障壁であると文句を言われます(いわゆる「スーパー301条」問題)。当時トロン OS は未完成で貿易摩擦の原因になるわけがないのに日本のマスコミはトロンプロジェクトが悪いような報道を行ったようです。本当の問題はトロンプロジェクト自体ではなく日本政府の市場介入でした。

トロン協会の「トロン沿革」ページ 1989年6月の項目より
教育用パソコンへのトロン OS の採用は、当時の日本人がトロン OS を希望したから出た話ではありません。未完成で関係者以外誰も使ったことがないものを、通産省が無理やり押し通そうとしたものです。特にネットワーク構造を持つ「実身/仮身モデル」によるファイルシステムは、概念が難解で使い方も難しいので、実際に小中学校に導入されていたらパソコン嫌いの子供たちを増やしてしまったでしょう(嘘だと思うなら超漢字の実身/仮身の FAQを読んで、なぜこんな問題が発生するのかを子供たちにわかるように説明してみてください)。誰もがコンピュータ大好きのコンピュータ少年・少女ではないのですよ。
販売されたトロンパソコンについて
販売されたトロンパソコンの多くは他社メーカーのパソコンの OS をトロン OS に変更したものです。これはトロン OS の開発と販売を行っているパーソナルメディアがパソコンを作っていないためです。Microsoft がパソコンを作っていなかった(2012年以降は Microsoft Surface を作っていますが)のと似ていますが、Microsoft はパソコンメーカーに OS を OEM 販売して「パソコンメーカーが OS 込みでパソコンを販売している」のに対して、パーソナルメディアはパソコンメーカーからパソコンを購入して「パーソナルメディアが OS を入れ替えてパソコンを販売している」という点で対照的です。この違いによりパーソナルメディアはドライバを用意するのが困難だったと思われます。メーカーはトロン OS 用のドライバを作らない(そもそもトロン OS 側でデバイスを扱う API が標準化されてないため作れない)し、ドライバを作るのに必要な内部情報を公開しない傾向があります。そのためパソコン自体には機能が搭載されていても、トロン OS からは新しいハードウェアや高度な機能が使えないという問題が徐々に大きくなっていったようです。例えばグラフィックアクセラレータに非対応(対応は VESA BIOS のみ)で画面の描画が遅く、対応したサウンドデバイスと専用アプリの組み合わせでしかサウンドを鳴らせず、内蔵 CD-ROM ドライブは動かない等といったことです。「トロンの PC」は起動は速くても、使用中は遅くてせっかくの高性能・高機能なハードウェアも活かしづらいという問題がありました。コンピュータの性能を引き出せないという問題は Windows 上で使う最新の超漢字Vでも変わりません(準仮想化ドライバはありません)。
トロンプロジェクトの本来の想定では、さまざまなメーカーがトロン OS を開発・販売するはずでした。複数のメーカーが同じ仕様の OS を販売するというのは不思議かもしれませんが、例えばパソコンの中の部品の多くは同等品が複数のメーカーから供給されており、CPU でさえ同等の命令セットを持ったものを Intel と AMD(昔はもっと多くの互換 CPU がありました)が販売しています。それと同じ発想で OS はコンピュータの中の「部品」という考え方です(実際には OS はソフトウェア部品を束ねる製品)。トロンプロジェクトでは CPU や OS の仕様をきっちりと定めることで同等品を複数のメーカーが供給できるようにしようとしました。このような発想に至ったのは、大型コンピュータの世界を IBM が独占し、その互換機を勝手に開発して訴訟問題に発展していたことが前提あると考えられます。どのメーカーでも自由に利用できる仕様があれば、訴訟問題を気にせずに CPU や OS を開発できます。確かに1980年代の MS-DOS は小さく部品と言われても納得できるレベルでしたが、1990年代以降のパソコン用の OS は、それぞれ多くの固有の特徴を持った「製品」となったため、同等品を作るという考え方自体が過去のものとなってしまいました。同等品を作ろうとしても仕様が膨大で、他社が簡単に互換製品を作れるようなものではありません。それがフロッピーディスク一枚(約1MB)に、アプリケーションを含めて収まっていた MS-DOS との大きな違いです。逆に組込み用 OS は特定の機械用に不要な機能を減らして小さく部品化することが目的なので、トロンプロジェクトの前提とマッチしており、(日本の)組込みの世界では多くのメーカーがトロン仕様(正確には ITRON 仕様)の OS を作りました。
「トロンパソコンはいつ発売されるんだ?」と何年も言われ続ける中、1991年12月、ようやくパーソナルメディアから発売されました。ただしトロンパソコンは当初より1990年代のコンピュータ性能を前提に設計されており、ほぼ予定通りに発売されたと言えます。トロンパソコンの研究開発を行っていた松下電器から発売されなかった理由は、松下電器の上層部はトロンパソコンの市場は教育用と考えており、一般のパソコン用とは考えていなかったからです。だからトロン OS を搭載した教育用パソコンは1995年頃まで発売されました。

田原総一朗のパソコンウォーズ : 90年代のパソコンをプロデュースする男たち 1988年12月
トロンパソコンの開発と販売はパーソナルメディアが後を引き継ぎました。パーソナルメディアは松下電器と共にトロンパソコンの研究開発を行っていた会社です。トロン OS は仕様が公開されているのでどの会社でも開発できますが、他の会社はトロン OS の開発に参入しませんでした。パソコン用の OS は(組込み用とは違い)多くのデバイスへの対応やさまざまなアプリケーションが必要で、開発コストが割に合わないからでしょう。トロンパソコンの販売は2000年代の中頃まで新機種(ほとんどは他メーカーのパソコンにトロン OS を組込んだもの)が発表されていました。しかしパーソナルメディアのトロン OS「超漢字」もその頃を最後に、VMware Player(拡張機能のため Windows 版のみ)上の仮想マシンで動かす「超漢字V」に移行して積極的な開発を終了したようです。超漢字Vはサポートは2026年時点で一応継続中ですが、アプリケーションの大幅なアップデートはなし、1990年代のものなので非常に制限された機能しかありません。インターネットへの対応機能(ブラウザやメール)もありますが、最新セキュリティに対応しておらず、ほとんど使い物になりません。
番外編 BTRON 搭載ワープロ専用機
これが番外編である理由は、パソコンではなくワープロ専用機だからです。ワープロ専用機がどのような機能を持っているかはその機種次第です。後期のワープロ専用機は高機能化し表計算ソフトが付属していたり通信機能も搭載するようになっていきますが、パソコンとの違いは一般的には使い方がワープロ専用ということになっています。このようなコンピュータを坂村氏はコミュニケーションマシンと呼び、そのための制限された BTRON を μBTRON と呼んでいたりするのですが、ここでは区別せずに扱います。
パナワード6000i (1990-04)
松下電器、正確には松下通信工業は、1990年4月20日に BTRON を搭載したワープロ「パナワード 6000i (JD-6001)」を発売しました。DTP としての出版物や印刷物のための高度な編集機能が搭載されています。販売は松下通信工業ですが、開発は株式会社イーストによる受託開発のようです(BTRON を使用した日本語ワープロ「Panaword 6000」を受託開発)。

