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一回で理解しようとする癖が、自分を苦しくしていた話

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Last updated at Posted at 2026-03-23

一回で理解しようとする癖が、自分を苦しくしていた話

はじめに

私は何かを学ぶとき、ずっと
「できれば一回で理解したい」と思っていました。
説明を聞いたときも、記事を読んだときも、先輩に教えてもらったときも、 その場で理解できないと少し焦っていました。
でも今振り返ると、その癖が自分を苦しくしていた気がします。


一回で理解できないと不安だった

新しいことに触れたとき、私は無意識に
「今ここで理解しないといけない」と思っていました。
少しでも曖昧な部分があると、理解できていない自分はまずいのではないか
もう一度聞いたら迷惑かもしれない
他の人はもっと早くわかっているのではないか
そんなことを考えて、内容そのものよりも
理解できていない自分のほうが気になっていた気がします。


でも、理解は一回で終わるものではなかった

最近になって、理解は一回で完了するものではないと思うようになりました。
最初はなんとなく聞く。
次に実際に触ってみる。
そのあとで説明を見返して、少しつながる。
別の場面でまた出てきて、ようやく腑に落ちる。
そういう流れのほうが自然なことも多いです。
特に仕事では、前提知識や背景が足りないまま新しい話を聞くこともあります。
だから一回で全部わからないのは、能力が足りないというより
まだ理解に必要な材料が揃っていないだけなのかもしれません。


苦しかったのは、わからないことより、わからない自分を責めることだった

今思うと、本当に苦しかったのは
「わからないこと」そのものではなく、
わからない自分をすぐにダメだと思ってしまうことでした。
理解の途中にいるだけなのに、 自分の中ではすぐに「できていない」と判断してしまう。
それが、学ぶこと自体を重くしていた気がします。


今は「もう一度見る」を少し許したい

最近は、一回でわからなくても、もう一度見ればいい、と思える場面が少し増えました。
まずは単語だけ覚える
次に流れを見る
そのあとで細かい意味を理解する
そんなふうに、何回か往復しながらわかっていくこともある。
そう思えるようになってから、 前より少しだけ気持ちが楽になりました。


おわりに

一回で理解しようとする癖は、今でもあります。
できることなら、その場で全部わかりたいです。
でも、理解は一回で終わるものばかりではありません。
大事なのは、すぐに完璧にわかることよりも、
わからないままでももう一度向き合えることなのかもしれません。
最近はそう思えるようになって、前より少しだけ、学ぶことが怖くなくなりました。

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