イーストの歴史 より
上記では1988年となっていますが、おそらくこれは開発を始めた年で1989年6月22日に年内発売と発表されたものだと思われます。実際には少し遅れての発売になったのでしょう。
パナワード6000i は32ビット CPU を搭載しており業務用のためか価格は324万円(?)からのようです。一般的にワープロで使用している OS は公開することが少なく、パナワード 6000i に関してもマルチタスク OS を採用しているとありますが、BTRON を使っているという情報はあまりありません。ただし OS は松下電器情報通信関西研究所が開発しており、これは後述の「ET マスター」の開発場所と同じです。詳細はもう少し調べるつもりでいます(販売情報はあるが使用情報は少ない。もともと業務向けだからそんなもんなのかもしれないが、開発は行ったが直前に販売中止になったとかあるんだろうか? もしや 6000 と 6000i は別物、BTRON 搭載は 6000 のみで発売されなかったとか?)。
番外編 小中学校に導入されたトロンOS
これが番外編である理由は、教育機関向けに発売されたものだからです。トロン OS を搭載した教育用パソコンは一部の小中学校が導入しました。教育用パソコンとは、1993年度から始まる中学校でのパソコン教育向けに、通産省と文部省の共管である CEC が仕様を考えた CEC 独自仕様のパソコンです。正確に書くとしたら「トロン仕様パソコン」に対して「CEC 仕様パソコン」とすべきでしょう。初期の教育用パソコンの仕様(試作機の仕様)「CEC コンセプトモデル '87」では、OS に トロン OS が指定されていました。厳密にはトロン OS でなくてもよいのですが、ファイルシステムが実身/仮身モデル対応であることなど、トロン OS に非常に有利な仕様になっており、MS-DOS などでは実装が極めて困難なのでトロン OS が指定されていたものとして誰もが扱っていました。(ただしこの時点のトロン OS には多言語対応や多くの漢字を扱える特徴はありません)。この仕様には当時のパソコン市場(学校にすでに導入されているパソコンを含む)で大きなシェアを持っていた NEC が反発するなど物議を醸しましたが、教育関係の専門家や現場の先生たちを交えた評価の末、教育用パソコンの最終的な仕様「CEC 仕様 '90」では OS を指定しないことになりました。最終的に松下電器だけが「トロン OS を搭載した教育用パソコン」を販売しました。私が見つけられた限り少なくとも次の学校に導入されたようです(もちろん当時の話です)。
- 九州佐賀市の中学校、東京渋谷区の小学校、北海道旭川の小学校
- TRONWARE Vol.11(1991年9月27日 発売)より
- 北海道音更町立音更中学校
- NEW教育とマイコン 1992年8月号 より
- 北海道白老群白老町立白老小学校、中学校
- 学校法人 佐藤栄学園 埼玉栄東中学校
- TRONWARE Vol.20(1993年3月31日 発売)より
- 宮崎県児湯郡西米良村 村所小学校
- NEW教育とマイコン 1994年4月号 より
- TRONWARE Vol.47(1997年9月30日 発売)より
- 島根大学教育学部附属中学校
- TRONWARE Vol.63(2000年5月31日 発売)より
トロン OS を開発した松下電器はトロン OS を搭載した教育用パソコンを発売しましたが、他のメーカーは松下電器からトロン OS の供給を受けており、評価のための試作機までは完成させましたが最終的に発売しませんでした。CEC がトロン OS の搭載を義務付けなかったため、トロン OS のライセンス料を松下電器に支払ってまで発売しようとは思わなかったのでしょう。いずれにしろ必要な MS-DOS とは違って、トロン OS は優れている所があったとしても将来的に普及するのかわからない OS です。最終目標であるトロンチップを使ったトロンパソコンの開発はまだです。アプリケーションは少なく、英語版すらない トロン OS が国外で普及する見込みはありません。長く開発を続けていた松下電器と違って、トロン OS 用のアプリケーション開発に詳しいプログラマは他の会社にはいません。すでに世の中は OS/2 や Windows 3.x の時代へと移行しつつあり、トロン OS でなければならない理由はなくなっていました。
CEC コンセプトモデル '87 ではトロン仕様が採用されたという扱いですが厳密に言えば違います。本来、トロンパソコンの仕様(BTRON 仕様)にはハードウェア仕様も含まれますが、教育用パソコンにはハードウェアに関するトロン仕様はほとんど採用されていません。また、CEC は元々、独自の標準 OS (CEC-OS) の仕様を作ろうとしており、そこに「トロン OS の仕様」を取り込んだという形です。したがって、「トロン OS を採用した教育用パソコン」の OS はトロン OS ではないということになります。このことは 1990年4月7日発売の TRONWARE Vol.2 で説明されています。CEC 仕様 '90 の発表(1990年7月3日)よりも前の頃ですね。
TRONWARE Vol.2 では他にも BTRON に関する誤解を説明しています。以下は特に読んでほしい項目(関連項目含む)です。
- Q: BTRON とはなんですか?
- Q: BTRON マシンはいつ、どの会社から発売されますか?
- Q: CECの教育用コンピュータと BTRON の関係を教えてください
- Q: BTRON の仕様を知りたいのですが
- Q: トロン協会とはなんですか? (1990年1月10日時点で会員数は142社)
- Q: TRON 仕様が「公開」であるということはどのような意味なのでしょうか?
- Q: BTRON はどの CPU を使わなければならないという規定がないといいますが
補足: この話と直接関係ないのですが、上記で会員数142社を強調しているのは、米国からの圧力(1989年4月28日、スーパー301条関連)があった後も会員数は減っていないことを示すためです。会員数が減るのは Windows 3.x の発売や松下電器がパソコン用の BTRON OS の販売を断念した後で、米国の圧力が直接の原因ではないことがわかります。
PanaCAL ET (ET マスター)
PanaCAL ET は松下電器が開発したトロン OS 搭載の教育用パソコンの名前です(ET は Educational Tool の略)。BTRON OS の名前は「ET マスター」 で松下電器情報通信関西研究所が開発したようです。PanaCAL ET は1995年頃まで新機種を投入しながら販売が続けられました。
- 1990年9月10日 WE-C1000 シリーズ
- 文字のほか映像、音声などのデータを統合して扱える
- 1991年9月20日 PanaCAL A10
- ネットワーク CAI システム(強化版?)
- 1993年12月16日 WE-CL100 シリーズ
- シミュレーション機能や音声の録音・再生・編集機能を新たに採用
- ミュージック機能、アニメーション機能、サウンド機能など
- OS は BTRON、日本語 MS-DOS V5.0 や Windows も使用可能
- 1995年6月1日 WOODY 搭載 マルチメディア学習システム(?)
- 動画や音声を取り入れた
販売したのは「松下通信工業(松下通工)」です。元々パソコン用のトロン (BTRON) は研究開発プロジェクトとして始まったもので「研究所」で研究開発されていました。実際の製品の製造と販売を行うのが「事業部」です。BTRON の失速でトロン開発者達は子会社に追いやられたみたいなテキトーなコトを書いてるのを見たことがありますが、単に研究所から適切な事業部へと引き継がれたと言うだけの話です。
| やること | 担当部署 |
|---|---|
| トロンパソコンの研究開発 | 松下電器 中央研究所(のちに「情報システム研究所」に再編) |
| 教育用パソコンの製造 | 松下電器 コンピュータ 事業部 |
| 教育システムの販売 | 松下通信工業 AV(音響・映像)システム 事業部 |
教育システムはただパソコンを納品すればいいだけではありません。先生が使う管理用パソコン、生徒が使うパソコン、その他の周辺機器、それらをネットワークでつないだシステム、それが「ハイパーメディアラボ」です(「ハイパーメディアのラボ」ではなく「ハイパーなメディアラボ」の意味)。

左: 放送教育 1991年9月、右: 教育と施設 1992年12月
ET マスターには BTRON 仕様にはない独自の追加機能が含まれています。例えば各種教育用ソフトやマルチメディアデータを扱う「AV エディタ」などです。BTRON 仕様には動画や音声を扱う機能はなく、ET マスターのマルチメディア機能を使うには専用のハードウェア「AV カード」を必要とします。通常の BTRON OS であればドライバがなくて他社製のハードウェアが動かないみたいな問題がありますが、PanaCAL ET はシステム全体を松下電器が作って納品するため、そのような問題は発生しません。すべてを純正でそろえるメリットです。
このように大手家電メーカーの松下電器は教育用パソコンとして、本来のトロンパソコン(BTRON 仕様)に不足していたマルチメディア機能(映像、音楽、動画などへの対応)を大幅に強化しました。これは写真や動画を用いた視聴覚教育の延長なのです。AV システム事業部が担当した理由もわかりましたね?
トロン OS は他のメーカーに供給されましたが、マルチメディア対応には専用のハードウェアが必要になるため、おそらく他のメーカーには最低限のトロン OS の機能だけが提供された(または提供されたが動かなかった)のではないかと考えています。ちなみに、ここでのマルチメディア機能に関する技術は、後に松下電器が1994年6月に発売した PC 互換機ベースのマルチメディアパソコン「WOODY」へと引き継がれます。トロンパソコンの開発で培われた技術は無駄にはならなかったということですね。
WE-C1000 (1990-09)
(最初の)PanaCAL ET「WE-C1000 シリーズ」が使用するベースのパソコンは Panacom M シリーズ(富士通の FMR 互換)で、具体的な機種は CPU に 80286 を搭載した Panacom M530 のようです。そのため MS-DOS も動作し、事実上のマルチ OS パソコンでした。

左: 日経産業新聞 1990年9月6日、右: NEW教育とマイコン 1992年4月
以下のタイプ FD というのは、フロッピーディスクから起動するため(ハードディスク非搭載)だからでしょう。教育用パソコンの要求として FDD からの起動が想定されていました。
その他にハードディスク搭載モデルもあるようです。
以下の図より、おそらく最初はサウンドを扱えなかったと考えられます(ただしビデオ入力は専用ボードを搭載すればできたと思われる)。サウンドを扱うソフトは専用ハードと共に後から開発されたようです。
PanaCAL A10 (1991-09)
なぜか PanaCAL ET ではないようですが(販売する部署が違う?)、1991年9月から PanaCAL A10(エーテン)が発売されました。小型軽量かと使いやすさと機能強化されたもののようです。

左: 教育と施設 1991年9月、右: 視聴覚教育 1991年7月
WE-CL100 (1993-12)
1993年12月16日の日経産業新聞によると、1993年12月20日に PanaCAL ET シリーズの新製品「WE-CL100 シリーズ」を発売したようです。パソコンはおそらく CPU に 80386SX を搭載した M550 ではないかと考えています。日本語 MS-DOS 5.0 や Windows 3.1 の利用も可能とのことです。
新たにアニメーション・シミュレーション機能、サウンド機能、ミュージック機能が追加されたようです(ET シミュレーション作成ソフト、ET シミュレーション実行ソフト、ET ミュージックソフト、サウンドソフト)。その他、ETコース (WE-AS411)、日本語Guide/ET (WE-AS420)、ET マルチ (WE-AS421)。

左: NEW教育とマイコン 1993年7月、右: 放送教育 1994年10月
下記の図でも「ET シミュレーション」と「音声エディタ」が追加されています。
WOODY 搭載版 (1995-06)
1995年6月からはパソコンに WOODY を使用した「マルチメディア学習システム PanaCAL ET」を発売したようです。WOODY は PC 互換機なので、BTRON OS(ET マスター)を PC 互換機向けに移植したようです。

左: 日経産業新聞 1995年5月25日、右: NEW教育とコンピュータ 1995年6月
1B (16bit) 世代 独自パソコン
トロンパソコン(トロン OS が組み込まれたパソコン)は1991年に一般のパソコン市場で発売されました。トロン OS とは正確には「TRON 仕様に準拠して開発された OS」のことで、パソコン用の TRON 仕様は BTRON (Business TRON) 仕様と呼ばれています。最初の BTRON 仕様は「BTRON1 仕様」で1989年に仕様が完成、パーソナルメディアが開発した BTRON1 仕様の OS の名前が「1B」 です。ややこしいのでここでざっくりとまとめておきます。太字がここで扱うパソコンに関係のある仕様と OS です。
| BTRON 仕様 | BTRON OS |
|---|---|
| BTRON1 ≒ BTRON1/286(16ビット) | 1B, 1B/FMR, 1B/V1, 1B/V2, 1B/V3 |
| BTRON2 ≒ BTRON2/CHIP(トロンチップ) | 2B |
| BTRON3(32ビット) | 3B, 3B/V, B-right/V(超漢字), 超漢字V |
| μBTRON(32ビット) | B-right |
当初に想定されていたトロンパソコンは、トロンプロジェクトで仕様を考案した 32ビットのトロンチップを使うものでした。しかしトロンチップの開発にも時間がかかるため、とりあえずとして Intel 80286(とその上位互換の)CPU で動く OS として実装されました。Intel 80286 への実装は本来「BTRON 仕様を評価する」ための実験システムです(論文 BTRON仕様による80286オペレーティングシステム)。BTRON1 仕様は16ビット CPU でも実装可能な軽量な仕様というだけで、CPU を限定しているわけではありません。坂村氏はメモリの扱いが簡単な Motorola 68000 (68K) への実装を提案していたようですが(TRONWARE Vol.13)、開発費用を出す人たちの決定で80286上に実装されたという経緯です。もっとも16ビットと言ってもプロテクトモードが利用可能な Intel 80286 なので、MS-DOS のような 1MB のメモリ制限はありません(MS-DOS は元々 Intel 8088 用)。
本来 BTRON はさまざまな CPU に実装できる仕様で、仕様名は「仕様名/実装アーキテクチャ」みたいな形です。歴史が違えば Motorola 68000 向けの BTRON1/68K という仕様もできていたかもしれませんが、結局 BTRON1 仕様シリーズに属するものは BTRON1/286 しか作られず BTRON1 = BTRON1/286 のように扱われています。1988年に完成した「BTRON/286 仕様」(別名: BTRON1/286)は名前の通り Intel 80286 CPU 向けの仕様で、BTRON 仕様のサブセット(TACL、多言語処理、分散処理などが含まれない)となっています。BTRON1/286 仕様は教育用パソコンで使用するという経緯から、教育用パソコンの要件由来の制限が含まれています。例えばフロッピーディスクのみで動作することを前提としていたため、仮身の参照数に255の制限が加えられたようです。
1B は定期的にアップデートが行われました(これ以降のアップデートがあったかは見つけられておらず不明)。アップデートの内容は次のとおりです。TRONWARE Vol.27 によると1994年に発売された PC 互換機版の 1B/V1 は R1.060 相当(正確には少し調整を入れた R1.061)が最初のバージョンのようです。
ちなみにアップデートの提供を受けるには SUS(ソフトウェアアップデートサービス)を契約する必要があり、(1B/note 用?は)年会費48,000円だったようです。複数台利用している個人向けの割引もあったようなので製品ごとの契約だったのでしょう。アプリケーションや周辺機器などを会員価格で買えるなどのメリットもあったようですが当時は何でも高いですね。ちなみに MS-DOS や Windows も当時はメジャーアップデートでなくともアップデートは有償でした。むしろ、アップデートが無料の今がおかしいぐらいで、今でも Microsoft は Windows で儲けてるとか言っている人がいるようです、私は15年以上 Windows にお金を払わずに使っている気がします。
1B/FMRソフトウェアキット (1993-11)
1B が動作するパソコンは PC 互換機ではないという意味で独自パソコンと扱っていますが、実際には松下電器がトロンパソコンの研究開発を始めたという経緯により、松下電器のパソコン「Panacom M シリーズ」を使用しています。それならば松下電器が発売したパソコンに 1B をインストールできるのではないかと思いますが、1B は単体で発売されなかったようです(少なくとも私は見つけられなかった)。
1993年11月に富士通の FMR-50 シリーズにインストールして使える「1B/FMRソフトウェアキット」が発売されました。なぜこのようなことが可能なのかと言うと松下電器の Panacom M シリーズは富士通の FMR シリーズの互換機だからです。当時の松下電器と富士通は協力関係にあり、遅れてパソコン市場に参入した松下電器が、富士通と手を結んで互換性のあるパソコンを発売していました。ちなみに 1B/FMR ソフトウェアキットの価格は7万円です(当時はなんでも高い)。
Panacom M シリーズは FMR シリーズと互換性があることを考えると、1B/FMR を Panacom M にインストールできたのではないかと考えてしまいますが、細かい違いですんなりとは行かない可能性も高いでしょう。
1B/note (1991-12)
1B/note は一般ユーザーが入手可能な最初のノート型のトロンパソコンです。1991年8月に発売(受注開始?)と書いてある場合もありますが、正式な発売開始(出荷開始?)は12月のようです。ハードウェアには松下電器の Panacom PRONOTE(おそらく CV-M550NHD)が使用されており、本来の OS は MS-DOS です。CPU は Intel 80386 で32ビット CPU ですが、1B は16ビット OS なので80286のプロテクトモードと互換性のあるモード(D ビットオフ)で動作していたと思われます。ディスプレイは白黒ですが当時のノート型パソコンはこんなものです。サウンドはおそらく対応していません(ビープ程度は鳴らせたはず)。2400bpsのモデム(LAN ではなくアナログ電話回線で通信するための機械)が内蔵されており、単体でパソコン通信ができました。定価は48万5000円です(CV-M550NHD の価格はモデムと2MBのメモリなしで43万8000円らしいので十分妥当)。国産というか独自仕様パソコンは競争が発生づらいので高くなりがちなんですね。

左: ASCII 1991年12月、右: TRONWARE Vol.11
トロンパソコンは特徴的なトロンキーボードが有名ですが、1B/note のキーボードは普通の JIS 配列です。Panacom PRONOTE をベースとしておりコストなども含めて変更は難しかったのでしょう。ちなみにパーソナルメディアのトロンキーボード「TK1」は1991年3月に、トロンパソコンの販売に先駆けて発売されています。「TK1」は 1B/note への接続はもちろんのこと、接続ケーブルを変更することで後述の MCUBE や PC-98 シリーズにも接続できたようです。
1B には文章エディタ、図形エディタ、パソコン通信ソフトなどが付属しており、「これだけでパソコンを使える」と宣伝していました。当時は「高機能なソフトウェアが付属」と自称していたようですが、標準ソフトは機能的には Windows 95 に付属していたワードパットやペイント相当です。システム手帳機能、データベース機能、表計算ソフトなどは開発中でした。当時はすでに MS-DOS 用のワープロソフト「一太郎 Ver.4」、ドローソフト「Adobe Illustrator 3.0」、表計算ソフト「1-2-3 R2.2J」などがあったのですが、OS 付属の標準ソフトだけで満足できた人っているのでしょうか? メモを取る程度なら十分だとは思うんですけどね。ちなみにインターネットはまだ一般に普及しておらず、ブラウザはありません。
参照: TRONWARE Vol.10、Vol.11
1B/note-L (1992-06)
1B/note-L は1992年6月頃に発売された 1B/note のニューモデルで、ハードウェアにはおそらく Panacom PRONOTE 55 (CV-M55NLFD) が使われており、より薄く、より軽くなっています(L は light の意味?)。
1B/note-L はイネーブルウェア (Enable Ware) が標準搭載された初のトロンパソコンのようです(1B/note にもアップデートが提供された)。イネーブルウェアはトロンプロジェクトの造語で、体が不自由な人でもパソコンを使いやすくするための、一般的にはアクセサビリティと呼ばれている OS の機能のことです。といっても文字を音声で読み上げるような高度な機能はなく、当時にあったのは文字サイズを大きくしたり、ウインドウの枠やスクロールバーの太くしたり、シフトキーを一時的に押した状態にすると言った現在から見れば基本的なアクセサビリティ機能のみです。トロンプロジェクトはかなり早い段階でこのような問題に取り組んでいました(例えば「イネーブルウエアシンポジウム「TEPS’88」が1988年7月に開催)。もちろん同様の問題には、Appleは1985年、Micorosoftも1990年頃には取り組んでおり、同等の機能は Macintosh や Windows にも同じ頃に、標準搭載または追加の拡張機能(例えば Windows の Access Pack)で提供されています。興味がある方は以下のリンクを参照してください。
- Apple Education向けのアクセシビリティ機能について
- A Brief History of Microsoft and Accessibility
- The History of Sticky Keys
参照: TRONWARE Vol.16、Vol.17
1B/desktop (1992-11)
1B/desktop は1992年11月に発売された、デスクトップ型のトロンパソコンです。パソコン本体はおそらく Panacom M シリーズだと思いますが、実際に何を使っていたのかはわかりませんでした。別売りのディスプレイはカラー表示対応(ただし 1B は16色表示)で、タッチパネル付き(ディスプレイの前面にタッチ可能な透明パネルを重ねるタイプ)も標準で提供されていました。またオプションの AV ボードの追加でビデオ入力画像とパソコン画像を合成してウインドウに表示することも可能でした。他にも SCSI カード、LAN カード、RAM カードなどオプションボードで拡張できたようです。それらの拡張デバイスはどのメーカーから発売されたのか、ドライバはどうなっているのか疑問になるところですが、おそらく純正を使うのが基本だと思います。
ASCII 1993年1月号によると、価格は、40MB ハードディスク搭載の「1B/desktop-40」が44万8000円、100MB ハードディスク搭載の「1B/desktop-100」が49万8000円。別売りで14インチディスプレイが8万9800円、タッチパネル付き14インチディスプレイが35万円、電子ペン付き TRON キーボードが8万6000円だったようです。
16色のカラー表示について
昔のパソコンは表示できる色数が全部で16色(やそれ以下)というハードウェア上の制限がある場合があります。ただし固定の16色ではなく、4096色中16色(4096色の中から選んだ16色)という現在からするとちょっと変わった制限もよくありました。この制限は VRAM(画面表示用メモリ)の容量を節約するためのものです。MS-DOS アプリのような全画面を独占して扱う場合には(制御可能という意味で)問題なかったのですが、Windows のように複数のウインドウが同時に表示される場合、他のウインドウが使用する色のせいで、別のウインドウで使える色に制限が出るという問題がありました。トロン OS が当時どんな方法でこの問題に対処していたかはわかりませんが、昔の Windows ではアクティブになっているウインドウが優先で、他のウインドウは色がおかしくなっていた記憶があります。減色処理である程度対応可能ですが、さすがに16色はかなりキツイです。256色(システムが使用する色「システムカラー」を除くと236色)ぐらい扱えればかなりマシになります。このような制限もわずか数年後の1995年頃にはあらかた解決し、フルカラー(1677万色)やハイカラー(65536色)で表示できるようになったので当時のパソコンの進化スピードに驚きです。
参照: TRONWARE Vol.18
1B/note-Y (1993-03)
1B/note-Y は限定販売された廉価版の 1B/note です。記事は「20万円台のBTRONマシン」という見出しがつけられ、価格は29万円(税別 消費税3%)でした。インテルのiAPX386を使った標準的なアーキテクチャなので MS-DOS を買えば MS-DOS マシンとして使えると書いてあったのですが、どのメーカー(パーソナルメディアが販売していた?)の MS-DOS を買えばいいのか、どのパソコン用の MS-DOS アプリを買えば良いのかよくわかりません。おそらく Panacom M (FMR) シリーズ用だと思うのですが、TRONWARE にはハードウェアに何を使っているのかなどの説明はありません。
参照: TRONWARE Vol.20
1B/desktop-SX,DX (1993-07)
1B/desktop-SX と 1B/desktop-DX は 1B/desktop の CPU を強化したもので、それぞれ Intel 80486 SX(FPU なし)、Intel 80486 DX(FPU あり) を搭載しています。FPU は数値演算コプロセッサのことで、小数計算が多い処理を行う場合に重要です(もちろん今は FPU は当たり前に実装されています)。
「世界初の本格的マルチOSパソコン」を自称しており、公式に対応した 1B、MS-DOS 5.0、Windows 3.1 の3つの OS をハードディスクにプリインストールされた形で販売されていたようです。
マルチOSパソコンとは、複数の OS が利用可能なパソコンのことです。
当時の OS はパソコン本体の付属品(または別売りのオプション)でした。現在のプリインストール販売と違うのは、パソコンメーカーが OS を自分たちのパソコンで動くように修正して(移植性して)販売していたということです。Microsoft は IBM PC とその互換機用に MS-DOS を開発していましたが、それを日本の独自仕様のパソコンで動くようにする必要があり、パソコンメーカーは内部技術を秘匿したがる傾向があるので、パソコンメーカー自身にしか動くように修正することができないわけです。そういう時代においてパソコンメーカーは、確実に動くと保証する標準 OS を提供する必要がありましたが、複数の OS を提供するのが大変なのは言うまでもありません。
当時のパソコンでは MS-DOS が動くのが一般的でしたが、OS/2(次世代 MS-DOS)や Unix も動く「マルチ OS パソコン」が登場し、当時は使いたいアプリケーションによって複数の OS を切り替える「マルチ OS」が普及していくだろうと考えられていました。今だとアプリによって OS を切り替えるなんてありえないと思うかもしれませんが、ハードディスクが標準搭載されていなかった時代では、アプリは OS が組み込まれたフロッピーディスクからパソコンを起動して使うものだったので、別のアプリを使いたい時に OS ごと再起動するのは当たり前のことでした。
参照: TRONWARE Vol.22、Vol.24
2B, 3B (32bit) 世代 ワークステーション
2B は BTRON2 仕様(別名: BTRON2/CHIP または BTRON/CHIP 仕様)に準拠した OS でワークステーションなどの大規模コンピュータ向けの BTRON 仕様です。ワークステーションとは個人用の高性能コンピュータのことで、ざっくり言えば高性能のパソコンです。
| BTRON 仕様 | BTRON OS |
|---|---|
| BTRON1 ≒ BTRON1/286(16ビット) | 1B, 1B/FMR, 1B/V1, 1B/V2, 1B/V3 |
| BTRON2 ≒ BTRON2/CHIP(トロンチップ) | 2B |
| BTRON3(32ビット) | 3B, 3B/V, B-right/V(超漢字), 超漢字V |
| μBTRON(32ビット) | B-right |
元々トロンプロジェクトは、専用のトロンチップを使うコンピュータを開発することを最終目標にしていました。トロンチップを作る必要があったのは、OS が同じでも CPU が異なればアプリケーションは動かないためです。トロンプロジェクトは仕様を作り、その仕様に従って複数のメーカーが製品を作るという関係から、トロンチップは複数のメーカーから供給される想定で、実際に複数のメーカーから発売されました。ただしアプリケーションを動かすのに必要なのは CPU の命令セットだけで、ピン互換性をもたせる必要はありません。BTRON 仕様としては特定の CPU を使うという決まりはないのですが、互換性を持たせるにはトロンチップが必要で、トロン OS を効率的に動かすための命令が組み込まれたトロン OS を動かすうえで最適な CPU 仕様でした。ただしトロンチップはトロン OS にしか使えないというわけではなく、実験的ではありますがトロンチップで動作する Unix も開発されていました。
トロンチップを用いる BTRON2 仕様は、正確には BTRON2/CHIP 仕様ですが、トロンチップ以外を用いる BTRON2 仕様は作られなかったため、事実上 BTRON2 仕様はトロンチップを用いるコンピュータ用の仕様となっています。ちなみにトロンチップを用いる BTRON の事を「ピュア BTRON マシン」と呼んだりします。ピュア BTRON マシンは1990年代の性能のコンピュータ上に実装できる最終目標であり、それが完成するまでに出せる簡易版を 1987年頃は「μBTRON マシン」と呼んでいました。教育用パソコンも Intel 80286 を使用するため「正確には μBTRON マシン」などと説明されていたりしますが、コンピュータ性能の向上により BTRON 仕様を Intel 80286 の上位互換 CPU に実装できるようになったため、μBTRON マシンが世に出ることはありませんでした。この「μBTRON マシン」と上記の「μBTRON 仕様」を混同しないようにしてください。詳細な説明はあとにしますが、μBTRON 仕様は BTRON3 仕様よりも後に誕生した仕様です。
2B の後継 OS は BTRON3 仕様の 3Bです。2B を搭載した BTRON マシンを1992年に出した後、3B の開発は1994年に行われており、TRONWARE Vol.32(1995年3月31日 発売)には「3B の開発がほぼ終了した」と書かれています。2B が動作するワークステーション(後述の MCUBE)上で 3B の研究開発が行われ、MCUBE の OS は最終的 2B から 3B にアップデートされたようです。
MCUBE/desk-1,shelf-3 (1992-02)
MCUBE はトロンチップを搭載しトロンキーボードを使う、初の純粋なトロンパソコン(ピュア BTRON マシン) です。shelf-3 は 1991年9月に受注を開始し、1992年2月より出荷開始予定、初年度は100台を見込んでいると記載されており、1B/note よりわずかに遅れての販売のようです。当初は MCUBE/desk-1 と MCUBE/shelf-3 の2つのモデルがあり、MCUBE の由来はよくわかりませんが、desk(机)と shelf(棚)は、ワークステーション(仕事場)にあるものを意識した名前なのでしょう。末尾の数字は、それぞれ使用しているトロンチップ、GMICRO シリーズの 100、200、300を表しているようです。

TRONWARE Vol.11、右はMCUBE/self-3 の仕様

ASCII 1991年11月号 ※desk-1のRAMの最大は16Mbytesの間違いでしょう
1995年(3月より前?)頃にケースのデザインが一新され、かなりモダンなデザインになっています。時期的に「3B」アップデートを記念した発売なのかもしれません。
1995年3月31日に発売された TRONWARE Vol.32 によると、PCM 音源、スピーカー、MIDI インタフェースなども標準装備され、マルチメディア機能が強化されているようです。GMICRO/500 を搭載した機種も予定されていると書かれていますが、実際に発売されたのかはよくわかりません。初代 Pentium は1993年に発売されましたが、同じ頃に発売された GMICRO/500 はそれを超える性能を持っていたようです。しかしいくら性能が優れていてバンバン作って売ろうとしても、需要がなければ売れないのは言うまでもありません。高性能な32ビットのトロンチップを作る前に、組込み向けの ITRON 用に、性能が低くて安い8ビット/16ビットのトロンチップを作るべきだったのだろうなと思います。

TRONWARE Vol.100 ※表-3 「出荷数 1993 同左」はおかしいでしょ(「出荷年」の間違いだろうな)
TRONWARE のいくつかの号の断片的な情報をかき集めると、1995年により大規模向けに改良された 3B/MCUBE (MCUBE/3B?) が SCSI 端子を持っており120万円で発売されたようですが、TRONWARE Vol.45(1997年5月31日 発売)時点で完売で入手できないというような事が書かれています。名前からすると1995年頃に開発が完了した 3B を標準搭載した MCUBE が発売されたのでしょう。MCUBE は後述の SIGBTRON の教材としても配布されたようです。
参照: TRONWARE Vol.11、Vol.12、Vol.32
補足 講座「SIGBTRON」 (1993-03)
SIGBTRON とは月1、2回のペースで行われた技術的なセミナーのことで、1年半ほどかけて教材としてピュア BTRON マシン(MCUBE)を作るというものです。Aコース150万円、Bコース120万円、Sコース50万円で、AコースとBコースの主な違いは映像や音声、音楽、外部ビデオ入力を行えるマルチメディアボードの有無、Sコースはセミナーのみ(教材のボードを含まない)のようです。作るマシンは GMICRO/300 を使ったワンボードコンピュータで、マシンの組み立ては電源の接続やケースへの取り付けなど一般的な自作 PC と同程度のものと思われますが、むしろ OS についての技術解説がメインでプログラミング実習も含まれていたようです(クロスコンパイルのための DOS マシンの準備が必要だったもよう)。
ちなみにセミナーの当初の予定は次のようなスケジュールと内容だったようです。実際とはだいぶ異なるようなので、雰囲気を知るための紹介です。
| 予定日 | 内容 |
|---|---|
| 1993年3月 | TRON 仕様チップの詳細解説 |
| 1993年4~5月 | 基本ボードの詳細解説 |
| 1993年6月 | 基本ボードを提供し、電源やケースの組み立てを行う |
| 1993年7~8月 | ROMモニタを使用し、基本ボードの中身を探検する |
| 1993年9月 | トロン仕様チップ用Cコンパイラの提供とその解説 |
| 1993年10月 | ITRON仕様OSの詳細解説 |
| 1993年11~12月 | ITRON仕様OSの搭載と関連した実習 |
| 1994年1月 | BTRON2仕様OSの詳細解説 |
| 1994年2月 | BTRON仕様OS「2B」をベースとしたマルチタスク GUI環境でのプログラミングについての学習 |
| 1994年3~4月 | BTRON2仕様OS「2B」の搭載と関連した実習 |
| 1994年5~6月 | 全体のまとめ、その他 |
行われたセミナーの内容は TRONWARE に「SIGBTRON 便り」として掲載されており、毎回40人から50人ぐらいが参加したようです。1994年7月~8月に休講したあと、TRONWARE Vol.36 によると1995年10月7日まで続いたようですが、随分と延長されたということなのでしょうか?(「SIGTRON VOL.2 受講者」という単語があるのだけれど、これはなんだろう?)
第17回セミナー(1994年9月10日)では BTRON3 仕様 OS を教えているようで、元は「2B」を教える予定だったのが、完成が近い「3B」に変わったようです。
第19回セミナー(1994年11月19日)「SIGBTRON 基本ボードは、一部の回路を変更して最終的なケースに格納する」とあるため、おそらくこの時点で MCUBE の新しいデザインのケースに変わったのではないかと考えています。
第25回セミナーで SIGBTRON は終了ですが、このあとに OS のバージョンアップなどが予定されており、正式な 3B(3B/MCUBE)にバージョンアップできたのでしょう。「古典コンピュータ愛好会 - MCUBEへの3Bのインストール」によると、少なくとも「1997年6月 3B/MCUBE R2.000」までは出ていたようです。
参照: TRONWARE Vol.18 ~ Vol.36
1B/V1 (16bit) 世代 PC互換機
1B/V1 は PC 互換機、つまり現在のパソコンの系統(ただし古いので今とは随分と違う)用に移植された 1B の最初のバージョンで、1994年4月に OS 単体でも発売されました。これによって特定のパソコンを買わなくてもよくなりましたが、1994年は日本語版 Windows 3.1 が発売されてから1年後なので、多くの人にとって GUI OS は珍しいものではなくなっていました。
| BTRON 仕様 | BTRON OS |
|---|---|
| BTRON1 ≒ BTRON1/286(16ビット) | 1B, 1B/FMR, 1B/V1, 1B/V2, 1B/V3 |
| BTRON2 ≒ BTRON2/CHIP(トロンチップ) | 2B |
| BTRON3(32ビット) | 3B, 3B/V, B-right/V(超漢字), 超漢字V |
| μBTRON(32ビット) | B-right |
V はバージョンの意味ではなく DOS/V の V だと思われます。DOS/V とは 1990年に発売された IBM 版 MS-DOS の通称で、「Disk Operating System / VGA」の略です。当時の PC-98 シリーズや AX 互換機では日本語の表示に専用のハードウェア(漢字 ROM)を必要としていましたが、DOS/V はソフトウェアだけで日本語の表示を実現しました。DOS/V は本来は IBM 製パソコン用でしたが、それ以外の PC 互換機でも利用可能で、正しい名称ではありませんが、PC 互換機の別名として当時は DOS/V 機(または単に DOS/V)がよく使われていました。DOS/V の発売をきっかけに日本のパソコンは PC-98 vs PC 互換機の時代へと突入することになります。そんな中で発売されたのが 1B/V1 です。時代の方向性としては正しい選択ですが、日本を席巻した PC-98 シリーズはしぶとく Windows にも対応し、1997年に敗北宣言とも言える PC-98NX シリーズが発売される頃まで長く使われていました。1B/V が PC-98 シリーズで動かなかったのは、当時にシェアを拡大できなかった原因の一つかもしれません。
通常の 1B は Panacom 用、1B/FMR は FMR 用、1B/V は PC 互換機用と違いがありますが、原則として同じアプリケーションが動きます。これはどのメーカーのパソコンでも Windows アプリなら同じように動くのと同じ理屈です。同じ CPU を使っており、ハードウェアの違いは OS が吸収しているためです。ただし同じ PC 互換機でもハードウェアの仕様は全く同じというわけではなく、1B/V はその違いの対応に苦労していくことになります(もちろん Windows も苦労して対応しています)。また新しく登場するデバイス(ビデオ、サウンド、モデム、LANなど)に対して Windows はデバイスを扱うための便利な高レベル API を追加していきましたが、BTRON 仕様は API をほとんど追加しませんでした。そのため一部のアプリは特定のデバイスでしか動かないなど、Windows と BTRON 仕様の OS のハードウェア対応の差は、これからどんどん広がっていくことになります。
1B/V1 を使用するには 40MB のハードディスク容量が必要となっていますが、1.44MB のフロッピーディスク8枚に非圧縮でデータを格納しているため、システム的には 12MB 程度の容量があれば動くとのことです。補足ですが、機能制限された体験版はハードディスクを使用せず2枚のフロッピーディスクから起動できたようです(TRONWARE Vol.28)。メモリは6MB中、システム的に 4MB 程度を使用するようです。扱えるメモリ容量の最大は 16MB とのことで、これは Intel 80286 のプロテクトモードの制限によるものでしょう。
1B/V1 には次のような製品がありました。
- 最初に販売された製品(1994年4月)
-
1B/V1 ソフトウェアキット(7万円)
- 基本文章エディタ、基本図形エディタ、通信ソフト、各種小物など
-
1B/V1 ソフトウェアキット(7万円)
- 構成と価格の見直し(1994年11月頃)
- 1B/V1 スタンダード(3万円) 基本機能(ソフトウェアキット相当)
- 1B/V1 マスターズ(5万円) 上記スタンダード + 1B表計算 + 1B電子ブックリーダー
当時の1B シリーズで動作する別売りソフトには次のようなものがありました
| 製品名 | 標準価格(税別) |
|---|---|
| 1B表計算 | 20,000円 |
| 1Bマイクロカード(カード型データベース) | 20,000円 |
| 1B電子ブックリーダーソフトウェア | 10,000円 |
| 1Bスキャナソフトウェア | 7,000円 |
| 1Bマイクロスクリプト開発キット | 7,000円 |
ちなみに Windows 3.1 の日本語版は、必要ハードディスク 25MB 以上、必要メモリ 4MB 以上(推奨 6MB 以上)なので 1B/V1 が軽いという印象はあまりありません(実際の使用感はサクサクだった可能性はありますが)。Windows 3.1 の386拡張モードでは 256MB(理論上は4GB)のメモリを扱えたので、この点では負けています。価格は1万9800円(別に1万円ほどする MS-DOS が必要)です。ハードウェアの対応なども考えるとトロン OS が Windows に勝つというのはこの時点ですでにかなり苦しかったように思えます。

https://radioc.web.fc2.com/column/sofmus/msw31jdv.htm PC Software Museumより引用
1B/note-Jet (1994-01)
1B/note-Jet は PC 互換機に移植された最初のパソコンで、パソコン本体は Panasonic PRONOTE jet (CF-V21P) です。階調付きモノクロ液晶モデルが39万8000円、TFT カラー液晶モデルが64万8000円です。
ハードウェアは PC 互換機なので、MS-DOS や Windows 3.1 をインストールして使うこともできますが別売りです。
参照: TRONWARE Vol.25、Vol.26
1B/desktop-SXE,DXF (1994-03)
1B/desktop-SXE と 1B/desktop-DXF は PC 互換機に移植されたデスクトップパソコンです。名前の通り SXE と DXF の違いは、CPU に Intel 80486SX(FPU なし)を使用しているか、Intel 80486DX(FPU あり)を使用しているかの違いです。パソコン本体に何を使用しているかは書いていないため不明です。こちらも別売りの MS-DOS や Windows 3.1 を利用できます。「超低価格 BTRON パソコン」という見出しが使われており、価格は 1B/desktop-SXE が19万8000円から、1B/desktop-DXF が28万8000円からです。
参照: TRONWARE Vol.26
1B/pad (1994-09)
1B/pad はパソコン本体に IBM の ThinkPad 230Cs を使ったノート型パソコンです。
参照: TRONWARE Vol.29
1B/desktop-PH (1994-11)
1B/desktop-PH は CPU に Pentium を採用した(おそらく)初のトロンパソコンです。名前から 1B/desktop 系統(の PC 互換機版)だとは思うのですが、パソコン本体に何を使っているのかは書いてありません。当初の価格は26万1000円(17インチディスプレイセットは37万4000円)からだったものが、1995年3月頃?に価格改定され、24万6000円からになったようです。
参照: TRONWARE Vol.31、Vol.32
1B/latitude (1994-11)
1B/latitude はパソコン本体に Dell の latitude を使ったノート型パソコンです。
参照: TRONWARE Vol.32
1B/desktop-YC (1995-02?)
1995年3月31日発売の TRONWARE Vol.32 によると 2月7日の日刊工業、日本工業新聞で 1B/desktop-YC が紹介されているとありますが、詳細は不明です。
参照: TRONWARE Vol.32
1B/woody (1995-03)
1B/woody はパソコン本体に、松下電器のマルチメディアパソコン「WOODY」を使ったデスクトップ型パソコンです。マルチメディアパソコンを名乗っている通り、TV チューナーや CD-ROM、通常ではオプションであるようなさまざまなデバイスが付属しています。
WODDY はグラフィック制御チップに Cirrus Logic のものを採用していますが、発売時点で 1B/V1 は16色表示にしか対応しておらず 256色表示に対応すべく開発中となっています。これは640×480ドットの VGA 相当のグラフィック機能の場合にはハードウェアやグラフィック制御チップへの依存が少なくどの PC 互換機でも動いたのに対して、1024×768ドットの256色のグラフィック機能を実現するにはグラフィック制御チップに依存した機能を使わなければならないためです。このように WOODY のマルチメディア性能は高いですが、1B/V1 でどこまで引き出せたのか気になります(TV チューナーボードや内蔵サウンドデバイスは使えたのだろうか?)。MS-DOS や Windows 3.1 もプリインストールされていたようなので無駄にはならないと思いますが。
参照: TRONWARE Vol.32
1B/Aptiva,AptivaV (1995-07)
1B/Aptiva と 1B/AptivaV はパソコン本体に IBM の Aptiva シリーズを使ったデスクトップ型パソコンです。AptivaV はディスプレイ一体型です。
参照: TRONWARE Vol.34
1B/note-Jetmini (1995-07)
1B/note-Jetmini はパソコン本体に松下電器の PRONOTE jet miniを使ったノート型パソコンです。
参照: TRONWARE Vol.34
新1B/latitude (1995-07)
新1B/latitude はパソコン本体にデルの latitude XP/XPi シリーズをベースとしたノート型パソコンです。以前の「1B/latitude」よりも性能が向上しているようです。
参照: TRONWARE Vol.34
1B/V2 (16bit) 世代 PC互換機
1B/V2 は1995年11月に発売された 1B/V1 のメジャーアップデート版です。
| BTRON 仕様 | BTRON OS |
|---|---|
| BTRON1 ≒ BTRON1/286(16ビット) | 1B, 1B/FMR, 1B/V1, 1B/V2, 1B/V3 |
| BTRON2 ≒ BTRON2/CHIP(トロンチップ) | 2B |
| BTRON3(32ビット) | 3B, 3B/V, B-right/V(超漢字), 超漢字V |
| μBTRON(32ビット) | B-right |
1B/V2 ではグラフィックデザインが全面的に改定されたようです。グラフィックデザインは BTRON 仕様には含まれないものの一つで、OS の実装者(パーソナルメディア)が独自で考えて作らなければならない部分です。1B/V2 では多国語環境の最初の取り組みとして JIS 補助漢字 (JIS X 0212-1990) が扱えるようになっています。JIS 補助漢字で追加される文字の多くは漢字ですが、ダイアクリティカルマーク(発音区別符号)付きなどのアルファベット文字がいくつか追加されています。Windows などでも使える一般的な JIS 漢字(第1水準、第2水準)にも基本的なアルファベットは含まれていますが、JIS 補助漢字で追加されるアルファベットは、それだけでは足りない場合の補助的な追加のアルファベットです。
1B/V2 シリーズには次のような製品がありました。スタンダードとマスターズの内容は、それぞれ 1B/V1 版の内容と同等でしょう。プロフェッショナルには2万円もする分厚い「BTRON1プログラミング標準ハンドブック」がついているということで、BTRON 用アプリの開発をする人にとってはお得です。
- 最初に販売された製品(1995年11月)
- 1B/V2 スタンダード(3万円)
- 1B/V2 マスターズ(5万円)
- 1B/V2 プロフェッショナル(6万円) マスターズ + BTRON1開発支援ツール
参照: TRONWARE Vol.35
1B/note-C (1995-12)
1B/note-C は 1B/V2 の発売に合わせて発売されたノート型パソコンです。価格は13万から15万。PC 互換機で Windows 3.1 も組み込まれており、起動時に OS を選択する方式です。TRONWARE には掲載されておらず、日経産業新聞でたまたま見つけました。
参照: 日経産業新聞 1995年12月5日 7ページ
1B/note-F (1996-02)
1B/note-F は1996年2月に数量限定で発売されたノート型パソコンです。パソコン本体に何を使っているのかは不明です。
参照: TRONWARE Vol.39
1B/note-T (1996-05)
1B/note-T は高性能大型 TFT スクリーンを採用したノート型パソコンです。パソコン本体に何を使っているのかは不明です。内蔵型の4倍速 CD-ROM を搭載していますが、BTRON からは利用できないとの記載があります。
余談ですが、この頃よりパーソナルメディアやその他のウェブサイトの情報が残っているようになりました。
参照: TRONWARE Vol.39、公式商品ページ: 1B/note-T
1B/note-PT110 (1996-05)
1B/note-PT100 はパソコン本体に手のひらサイズの IBM の PalmTop PC110 を使ったノート型パソコンです。
参照: TRONWARE Vol.39
1B/note-Mebius (1996-05)
1B/note-Mebius はパソコン本体にシャープのメビウスシリーズを使ったノート型パソコンです。
参照: TRONWARE Vol.40、公式商品ページ: 1B/note-Mebius
1B/note-Bird (1996-07)
1B/note-Bird は本体下半分の切り離し可能なベースステーションを備えたノート型パソコンです。パソコン本体に何を使っているかは記載がありませんが、Bird という名称とベースステーションの存在からソーテックの WinBook Bird シリーズ(100, 133, 133G) だと思われます。
参照: TRONWARE Vol.40、公式商品ページ: 1B/note-Bird、WinBook 商品ページ
1B/note-libretto (1996-07)
1B/note-libretto はパソコン本体に手のひらサイズの東芝の Libretto20 を使ったノート型パソコンです。
参照: TRONWARE Vol.40、公式商品ページ: 1B/note-libretto
1B/Let's-note (1996-07)
1B/Let's-note はパソコン本体に松下電器の Let's note を使ったノート型パソコンです。パーソナルメディアのノートパソコンは「1B/note-?」という命名規則ですが、元の商品名が note が含まれている2単語なので苦しい名前になっていますね(笑)。TRONWARE Vol.41 では 1B/note-mini の後継とありますが、1B/note-mini(iDX4+75Mhz の CPU、1.29kg の軽量モデル)がいつ頃発売されたのかはわかりません。
参照: TRONWARE Vol.41、公式商品ページ: 1B/Let's-note
1B/V3 (16bit) 世代 PC互換機
1B/V3 は 1996年12月に発売された、1B/V シリーズの3番目のリリースです。
| BTRON 仕様 | BTRON OS |
|---|---|
| BTRON1 ≒ BTRON1/286(16ビット) | 1B, 1B/FMR, 1B/V1, 1B/V2, 1B/V3 |
| BTRON2 ≒ BTRON2/CHIP(トロンチップ) | 2B |
| BTRON3(32ビット) | 3B, 3B/V, B-right/V(超漢字), 超漢字V |
| μBTRON(32ビット) | B-right |
1B/V3 では「とりあえず多国語環境」が実装され、中国語・韓国語・点字が扱えるようなりました。日本の文字コード(JIS 第1水準、JIS 第2水準、JIS 補助漢字)以外に対応したと言えるのはこの時点です(厳密には 1B/V2 用に実験版が提供されていました)。ただし、メニューなどが中国語や韓国語になるわけではありません。日本語版の BTRON で中国語や韓国語も表示できるという意味です。一見他の OS よりも先進的に思えるかもしれませんが、Unicode を採用した Windows NT 4.0 は発売されており、MS-DOS や Windows 3.x/9x でさえ中国語版や韓国語版がありました。
1B/V3 シリーズには次のような製品がありました。
- 最初に販売された製品(1996年11月)
- 1B/V3 スタンダード(3万円)
- 1B/V3 マスターズ(4万円)
- 1B/V3 プロフェッショナル(5万円) マスターズ + BTRON1開発支援ツール
- 構成と価格の見直し(1998年1月頃)
-
1B/V3 エントリー(1万5000円) スタンダードの後継製品
- 『ハイパーメディア徹底活用術』のセット
-
1B/V3 エントリー(1万5000円) スタンダードの後継製品
参照: TRONWARE Vol.42
1B/desktop-MNX (1997-12)
1B/desktop-MNX はパソコン本体に NEC PC98-NX シリーズの Mate NX を使ったデスクトップ型パソコンです。なお PC98-NX は PC 互換機です。
参照: TRONWARE Vol.49
1B/note-ANX (1997-12)
1B/note-ANX はパソコン本体に NEC PC98-NX シリーズの Aile NX を使ったノート型パソコンです。なお PC98-NX は PC 互換機です。
参照: TRONWARE Vol.49
B-right (32bit) PDA
B-right は PDA (Personal Digital Assistant) や携帯機器用の OS として OEM 販売された BTRON OS です。もう PDA を知らない人が多くなったような気がするので説明すると、ノートパソコンよりも小型な情報端末で、持ち運びしやすく手帳やスケジュール管理の代わりとなる機械です。簡易なワープロ、簡易な表計算ソフト、辞書、通信機能などを備えた機種もありました。現在ではスマホに置き換えられてしまったものです。
| BTRON 仕様 | BTRON OS |
|---|---|
| BTRON1 ≒ BTRON1/286(16ビット) | 1B, 1B/FMR, 1B/V1, 1B/V2, 1B/V3 |
| BTRON2 ≒ BTRON2/CHIP(トロンチップ) | 2B |
| BTRON3(32ビット) | 3B, 3B/V, B-right/V(超漢字), 超漢字V |
| μBTRON(32ビット) | B-right |
B-right は μBTRON 仕様の OS です。トロンプロジェクトではある仕様・OS・マシンの簡易機能版に対して、頭に「μ」をよく付けるのですが、μBTRON 仕様も同じく BTRON 仕様の簡易版です。BTRON3 仕様に近い仕様で、カーネルに μITRON3.0 仕様を使っているとかややこしいですが、μBTRON 仕様は BTRON3 のサブセットとかではなく小型機器向けに調整された別の BTRON 仕様と考えるとよいでしょう。順番としては BTRON3 仕様の後に μBTRON 仕様が作られたのですが、製品化は B-right の方が先だったようです。なおピュア BTRON マシンの前に出ると予想されていた初期の「μBTRON マシン」と「μBTRON 仕様」と混同しないように注意してください。
ちなみにカーネルに利用している ITRON 仕様についてすが、1987年の ITRON1 仕様が16ビット CPU 向け、1989年の ITRON2 仕様が32ビット CPU 向けです。ITRON2 と同時に小規模 CPU(8~16ビット)向けに最初の μITRON (μITRON2.0) 仕様が作られ、μITRON 仕様を32ビット CPU にも適用できるようにしたのが1993年の μITRON3.0 仕様です。ようは μITRON 仕様は小型機器用だったものが、技術の進歩で32ビット CPU までも小型機器用に使われるようになったのでアップデートしたということなのでしょう。
BrainPad TiPO (1997-02)
BrainPad TiPO はセイコー電子工業株式会社 (SII) から発売されたインターネット対応の携帯情報端末 (PDA) です。1996年10月に企業向けに、1996年12月に一般市場向けに、予約販売が開始され、1997年2月に出荷されたようです。主な利用目的は企業内のイントラネット端末で、C言語や簡易言語(マイクロスクリプト)によるアプリケーション開発環境も用意されたのですが、個人用途で使うにはなかなか癖があったようです。そのためパーソナルメディアは BrainPad TiPO をベースに一般ユーザー向けの機能を追加した「電房具 TiPO」を発売したようです。
BrainPad TiPO の CPU は V810 です。V810 は NEC が1992年に独自開発した32ビットの RISC CPU で、Intel の 86系 CPU とは互換性がありません。ちなみに V810 は当時次世代ゲーム機として話題を集めた、あの有名な PC エンジンの後継機の PC-FX でも使用されていたようです。
インターネットへの接続ですが、ブラウザには株式会社アクセスの NetFront を使用しているようです。BTRON 標準のブラウザはフレームにも対応していなかったりするので、実用にはならなかったのでしょう。
参照: TRONWARE Vol.42、セイコー BrainPad TiPO 商品ページ
BrainPad TiPO PLUS (1998-06)
BrainPad TiPO PLUS はその名の通り、BrainPad TiPO の後継機種です。Word や Excel のファイル、画像の相互のやり取りなど Windows パソコンとの連携が強化されたようです。
参照: TRONWARE Vol.52、セイコー BrainPad TiPO 商品ページ
B-right/V R1 (32bit) 世代 PC互換機
B-right/V はその名の通り、B-right の V (DOS/V) 対応版で、PC 互換機で動作する BTRON3 仕様に準拠した 32ビットの OS です。OS のみの単体発売は1998年7月です。
| BTRON 仕様 | BTRON OS |
|---|---|
| BTRON1 ≒ BTRON1/286(16ビット) | 1B, 1B/FMR, 1B/V1, 1B/V2, 1B/V3 |
| BTRON2 ≒ BTRON2/CHIP(トロンチップ) | 2B |
| BTRON3(32ビット) | 3B, 3B/V, B-right/V(超漢字), 超漢字V |
| μBTRON(32ビット) | B-right |
まずおさらいですが、パソコン・ワークステーション用の OS は BTRON1 仕様の 1B から BTRON2 仕様の 2B へと進化し、BTRON3 仕様の 3B の研究開発が始まりました。3Bは MCUBE 上で研究が始まり 3B/MCUBE として完成しましたが、それを PC 互換機 (DOS/V) に移植したのが 3B/V です。ただし、この時点ではまだ 3B/V は完成していません。初期の B-right/V は「3B/V」の技術を取り入れた BTRON 仕様 OS の新製品という立ち位置です。
BTRON3 についてはワークステーションのところでも少し説明しましたが、32ビット CPU を備えた高性能なコンピュータ用の仕様です。ハードディスクを使う前提としたために仮想メモリが利用可能となりました。仮想メモリは物理メモリが足りない時にハードディスク上のスワップファイルを使用することで物理メモリ以上のメモリを扱う機能です。パソコン用 OS としては一般的な機能ですが、物理メモリが足りない時にスワップ処理が行われリアルタイム性を引き下げることにつながります。このスワップ処理にかかる時間は予測できないため、BTRON3 はリアルタイム OS ではないということになります。
B-right はメーカーに OEM 販売され PDA に組み込まれた形で販売されました。おそらくですが当初は B-right/V も PC 互換機メーカー向けに OEM 販売しようと考えていたのではないでしょうか(right は「権利」の意味?)。その前段階としてパーソナルメディアから PC 互換機に組み込まれた形で販売されました。そして 3B/V(完全な BTRON3 仕様の OS)を単体で発売する予定だったのが(「本格的多国語」への対応のために)延期となり、先に B-right/V を単体で発売することになったように思われます(参照)。
現在、「3B/V」の出荷スケジュールを再検討中ですが、「3B/V」の技術を取り入れたBTRON仕様OSの新製品として、「B-right/V」を発売することになりました。
以前の 1B/V シリーズとは違って、スタンダードやマスターズなどという区別はなく、基本図形エディタ、基本図形エディタ、通信ソフト、1B表計算、1Bマイクロカード、1Bマイクロスクリプト、その他小物をまとめたプロフェッショナル相当としてのみ発売されたようです。3B で開発されていたブラウザ(基本ブラウザ)も付属していますが、JavaScript やフレームにも対応していないなど、1998年発売にしては2年遅れの1世代前のブラウザです。価格は4万円でした。
1998年9月29日発売の TRONWARE Vol.53 によると PC 互換機で動作するか検証する「BTRON ロードテスト」がこの号で終了しています。超漢字4がプリインストールされたトロンパソコンが松下電器製のパソコンのみになったことに関係がありそうです。1998年12月頃にアップデート版の B-right/V R1.1 がリリースされたようです。R1.1 は細かな修正だけではなく機能追加が行われています。
B-right/VDLC (1998?)
B-right/VDLC は B-right/V をプリインストールして販売された世界初のデスクトップ型パソコンです。パソコン本体に何を使っているのかは記載がありません。推測ですが、型番の D は デスクトップ型(ノート型は N)を意味しているような気がします。LC という名前とスペックから Panacom LC かもしれません。
B-right/VN235 (1998?)
B-right/VN235 は B-right/V をプリインストールして販売された おそらく2番目のノート型パソコンです。リンク先が保存されておらず「A5ファイルサイズで約1.25kgの軽量ノートパソコン」以外の情報はわかりませんでした。(本体は ThinkPad 235 ではないかという情報あり)
B-right/VNFIVA (1999-01)
B-right/VNFIVA は B-right/V R1.1 をプリインストールして販売されたノード型パソコンです。パソコンにはカシオの CASSIOPEIA FIVA を使っているようです。
参照: TRONWARE Vol.55、公式商品ページ: B-right/VNFIVA
超漢字 B-right/V R2 (32bit) PC互換機
1999年11月12日、最新かつ最後の BTRON OS 「超漢字」シリーズが発売されます。ここでは超漢字(無印)から超漢字4までを(+ 超漢字Vを補足程度に)まとめて解説します。元々は 3B/V という名前の(BTRON3 仕様の)OS を発売する予定でした。3B/V はその名の通り、1B,2B に続いて 3B の PC 互換機版です。その予定が 3B/V から B-right/V へと名前が変わり、超漢字は正確には OS に B-right/V シリーズを採用した製品となりました。
| BTRON 仕様 | BTRON OS |
|---|---|
| BTRON1 ≒ BTRON1/286(16ビット) | 1B, 1B/FMR, 1B/V1, 1B/V2, 1B/V3 |
| BTRON2 ≒ BTRON2/CHIP(トロンチップ) | 2B |
| BTRON3(32ビット) | 3B, 3B/V→B-right/V(超漢字), 超漢字V |
| μBTRON(32ビット) | B-right |
「超漢字」という名前で販売した理由は、おそらく扱える漢字が大きく増えたことをアピールしたかったのでしょう。B-right/V R1.1 までは扱える文字は限られていました。(1B/V3 で扱える文字数 = B-right/V R1.1 と同じと仮定 = ここの情報から 1B/V2:12431 + GBコード:7445 + KSコード:8224 + 点字:320)
| 発売日 | OS | 扱える文字数 |
|---|---|---|
| 1991年12月 | 1B | 参考: 1B/note の発売日(PC 互換機ではないこと注意) |
| 1993年7月 | 1B (R1.050) | 参考: JIS 補助漢字サポートの追加(フォントは別売り) |
| 1994年4月 | 1B/V1 | 6,355(JIS 第1水準、JIS 第2水準) |
| 1995年11月 | 1B/V2 | 12,431(JIS 補助漢字 +6,076文字) |
| 1996年12月 | 1B/V3 | 28,420(「とりあえず多国語」対応、中韓・点字) |
| 1998年7月 | B-right/V R1 | 28,420(中国・韓国語入力が可能に) |
| 1998年12月 | B-right/V R1.1 | 28,420(欧州文字入力が可能に) |
1B/V1 で扱える文字は日本語版 Windows 9x 相当でしかありません。JIS 漢字コードにはアルファベットも含まれており、いくつかの外国語を扱えますが、それは Windows でも同じです。1B/V2 では多国語環境の取り組みとして JIS 補助漢字 (JIS X 0212-1990) に標準対応しました。JIS 補助漢字で追加される文字の多くは漢字ですがアルファベットの追加文字(ダイアクリティカルマーク付きやあまり使われない文字)も含まれています。1B/V3 の「とりあえず多国語」対応で、ようやく中国語・韓国語・点字が扱えるようになりました。Unicode では CJK(中国・日本・韓国)は8ヶ月ほど遅れて Unicode 1.0.1 で追加されましたが、トロン OS は逆に CJK の対応から始まったと言えるかも知れません。そして超漢字で「本格的多国語」対応が行われました。(超漢字の扱える文字数は「超漢字の歴史」の各バージョンのカタログより)
| 発売日 | 超漢字 | OS | 扱える文字数 |
|---|---|---|---|
| 1999年11月12日 | 超漢字 | B-right/V R2 | 128,175(「本格的多国語」対応) |
| 2000年7月7日 | 超漢字2 | B-right/V R2.5 | 134,567(JIS第3/第4水準) |
| 2001年2月9日 | 超漢字3 | B-right/V R3.0 | 171,500 |
| 2001年12月21日 | 超漢字4 | B-right/V R4.0 | 185,609 |
| 2006年9月20日 | 超漢字V | B-right/V R4.5 | 186,526 |
超漢字で追加された約10万字の内訳は、大修館書店刊「大漢和辞典」収録の漢字約5万文字、中国語約1万3000文字、Unicode 2.0 から足りない文字の収録約1万1000文字、今昔文字鏡文字セットからの収録約2万7000文字です。超漢字3では約17万文字に増えていますが、ライセンス問題により今昔文字鏡文字セットが削除され、GT書体フォントが約6万6000文字追加された結果です。ちなみに今昔文字鏡文字セットからGT書体フォントへの変更によって超漢字2から超漢字3の間でトロンコードの一部の文字に互換性が失われています(余談ですが Unicode でも 1.1 から 2.0 の間で「ハングルの大移動」が行われて約1万字ほど互換性が失われています)。
超漢字Vで扱える文字 は18万字とのことですが、おそらく GT 書体フォントと大漢和辞典収録文字の文字は他と重複しており、5万字ぐらいは水増しされた状態で賞味13万文字程度だと思われます。最新の Unicode 17.0 が約16万字なので文字数で追い越されているでしょう。それでも漢字だけに限れば多いとは思いますが、収録されている Unicode 文字が 2.0 時代なので、Unicoode に新しく追加された漢字以外は扱えないでしょうね。またアラビア語やヘブライ語などは正しく扱えないので、超漢字の多国語対応は中途半端に終わった形です。
補足ですが、Windows で多言語を扱えるようになったのは、OS 内部が Unicode になった Windows NT 系だけ(一般的には Windows XP から)ではありません。Internet Explorer、Outlook、Word など、多くは Microsoft 社製品に限られますが、Windows 98(または Internet Explorer 3.0 以上をインストールした Windows 95)から多言語の表示と入力が可能でした。昔はブラウザで外国語のウェブページにアクセスしたらフォントをインストールするかの画面が表示されていました(補足: 速報:Internet Explorer 3.0を正式リリース - Mail and News、多言語サポートのためのパッケージなども同時公開)。IE 3.0 のリリースは1996年8月12日なので、「とりあえず多国語」対応が行われた 1B/V3 の頃には限定的とは言え Windows ユーザーも他の言語を表示できていたことになります。
多くの文字を扱えるという超漢字の宣伝から勘違いしがちですが、超漢字に英語版や中国語版はありません。2000年頃に株式会社セネットが中国語 BTRON 仕様 OS「B-right/V C MLE」(C は Chinese? MLE は Multi Language Environment?)を開発してたようですが、続報がない所を見ると中止になったのでしょう。2002年6月に超漢字4用の、2009年7月に超漢字V用の「英語対応キット」がリリースされています。これはメニューやメッセージを英語化するものですが、日付の表記順、タイムゾーンやサマータイムの対応など、英語文化に対応させるローカライズではありません。日本語がわからない外国人が超漢字をお試しで使ってみる程度ものでしかなく、各国に対応した Windows や Mac OS が何年も前から販売されているのに比べて、超漢字は大きく遅れていたと言えます。BTRON が仕様であることを考えると、本来は現地の人が BTRON 仕様の OS を開発する想定だったので、これはこれで正しい姿なのかもしれませんが、超漢字は世界が普及することなど2000年代でもあり得なかったことがわかります。つまり超漢字 (BTRON) は日本人が使うための OS なのです(もちろん開発をやめずに続けていれば、いつかは対応していたかもしれませんが)。
超漢字3には Macintosh 上で動かす「Macで超漢字」という製品が発売されたようです。懐かしの Connectix社時代の Virtual PC で動かすもののようですが、Macintosh ? どうやら Mac OS X よりも前の時代の話っぽいです。軽く調べてみると Windows 版の Virtual PC で動かすものや、超漢字4対応版もあるようですが、さすがに詳しくまとめる気にはならないですね。まあ Virtual PC で動くなら、頑張ればその他の仮想マシンソフトでも動くかもしれません。
参照: TRONWARE Vol.59 以降、超漢字、「超漢字3」と「超漢字2」の機能比較表、「超漢字4で強化された機能
超漢字ノート B-right/VNS23 (2000-04-07)
B-right/VNS23 は超漢字 (B-right/V R2) をプリインストールしたノート型パソコンです。パソコン本体に何を使っているかは記載がありません。価格は25万円のようです。(本体は Let's NOTE S23 ではないかという情報あり)

左: ASCII24.jp: B-right/VNS23から引用、右: 公式商品ページ: B-right/VNS23から引用
参照: 公式商品ページ: B-right/VNS23、ASCII24.jp: B-right/VNS23
超漢字4 B-right/V R4 (32bit) PC互換機
超漢字2 (B-right/V R2.5)、超漢字3 (B-right/V R3.0) をプリインストールしたパソコンは見つかりませんでした。2年ほど新機種が登場していなかったようなのですが、なにか理由があるのでしょうかね。
超漢字4 は実際の PC 互換機で直接動かすことを想定した最後の超漢字です。超漢字4をプリインストールしたパソコンはかなりありますが、いずれも松下電器製のノート型パソコンのようです。デスクトップ型パソコンは見つけられませんでした。
超漢字ノートR1 (2003-04-15)
超漢字ノートR1 はパソコン本体に松下電器の「Let's note R1」を使ったノート型パソコンです。
余談ですが、2003年に放送された「プロジェクト X 挑戦者たち 家電革命 トロンの衝撃」の番組最後のクロージングで、「トロンパソコンの開発に執念を燃やし続ける会社もある」と言われただけで会社名すら放送されなかったパーソナルメディアが開発中だったトロンパソコンは、形状から「超漢字ノートR1」と思われます。ちなみに左には TiPO、右には超漢字4のパンフレットがあります。(補足: プロジェクトXではトロンパソコンの研究開発を行っていたのが松下電器であるとも言いませんでした。他のメーカーはしっかり名前が出てるのに松下電器だけは「大手電器メーカー 真弓和昭」のように紹介していました。調べれば名前からすぐに会社名がわかるような有名な人なのに隠した理由がわかりません。)
参照: TRONWARE Vol.81、公式プレス発表: 超漢字ノートR1
超漢字ノートT2 (2003-06-03)
超漢字ノートT2 はパソコン本体に松下電器の「Let's note T2」を使ったノート型パソコンです。
参照: TRONWARE Vol.82、Vol.85、公式プレス発表: 超漢字ノートT2、公式商品ページ: 超漢字ノートT2
超漢字ノートT2B (2003-10-30)
超漢字ノートT2B はパソコン本体に松下電器の「Let's note T2(CF-T2BW1AXR)」を使ったノート型パソコンです。超漢字ノートT2 から CPU クロックを向上させたモデルのようです。

公式プレス発表: 超漢字ノートT2Bから引用</sup
参照: TRONWARE Vol.85、公式プレス発表: 超漢字ノートT2B
超漢字ノートW2B (2003-10-30)
超漢字ノートW2B はパソコン本体に松下電器の「Let's note W2(CF-W2BW2BW1AXR)」を使ったノート型パソコンです。
参照: TRONWARE Vol.85、公式プレス発表: 超漢字ノートW2B、公式商品ページ: 超漢字ノートW2B
超漢字ノートR2B (2003-10-30)
超漢字ノートR2B はパソコン本体に松下電器の「Let's note R2(CF-R2BW1AXR)」を使ったノート型パソコンです。1kgを切る軽量のモデルです。
参照: TRONWARE Vol.85、公式プレス発表: 超漢字ノートR2B
超漢字ノートY2C (2004-03-22)
超漢字ノートY2C はパソコン本体に松下電器の「Let's note Y2(CF-Y2CW4AXR)」を使ったノート型パソコンです。1kgを切る軽量のモデルです。
参照: TRONWARE Vol.88、公式プレス発表: 超漢字ノートY2C、公式商品ページ: 超漢字ノートY2C
超漢字ノートR3DG (2004-08-30)
超漢字ノートR3DG はパソコン本体に松下電器の「Let's note R3(CF-R3DW1AXR)」を使ったノート型パソコンです。このモデルは「超漢字原稿プロセッサ」が「ソフトウェア・プロダクト・オブ・ザ・イヤー」受賞したこを記念して発売されたモデルで、「超漢字原稿プロセッサ」がプリインストールされています。
参照: 公式プレス発表: 超漢字ノートR3DG、公式商品ページ: 超漢字ノートR3DG
超漢字ノートR3EG (2004-11-12)
超漢字ノートR3EG はパソコン本体に松下電器の「Let's note R3(CF-R3EW1AXR)」を使ったノート型パソコンです。このモデルは「超漢字原稿プロセッサ」または「超漢字原稿プロセッサ2」(後期出荷分)がプリインストールされています。
参照: TRONWARE Vol.91、公式プレス発表: 超漢字ノートR3EG、公式商品ページ: 超漢字ノートR3EG
超漢字ノートR3FG (2005-03-23)
超漢字ノートR3FG はパソコン本体に松下電器の「Let's note R3(CF-R3FW1AXR)」を使ったノート型パソコンです。このモデルは「超漢字原稿プロセッサ2」がプリインストールされています。
超漢字ノートR4GG (2005-06-22)
超漢字ノートR4GG はパソコン本体に松下電器の「Let's note R4(CF-R4GW5AXR)」を使ったノート型パソコンです。このモデルは「超漢字原稿プロセッサ2」がプリインストールされています。
超漢字ノートR4HG (2005-10-26)
超漢字ノートR4HG はパソコン本体に松下電器の「Let's note R4(CF-R4HW4AXR)」を使ったノート型パソコンです。このモデルは「超漢字原稿プロセッサ2」がプリインストールされています。
番外編 超漢字V
「超漢字V」は2006年に発売された Windows 上で動かす BTRON OS で、Windows 用の仮想マシンソフト「VMware Player」用の仮想マシンとして動かすことが前提になっています。超漢字5ではなく超漢字Vなのは、Virtual Machine の V とかけているのかもしれません。当然かも知れませんが、調べた限り、超漢字Vをプリインストールしたパソコンは販売されていません。それがここが番外編である理由です。
「独自で動作するOSから、Windows上で動作するソフトウェアへ」変更になった理由は、公式にはそっちのほうが便利だからとしか書いていませんが、新しいハードウェアに対応する開発力(開発コスト)がないからでしょう。メーカー純正の周辺機器のみを使う時代から、他社の未知の機器を扱う時代へ変化したことで、OS 開発には大きなコストがかかるようになってしまいました。2001年の超漢字4から5年後の発売ですが、大きな機能改善はありません。また2006年の発売から2026年現在、20年の間、大きな機能改善もありません。現在もサポートは続いていますが、細かな修正のみです。超漢字は1990年代の OS といっても構わない状態なので、どうしても使ってみたいという人以外は買うのは勧めません。
超漢字V を Windows の代わりに使おうと思ってもまず無理です。特にインターネット関連は壊滅的です。OS 標準の基本ブラウザはもとより、追加でインストールされているブラウザも 2003年の Mozilla Firebird 0.7 を移植したもので、機能が少ない上に最新セキュリティに非対応なのでほとんどのページがエラー表示で見られません。画像やサウンドは扱えるものがあるかもしれませんが、やはり1990年代までのものばかりで動画には当然対応できません。超漢字の開発は2000年頃に実質終わったからといえばそれはそうなんですが、超漢字向けにアプリケーションを開発する個人がいれば、今だって新しいアプリケーションが作られていたでしょう。しかしアプリケーションを移植しようと思っても BTRON は Windows や POSIX 系と API や考え方が全く違うため、大幅な書き換えが必要となり大変です。超漢字V を使うとしたら基本的に OS 標準機能のみを使うことになりますが、他の OS にはない機能と言ったら実身/仮身と、まだ Unicode に収録されていないような珍しい漢字が使える程度です。
VMware Player を採用した理由はおそらく 2006 年当時はそれが最善の選択だったからでしょう。Windows 標準の HyperV はまだありませんでした。Windows との連携で共有フォルダ(古いプロトコルを使ってるはずなので最新の Windows では動かない気がする)やクリップボード経由でのデータのやり取りの間に変換処理が行われているようです。つまり他の仮想マシン上で超漢字Vを動かしたとして、使えない機能があるはずです。仮想マシンを使うことで超漢字Vでは直接使えないデバイスでも使えるということになっていますが、超漢字用の仮想マシンドライバ(準仮想化ドライバ)などはないので、パフォーマンスは大きく低下します。例えばグラフィック (GPU) は使えても遅いことに変わりありません。本記事執筆時点で最新版は 2025年2月12日にリリースされた R4.560 です。VMware Player は VMware 社が Broadcom 社によって買収されたこともあり入手方法が非常にややこしくなっています。今後も使い続けられるのかも含めて将来どうなるのかわかりません。インストールも面倒ですし、Windows や macOS 標準の仮想マシンに移行したほうが良いと思いますが、Windows や macOS との連携機能の実装が必要でしょうし大変でしょうね。
さいごに
以上、「トロンのパソコン」の発売機種一覧をまとめてみました。結構多くの機種が発売されていたことがわかりますね。多くが通信販売なのでトロンのパソコンに興味がある人ぐらいしか気づかなかったんじゃないかと思いますが。
さて麻布麻衣さんが愛する「トロンのPC」とはどれなのでしょうか? 超漢字がインストールされているのであれば超漢字ノートのどれかの可能性が高いですが、それって結局は松下電器のレッツノートなんですよね。いや、今でも十分モダンなデザインで悪くはないのですが。PC 互換機にインストールした可能性もありますが、ロマンで言えば新しいデザインの MCUBE ですよね。もちろんキーボードはトロンキーボード(正確にはトロンキーボードユニット)で。インターネットは使えないので実用的ではないでしょうが、愛でる分には問題ありません。
しっかし、なんでこの令和の時代に、トロンのPCとか超漢字なんて持ち出したの?




































































































